「また、この両者よりもっと良いのは、今までに存在しなかった者、日の下で行われる悪いわざを見なかった者だ。」(伝道4:3新改訳)
人はこの世に生まれないほうがよい、なぜならこの世に生を受けたばかりに、見てはならない不幸を見、受けるべきではない苦しみを受けるから。▼これが世界一の富と栄華を手にしたソロモン王の言葉だとは、にわかに信じがたい。だがまぎれもなく彼の告白である。毎日、黄金と宝にかこまれ、世界からひっきりなしに来る賓客を迎え、豪華な食事と並み居る従者たちを従えていた王の王、にこやかな笑顔と口から出る神のような知恵に満ちた言葉の数々、その本人が、じつは心の奥で冒頭のような思いを抱いていたのであった。いったいどうしてなのか。▼答えは、人の心に宿る罪の根深さにある。すべての人間はひとりの例外もなくこの罪を宿しており、たとえソロン王でも逃れられなかった。いわば心が牢獄に閉じ込められたまま生涯を終わってしまうわけで、誰がどんな生涯を送ろうと、結局は「生まれて来ないほうがよかった」との結論に行き着くしかない。皮肉にもソロモンはその人生が繁栄の極致に達したため、何人(なんぴと)よりも深く、罪から生じる空しさを意識したのであった。▼イエス・キリストはこれと全く反対であられた。野原に咲く一輪の花に神の与えた装いの豪華さを見、一羽の雀に御父の豊かないつくしみを見てほめたたえたのである。これが罪を持つ人間と、罪を持たない人間の落差といえる。だが私たちは主に深く感謝しよう。イエスによる永遠の救いを頂くことができたのだ。その主イエス様が、昼も夜も私と共にいて歩んでくださっているとは、どんな宮殿や超豪華な食事、博学や名誉地位もおよばない幸せだということを!今は、「生まれて来てよかった」と心底から叫べるのだから。