どういうメカニズムになっているか、分からないけれど、
以前、興味があったことから、しばらく遠ざかる期間ができて、
その間、別のことに夢中になっていて、
また、ふとした拍子に、以前のことをやり始めたとき、
これまでとは違う世界が見えてきて、
何だか、深く、それをもうすでに知っている自分がいたりする
たとえて言うと、
以前、英会話を熱心に勉強していて、
しばらく、英会話から離れてテニスに夢中になっていたとする
そして、
何かの拍子に、また、英会話に触れたとき、
全然、勉強してなかったにもかかわらず、
何故だか、英語がよく理解でき、聞けたり、話せたりしてしまう
もちろん、
すべてがそうだとは言えないかも知れないけれど、
こういうことが、実際にあることは、確かみたいだ
実際、私が今、興味を持って学び続けていることは、
ボイジャータロット、ライフパーパスアストロロジー、チャネリング、ヴァーチューズプロジェクト、レイキ、プロセス指向心理学、量子物理学、過去生療法、インナーチャイルドセラピー、ホ・オポノポノ、ネイティブ・ハワイアンの教え・・
まだまだ、これから、増えていくと思う
でも、さすがに、これだけあると、
すべてを、いつもいつもやり続けていられないので、
何か遠ざかる期間ができたりして、
そして、また、戻ってきたときに、
「あれ、前より深く理解できる!」ってことを経験している
夢中になってテニスをしているうちに、
違う自分になったのだ
自分が変われば、世界が変わるから、
自分から見た英会話が違った世界となる
マンションでも、階が上がれば、窓から見える景色が違って見えるように、
魂の立ち位置が変わってくると、
体験する世界が変わってくるのだろうと思う
そう考えてみると、
何をやるか<What>よりも、
どのようにやるか<How>がキーになる
たとえば、親は、
幼い子どもが、かくれんぼしようとも、鬼ごっこしようとも、構わない
ただ、夢中になって元気に遊んで欲しいだけ
夢中になることは、忘我の境地
光をたくさん受け取ることのできる、透明で曇りのない状態だ
だから、
何か、うまくできないことがあったとき、
目先を変えて、
他の、少しはうまくできること、やっていて楽しいことを、充分やってみて、
また改めてトライしてみると、
案外、前とは、違う感触が得られるはず
でも、私は、
「タロット研究家」とか、「アストロロジーの専門家」とか、分野限定の人には、なりたくない
それぞれの真髄に触れて、
その醍醐味を味わって、
ツールとして使いこなす人になる
より自由に、より幸福に生きる方法を、
私が試してみて良いと思った方法を、
「こんなのもあるよ」って、他の人に示していけるように
スピリチュアルカウンセリングサロン「フォルテネージュ」