SAILIN' SHOES

デジタル一眼、ライカ等でのスナップ写真や、カメラ、音楽、鉄道・車、子育ての日々雑感です。

T君から川崎を学ぶ 03

2011-04-30 | 鉄道・バス

川崎市バス60周年記念塗装だ。
たくさん走ってるわけではない。
なかなか撮影は出来ない台数のようだ。


井田営業所の前の焼き肉屋でランチ。
ここはT君の育った街。
小学校、中学校とも井田だそうだ。
そして焼き肉屋さんはT君が楽しみにしていた店。
確かに美味しかった。







これは井田営業所にあった路線図。
「みぞのくち」には3種類の表記がある。
溝口は区や公共の表記。
溝ノ口はJR
溝の口は東急

なんでこんなことになったんだろうか。
各々の主張がまかり通っているのだ。
子供は困るんじゃないかな。





で、この部分は「夜向」が違っている。
「僕は朝向きではなく、夜向きなんだ。」のように使うのか。
本当は「矢向」駅で南武線の駅。
川崎の臨港部には「夜光」という地名はある。
コンビナートが夜でも火炎を上げているからだろうか。









さて、井田営業所から北上して向丘遊園駅へ。
この周辺はママの家のお墓参りによく来る場所で、なじみ深い。
コメダ珈琲で休憩し、バスの出発を待つ。

しかしLEDってやつは困ったものだ。
相当に絞り込んでいるのだが、ピーカンで1/30秒とかに設定するのは難しい。








バスは府中街道をどんどん北上する。
こんなに上がっていくのか。
購入した川崎市バスの地図を見ると、川崎市は縦に細長い。
北部は府中街道を真ん中にした異様に細い市だ。

どんどん北上して、ついに京王稲田堤駅を通過して、ほとんど多摩ニュータウンへ。
写真の場所が終点の西菅団地だ。
ここは多摩ニュータウンでは無いものの、その続きの住宅街だ。


道を渡って逆サイドのバス停に走る。
乗ってきたバスが菅四丁目行きに変わって出発。
乗客は他に1名。
実質は終点の無い循環で、菅三丁目が川崎市の最北部のバス停だ。
これより北はもはや何も無いような錯覚に陥る。
川崎市に意識を集中しているからだ。
実際は多摩川をはさんで調布市になる。






京王稲田堤駅前の城下停留所から登戸駅に向かい、乗り換えて、菅生車庫へ。
幕車は居ないようだ。







さらに、鷲ヶ峰営業所へ。
ここで見渡しても幕車は居ないようだ。
車庫の上は市営アパート。
よくある営業所のパターンである。







写真は、もうすぐ無くなるであろう形式。







一旦、溝口駅へ向かい、溝口駅南口から高田町行きに乗る。
川崎市バスがただ一か所、横浜市内にバス停を持つ貴重な路線。
終点の高田町が横浜市内のようだ。

写真はその直前のバス停で、「イノ木」。
どういう意味なんだろう?
とても不思議なバス停の名前だ。
(誰も乗降しないので通過写真で見にくい。)






高田町からは東急バスで日吉に行けるそうで、T君は日吉に行こうと画策していた。
写真のバス車内の写真をよーく見ると、その東急の日吉行きがすれ違っている。
ほんのちょっとの入れちがいで連絡していないのだ。








東急日吉行きは30分以上やってこないのが高田町で判明した。
仕方なく戻ることにした。
ただし聖地の井田営業所で下車することにした。






井田営業所で乗り換えて元住吉へ。
この街は最近、すごく変化した街だ。
東急東横線が高架になったのだ。
しかし車庫が地上にあるために踏切は残る。

すごい人波に驚いた。
元住吉はこんなにたくさんの人が居るなんて知らなかった。
ものすごい人通りの商店街にバス停があるのも驚きだ。
朝はバスが通り抜けるのだ。
そんなことは信じられないのだが本当だ。
いつか見に来ようと思う。






T君の勝手知ったる街の元住吉。
彼は馴染みの店へ向かう。
老舗のおでん屋で買い物。
意外な食通のT君。
いつも最後にはお土産のように美味しい夕食を買う姿を見る。
なんだか昭和の父親を思い出した。
いい風景だ。



SONY NEX-5/E18-55mm/F3.5-5.6 OSS



以下は乗車した経路。
400円である!



川崎駅~川13系統~昭和駅前~徒歩~扇町駅~鶴見線~浜川崎駅~徒歩~JFE前~川40系統~川崎駅/川崎駅西口~川64系統~井田営業所


井田営業所~溝06系統~向丘遊園駅東口~徒歩~向丘遊園駅入口~登14系統~西菅団地~登14系統~菅四丁目~登14系統~城下~登14系統~登戸駅/登戸駅(生田緑地口)~菅生車庫~鷲ヶ峰営業所


鷲ヶ峰営業所~溝18系統~溝口駅南口~溝25系統~高田町~溝25系統~井田営業所~川64系統~元住吉
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T君から川崎を学ぶ 02

2011-04-29 | 鉄道・バス

鶴見線車内から。

大震災で東北の鉄道が寸断されたままだが、日々修復されている。
東北新幹線はもうじき全線でつながる。
まだまったく白紙なのは気仙沼線、山田線、大船渡線、常磐線の一部などだ。
このまま廃止されたら悲しいが、復興計画で思い切り街づくりを変えても欲しい。






鶴見線の電車がやってきた。
205系はつまらないのだが、塗装は南武線と違えている。






浜川崎に近づくと、貨物列車が頻繁に蠢いている。






浜川崎駅で。
鶴見線と南武支線は別駅舎になる。

看板を横に読むと面白い。







間にある飲み屋兼パン屋さんは以前から気になっていた。
夜には乗り換えの際に飲むことができるのだ。
ここはいつかT君と入ってみたいものだ。






間近に機関車を見ることができる。






さて、バス停に向かう。
大回りして市営の停留所へ行く途中。
面白い注意書きに目がとまる。






この廃墟のようなビルも使いようみたいだ。
きっと映画などに使われているのだろう。
本当は浜川崎のただの古い建物だ。






でも、こちらは違う。
現役だ。
鄙びた感じが良いのだが、間には産業道路が走っており、業務用車が頻繁に走る。







川崎市営のバス停のすぐ近くに、臨港バスの営業所がある。
まだ幕車が居る。






さて、川崎駅の東口でバスを降りて、駅を跨いで西口に行く。
そこから井田営業所を目指す。

名前だけ残っている「市電通り」。
ただし、実際は西口には市電は走っていなかったらしい。
東口の通りの名前がそのまま西口にも通じているようだ。







井田営業所に到着。
ここで川崎市バス60周年のバスマップを購入し、営業所の中のバスの撮影許可をもらう。
60周年塗装車が居たのだ。




SONY NEX-5/E18-55mm/F3.5-5.6 OSS
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T君から川崎を学ぶ 01

2011-04-29 | 鉄道・バス
皆さんは自分が住む市や区のことをどれだけ詳しく知っているだろうか?
これが今回の大きなテーマだ。

私は幼稚園から中学3年までを関西で過した。
だから関西の事は詳しい。
なぜならば小学校や中学校では社会で身近な生活圏を学ぶからだ。
奈良市、豊中市、大阪府のことはすごく詳しいし、鉄道ファンだったせいもあり
関西、近畿全般に詳しい。
その後、関東も何回も引っ越しているが、千葉県や流山市のことは詳しい。
ところが社会人になってからの住居のある港区、大田区、世田谷区や東京都のことは意外に知らなかったりする。
それは、毎日が忙しいこと、週末は遠くに興味があること、記憶力が低下していること、
学校のように体系的に教わっていないこと・・・などが原因だろう。
また、女房が地元で生まれ育ったので、それに甘んじてるのかもしれない。
夫婦で見知らぬ土地に住めば、一生懸命に学習したかもしれない。

さて、今回は幼少期に川崎市で過したT君に川崎について学ぶのだ。
実は隣の市であるので、知っておくべきなのだが、
多摩川を挟んでいること、県が違うことがあり、あまり知らないのだ。
それで良いわけが無い。
私は幼少のころは隣の市についても詳しかったのだから。





川崎駅に集合して、まずは臨海地区に。
私の好きな工業地帯だ。
驚いたのは、パスモを車内でかざし、一日乗車券を欲しい旨伝えれば、ずっとパスモで乗車でき、
そして、たった400円なのだ!
券をわざわざ購入しないで良いし、激安である。
2回乗車すれば元が取れるのだ。







昭和駅前で、さっそく貨物線を撮影。

最初から大興奮。







道路を斜めに横切るのが良い。
たまらぬ風景だ。
















臨港バスには乗れない。
知っての通り、浅野グループのバス会社である。
鶴見を中心に川崎までの臨港部をエリアにするが、
実は川崎市バスの1営業所を受託しているとのこと。
T君から教わる実態だ。






かなり綺麗になった臨港部だが、こうやって道路を占有してるトレーラーもあるもんだ。
と、思ったら故障中らしい。















臨港バスの幕車だ。

川崎市バスには幕車はもはや1台も無かった。







歩いて「扇町」へ。
鶴見線の終点駅。















旅客は終点だが、貨物は先に延びる。







こういう木造の鉄道関連の建物もめっきり減ってしまった。
昔はいくらでもあったのに。







T君が佇む。

工業地帯は神奈川県川崎市の一つの顔だ。




(続く)




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Live in THE CLUB SENSATION 横浜 02

2011-04-28 | バンド・音楽
THE CLUB SENSATION は昨年まではグッピーという別のオーナー経営のライブハウスだった。
そして、それを引き継いだのはTENSAWのベースのミチアキさん、ドラムのGricoさんだ。
なので、カウンターの中にはお二人が居る。
やはり一般人とはオーラが違う感じだ。



今回は私が撮った写真だ。
満員なので入場は遠慮させてもらったので、あまり写真が無いのが悔やまれる。





夕方に到着。
たかPはチューニング。
12弦なので難しいのだ。












同じくカルメン・マキ&OZをトリビュートする「Yuka&OS」のリハ。
特にギターのHJさんは結構長いお付き合いになる。

今回Yuka&OSは2回目のライブになるので、有名曲が目白押しになる。
我々は曲が被らないように選曲。
マキオズには珍しく明るい曲もやることになったのだ。






Yukaさんは若い。
うちのさくらさんの娘と同じ歳らしい。
バンドは我々と同じような世代なので、親と娘のバンドなのか。



















TENSAWのトリビュートで今回の主催者のSENTAWさん。
ベースのshigeさんも長いお付き合い。
ここも我々と同じ世代かと思うが、shigeさん、さっそく脱いでくれました。





そして、最後には本物のお二人も参加!
ノリノリだ。







ベースはミチアキさん、ドラムはGricoさん!






こうして暑い夜は過ぎていった。
この日の日ノ出町はG1レースで場外へ行った人と、野毛の大道芸に行った人でごった返していたのだった。
帰りは終電間際になったのだった。




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Live in THE CLUB SENSATION 横浜 01

2011-04-27 | バンド・音楽
4/24の日曜日は横浜日ノ出町のTHE CLUB SENSATIONでライブ出演があった。
リハビリ中でドラムなんて叩けるかどうか大いに心配だったが、
なんとか倒れずにライブを行うことができた。
これも社会生活のリハビリになったかもしれない。
一歩ずつ前進するしかない。



まずは頂いた写真からだ。
いつも自分達のバンド「さくら&竜巻堂(トルネード)」は写真が無いのだが、
今回は幸いにも何人かから拝借することができた。



*最初に今回の主催者でもある「SENTAW”銭湯”」のマネージャーさんから拝借。



モニターに写るリハーサル中のさくら&竜巻堂





お客さんは60名の大入りで、出演者は基本は外か5Fの控室で待機。
まあ、ライブハウスの外でも十分に見ることも聴くこともできた。
ちなみに2階席もあり満席。




































曲目はマキOZから3曲、オリジナル3曲。

地元のおやじの会のおやじバンドからも2名駆けつけてくれた。
嬉しかった。





続いて、マイミクになった「しょこさん」からの頂き物。
RICOH GXR での撮影だそうだ。
我々がなぜだか上品に撮れていて、これも嬉しい。
































CLUB SENSATION
Rock’n Good Night/Japanese Rock Band”Toribute Event”

出演バンド:SENTAW”銭湯”・Yuka&OS ・さくら&竜巻堂


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T君と横浜バス祭り 04

2011-04-25 | 鉄道・バス

なぜだか改札口があったり。
なぜだか女性が多かったり。













横浜市電は残っていたらと思う。
東日本はなぜだか多くの都市が市電を廃止してしまった。
反して、西日本は残した。
やはり思想の違いも大きいように思う。
西は古いものを残し、東はスクラップ&ビルド。
今回の震災ではどうなるだろうか。





広い空間の理由は後ほど判明する。






なんだか匂いそのものが落ち着ける。
ニスの匂いだ。







これが市電保存館の正体だ。

横に長い市営団地の一階部分に市電博物館があり、その南側には広大なバスの車庫があるのだ。
そして、団地の反対側には違う名称の停留所がある。
誰でも見たことのある「滝頭」だ。
行き先として著名なのは、バスの車庫が大きいからだ。







このバスに乗る。
目的地は日ノ出町だ。






やはり幕車だ。
撮りやすくて良い。

しかし、ほとんど全部が幕車に乗車と言う奇跡だった。







日ノ出町でバスを降りる。
ライブハウスに向かう。
実は4/24にここでライブに出るのだ。
場所確認のために下車。
そのまま京浜急行に乗れる場所なのである。


また一日、T君にいろいろ案内してもらった。
すごく楽しい一日であった。




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T君と横浜バス祭り 03

2011-04-23 | 鉄道・バス
桜木町のバス乗り場で「一本松小学校」行きのバスを待つ。
今日はどのバスもほとんど待たないでやってくる。
それも幕車でだ。
T君、事前に手をまわしたのか。






これは相鉄バスで従来の塗装版。
電車は既に新しいラインになっており、バスも順次変更されているようだ。

しかし、幕車ばかりのF値設定で撮ってしまうと、LEDの行き先がまったく写らない。
うっかりミスの例として掲載。
F値は8とか11にしなければならないのがLED化されたバスや電車だ。
暗くなると撮影は厳しい。






やはり幕車で来た「一本松小学校」行き。
野毛大通りを行き、野毛山動物園を経て山を登って「一本松小学校」まで行く小旅行だ。






終着後、ふつうの道で転回する。
そのために、道には詰め所が置いてある。






転回を撮っていたら、置いて行かれそうになった。






再び、桜木町へ。

おっ、例のタクシーを発見。
どうも箱モノのデザインには敏感な私達だ。





今度は、私のリクエストにより、根岸方面へ。
(写真は発車前の表示。珍しくLED車。しかしLEDばかりが現実。)






バスの車内から。







到着したのは「市電保存館前」。
ここが終点のバスに乗ったのだった。






なんだか、驚くほど広く、たくさんの市電が保存されている。
ちょっとびっくりする穴場的な場所だった。
勿論、はじめての場所。
なんだかノスタルジックになれる素敵な所だった。






しかしなぜだか女性がたくさん居る。
平日の夕方なのに。
それも不思議で、狐につままれたような気がした。
ふと気が付いたら、野原なんじゃないかと。




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T君と横浜バス祭り 02

2011-04-22 | スナップ


中華街で昼食後に山手へ移動する。
白いバスは、さてどこのバスになるんだろう。
どんな色になるのか。





うーん、また幕車だ。
すばらしい。
山手へのルートは狭い道だ。






山手から同じバスで折り返し。
途中で本牧車庫行きに乗り換える。





またまた幕車。

本牧車庫に着く前にトイレ休憩。
一日乗車券を持っているので、何回乗ってもOK.

このバスは前回、茂原に乗りに行った旧:都自動車→現:HMC東京に新しく入るバスそのものなんだそうだ。
横浜市営から購入するらしい。
T君と居ると勉強になる。






本牧は想い出の地である。
20代の頃、会社の先輩が「本牧ジャズフェスティバル」の実質の実行委員をやっていた関係で、
毎年、ジャズフェスに来ていたのだ。
その場所を見たくて、本牧車庫行きに乗ったのだ。
ところが、あまりの変貌ぶりにびっくり。
25年ぐらい前の本牧は、怪しい雰囲気も残る港湾労働者と米軍の雰囲気の街だったが、
今はマンションが崖に立ち並ぶ明るく健康的な雰囲気さえする街になっている。

次のバスで大桟橋へ。

またまた幕車だ!
実はもはや少数派なのに。





県民ホール前だ。
ここも何回も子供と来た場所だ。
新緑がすこぶる美しい。






大桟橋にはPEASE BOATが停泊している。






ここもすっかり有名になってしまった。

学生時代はこのあたりはまだまだ怪しい倉庫街だった。
貨物列車がまだ走っていた頃だ。
この店のあたりは、誰も居ない船着き場で、それこそ麻薬取引でも行われているような、
もしくは松田優作が歩いていそうな場所だったのだ。






今はすっかり健康的になった場所で、T君を撮る。
やはりT君は貨物が走っていた頃のほうが似会うようだ。(笑)
右の高架は遊歩道になってしまった貨物線。
そういえば最後にはSLも走ったなあ。







なぜだかポツンと残ってしまった、不似合いな建物。
横浜の海際は全部こんな建物だったのだが。







妙なアンジュレーションの桟橋。
これはデザインだ。
なんだか錯覚してしまう。
そもそも目が治っていない私には、不思議な状況。







100円の赤い靴バスが出るまで休憩。
真横がPEASE BOAT。







いろいろな船を借りるPEASE BOATだが、今は世界一周ができる大型のオセアニック号だ。
今回は震災にも絡んでいるのかもしれない。



(続く)



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T君と横浜バス祭り 01

2011-04-21 | 鉄道・バス




T君と日吉駅で待ち合わせ。
ここは馴染みの深い駅だ。
前職では慶応大学で授業を持っていたために、手伝いで何回も来たのだ。

しかし、大学の並木は綺麗なのに、電線が邪魔なのである。
それが言いたかったのだ。
せっかくきれいなのに残念。





慶応の学生は見ただけですぐにわかる。
特徴的な雰囲気を持っているのだ。
たった4年とか6年の在籍で雰囲気を決定的にする学校というのは
日本の中では珍しい。
それはオックスフォード、ケンブリッジを模範とした慶応の伝統だ。
国立大学はドイツを模倣し、早稲田大学はアメリカを模倣したのだが、
オクスンブリッジが社会に出ても判るようにしてきたのが、そのまま活かされている。
福澤諭吉、恐るべしだ。

うちのママからそれが色濃く感じられないのは、社交性がひと際全方位的だからと推察しているのだ。






最初から脱線してしまった。
いや縁起でもない。
脱線ではなく、まずは日吉駅では横浜市交通局の一日乗車券を購入する。
これはT君の指図、いや知恵だ。
ミステリーツアーの始まりだ。
横浜地下鉄、市営バスに乗り放題で830円は安い。

まずはリニアモーターのグリーンラインでセンター南へ。
ここでブルーラインに乗り換えて関内へ。

写真は関内駅3番線だ。
ここは謎の引き込み線だ。
その昔、本牧への路線が使うはずだったのだが、
今は夜間の停泊施設になっているのだ。





駅を出ると、T君が撮ってくれと言ったタクシーだ。
確かにシンプルなデザインが目を引く。
T君はバス、鉄道のみならずタクシーへの造詣も深い。






最初のルートは1時間に1本の路線だ。
このバスを待つおばさまと話があった。
「赤十字病院の中まで入るのは、このバスだけ。他のバスは道で降ろされてしまう。」
「そうなんですか。おっ、来ましたよ。幕車ですよ!」
「ええ?幕車って何のこと?」
「行き先の表示がLEDじゃなくって、白い幕なんですよ。もう珍しいんです。」
「それは良いことを聞いたわ。」

きっと病院で先生に「幕車」のことを話してるに違いない。





最初から幕車とは幸先が良い。
さすがT君は引きが強い。





さて、中華街でさっそく昼食だ。






私の場合、こういうのに興味があって・・・






中華街にも昭和がある。
いや戦後と言ったほうが雰囲気が出るな。






中華街は女子中学生か女子高生でいっぱいだった。
この時期に修学旅行なのか。

引率はT君である。(笑)



昼食は焼飯とシューマイ。
美味であった。






中華街は我が家からも近いのに、なかなか来ない。
横浜はもっと利用するべきなのだが、子供がいるとなかなか縁遠いものだ。




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久しぶりの親友に会う。

2011-04-19 | スナップ
のがちゃんとは今年の初めにネットで再会した。
小学校の3年生か4年生から中学校の3年生の途中まで一緒だった。
豊中市立東丘小学校と豊中市立第八中学校は、千里ニュータウンにある大きな学校だったが、
最近はニュータウンの老齢化と少子化が重なって、児童数が極端に少なくなってしまったが、
最近は多くの低層団地が高層団地に生まれ変わり、新しい居住者も増えて、児童数も増加に転じているようだ。

のがちゃんとMixiで再会して、メールのやり取りをしていたのだが、
実際には会えないでいた。
その間に、私が脳梗塞に陥り、大きな地震が来てしまった。
幸いな面としては、会えない理由の一つは、のがちゃんが鉄道関連のライターをしているので
多忙だということだ。
小学校の時の二人の会話の多くは鉄道と、それを撮影するカメラの事だったように記憶している。
今でも変わらず鉄道に関わっているのだ。
私は羨ましいと思った。





のがちゃんはリハビリで通う病院まで来てくれたのだ。
驚いた。

桜が散り始めて、川は花びらでいっぱいだった。
「知らんかったら降りて歩きそうや。肥え溜めみたいに落ちるな~。」
私はこのセリフを聞いて即座に小学校時代を思い出した。
大阪の小学生は、肥え溜めに落ちるのを最大の恥、笑い話、としていたからだ。
肥え溜めは葉っぱで隠れていて、歩いていると落ちるのだ。






彼も写真を撮りはじめた。
恐らく35年ぶりに会うのに、何の違和感も感じなかった。
声変わりの前からのお互いの声は変わったけれど、しゃべり方はそのままだ。






私のリハビリクリニックからの帰宅時のルートを一緒に歩いてもらった。

のがちゃんも高校3年の時に転勤で引っ越しして、東京の大学に入ったのだそうだ。
実は私と3年の差でしかない。
でも、二人の会話は当然に大阪のことだ。
幼稚園~小中学校をすごした町は永遠なんだ。






二人でちょっと冒険だ。


僕達が小学校だった頃、世間はSLブームだった。
全国の亜幹線やローカル線に小学生~高校生がうろうろしていたのだ。
小学生でも遠くまで遠征していた。
列車も駅も街もずっと安全で、大人は親切だった。
だから、たくさん冒険が出来た。
最近の子供は冒険が命懸けだ。






のがちゃんの息子さんはバンドでベースをやってるそうだ。
それも何と同じライブハウスに出演しているらしい。
世の中はやはり狭い、というか欲する者が出会えるようになっているんだ。













レールがこんなに近くに見えるのは、今時は珍しい。
池上線では有り得るのだが、なんだか二人で懐かしくなり、電車が来るまで待っていた。






これは子供の仕業か、大人の仕業か。
もしかしたら電車が来るまでの暇つぶしか。






「こうやって、ここで電車を撮ったりするんだよ。」
と言っても、のがちゃんなら判ってくれる。
私が特段変な人間ではなく、当たり前のように扱ってくれる。
都会の隠れたすごい撮影地だって。
彼も写真を撮っていたもの。






ハワイアンな店でランチして、昔の話をたくさんした。
そして旗の台の古びた純喫茶に移動して、電車を見ながら続きの話をした。

たった2軒のカフェでは時間がまったく足りなかった。
また会って続きを話さなければならない。
友達の事、女の子の事、電車の事、そして大阪の事をだ。


唯一無二の親友という言い方があるが、
それは「のがちゃん」の事だ。




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