山本藤光の文庫で読む500+α

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原田マハ『楽園のカンヴァス』(新潮文庫)

2018-02-08 | 書評「は」の国内著者
原田マハ『楽園のカンヴァス』(新潮文庫)

ニューヨーク近代美術館のキュレーター、ティム・ブラウンはある日スイスの大邸宅に招かれる。そこで見たのは巨匠ルソーの名作「夢」に酷似した絵。持ち主は正しく真贋判定した者にこの絵を譲ると告げ、手がかりとなる謎の古書を読ませる。リミットは7日間。ライバルは日本人研究者・早川織絵。ルソーとピカソ、二人の天才がカンヴァスに篭めた想いとは―。山本周五郎賞受賞作(「BOOK」データベースより)

◎原田マハが化けた

 原田マハを読みはじめたきっかけは、原田宗典(集英社文庫)の妹がデビューしたという情報からでした。さっそく「日本ラブストーリー大賞2006」に輝いた『カフーをまちわびて』(初出2006年、宝島文庫)を読んでみました。残念ながら「山本藤光の日本現代文学125+α」には、入れられる作品ではありませんでした。軽いな、というのが素直な感想です。その後何冊か読んでみましたが、私の評価は同じでした。

 ある日ともだちから「原田マハって知っている?」と質問されました。「うん、何冊か読んだけれど……」とつまらなそうに答えました。「『楽園のカンヴァス』はいいぞ。奥泉光の『シューマンの指』を超えているよ」と、ともだちは目を輝かせていいました。私は書評を書くたびに、本好きのともだちに送りつけています。ともだちが胸を張って、原田マハの名前をいったのは、私が奥泉光『シューマンの指』(講談社文庫)を絶賛した直後のことでした。

 読んでみました。驚愕しました。これがあの原田マハだろうか、と疑ったほどでした。原田マハが化けた、と思わず叫んだほどです。『楽園のカンヴァス』(新潮文庫)はのちに、「本屋大賞2013」の第3位に選ばれました。

 私が若い作者を追いかけるのは、「化ける」瞬間を見届けたいためです。以下期待の女流作家が、化けたときをならべてみます。2段で紹介していますが、上の段がデビュー作です。

【大島真寿美】(デビュー作から19年目)
1992年『宇の家』(角川文庫)
2011年『ピエタ』(ポプラ文庫)
【赤坂真理】(デビュー作から15年目)
1997年『蝶の皮膚の下』(河出文庫)
2012年『東京プリズン』(河出文庫)
【金原ひとみ】(デビュー作から7年目)
2004年『蛇にピアス』(集英社文庫)
2011年『マザーズ』(新潮文庫)
【原田マハ】(デビュー作から4年目)
2008年『カフーをまちわびて』(宝島文庫)
2012年『楽園のカンヴァス』(新潮文庫)
 
 原田マハが「化けた」のは、異例の早さでした。不覚にも私はその予兆すら感じとれなかったのです。反省。

◎なんて下手くそなんだろう

 主人公・早川織絵(43歳)は、若いころにパリで美術の研究をしていました。未婚で出産して帰国し、大原美術館の監視員をしています。ある日大手全国紙が、アンリ・ルソー展を企画しました。目玉は最晩年に描かれた「夢」の展示でした。

ニューヨーク美術館に貸し出しを依頼すると、交渉役としてオリエ・ハヤカワをあてるようにいってきました。返信者はチーフ・キュレーターのティム・ブラウン。早川織絵とティム・ブラウンは、17年前にアンリ・ルソーの「夢をみた」の真贋を鑑定するため、7日間の緊張する時間を共有したことがあります。7章からなるルソーの日記を毎日1章ずつ読み、「夢をみた」の謎に迫るのです。

 ストーリーにふれるのは、原田マハの描いたピュアなキャンバスに泥を塗るようなものです。かわりに本書が書かれた、いきさつについてふれておきます。

原田マハは小学2年のときに、倉敷美術館でピカソの「鳥籠」を見て衝撃を受けています。「なんて下手なんだろう。これならあたしでも描ける」と思いました。大学3年のときに、アンリ・ルソの画集をみて「なんて下手なんだ」と思いました(「波」2012年2月号を参照しました)。それらのきっかけから、原田マハは『楽園のカンヴァス』の誕生秘話をつぎのように語っています。

――ルソーの作品世界とミステリアスな人生を、自分の手でつまびらかにしたいといった欲望。主人公の二人が少しずつ読み解いていくルソーの謎は、私自身が知りたかったことでもあります。(「波」2012年2月号のインタビュー記事より)

『楽園のカンヴァス』は、原田マハが歩んだ人生の集大成だったのです。これまで高い評価をしてきた奥泉光『シューマンの指』よりも、ひとつ高い場所に『楽園のカンヴァス』をおくことにしました。
(山本藤光:2014.08.08初稿、2015.01.28改稿)

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