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163:外観ではない

2019-10-13 | 小説「町おこしの賦」
163:外観ではない
 恭二は昼休み時間を狙って、久しぶりに高校まで足を運んだ。新聞部顧問であり三年E組の担任だった、長島太郎先生に会うためである。恭二は三年間通い続けた道を、ゆっくりと歩いた。いつも傍らには、勇太や詩織がいた。
オランダ坂へ差しかかって上を見たとき、人影が動いた。恭二は一瞬、詩織だと思った。しかし坂を上ってみると、誰もいなかった。札幌時計台と標茶中学校を横目に見ながら、恭二は少しずつ気持ちが高ぶるのを感じた。

職員室には、長島先生の姿があった。近寄る恭二を目ざとく見つけて、「おお、北大生のお出ましだ」と大きな声を上げた。職員室の先生たちは、一斉に恭二に視線を注いだ。
「先生、ご報告にあがりました」
恭二に椅子を勧め、長島先生は右手を差し伸べた。
「よかったな。合格おめでとう」
「ありがとうございます」
「瀬口は新聞にエネルギーを注いだので、現役では難しかったけど、あのエネルギーを受験勉強に費やしていたら、恐らく現役合格していたと思う」
「新聞部は、楽しかったですから」
「私は標高新聞が、標茶を変えたと信じている。南川や瀬口はよく頑張った」
「久しぶりに帰ってきましたが、標茶は何も変わっていません。むしろさらに、寂れたという感じでした」

「瀬口、外観だけで、判断してはいけない。そこに暮らす人が満足しているか否かに、目を向けるべきなんだ。下ろされた、シャッターの数ではない。もっと踏みこめば、人の心はのぞくことができるんだよ。私は町民の満足度は、非常に上がってきていると判断している」
 長島先生と話をすると、いつも何かが心に刺さる。もっと踏みこめという戒めが、心のなかでむくむくと立ち上がってきた。

 高校を辞して、恭二は急に標茶町霊園へ行ってみようと思った。ここには、瀬口家の先祖代々の墓がある。線香を持参しなかったことを悔やみながら、恭二は長い坂を上る。
 額から汗が、噴き出してきた。やっとの思いで、霊園に着く。恭二は墓の前で、両手を合わせた。北大に合格しました。心のなかで、先祖にそう報告した。
それから石段を上り、霊園の高台に立った。そこからは、標茶町の全景が見渡せた。この広大な大地の上には、わずかに八千人弱の人がいるだけである。凍てついた風景を見ながら、いつかこの町に戻ってくることになるのだろうか、と恭二は思う。


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