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マンスフィールド「園遊会」(マンスフィールド短編集・新潮文庫、安藤一郎訳)

2018-03-03 | 書評「マ行」の海外著者
マンスフィールド「園遊会」(マンスフィールド短編集・新潮文庫、安藤一郎訳)

楽しく華やかな園遊会の日にローラの心を占めていたのは、貧しい家族を残して事故死した近所の男のことだった。感じやすい少女の人生への最初の目覚めを描く代表作「園遊会」を含む15編を収める。一種の印象主義ともいうべき、精緻で微妙な文体で、詩情豊かに人間心理を追求する。純粋な自我を貫いた一生を通して、いつも生の下に死の影を見ていた著者の哀愁にみちた短編集である。(アマゾン内容案内)

◎チェーホフに学ぶ

『マンスフィールド短編集』(新潮文庫、安藤一郎訳)には、15の短編小説が所収されています。そのなかでも「園遊会」は、キャサリン・マンスフィールドの代表作といわれています。マンスフィールドは1888年生まれで、34歳で亡くなっています。それは『園遊会』発表の翌年のことです。作風については、次のような紹介がなされています。

――まれにみる短編小説の名手で、チェーホフの手法を学んだ表現技法を駆使し、ことに、故郷ニュージーランドの風物と人間をあざやかに描出した。(『新潮世界文学小辞典』P918)

 マンスフィールドとチェーホフについては、阿部昭が『短編小説礼賛』(岩波新書)のなかで次のように書いています。

――彼女(補:マンスフィールド)はおそらく最後の日まで、チェーホフを読んでいたにちがいない。チェーホフの名前は、彼女の手紙や日記のいたるところに現れる。(中略)彼女はいまやチェーホフを完全に自分のものにし、短編小説の世界に彼が知らなかった新しいものさえ付け加えた。(同書P176)

――「園遊会」は、人間の心理の微妙な陰影、豊かな色彩感、感覚のみずみずしさなど、まぎれもなくマンスフィールドを代表する傑作のひとつといえよう。(立野靖子・文、明快案内シリーズ『イギリス文学』自由国民社P197)

『マンスフィールド短編集』は何度も読み返していますし、原書にも触れています。原書は英語が得意ではない私にとっても、非常に読みやすいものでした。kindle版『ガーデンパーティ』は、和英対訳になっています。もう一つだけ、彼女の作品に触れている文章を紹介させていただきます。

――キャサリン・マンスフィールドの作品はあまりにも繊細すぎて、わたしの鈍いアンテナではほとんどとらえられないが、それでも微妙にひっかかるなにかがあって、読み返してみたくなる。(若島正『乱視読者の英米短篇講義』研究社P198)

◎ロウソクの炎のように

「園遊会」の主人公は、十代の上流階級に育った娘ローラです。
彼女が住む家の下には、貧しい人が暮らす家が肩を寄せ合って建っています。
 初夏の輝くような朝。ローラの家では、園遊会の準備をしています。ローラは朝からウキウキソワソワしています。ローラは会場の設営を仕切るようにと母親にいわれ、その高揚感は尋常のものではありません。
そんな様子を、マンスフィールドは繊細な描写でさばいてみせます。朝早くから庭師やテント張りの男たちや花屋がやってきます。ローラはちょっと背伸びして、それらの人たちに指図をします。そのときのローラの振る舞いや応対の様子は、読んでいて暖かな気持ちにさせられます。ローラはたくましい大人たちの働く姿を惚れ惚れと眺めます。そして彼らに、魅力を感じます。そのなかの一人の男の振る舞いを、ローラは次のように感じます。

――彼は、かがんで、ラヴェンダーの小枝をぎゅっとつまんで、その親指と人差指を鼻のところへもっていき、匂いをかいだ。その様子をローラは見て、男がそんなものに心をとめるのに驚いて、(後略)(本文P12)

 そんなとき、邸の下に住んでいた車夫のスコットが落馬して死にます。彼には妻と幼い五人の子どもがいました。ローラは園遊会の中止を主張します。しかし母も姉も、とりあってくれません。
 
園遊会は大成功に終ります。テーブルにはサンドウィッチや菓子が、たくさん残っていました。ローラは母から、それらを亡くなったスコットさんの家に届けるように提案されます。ローラはそれがよいことなのか、差し出がましいことなのか、迷います。

この先の展開については、触れるのを控えます。ただし感動的な最後だけは、のちに紹介させていただきます。ローラの微妙な心が、微風に揺れるロウソクの炎のようになるのを、ぜひ体感してみてください。「園遊会」は短編集の最初のページにあります。私は1日1編ずつ、味わうように読みました。すごい、すごいとつぶやきながら。

◎感動したラストシーン

短編小説で私が好きなのは、マンスフィールド以外では、O・ヘンリー『1ドルの価値/賢者の贈り物』(光文社古典新訳文庫、芹澤恵訳)と井伏鱒二『山椒魚』(新潮文庫)です。これらの作品については、山本藤光の文庫で読む500+α」で紹介しています。

短篇小説の魅力について、書かれた本はたくさんあります。阿刀田高に『短編小説を読もう』(岩波ジュニア新書)、『短編小説のレシピ』(集英社新書)、『海外短編のテクニック』(集英社新書)、筒井康隆『短篇小説講義』(岩波新書)などはお勧めです。しかし私の読み落としでなければ、これらの著作にマンスフィールドは取り上げられていません。

 さて、私が感動したラストシーンですが、小川洋子もそこを指摘しています。

――ローラは迎えにきた兄に、「人生って」、「人生というものは――」口ごもって、それ以上は言葉にならないのです。このラストシーンがとてもいい。言葉にできないことを描いた小説、これが傑作たるゆえんでしょう。(小川洋子『心と響き合う読書案内』PHP新書P222)

夭折したマンスフィールドが残してくれた、珠玉の短編集を堪能してください。
山本藤光2017.07.17初稿、2018.03.03改稿


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