外山滋比古『思考の整理学』(ちくま文庫)

アイディアが軽やかに離陸し、思考がのびのびと大空を駆けるには? 自らの体験に則し、独自の思考のエッセンスを明快に開陳する、恰好の入門書。内容(「BOOK」データベースより)
◎突然売れはじめた不思議
外山滋比古(とやま・しげひこ)『思考の整理学』(ちくま文庫)は、私の書棚で忘れ去られたまま眠っていました。「山本藤光500+α」の「知・教養・古典ジャンル」にはノミネートしているものの、ずっと下の方に位置づけていました
ところが、そうではすまされなくなりました。爆発的に売れはじめたからです。そのことを朝日新聞(2009年8月3日)では、教育面で大きくとりあげています。以下紹介させてもらいます。
朝日新聞は「東大・京大で昨年最も読まれた『思考の整理学』/外山さん『忘却こそ大切』」との2段見出しで、売れている秘密に迫っています。なぜ読者が生まれる以前に出版された本に、突然火がついたのか。そんな興味から、記事は書き起こされていました。なにしろ88万部も売れているのです。
記事によると2007年盛岡市の書店員が、「もっと若いときに読んでいれば……そう思わずにはいられませんでした」と手書きのコメントをつけて、販売したのがきっかけだったそうです。発売から21年かけて17万部というゆっくりとした売れ行きに、1枚のPOPが火をつけたのです。(ここまでは当時の私のメモより)
私は文庫本の初版(1986年)で、『思考の整理学』を読んでいました。当時の私はダボハゼのように、「思考」「整理」「知」などのキーワードに飛びついていました。ハウツー本だとばかり思っていたので、エッセイであることにがっかりした記憶があります。つまり読み流していたのです。
文庫のカバー表紙が大好きな安野光雅でしたので、本の記憶は鮮明に残っていました。本文は忘れていました。再読してみました。なるほど、売れるはずだと思いました。なによりも文章が平易です。思わず笑ってしまうエピソードが、ふんだんに盛りこまれていました。
◎笑えるエピソードが満載
『思考の整理学』は、考えることの意義や楽しさを述べた本です。各章が短いので、すきま時間に読むことができます。「知恵」という章がありますが、「知恵」とはなにかということにはまったくふれていません。たくさんのエピソードが紹介されているだけです。情報をいくつかつなぎあわせると、立派な「知恵」になります。著者は遠まわしに、そう語っているだけです。
革の旅行かばんがくたびれてきました。周囲の人は、みっともないから買い換えろといいます。よごれ落としのクリーナーで磨いてみました。しゃんとなりました。考えてみれば、革靴はていねいに磨くのに、ほかの革製品を磨く習慣がありません。こんな「大発見」から、著者の思考はあっちへとびこっちへとびと膨らんでゆきます。
バナナの皮で磨くと、タンニンが含まれているのできれいになります。切れる包丁は錆びやすいので、使ったあと湯に浸しておいて、乾いた布で拭けばいい。こんな知恵をなぜ包丁屋は教えないのか。すぐに錆びたほうが、売上に貢献する。だから隠しているのだろう。
こんな感じで、著者は思考の広がりを語ります。きんぴらごぼうの話から、「戦争中に捕虜にゴボウを食わせた。雑草を食わせたのは、捕虜虐待であると、訴えられて、戦犯になった所長のあったことを思い出す」(本文より)と思考がジャンプします。
繊維質の野菜は老化防止につながる。こんな話が、きんぴらになり、捕虜収容所までとんでしまいます。外山滋比古は、驚くほどの引き出しをもっています。それゆえ、湯水のごとくエピソードがとびだすのでしょう。
◎考えることと忘れること
朝日新聞の記事に戻ります。新聞では、東大駒場キャンパスでの講演内容をを紹介しています。
――「人間は記憶と再生で、コンピューターにかなわない。私たちの記憶力は不完全で、絶えず忘れてしまう。でも、人間のように選択しながら忘れることがコンピューターにはできない」(新聞記事引用)
――「忘れることを恐れないこと。おびただしい情報で頭がメタボになれば、考えることができなくなる」(新聞記事引用)
私は梅棹忠夫『知的生産の技術』(岩波新書)に、たくさんの知恵をもらいました。梅棹忠夫は1920年生まれで、外山滋比古よりも3歳年長です。2冊の本を重ね合わせると、薄っぺらな私の「知」はもっと膨らんだかもしれません。ハウツー本を活用するには、ベースとしての良質な「思考」が必要だったのです。
最近では、加藤秀俊(『隠居学』講談社文庫)や松浦弥太郎(『松浦弥太郎の仕事術』朝日文庫)などを好んで読んでいます。
外山滋比古『思考の整理学』により、「考えること」の大切さと「忘れること」の価値に気づかせてもらいました。情報を集め、ファイリングしているだけでは意味がありません。ときどき取り出し、考えてみる。何も浮かばなかったら、またファイルに戻せばいいだけなのです。それが「忘れる」ということなのでしょう。
エッセイのよいところは、小刻みに読むことができる点です。時間がないを口癖にしている人には、特におすすめのジャンルです。
(山本藤光:2012.02.27初稿、2018.02.21改稿)

アイディアが軽やかに離陸し、思考がのびのびと大空を駆けるには? 自らの体験に則し、独自の思考のエッセンスを明快に開陳する、恰好の入門書。内容(「BOOK」データベースより)
◎突然売れはじめた不思議
外山滋比古(とやま・しげひこ)『思考の整理学』(ちくま文庫)は、私の書棚で忘れ去られたまま眠っていました。「山本藤光500+α」の「知・教養・古典ジャンル」にはノミネートしているものの、ずっと下の方に位置づけていました
ところが、そうではすまされなくなりました。爆発的に売れはじめたからです。そのことを朝日新聞(2009年8月3日)では、教育面で大きくとりあげています。以下紹介させてもらいます。
朝日新聞は「東大・京大で昨年最も読まれた『思考の整理学』/外山さん『忘却こそ大切』」との2段見出しで、売れている秘密に迫っています。なぜ読者が生まれる以前に出版された本に、突然火がついたのか。そんな興味から、記事は書き起こされていました。なにしろ88万部も売れているのです。
記事によると2007年盛岡市の書店員が、「もっと若いときに読んでいれば……そう思わずにはいられませんでした」と手書きのコメントをつけて、販売したのがきっかけだったそうです。発売から21年かけて17万部というゆっくりとした売れ行きに、1枚のPOPが火をつけたのです。(ここまでは当時の私のメモより)
私は文庫本の初版(1986年)で、『思考の整理学』を読んでいました。当時の私はダボハゼのように、「思考」「整理」「知」などのキーワードに飛びついていました。ハウツー本だとばかり思っていたので、エッセイであることにがっかりした記憶があります。つまり読み流していたのです。
文庫のカバー表紙が大好きな安野光雅でしたので、本の記憶は鮮明に残っていました。本文は忘れていました。再読してみました。なるほど、売れるはずだと思いました。なによりも文章が平易です。思わず笑ってしまうエピソードが、ふんだんに盛りこまれていました。
◎笑えるエピソードが満載
『思考の整理学』は、考えることの意義や楽しさを述べた本です。各章が短いので、すきま時間に読むことができます。「知恵」という章がありますが、「知恵」とはなにかということにはまったくふれていません。たくさんのエピソードが紹介されているだけです。情報をいくつかつなぎあわせると、立派な「知恵」になります。著者は遠まわしに、そう語っているだけです。
革の旅行かばんがくたびれてきました。周囲の人は、みっともないから買い換えろといいます。よごれ落としのクリーナーで磨いてみました。しゃんとなりました。考えてみれば、革靴はていねいに磨くのに、ほかの革製品を磨く習慣がありません。こんな「大発見」から、著者の思考はあっちへとびこっちへとびと膨らんでゆきます。
バナナの皮で磨くと、タンニンが含まれているのできれいになります。切れる包丁は錆びやすいので、使ったあと湯に浸しておいて、乾いた布で拭けばいい。こんな知恵をなぜ包丁屋は教えないのか。すぐに錆びたほうが、売上に貢献する。だから隠しているのだろう。
こんな感じで、著者は思考の広がりを語ります。きんぴらごぼうの話から、「戦争中に捕虜にゴボウを食わせた。雑草を食わせたのは、捕虜虐待であると、訴えられて、戦犯になった所長のあったことを思い出す」(本文より)と思考がジャンプします。
繊維質の野菜は老化防止につながる。こんな話が、きんぴらになり、捕虜収容所までとんでしまいます。外山滋比古は、驚くほどの引き出しをもっています。それゆえ、湯水のごとくエピソードがとびだすのでしょう。
◎考えることと忘れること
朝日新聞の記事に戻ります。新聞では、東大駒場キャンパスでの講演内容をを紹介しています。
――「人間は記憶と再生で、コンピューターにかなわない。私たちの記憶力は不完全で、絶えず忘れてしまう。でも、人間のように選択しながら忘れることがコンピューターにはできない」(新聞記事引用)
――「忘れることを恐れないこと。おびただしい情報で頭がメタボになれば、考えることができなくなる」(新聞記事引用)
私は梅棹忠夫『知的生産の技術』(岩波新書)に、たくさんの知恵をもらいました。梅棹忠夫は1920年生まれで、外山滋比古よりも3歳年長です。2冊の本を重ね合わせると、薄っぺらな私の「知」はもっと膨らんだかもしれません。ハウツー本を活用するには、ベースとしての良質な「思考」が必要だったのです。
最近では、加藤秀俊(『隠居学』講談社文庫)や松浦弥太郎(『松浦弥太郎の仕事術』朝日文庫)などを好んで読んでいます。
外山滋比古『思考の整理学』により、「考えること」の大切さと「忘れること」の価値に気づかせてもらいました。情報を集め、ファイリングしているだけでは意味がありません。ときどき取り出し、考えてみる。何も浮かばなかったら、またファイルに戻せばいいだけなのです。それが「忘れる」ということなのでしょう。
エッセイのよいところは、小刻みに読むことができる点です。時間がないを口癖にしている人には、特におすすめのジャンルです。
(山本藤光:2012.02.27初稿、2018.02.21改稿)
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