流浪オヤジの探検日記

KOBEを拠点に各種イベントや名所・旧跡を見て歩き、紹介していきます。

近鉄・吉野駅

2020-08-12 | 鉄道
吉野駅は、奈良県吉野郡吉野町吉野山にある近畿日本鉄道(近鉄)が保有する駅です。

近畿日本鉄道は、大阪府、奈良県、京都府、三重県及び愛知県の2府3県にて鉄道事業を行う大手私鉄です。
JRグループを除く日本の鉄道事業者(民営鉄道)の中では最長の路線網を持っています。
一般的には略して、『近鉄』(きんてつ)と呼ばれています。


吉野(よしの)駅は、桜で名高い吉野山の玄関口です。


吉野町マスコットキャラクター「吉野ピンクル」
吉野の桜から生まれた桜の妖精だそうです。


同駅は、橿原神宮前駅(奈良県橿原市)から結ぶ吉野線の終着駅です。


「切符売り場」


「改札口」
自動改札機が導入されておらず、PiTaPaやICOCAは専用の簡易改札機による対応となっています。


<駅沿革>
昭和03年(1928年)03月25日、吉野鉄道・六田駅-吉野駅の間延伸時に開業
昭和04年(1929年)04月01日、大阪電気軌道が吉野鉄道を合併、大阪電気軌道・吉野線の駅となる。
昭和16年(1941年)03月15日、大阪電気軌道と参宮急行電鉄の合併により、関西急行鉄道の駅となる。
昭和19年(1944年)06月01日、近畿日本鉄道・吉野線の駅となる。


「駅構内」


櫛形3面4線のホームを持つ地上駅です。


吉野線は当時の吉野軽便鉄道(後の吉野鉄道)により、吉野山への行楽輸送や沿線で産出される木材を輸送する目的で建設されたとのこと。


「近鉄6200系電車」
一般車両(通勤形電車)として、狭軌(軌間1,067mm)線用の車両です。


「近鉄16000系電車」
南大阪線及び吉野線向けとして、狭軌(軌間1,067mm)線用の特急用車両です。


「近鉄16600系電車」
近鉄22600系電車を狭軌(軌間1,067mm)線仕様に改造された特急用車両です。


「近鉄26000系電車」
愛称『さくらライナー』を持つ特急用車両です。


「近鉄16200系電車」
一般車両(通勤形電車)の6200系電車を観光列車に改造された特急用車両です。
『青の交響曲(シンフォニー)』の名称を持ち、南大阪線及び吉野線を運行しています。

近鉄・南大阪線及び吉野線において運行されている各種電車を堪能させていただきました。
今後ともお世話になります。
ありがとうございました。
☆゚.+゚o(>Д<。*)ノ゚+.★ァリガトォ★゚+.ヽ(*。>Д<)o゚+.゚☆


<<駅前周辺>>

「お土産店等々」

<<おまけ>>

缶コーヒー「アイスコーヒー」(ポッカサッポロフード&ビバレッジ)
コメント

吉野ロープウェイ

2020-08-11 | 鉄道
吉野ロープウェイは、吉野大峯ケーブル自動車が経営する索道(ロープウェイ)です。

吉野大峯(よしのおおみね)ケーブル自動車は、奈良県吉野郡吉野町に位置する吉野千本口から吉野山までのロープウェイ及び吉野山内の路線バスを運行する会社です。
現存する日本最古の索道路線であり、正式名称『吉野山旅客索道』とのこと。
通称吉野山ロープウェイと呼ばれています。


「千本口駅」(改札口)


<会社沿革>
昭和02年(1927年)01月25日、 逓信省(現在:総務省)より索道敷設認可
昭和02年(1927年)12月   、吉野山架空ケーブル株式会社設立(資本金10万円)
昭和04年(1929年)03月12日、千本口-吉野山間のロープウェイを開業。建設費は12万円。当初は20人乗りの搬器で片道15銭。
昭和09年(1934年)      、大峯登山自動車へ社名変更
昭和10年(1935年)      、吉野大峯ケーブル自動車へ社名変更


路線距離:349メートル(千本口駅-吉野山間)、高低差:103メートル


最大勾配:27度、運転速度:2メートル/秒、方式:4線交走式


搬器(ゴンドラ)「かえで」


昭和41年(1966年)から現在保有の搬器(ゴンドラ)2台(かえで、さくら)で運行しています。


製造:近畿車輌


定員:28名


搬器や鋼索などは更新されていますが、支柱については昭和3年(1928年)に建築されたものをそのまま使用されています。


搬器(ゴンドラ)「さくら」


吉野山駅に到着しました。


麓側(下り側)の千本口駅が見えます。


所要時間:3分


索道制御は、吉野山駅側から行われています。


此のロープウェイの主索:直径38ミリ、許容耐力110トン


『当時の我が国の材料力学、金属材料技術の優秀さを示す証といえる』ことから日本機械学会により機械遺産に認定されています。


運賃:片道450円、往復800円


運行間隔:08時20分から17時20分まで15分間隔、最終のみ17時40分


「吉野山駅」

歴史ある日本最古のロープウェイに乗車できた事に感激です。
桜が咲く頃に再び来ようと思います。
ありがとうございました。
゚・:,。★\(^^ )♪ありがと♪( ^^)ノ★,。・:・゚


<<句碑など>>

『吉野山去年の枝折の道かへて まだ見ぬかたの花を尋ねん』西行法師


『よき人の よしとよく見て よしと言ひし 芳野よく見よ よき人よく見』(万葉集巻一 二七)
~天武天皇 吉野の宮に 幸しし時の御製歌~
コメント

近鉄・特急「さくらライナー」

2020-08-10 | 鉄道
特急「さくらライナー」は、近鉄(近畿日本鉄道)が保有する特急形車両です。

近畿日本鉄道は、大阪府、奈良県、京都府、三重県及び愛知県の2府3県にて鉄道事業を行う大手私鉄です。
JRグループを除く日本の鉄道事業者(民営鉄道)の中では最長の路線網を持っています。
一般的には略して、『近鉄』(きんてつ)と呼ばれています。


「近鉄26000系電車」
本車両は、大阪阿部野橋駅-(南大阪線)-橿原神宮前駅ー(吉野線)-吉野駅の間を運行する近鉄特急です。
『吉野特急』と呼ばれる系統名があります。


愛称としてさくらライナーを持っています。
桜の花びらをイメージしたシンボルマークが貼り付けられています。


大阪阿部野橋と吉野を結ぶ近鉄特急は、昭和40年(1965年)から運転を開始して、平成2年(1990年)で25周年を迎えました。
これを機に更なる高品質の輸送サービスを提供するために26000系が投入されました。
運行する飛鳥や吉野路を走行するに相応しい観光的要素でリファインされました。
平成2年(1990年)3月15日のダイヤ変更から営業運転を開始しました。


「4号車」(下り側・先頭車両/レギュラーカー)


「3号車」(デラックスカー)


荷棚下部に吉野産ヒノキ、照明カバー内部に吉野産漉き和紙、仕切扉の合わせガラス内部に吉野産スギによる網代組みを使用しています。
床面全体にはブラウンを基調色とするストライプ入りの絨毯が敷かれています。


「運転台」
展望スペースからの視界です。


近鉄・吉野線/吉野駅(奈良県吉野郡吉野町吉野山)1番のりばに到着。
1時間16分の行程でした。

落ち着いた快適な鉄道の移動でした。
ありがとうございました。
ヾ(*´∪`*)oc<【。゜・+:.・ァリガトゥゴザィマシタ・.:+・゜。】ヽ(*´∪`*)ノ"
コメント

近鉄・大阪阿部野橋駅

2020-08-09 | 鉄道
大阪阿部野橋駅は、大阪市阿倍野区阿倍野筋にある近畿日本鉄道(近鉄)が保有する駅です。

近畿日本鉄道は、大阪府、奈良県、京都府、三重県及び愛知県の2府3県にて鉄道事業を行う大手私鉄です。
JRグループを除く日本の鉄道事業者(民営鉄道)の中では最長の路線網を持っています。
一般的には略して、近鉄(きんてつ)と呼ばれています。


近鉄は、大阪府東南部から愛知県西部に至る紀伊半島の付け根を横断して、大阪市・京都市・名古屋市といった政令指定都市を始め、
近畿地方の大阪府東南部・奈良県・京都府南部、東海・中部地方の愛知県西部・三重県の各都市・観光地を結ぶ路線網を保有しています。


大阪阿部野橋(おおさかあべのばし)駅は、南大阪線の起点駅として奈良県橿原市に位置する橿原神宮前駅までを結んでいます。
また南大阪線系として、道明寺線、長野線、御所線及び吉野線が同線と結ばれています。


近鉄が保有する駅の中で最大の利用者数との事。


<駅沿革>
大正12年(1923年)04月13日、大阪鉄道大阪天王寺-布忍間の開通時に『大阪天王寺駅』として開業
大正13年(1924年)06月   、『大阪阿部野橋駅』に改称
昭和18年(1943年)02月01日、 関西急行鉄道が大阪鉄道を合併。関西急行鉄道天王寺線の駅となる。
昭和19年(1944年)06月01日、 近畿日本鉄道・南大阪線の駅となる。


櫛形6面5線のホームを持つ地上駅です。


「近鉄6400系電車」【普通・藤井寺行き】


「近鉄6400系電車」【準急・河内長野行き】


「近鉄6020系電車」【急行・吉野行き】


列車の切り離しを見る事が出来ました。


近くで見れた事に感激です。


「6番のりば」(特急専用ホーム)


特急「さくらライナー」(近鉄26000系電車)【特急・吉野行き】


「阿倍野庵」
同駅地下改札内にある立ち食いうどん・そば・ラーメン店です。


「きつねうどん」
当日の朝食として美味しくいただきました。(^_^)

今後ともお世話になる交通機関です。
よろしくお願いします。
~~ヾ(●ゝω・)ノ[。*○+゜*。○ヨロシクネ♪。*○+゜*。○]
コメント

カフェ・ド・ユニーク  其の2

2020-08-08 | カフェ ショップ
神戸市東灘区岡本にある「カフェ・ド・ユニーク」でお茶しました。

同店は、阪急電鉄・岡本駅の南札口前に位置する喫茶店です。
古くから営業されているそうです。


落ち着いた雰囲気を持った店内です。


「すいかジュース」

期間限定(6月~8月まで)のメニューです。
夏らしく爽やかな味でしたね。
ごちそうさまでした。
☆*・+゜ゎぁぃヽ(ω・`*ヽ)(ノ*´・ω)ノ゛ゎぁぃ*・+゜☆
コメント

阪九フェリー「つくし」 <2日目/下船>

2020-08-03 | 港湾・船舶
阪九フェリー「つくし」に乗船し、翌朝(2日目)となりました。

阪九フェリー「つくし」は、阪九フェリーが運航している客船です。
本船は、周防灘~伊予灘~来島海峡大橋~瀬戸大橋~播磨灘~明石海峡大橋などを経由し、神戸に向けて運航します。
航路上にて「明石海峡大橋」を通過することで、早めに起床しました。


「明石海峡大橋」(兵庫県淡路市/淡路島側)
同大橋は、兵庫県神戸市垂水区東舞子町と淡路市岩屋とを結ぶ明石海峡を横断して架けられた世界最長の吊り橋です。


「明石海峡大橋」(兵庫県神戸市/本州側)
本州と四国を結ぶ3本の本州四国連絡橋(本四架橋)ルートの一つ『神戸淡路鳴門自動車道』の一部として供用されています。


全長:3,911メートル、中央支間:1,991メートル


当日は非常に残念な天候でしたが、大橋を近くで見れて良かったです


「神戸空港」(愛称:マリンエア)


朝食に「朝カレー」をいただきました。
(●′σ3`)ツ))ご馳走さま~♪.+゚。☆


「神戸港・六甲アイランドターミナル」に到着しました。


「RF2(第2バース)」に着岸します。


当地は、六甲アイランド (神戸市東灘区向洋町東)北東岸に位置する旅客船ターミナルの一つです。


本船から下船します。


残念な天候でしたが、船特有の大きな揺れもなく快適だったと思います。


楽しい船旅でした。(^_^)


「神戸フェリーバス」
ターミナルからは神戸フェリーバスが、阪神御影駅・JR住吉駅・阪急御影駅まで運行しています。

航空機や列車と比較して移動に長時間を要しますが、これも船旅の楽しさだと思いますね。
ありがとうございました。
ヾ(●´□`●)ノ【゚+。・oアリガトウo・。+゚】ヾ(○´□`○)ノ
コメント

阪九フェリー「つくし」

2020-08-02 | 港湾・船舶
阪九フェリー「つくし」は、阪九フェリーが運航している客船です。

阪九フェリーは、福岡県北九州市門司区新門司北に本社を置く海運会社です。
阪神地区と北九州を結ぶフェリー航路を運航し、日本初の長距離カーフェリー事業者です。


阪九フェリー「新門司港第1ターミナル」
新門司港は福岡県北九州市門司区新門司北に所在し、瀬戸内海(周防灘)に面しています。
同港には、近畿地方及び関東地方へのフェリーが乗り入れ、阪九フェリー2棟、オーシャントランス1棟、名門大洋フェリー1棟の各ターミナルが所在しています。


阪九フェリー「つくし」(進水:平成15年(2003年)2月20日、製造:三菱重工業下関造船所)


平成15年6月12日、新門司-神戸航路に就航


総トン数:13,353トン、載貨重量:6,457トン


全長:195.0メートル、全幅:26.4メートル


最大速力:26.04ノット、航海速力:23.5ノット、航続距離:4,000海里


旅客定員:667名、乗組員:33名、車両搭載数:トラック229台・乗用車138台


マスコットキャラクター「ふねこ」
阪九フェリーの守り神として、安全・安心の航海を支えているとのこと。


乗船し、フロントにて部屋の鍵を受け取りました。


「2等指定A洋室」(定員1名)


「ゲームコーナー」


「プロムナード」(展望通路)


「大浴場」(紳士用)


「展望ロビー」


客室及び船内は、全て禁煙です。
5階と6階に喫煙コーナーが設けられていました。


「マッサージチェア」


「展望デッキ」


「高速救助艇」


ファンネル(煙突)マークは、上の細い線が『阪』(半)、下の丸を『九』(球)として阪九を表現しています。


定刻に従い離岸し、出航します。


阪九フェリー「新門司港第2ターミナル」【新門司港-泉大津港】


オーシャントランス「北九州(新門司)のりば」【新門司港-徳島港(沖洲地区)-東京港(東京港フェリー埠頭・有明)】


名門大洋フェリー「新門司港ターミナル」【新門司港-大阪南港】/「フェリーきたきゅうしゅうⅡ」


「レストラン」(窓側エリア)


美味しくいただきました。
(。・`ω´・。)ゝごっちゃんです.:゚+。★


本船は、周防灘~伊予灘~来島海峡大橋~瀬戸大橋~播磨灘~明石海峡大橋などを経由し、神戸に向けて運航します。

数年ぶりのフェリー乗船でした。
航空機や列車と比較して移動に長時間を要しますが、これも船旅の楽しさだと思います。
深夜の運航なので何も見えないのが残念ですが、早朝に期待します。・・・・続く。
ワーイ♪\(^ω^\)( /^ω^)/ワーイ♪
コメント

JR九州・門司駅

2020-08-01 | 鉄道
門司駅は、福岡県北九州市門司区中町にあるJR九州(九州旅客鉄道)が保有する駅です。

JR九州(九州旅客鉄道)は、九州地方を中心として旅客鉄道等を運営する鉄道事業者です。
旧国鉄(当時:日本国有鉄道)から鉄道事業を引き継いで発足したJRグループの旅客鉄道会社の一つです。
福岡市博多区に本社を置き、鉄道事業の他に旅行業や小売業、不動産業、農業なども展開し、日本国外にも進出しています。


門司(もじ)駅は、鹿児島本線を所属線とし、山陽本線を加えた2路線が乗り入れしています。


同駅は関門トンネル開通により山陽本線の終点駅となり、このため九州の鉄道の玄関口となっています。


<駅沿革>
明治24年(1891年)04月01日、九州鉄道(初代)の『大里駅』(だいりえき)として開業
明治40年(1907年)07月01日、九州鉄道が国有化、国有鉄道(当時:帝国鉄道庁)に移管
昭和17年(1942年)04月01日、門司駅に改称
昭和17年(1942年)07月01日、関門トンネルが正式開通し、山陽本線の終点駅となる。


平成16年(2004年)03月30日、3階建の橋上駅舎に改築


保線車両「レール運搬車」


かつては島式ホーム4面8線でしたが、現在は海側の敷地を縮小し1面(旧7・8番線)を廃止した3面6線を有する地上駅です。


「6番・5番乗り場」


小倉方面からの列車については、門司港行きが6番乗り場、下関行きが5番乗り場を基本としています。


「関門トンネルについて」(6番・5番乗り場に設置)


関門トンネルは、関門海峡をくぐって九州と本州を結ぶ鉄道用の水底トンネルです。


関門トンネルは長大トンネルで急勾配という条件から、当初から直流1,500ボルトで電化され、電気機関車が列車を牽引する形で開業しました。


単線トンネル2本で構成されています。
下り線トンネル全長:3,614.04メートル
上り線トンネル全長:3,604.63メートル


「国鉄414系電車」(クハ411-125)【下関行き】

同駅にて、関門トンネルについて改めて知る事が出来ました。
ありがとうございました。
☆*・+゜ゎぁぃヽ(ω・`*ヽ)(ノ*´・ω)ノ゛ゎぁぃ*・+゜☆


<ミスタードーナツ 門司駅前ショップ>

「タピオカ ライチソーダ with パインゼリー」
コメント

九州鉄道記念館

2020-07-31 | 博物館・資料館等
九州鉄道記念館は、福岡県北九州市門司区清滝にある鉄道博物館です。

平成15年(2003年)8月9日に開館しました。
同館はJR九州(九州旅客鉄道)の所有物ですが、記念館の運営については北九州市の指定管理者『九州鉄道記念館運営共同企業体』が行っています。
(構成企業:JR九州メンテナンス、JTB九州、JR九州エージェンシー)

前頭部展示

「国鉄485系電車」(クハ481形)(JR九州RED_EXPRESS塗装)


「国鉄ED76形電気機関車」(交流用電気機関車)


「国鉄EF30形電気機関車」(交直流両用電気機関車)

車両展示場

「国鉄96000形蒸気機関車」(59634)(大正11年、川崎造船所)


日本で初めての本格的な国産貨物列車牽引用のテンダー式蒸気機関車です。


「国鉄C59形蒸気機関車」(昭和16年、汽車製造)


幹線旅客列車用テンダー式蒸気機関車として、東海道及び山陽本線で運行しました。


「国鉄EF10形電気機関車」(昭和16年、東芝)


関門トンネル開通時に、本区間のために配置されたトンネル専用直流電気機関車です。


「国鉄ED72形電気機関車」(昭和36年、東芝)


北九州地区の電化に伴い登場した九州初の交流専用電気機関車です。


「国鉄キハ07形気動車」(昭和12年、日本車輌製造)


戦前の代表的な機械式(クラッチ方式)気動車(ディーゼル動車)です。


流線型の半円形スタイルが印象的です。


「国鉄485系電車」(クハ481形)(昭和44年、日本車輌製造)


九州では、特急『にちりん』『かもめ』『有明』で運行しました。


「国鉄583系電車」(クハネ581形)(昭和42年、日立製作所)


夜間は寝台特急『月光』、昼間は座席特急『みどり』として運行しました。


「国鉄14系寝台車」(スハネフ14形)(昭和47年、日本車輌製造)


第2世代のブルートレインとして登場し、九州では『さくら』『みずほ』『はやぶさ』『富士』で運行しました。 

本館

「旧九州鉄道本社屋」近代化産業遺産(平成19年度認定)、国の登録有形文化財(平成26年度認定)
明治24年(1891年)、当時の九州鉄道会社の本社として建てられました。
館内は、鉄道関連資料等が展示されています。


名門列車「つばめ」に関する紹介


「国鉄時代の腕章」


「枕木式信号機」


「明治の客車」(当時を再現)
明治から昭和初期まで運行した四輪の三等車を復元したものです。


百年前のプラットホームにおける情景が再現されています。


客車「ちぶ37」(3等客車)(復元)


三等客車内を再現しています。


「分岐器」
分岐器とは、鉄道の線路において線路を分岐させ、車両の進路を選択する機構との事

九州エリアで活躍した鉄道車両を堪能しました。
ありがとうございました。
ワーイ♪\(^ω^\)( /^ω^)/ワーイ♪
コメント

門司港地区 <官公庁船舶>

2020-07-30 | 港湾・船舶
門司港(もじこう)は、福岡県北九州市門司区の門司港駅を中心とした地域です。

港湾名としては、北九州港の一つである門司港地区と呼ばれています。
同地区は、明治から戦前にかけ外国貿易の港として発展した地区であることから港湾関係の主要機関が設置されています。
埠頭には、各官公庁が保有する船舶が停留しています。

福岡県警察 門司警察署

警備艇「めかり」(福3)


警備艇「かざし」(福4)

財務省 門司税関

監視艇「ひびき」


監視艇「げんかい」

海上保安庁 第七管区海上保安本部 門司海上保安部

巡視艇「はやぎく」(CL07)


巡視艇「はたかぜ」(CL56)


巡視艇「きよかぜ」(CL84)


巡視艇「さとざくら」(CL145)


巡視艇「もじかぜ」(CL186)


灯台見回り船「しまひかり」(LS222)


巡視艇「ともなみ」(PC25)


就役:平成25年(2013年)1月、造船所:石原造船所(兵庫県高砂市)


はやなみ型後期型(災害対応機能強化型)をもとに、更に消防機能を強化した巡視艇です。


放水銃を2基装備し、操舵室上に1基(毎分2,000リットル)、放水塔上に1基(毎分5,0000リットル)を配置しています。


その他に自衛用の散水ノズルや送水用の消火栓を備え、火災現場で発生しうる可燃性ガスや有毒ガスに備えて船内を陽圧に保ち、ガス検知装置が装備されています。
また、甲板作業などに備えた防火服なども装備されています。


「関門橋」(かんもんきょう)
福岡県北九州市門司区と山口県下関市の間の関門海峡を跨ぐ道路橋の名称です。
また、本橋梁を含む区間の高速道路(高速自動車国道)の通称でもあります。


港内を航行していた門司警察署・警備艇「かざし」(福4)です。

昨今の諸事情により各種イベントが中止されている状況で、このような船舶に出会えた事に感謝です。
ありがとうございました。
感─☆*:;。(○`・∀´・)ゞ★*:;。─謝
コメント

門司港 <周辺散策>

2020-07-29 | 史跡・旧跡
門司港(もじこう)は、福岡県北九州市門司区の門司港駅を中心とした地域です。

同港は、北九州港を構成する地区を中心とした市街地の名称です。
観光地としても有名であり、海沿いの倉庫群や歴史的建造物など古い港町の雰囲気を感じることができる地区です。
地区の名称は港としての『門司港』がある地域であることと、地区の交通拠点である『門司港駅』に由来します。


「和布刈神事」(めかりしんじ)
和布刈神事は、神功(じんぐう)皇后[4世紀後半頃の伝説的人物で仲哀(ちゅうあい)天皇の皇后]が
三韓征伐[神功皇后の馬韓・弁韓・辰韓征伐の物語]からの凱旋を祝って、自ら神主となり、
早鞆の瀬戸のワカメを神前にささげたという古事に由来しています。


「バナナの叩き売り発祥の地」


平成29年(2017年)4月、『関門ノスタルジック海峡』の構成文化財の一つとして日本遺産に認定されています。


「出征軍馬の水飲み場」


満州事変勃発から第二次世界大戦にかけて、全国から多くの農耕馬が軍馬として徴発され、門司港から戦地へ運ばれました。
それらの馬が水を飲んだ場所です。
同様の水飲み場は数箇所ありましたが、現在はこの一箇所のみだそうです。


「門司港出征の碑」(平成21年3月建立)


先の大戦において、門司港から約200万人の将兵がフィリピンやビルマなど南方の戦地へと向けて出征しました。
そして半数の約100万人の将兵が生きて再び祖国の地を踏むことができなかったとされています。
遠く離れた戦線に向かった多くの将兵を偲び、恒久平和を願う不戦の誓いを込めて石碑が建立されました。


「おでんの山口」
門司港駅から徒歩2分ほどの位置にあります。


“おでん定食”をいただきました。
おでん3ケ(選択)、ご飯、お味噌汁、お漬物の定食でした。


「平成筑豊鉄道門司港レトロ観光線」
九州鉄道記念館駅(福岡県北九州市門司区)から関門海峡めかり駅までを結ぶ鉄道路線です。


観光用列車として“平成筑豊鉄道DB10形ディーゼル機関車”が特定目的鉄道として運行しています。


「国鉄9600形蒸気機関車(19636号)第3動輪」(製造:大正6年11月、製造所:川崎造船所)


「旧0哩標」
明治24年に九州鉄道(当時:私設鉄道会社)が、当地に門司駅として開業した際の起点として定めた場所です。


九州鉄道網の形成の原点となった場所との事。
鉄道記念館の開館に伴い、旧0哩(ゼロマイル)標として立体的に復元されました。

門司港周辺の散策を通じて、様々な文化を知る事が出来ました。
ありがとうございました。
★あ(^-^) り(-^ ) が( ) と( ^-) う\(^0^)/★
コメント

JR九州・門司港駅

2020-07-28 | 鉄道
門司港駅は、福岡県北九州市門司区西海岸にあるJR九州(九州旅客鉄道)が保有する駅です。

JR九州(九州旅客鉄道)は、九州地方を中心として旅客鉄道等を運営する鉄道事業者です。
旧国鉄(当時:日本国有鉄道)から鉄道事業を引き継いで発足したJRグループの旅客鉄道会社の一つです。
福岡市博多区に本社を置き、鉄道事業の他に旅行業や小売業、不動産業、農業なども展開し、日本国外にも進出しています。


門司港(もじこう)駅は、鹿児島本線の駅であり、同線の起点駅となります。


関門トンネルが開通するまでは、九州の鉄道の玄関口として対岸の下関駅との間に就航した関門連絡船との連絡中継駅として賑わいました。


<駅沿革>
明治24年(1891年)04月01日、九州鉄道(当時:私設鉄道会社)が門司駅として開設
明治40年(1907年)07月01日、九州鉄道が国有化され、帝国鉄道庁が所管
昭和17年(1942年)04月01日、関門トンネル開通計画に伴い門司港駅に改称
昭和39年(1964年)11月01日、国鉄関門航路が廃止
昭和62年(1987年)04月01日、国鉄分割民営化により九州旅客鉄道が継承


駅舎は、重要文化財に指定されています。


「旧一・二等待合室」(現在:みどりの窓口、観光案内所)


「旧三等待合室」(現在:スターバックス 門司港駅店)


「帰り水」(大正3年(1914年)設置)
戦前の海外旅行帰国者をはじめ、終戦後の復員や引揚の方々が門司に上陸して安堵の思いで喉を潤したところから、
(誰言うとなく)『帰り水』と呼ばれるようになったそうです。


「待合室」


昭和24年(1891年)開業時の初代駅舎は木造平屋建、切妻造、瓦葺でした。
二代目駅舎(現在)は、木造2階建、石盤葺。ネオ・ルネッサンス様式と呼ばれる左右対称の外観を持っています。
昭和63年(1988年)、駅舎としては全国で初めて国の重要文化財に指定されました。


門司区マスコット「じーも」


「旧正面上家」
取り外された上家(ひさし)の鉄骨です。


「関門連絡船通路跡」


「改札口」


「のりこし精算機」


「旅立ちの鐘」
大正3年の駅舎開業以来、列車の出発時に『出発合図の鐘』として使用されていました。


「0哩(マイル)標」
明治24年4月1日、当地が九州鉄道の起点であった事を説明しています。


「国鉄8620形蒸気機関車(28627号)の主動輪」(製造:大正8年4月、製造所:汽車製造)
「腕木式信号機」


「安全の鐘」


頭端式ホーム2面4線を有する地上駅です。


3番線はホームに面していない留置線(元は機回し線)に付けられているので、南側から1-5番線となっています。


「JR九州811系電車」(クモハ810-107)


「JR九州813系電車」(クハ813-213)


「国鉄415系電車」(クハ311-1512)


「JR九州817系電車」(クハ817-3010)

歴史ある駅舎を見学する事が出来ました。
ありがとうございました。
ヾ(●´□`●)ノ【゚+。・oアリガトウo・。+゚】ヾ(○´■`○)ノ"
コメント

西鉄 甘木駅

2020-07-27 | 鉄道
西鉄甘木(にしてつあまぎ)駅は、福岡県朝倉市甘木にある西日本鉄道が保有する駅です。

西日本鉄道は、福岡県を基盤に鉄道や路線バスなどの運営を行う会社です。
さらに公共交通機関の経営以外にも国際物流事業などの幅広い事業を展開しています。
略称西鉄として一般的に知られています。


西鉄における同駅は、昭和23年(1948年)に建築された現存する最古の駅舎です。


<駅沿革>
大正10年(1921年)12月08日、三井電気軌道の駅として開業。
大正13年(1924年)06月30日、九州鉄道に合併。同社の駅となる。
昭和17年(1942年)09月19日、九州電気軌道に合併。同社の駅となる。
昭和17年(1942年)09月22日、九州電気軌道が、西日本鉄道に社名変更。


島式ホーム1面2線のホームを持つ地上駅です。


西鉄甘木線は、同駅から福岡県久留米市の宮の陣駅に至る鉄道路線です。


「西鉄7050形電車」


同車両は、川崎重工業車両カンパニー(神戸市兵庫区・兵庫工場)にて製造された通勤形電車です。

歴史ある駅舎に出会えたことに感謝です。
ありがとうございました。
゚・:,。★\(^^ )♪ありがと♪( ^^)ノ★,。・:・゚


<西鉄 天神大牟田線・宮の陣駅>

「西鉄9000形電車」【急行・西鉄福岡(天神)行き】

<福岡市高速鉄道 空港線・天神駅>

「福岡市交通局1000系電車」【福岡空港行き】

<博多龍龍軒 博多駅前本店>

「超濃厚とんこつラーメン」
コメント

甘木鉄道・甘木駅

2020-07-26 | 鉄道
甘木(あまぎ)駅は、福岡県朝倉市甘木にある甘木鉄道が保有する駅です。

甘木鉄道は、旧国鉄・甘木線が第1次特定地方交通線として廃止対象路線となったことを受けて発足した鉄道事業者です。
地元沿線市町及び沿線住民が、鉄道路線としての存続を切望し、第三セクター方式として鉄路が存続しました。
現在は、朝倉市、筑前町、基山町及びキリンビール等が出資する第三セクター方式の鉄道会社として経営されています。


<駅沿革>
昭和14年(1939年)04月28日、鉄道省甘木線の駅として開業
昭和61年(1986年)04月01日、甘木鉄道への転換により同社の駅となる。(第三セクター方式)


甘木線は、佐賀県三養基郡基山町の基山駅から福岡県朝倉市の甘木駅に至る鉄道路線です。


甘木鉄道としては、唯一の自動券売機です。


ホームへの構内通路


島式1面2線のホームを有する地上駅です。


同線では、第三セクター鉄道仕様の気動車が運行しています。


「車両洗浄装置」


「甘木鉄道AR300形気動車」(AR305)
旧国鉄(日本国有鉄道)の急行形気動車の塗装(クリーム4号と赤11号)を模した塗装車両


「甘木鉄道AR300形気動車」(AR307)
公募により、高校生が上半分青、下半分白地に黄帯にデザインされた塗装車両


「甘木鉄道AR300形気動車」(AR303)
旧国鉄(日本国有鉄道)の一般形気動車の塗装(クリーム4号と朱色4号のツートンカラー)を模した塗装車両


「甘木鉄道AR300形気動車」(AR306)
公募により、高校生が桜をイメージしたピンクを基調とした塗装車両


「甘木鉄道AR300形気動車」(AR301)
開業当初からのデザイン車両


甘木鉄道では、AR300形を7両、AR400形を1両、計8両を保有しています。


「甘木鉄道AR300形気動車」(AR304)
甘鉄沿線の山や農地の緑をイメージした塗装車両


「甘木鉄道AR400形気動車」(AR401)
日本宝くじ協会の助成金を受け、富士重工業にて製造されたイベント用車両


保有する8車両の内、7両の気動車を見る事が出来ました。

個性的な各種車両を堪能させていただきました。
『地域と共に生きる鉄道』を感じる事もできました。
ありがとうございました。
★あ(^-^) り(-^ ) が( ) と( ^-) う\(^0^)/★


<駅前にある石碑>

「日本発祥の地 卑弥呼の里 あまぎ」
コメント

筑前町立 大刀洗平和記念館

2020-07-25 | 博物館・資料館等
大刀洗平和記念館は、福岡県朝倉郡筑前町高田に位置する歴史博物館です。

平成21年(2009年)10月3日、当地において開館しました。
同館は、主に第二次世界大戦における太平洋戦争の資料約1,800点が展示されています。


同館の外観は格納庫を模したカマボコ型です。
館内では、太平戦争に関する資料の他、大刀洗大空襲(昭和20年(1945年)3月)の資料や犠牲者の遺影も展示されています。
遺影コーナーには、撃墜された爆撃機B-29搭乗員の遺影も展示されています。
なお、館内の写真撮影については全て禁止です。(零式艦上戦闘機は除く。)


「零式艦上戦闘機 三二型」


展示機については、マーシャル諸島タロア島にて残骸を発見、名古屋空港航空宇宙館での展示を経て、寄贈により現在に至ります。
本機は、世界で唯一の現存機とのこと。


「右側主脚」(降着装置)
萱場製作所製(現在:KYB株式会社)のオレオ式緩衝装置を搭載し、主脚を機体内、尾輪を尾部に引き込む設計としています。


「九九式一号機銃」(九九式二〇粍機銃)


速力、上昇力及び航続力の各数値を優れたものとするため、軽量化を徹底しています。


「栄二一型」(発動機/エンジン)


「定速回転プロペラ」
恒速回転プロペラとも呼ばれ、回転数を一定に保つためプロペラピッチ変更を自動的に行うものです。


「操縦席」


翼番号:Y2-128/製造番号:三菱重工業3318


日本の戦闘機では、最多の1万機以上が製造されました。

<屋外展示>

他用途ヘリコプター「MH2000A」(JA003M)


同機種は、三菱重工業が日本で初めて国産技術のみで製作したヘリコプターです。


高速巡航による旅客輸送に特化した設計思想で、胴体形状はテイルブームまで一体化した卵形で内部容量は大きく、床は平面、キャビンも広めに確保されています。


駆動装置をキャビン上部に配置せず、後方へ配置したことにより、低騒音・低振動を実現しました。


本機体は、日本の航空技術を紹介する貴重な実機として当地にて展示されたとのこと。

<戦跡>

「菊池武光公太刀洗之碑」
菊池武光は、南北朝時代の武将です。(細部不明)


「第五航空教育隊正門」


昭和14年(1939年)開隊した航空技術兵学校「第五航空教育隊」の正門です。
別名『西部第百部隊』と言われ、最大時には6,000名の航空技術兵が在籍していました。
同部隊では教科科目として、飛行機機体・機関発動機・板金・精密機械・銃砲火器・通信機材・自動車・無線・旋盤・鋳造・各燃料・落下傘など航空機に関わる全てを教育していたそうです。

同記念館の見学を通じて、あらためて先の大戦における歴史を知る事が出来ました。
ありがとうございました。
☆゚.+゚o(>Д<。*)ノ゚+.★ァリガトォ★゚+.ヽ(*。>Д<)o゚+.゚☆
コメント