![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/ae/6bd9a45617174ee04e48740f611e20da.jpg)
「たばこと塩の博物館」は、渋谷区に所在するJT(日本たばこ産業)が運営する
企業博物館です。
同館は昭和53年、日本専売公社(当時)によってたばこと塩に関する資料の収集
や調査を行うことを目的に、現在地である渋谷・公園通り沿いに開設されました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7d/e1/cd71739eda89e4fec8f5707018aa99bd.jpg)
『たばこの来た道』(中2階フロア)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/37/3b/88feb98b0d8ced998e071b3d86f67d1e.jpg)
たばこが、原産地の南米から、どのように人間と関わりながら世界に広がり、
日本に伝わったかを展示しています。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6b/e9/88c007733429574e4c37f8f7860c3538.jpg)
「たばこの葉」
左側:ニコチアナ・トメントスフォルミス(複製)
右側:ニコチアナ・シルベストリス(複製)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/45/9c/a85ca916e3a0b654874883366c963970.jpg)
「世界の喫煙具」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/59/0728f2ba85441ea35bb87c0daf4b038e.jpg)
『日本のたばこ』(2階フロア)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/77/36/69e628e850712b9c5a50ad347df8b5bd.jpg)
「刻みたばこ」と「きせる」に代表される江戸時代
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0a/6a/655f951d13a146bc0238f90a65f4bb86.jpg)
「かんな刻み機」(複製)
寛政(1789~1801)末から文化(1804~1818)初めごろ実用化されました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/71/4c/1da8d2c0c6f84961bc98315aa72fe99b.jpg)
「ぜんまい刻み機」(複製)
弘化(1844~1848)ごろ江戸で発明されました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/56/33/2c4b1403a3823ccf56323db8700c4968.jpg)
「明治期のたばこ文化」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/63/73/13a391d7f10f8104c452ebf825f87114.jpg)
政府は明治37年、「煙草専売法」により原料葉たばこの買い上げから製造販売
まで国の管理(製造専売)で行われることになります。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/24/23/5ddfaa8451485dfa10a40cfb5fb12e9e.jpg)
大蔵省専売局から日本専売公社へと引き継がれながら、昭和60年3月まで
専売の時代は続きました
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/33/7b/9abe08207eb76ded0ab88892697693be.jpg)
「戦前のたばこ」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/3d/9d7a9c529a1a5353007f19c85b7d94f2.jpg)
「戦後のたばこ」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/e1/247de2006968bdedb4e76630f2844ad5.jpg)
「公園通り商店」(復元)
店先部分は、昭和初期から平成まで世田谷区奥沢で実際に使用されていたもの
を移築したものです。
外壁、入口、屋根などは、大正後期から昭和初期にかけて、東京及び関東近県
を中心に建てられた装飾付き商店建築(看板建築)の想定復元とのこと。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0a/be/3f3b27b35a4d477d65b16a2f25e735a3.jpg)
商店内も復元されていました。
昭和の懐かしい思いが甦りますね。(^_^)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/bc/558297edd0a2ca4e106dba2cdab3f69a.jpg)
「たばこの自動販売機」
本機は、昭和8年に上野駅に設置された他、一部の地域で使われたそうです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/fb/eca9cf2682ca0721846778c129075749.jpg)
「たばこのできるまで」
植物のたばこが嗜好品になるまでの過程を紹介しています。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2c/22/2b49c08d29c1a7ec1f352dbf72e30d01.jpg)
『日本の塩・世界の塩」(3階フロア)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/23/c9/933d19ff56d17e8fa472e33c9a04752b.jpg)
生活に身近な塩、その基本的な性質、生活との関わりや、世界の塩資源分布
などを紹介しています。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/44/85/1948a7dc931d7d8a35de54d17ef5cfb1.jpg)
「岩塩」
ポーランド(ヴェリチカ)産、重さ1.2トン
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/46/2c/87949dab88086349f20ec9c76f7c1ae6.jpg)
「能登の揚浜で使われていた鉄釜」
昭和初年から昭和58年まで約60年間使われたそうです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/dd/c73b70810bb6cf4f943d891cfa9bde68.jpg)
「瀬戸内海の入浜」
潮の干満を利用して、海水を自動的に塩浜へ導入する方式です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/39/e3/bcf86615224c3b16b0680570cdc2fc84.jpg)
干満差の大きな内海や、干潟の発達した場所に多く見られたそうです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/24/a9/79787c81ebab265f99e90931731427e3.jpg)
「流下式塩田」
表面に粘土を張り、ゆるい傾斜をつけた「流下盤」の上に海水を流し、太陽熱で
水分を蒸発させます。
さらに、竹の枝を組んだ「枝条架」の上から滴下させ、風力によって蒸発させて、
かん水を採る方法です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/64/b7/4c6ea77f3bd66db624e8e0c344acfcd3.jpg)
「現在の製塩工場」(縮尺1/80)
現在は、イオン交換膜法による「採かん」と真空式蒸発缶による「せんごう」を
組み合わせ製塩法を採用しています。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/27/f2/2acbb0db9de3270000c8195ed4492eca.jpg)
「平釜」(模型縮尺1/15)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/36/8d/2e6394c64d061d2fd992687b4b7ce76d.jpg)
「蒸気利用式塩釜」(模型縮尺1/40)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/d0/b4aa4c61af4c523c49371e3aaaf595c7.jpg)
「真空式蒸発缶」(模型縮尺1/50)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2d/2f/f0417e6621d93a48e9ef265024db7a7d.jpg)
「村井兄弟商会 芝工場門柱」(左側)
明治を代表するたばこ商の村井兄弟商会芝工場(旧東京市芝区芝田町)にあった
ものだそうです。工場は明治37年、大蔵省専売局に吸収されます。
「シンボルモニュメント」(右側)
原型は、19世紀の初め頃、スウェーデンのたばこ屋が看板として使用していた
ものだそうです。
たばこ・塩が、人類の歴史と文化に深くかかわり、産業史の上でも大きな意味を
持っていることを認識できました。
日本のみならず、世界に類を見ない貴重な博物館でした。(^_^)
企業博物館です。
同館は昭和53年、日本専売公社(当時)によってたばこと塩に関する資料の収集
や調査を行うことを目的に、現在地である渋谷・公園通り沿いに開設されました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7d/e1/cd71739eda89e4fec8f5707018aa99bd.jpg)
『たばこの来た道』(中2階フロア)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/37/3b/88feb98b0d8ced998e071b3d86f67d1e.jpg)
たばこが、原産地の南米から、どのように人間と関わりながら世界に広がり、
日本に伝わったかを展示しています。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6b/e9/88c007733429574e4c37f8f7860c3538.jpg)
「たばこの葉」
左側:ニコチアナ・トメントスフォルミス(複製)
右側:ニコチアナ・シルベストリス(複製)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/45/9c/a85ca916e3a0b654874883366c963970.jpg)
「世界の喫煙具」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/59/0728f2ba85441ea35bb87c0daf4b038e.jpg)
『日本のたばこ』(2階フロア)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/77/36/69e628e850712b9c5a50ad347df8b5bd.jpg)
「刻みたばこ」と「きせる」に代表される江戸時代
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0a/6a/655f951d13a146bc0238f90a65f4bb86.jpg)
「かんな刻み機」(複製)
寛政(1789~1801)末から文化(1804~1818)初めごろ実用化されました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/71/4c/1da8d2c0c6f84961bc98315aa72fe99b.jpg)
「ぜんまい刻み機」(複製)
弘化(1844~1848)ごろ江戸で発明されました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/56/33/2c4b1403a3823ccf56323db8700c4968.jpg)
「明治期のたばこ文化」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/63/73/13a391d7f10f8104c452ebf825f87114.jpg)
政府は明治37年、「煙草専売法」により原料葉たばこの買い上げから製造販売
まで国の管理(製造専売)で行われることになります。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/24/23/5ddfaa8451485dfa10a40cfb5fb12e9e.jpg)
大蔵省専売局から日本専売公社へと引き継がれながら、昭和60年3月まで
専売の時代は続きました
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/33/7b/9abe08207eb76ded0ab88892697693be.jpg)
「戦前のたばこ」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/3d/9d7a9c529a1a5353007f19c85b7d94f2.jpg)
「戦後のたばこ」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/e1/247de2006968bdedb4e76630f2844ad5.jpg)
「公園通り商店」(復元)
店先部分は、昭和初期から平成まで世田谷区奥沢で実際に使用されていたもの
を移築したものです。
外壁、入口、屋根などは、大正後期から昭和初期にかけて、東京及び関東近県
を中心に建てられた装飾付き商店建築(看板建築)の想定復元とのこと。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0a/be/3f3b27b35a4d477d65b16a2f25e735a3.jpg)
商店内も復元されていました。
昭和の懐かしい思いが甦りますね。(^_^)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/bc/558297edd0a2ca4e106dba2cdab3f69a.jpg)
「たばこの自動販売機」
本機は、昭和8年に上野駅に設置された他、一部の地域で使われたそうです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/fb/eca9cf2682ca0721846778c129075749.jpg)
「たばこのできるまで」
植物のたばこが嗜好品になるまでの過程を紹介しています。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2c/22/2b49c08d29c1a7ec1f352dbf72e30d01.jpg)
『日本の塩・世界の塩」(3階フロア)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/23/c9/933d19ff56d17e8fa472e33c9a04752b.jpg)
生活に身近な塩、その基本的な性質、生活との関わりや、世界の塩資源分布
などを紹介しています。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/44/85/1948a7dc931d7d8a35de54d17ef5cfb1.jpg)
「岩塩」
ポーランド(ヴェリチカ)産、重さ1.2トン
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/46/2c/87949dab88086349f20ec9c76f7c1ae6.jpg)
「能登の揚浜で使われていた鉄釜」
昭和初年から昭和58年まで約60年間使われたそうです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/dd/c73b70810bb6cf4f943d891cfa9bde68.jpg)
「瀬戸内海の入浜」
潮の干満を利用して、海水を自動的に塩浜へ導入する方式です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/39/e3/bcf86615224c3b16b0680570cdc2fc84.jpg)
干満差の大きな内海や、干潟の発達した場所に多く見られたそうです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/24/a9/79787c81ebab265f99e90931731427e3.jpg)
「流下式塩田」
表面に粘土を張り、ゆるい傾斜をつけた「流下盤」の上に海水を流し、太陽熱で
水分を蒸発させます。
さらに、竹の枝を組んだ「枝条架」の上から滴下させ、風力によって蒸発させて、
かん水を採る方法です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/64/b7/4c6ea77f3bd66db624e8e0c344acfcd3.jpg)
「現在の製塩工場」(縮尺1/80)
現在は、イオン交換膜法による「採かん」と真空式蒸発缶による「せんごう」を
組み合わせ製塩法を採用しています。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/27/f2/2acbb0db9de3270000c8195ed4492eca.jpg)
「平釜」(模型縮尺1/15)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/36/8d/2e6394c64d061d2fd992687b4b7ce76d.jpg)
「蒸気利用式塩釜」(模型縮尺1/40)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/d0/b4aa4c61af4c523c49371e3aaaf595c7.jpg)
「真空式蒸発缶」(模型縮尺1/50)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2d/2f/f0417e6621d93a48e9ef265024db7a7d.jpg)
「村井兄弟商会 芝工場門柱」(左側)
明治を代表するたばこ商の村井兄弟商会芝工場(旧東京市芝区芝田町)にあった
ものだそうです。工場は明治37年、大蔵省専売局に吸収されます。
「シンボルモニュメント」(右側)
原型は、19世紀の初め頃、スウェーデンのたばこ屋が看板として使用していた
ものだそうです。
たばこ・塩が、人類の歴史と文化に深くかかわり、産業史の上でも大きな意味を
持っていることを認識できました。
日本のみならず、世界に類を見ない貴重な博物館でした。(^_^)
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