128:最終スタンプ所
藤野温泉ホテルは、日帰りコースの最後二十七番スタンプ所になっている。一泊二日コースのときには、三十八番としてお客さんの最終ゴールともなる。いずれにせよ、ウォーキング・ラリーを終えたら、一日分の汗をここで流してもらうのである。
詩織と恭二は、ここで参加者の感想を収集している。二人はロビーのソファに座り、周囲の声に耳を傾けている。はんてんは着ていない。
――ママ、すごくおもしろかった(女児)
――魚二匹も釣ったんだよ。魚ぴちぴちはねて怖かった(男児)
――高校であんなにたくさんの体験ができるなんて、信じられない。みんな親切だったね(母親)
――今度またこようね。カヌーにも乗れるみたいだし、キャンプもできるんだって(父親)
詩織は恭二と話をしているふうを装い、参加者の声を拾って必死でペンを走らせている。新聞部時代の技は、しっかりと身についている。
浴室が混んできているようで、詩織の父は入浴の順番を待っているロビーの人たちに、「ドリンクの無料サービスをしています。冷たいものを飲んで、少しだけお待ちください」と伝え回る。レストランにも、待ちの列ができた。「何やっているんだ」との、怒号も聞こえる。
恭二は詩織に、何かをささやく。うなずいた詩織は、父のもとへと、承認を得るために走る。そして二組のトランプとハンディマイクを持って、戻ってくる。
「お風呂やお食事を、お待ちのお客様。これから、『待っててよかったカード大会』を開催します。賞品は売店で売っているもので、二千円以内のものなら何でも無料でゲットできます」
参加者はぞろぞろと、ロビーに集ってくる。詩織は一組のカードを伏せて、手に持っている。
「お一人さま一枚、カードを引いてください。あとでもう一組のカードで当たりを決めます。はい、坊やどれでも一枚選んでください」
次々と詩織の手から、カードが消えてゆく。
「みなさん、カードをお持ちですか? では当たりカードを、選んでもらいます。こっちのカードから一枚ずつ引いてもらいますので、同じカードをお持ちの方は、当たりとなります。二千円券を差し上げますので、それでお好きなものをお求めください」
恭二と詩織を囲んで、大きな人垣ができている。浴衣姿の人も多い。イベント参加者ではなく、泊り客も含まれているようだ。
「では、当たりカードを選びます。抽選は十人のお子さんに、担当してもらいます。当たりカードを選びたい人は手を上げて」
何人もの子どもが、手を上げている。詩織はその子の眼前に、伏せたカードを差し出す。一枚が引かれる。
「ハートの七です。どなたかお持ちですか」
親にうながされて、短パンに半袖の男の子がカードを高く掲げている。
「はい、おめでとうございます」
大きな歓声に、ため息が混じる。ホテルのパンフレットに、赤のマジックインクで「当たり」と書いただけのものを手渡す。拍手が起きる。
恭二はできるだけ進行を遅らせるために、当たりの人にマイクを向けてみたりした。そして十枚の当たりが決まったとき、マイクを詩織に渡した。
「これで、待っててよかったカード大会を終わります。たくさんのみなさまに標茶町ウォーキング・ラリーに参加していただき、ありがとうございます。予想外の人数の参加で、受け入れ側に混乱がありましたことを、深くお詫び申し上げます」
マイクを持った詩織は、深々と頭を下げる。拍手が起こり、「いいってことよ」という声が飛んだ。
宮瀬哲伸は、一部始終を見ていた。恭二と詩織の機転に、感動すら覚えていた。二人には、おもてなしの心がある。観光客を包みこむ、暖かな気持ちがある。
藤野温泉ホテルは、日帰りコースの最後二十七番スタンプ所になっている。一泊二日コースのときには、三十八番としてお客さんの最終ゴールともなる。いずれにせよ、ウォーキング・ラリーを終えたら、一日分の汗をここで流してもらうのである。
詩織と恭二は、ここで参加者の感想を収集している。二人はロビーのソファに座り、周囲の声に耳を傾けている。はんてんは着ていない。
――ママ、すごくおもしろかった(女児)
――魚二匹も釣ったんだよ。魚ぴちぴちはねて怖かった(男児)
――高校であんなにたくさんの体験ができるなんて、信じられない。みんな親切だったね(母親)
――今度またこようね。カヌーにも乗れるみたいだし、キャンプもできるんだって(父親)
詩織は恭二と話をしているふうを装い、参加者の声を拾って必死でペンを走らせている。新聞部時代の技は、しっかりと身についている。
浴室が混んできているようで、詩織の父は入浴の順番を待っているロビーの人たちに、「ドリンクの無料サービスをしています。冷たいものを飲んで、少しだけお待ちください」と伝え回る。レストランにも、待ちの列ができた。「何やっているんだ」との、怒号も聞こえる。
恭二は詩織に、何かをささやく。うなずいた詩織は、父のもとへと、承認を得るために走る。そして二組のトランプとハンディマイクを持って、戻ってくる。
「お風呂やお食事を、お待ちのお客様。これから、『待っててよかったカード大会』を開催します。賞品は売店で売っているもので、二千円以内のものなら何でも無料でゲットできます」
参加者はぞろぞろと、ロビーに集ってくる。詩織は一組のカードを伏せて、手に持っている。
「お一人さま一枚、カードを引いてください。あとでもう一組のカードで当たりを決めます。はい、坊やどれでも一枚選んでください」
次々と詩織の手から、カードが消えてゆく。
「みなさん、カードをお持ちですか? では当たりカードを、選んでもらいます。こっちのカードから一枚ずつ引いてもらいますので、同じカードをお持ちの方は、当たりとなります。二千円券を差し上げますので、それでお好きなものをお求めください」
恭二と詩織を囲んで、大きな人垣ができている。浴衣姿の人も多い。イベント参加者ではなく、泊り客も含まれているようだ。
「では、当たりカードを選びます。抽選は十人のお子さんに、担当してもらいます。当たりカードを選びたい人は手を上げて」
何人もの子どもが、手を上げている。詩織はその子の眼前に、伏せたカードを差し出す。一枚が引かれる。
「ハートの七です。どなたかお持ちですか」
親にうながされて、短パンに半袖の男の子がカードを高く掲げている。
「はい、おめでとうございます」
大きな歓声に、ため息が混じる。ホテルのパンフレットに、赤のマジックインクで「当たり」と書いただけのものを手渡す。拍手が起きる。
恭二はできるだけ進行を遅らせるために、当たりの人にマイクを向けてみたりした。そして十枚の当たりが決まったとき、マイクを詩織に渡した。
「これで、待っててよかったカード大会を終わります。たくさんのみなさまに標茶町ウォーキング・ラリーに参加していただき、ありがとうございます。予想外の人数の参加で、受け入れ側に混乱がありましたことを、深くお詫び申し上げます」
マイクを持った詩織は、深々と頭を下げる。拍手が起こり、「いいってことよ」という声が飛んだ。
宮瀬哲伸は、一部始終を見ていた。恭二と詩織の機転に、感動すら覚えていた。二人には、おもてなしの心がある。観光客を包みこむ、暖かな気持ちがある。
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