「知りなさい。あなたの神、主は、あなたが正しいということで、この良い地をあなたに与えて所有させられるのではない。あなたはうなじのこわい民であるからだ。」(6新改訳)
カナン侵入をひかえ、モーセはイスラエルを前にして入念な警告を与えた。「約束の地を与えるのは、あなたがたが正しいからではない。この地の民が、滅ぼされても仕方がないほど罪に染まっているからであり、またわたしが、アブラハムやヤコブと結んだ契約を守るためである」と。
このことばは、新約の祝福に生きる私たちにも当てはまる。私たちが御国に入るのは、自分が義(ただ)しいからではなく、イエス・キリストのあがないにより頼んでいるからであり、神の一方的な恵みと憐れみによる。よくわかっているつもりでも、目をさましていないと、毎日の歩みの中で、この意識が希薄になり、いつのまにか「自己の義」が頭をもたげてくる。そこから不平不満が生じ、喜びと感謝が後退していく。くれぐれも謙遜な信仰の姿勢を失うなかれ。