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首藤瓜於『脳男』(講談社文庫)

2021-06-21 | 書評「し」の国内著者
首藤瓜於『脳男』(講談社文庫)

連続爆弾犯のアジトで見つかった、心を持たない男・鈴木一郎。逮捕後、新たな爆弾の在処を警察に告げた、この男は共犯者なのか。男の精神鑑定を担当する医師・鷲谷真梨子は、彼の本性を探ろうとするが…。そして、男が入院する病院に爆弾が仕掛けられた。全選考委員が絶賛した超絶の江戸川乱歩賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

◎爆弾犯の逮捕

ソン・ウォンピョン『アーモンド』の書評を書きながら、何度も首藤瓜於『脳男』(講談社文庫)のことが頭に浮かびました。感情をもたない主人公という共通点が気になったのです。『脳男』は20年ほど前に読んでいます。しかし、すっかりストーリーを忘れてしまっています。そんな折りに書店で『脳男』新装版を発見しました。帯には「美しき殺戮者、戦慄のダークヒーロー」と新たに書かれていました。

そこで再読を試みました。当時の興奮が、一挙によみがえってきました。奇抜な設定も、すぐに思い出しました。独特の個性だった刑事や脳外科医も、かくれんぼうでもしていたかのように、姿を現してくれました。

本書は「2000年傑作ミステリーベスト10」(週刊文春)の第1位に輝いています。そして江戸川乱歩賞も受賞しています。当時の私は、PHPメルマガ「ブックチェイス」で書評の連載をしていました。出版社から毎月たくさんの寄贈本がありましたが、話題に煽られて手にしたことまでよみがえってきました。

以下は当時の原稿に、再読後手入れしたものです。

タイトルを見て、笑ってしまいました。何とも安直なタイトルではないですか。江戸川乱歩賞受賞作のことです。「男」の前に単語を冠せた作品はたくさんあります。ざっとあげてみましょう。

安部公房『箱男』(新潮文庫、初出1973年)、小林恭二『電話男』(ハルキ文庫、初出は福武書店、1985年)、原田宗典『スメル男』(講談社文庫、初出1989年)、清水義範『蛙男』(幻冬舎文庫、初出1999年)、殊能将之『ハサミ男』(講談社文庫、初出1999年)

タイトルは単純なのですが、これらの作品はどれも面白く読むことができました。そして、『脳男』も、例外ではありませんでした。連続爆弾事件が勃発します。舞台は愛知県愛宕市。三件目の爆破事件で、捜査員は犯人らしき人物を発見します。
 
現場では犯人とおぼしき二人の男が、仲間割れしてもみ合っていました。そのうちの一人は、爆弾犯としてマークしていた緑川でした。巨漢の捜査員・茶屋は緑川を取り逃がしてしまいます。しかし、もう一人を逮捕することができました。捕らえられた男は、自らを鈴木一郎と名乗ります。

◎奇想天外なものがたり

鈴木一郎は拘置所から鑑定入院のために、病院へ護送されます。担当医は鷲谷真梨子。鑑定を進めるうちに、男の不可思議な状況が明らかになっていきます。鈴木一郎は、過去を記憶していません。しかし一度インプットしたものの記憶は、失いません。彼には感情はありません。

臨床医として、鈴木一郎に迫る真梨子。連続爆弾事件の片割れとして、鈴木一郎に迫る茶屋。事件は、鈴木一郎の過去へとさかのぼります。少しずつクリアになる過去。ここから先はネタバレになります。深追いはしないことにしっます。

首藤瓜於は新人離れした筆力で、作品を引っ張ります。

連続爆弾事件は続きます。そこには、潜伏している緑川の姿がちらついています。ばらばらだったピースは、次第に一箇所に集まりはじめます。そしてパニックが起こります。

この作品の妙味は、登場人物のキャラクターにあります。鈴木一郎という感情をもたない個性の造形は、秀逸です。しかも脇役まで、個性がとがっています。このあたりについては、江戸川乱歩賞の選評に的確な文章がありました。

――受賞作は、スピード感のある展開で、意志や感情をまったく持たない男の、自我の回復を描いて、きわめて個性的で際立った作品に仕あがっていた。人間性や能力の、欠落と、それと相反する豊かさが、想像上のものだとわかっていても、不思議なリアリティと迫真力を持っていた。その男に対する、ヒロインの女性精神科医が、またいい。茶屋という刑事とともに、作品に輝きを添えた。(北方謙三)
――「脳男」の受賞は順当な結果である。候補作の中で、唯一、独自の世界と文体を持った作品だった。ユニークなキャラクターと、その成長過程を辿っていく展開にはミステリー的な感興がある。(赤川次郎)

奇想天外な物語を、ここまで書き上げる作者の能力に脱帽です。
(山本藤光:2000.09.3・PHP研究所「ブック・チェイス」掲載:改稿2021.06.16)

210621:首藤瓜於『脳男』(講談社文庫)書評脱稿

2021-06-21 | 妙に知(明日)の日記
210621:首藤瓜於『脳男』(講談社文庫)書評脱稿
■目覚めてすぐに、知りたいニュースが3つありました。静岡県知事選挙。残念ながら、親中の現職の勝利でした。2つめはボクシング。こちらは井上が、あっさりとKO防衛していました。3つめは昨日途中で中継が終わった、巨人阪神戦。こちらも希望通り巨人の勝利でした。■首藤瓜於『脳男』(講談社文庫)の書評を書き上げました。本日紹介させていただきます。
山本藤光