
阿多田交流館は、山口県熊毛郡平生町に所在する史料館です。
当地は太平洋戦争中において、旧海軍の潜水学校さらに水中特別攻撃隊の訓練・出撃基地が所在していました。

「展示室」
館内には、当時の貴重な資料約300点などが展示されています。

同館が所在する平生(ひらお)町阿多田(あただ)地区は、山口県東部に位置しています。
江戸時代から製塩が盛んな土地でした。

昭和19年4月、当地において『海軍潜水学校柳井分校』を開校
昭和20年3月1日、『平生基地』(回天訓練基地)が開隊
昭和20年4月17日、回天の訓練を開始

当基地において、旧海軍が開発した人間魚雷「回天(かいてん)」の訓練が行われました。
さらに特殊潜航艇「蛟龍(こうりゅう)」及び「海龍(かいりゅう)」の訓練も当基地で行われました。

「整備工場」(昭和20年撮影)

「訓練に向かう搭乗員」(昭和20年撮影)

「回天」という名称は、旧海軍・大森仙太郎少将が幕末期の軍艦「回天丸」から命名されました。

人間魚雷『回天』/イ370潜水艦解剖図

甲標的丁型『蛟龍』

特殊潜航艇『海龍』

『蛟龍』一般擬装面

昭和19年8月1日、人間魚雷「回天」が兵器として採用され、搭乗員の募集開始
昭和20年3月1日、回天基地平生突撃隊が開隊
昭和20年4月17日、平生湾において訓練が開始

「水防眼鏡二型改六」(回天一、二、四型に装備された長型の眼鏡)(上部)
「水防眼鏡二型改七」(下部)

昭和63年4月4日、熊毛郡上関町祝島の南約20キロ沖で引き揚げられた魚雷の一部です。
排気筒の長さやギヤなどから「九二式魚雷」と推測されているそうです。

「伊58号潜水艦」艦内写真

同館の敷地内には、映画「出口のない海」の撮影に使われた「回天」のレプリカ(模型)が展示されています。

海中にて潜水艦から直接「回天」内部へ入る搭乗口(交通筒)を忠実に再現しています。

「回天一型断面図」

搭乗員:1名、全長:14.75メートル、直径:1.00メートル、全重量:8.30トン、
機関:93式酸素魚雷、燃料:酸素及び灯油、炸薬:1.55トン

「台座」(回天用)

戦後、当地に法務省・矯正施設「新光学院」が開院し、平成11年に廃院、平成13年には施設解体となり、
その後、跡地一角に地域の文化や歴史とふれあう場所として阿多田交流館が建設されました。
当地において戦史を知る機会を得たことに感謝します。
あらためて平和の大事さを感じました。ありがとうございました。 <(_ _)>
当地は太平洋戦争中において、旧海軍の潜水学校さらに水中特別攻撃隊の訓練・出撃基地が所在していました。

「展示室」
館内には、当時の貴重な資料約300点などが展示されています。

同館が所在する平生(ひらお)町阿多田(あただ)地区は、山口県東部に位置しています。
江戸時代から製塩が盛んな土地でした。

昭和19年4月、当地において『海軍潜水学校柳井分校』を開校
昭和20年3月1日、『平生基地』(回天訓練基地)が開隊
昭和20年4月17日、回天の訓練を開始

当基地において、旧海軍が開発した人間魚雷「回天(かいてん)」の訓練が行われました。
さらに特殊潜航艇「蛟龍(こうりゅう)」及び「海龍(かいりゅう)」の訓練も当基地で行われました。

「整備工場」(昭和20年撮影)

「訓練に向かう搭乗員」(昭和20年撮影)

「回天」という名称は、旧海軍・大森仙太郎少将が幕末期の軍艦「回天丸」から命名されました。

人間魚雷『回天』/イ370潜水艦解剖図

甲標的丁型『蛟龍』

特殊潜航艇『海龍』

『蛟龍』一般擬装面

昭和19年8月1日、人間魚雷「回天」が兵器として採用され、搭乗員の募集開始
昭和20年3月1日、回天基地平生突撃隊が開隊
昭和20年4月17日、平生湾において訓練が開始

「水防眼鏡二型改六」(回天一、二、四型に装備された長型の眼鏡)(上部)
「水防眼鏡二型改七」(下部)

昭和63年4月4日、熊毛郡上関町祝島の南約20キロ沖で引き揚げられた魚雷の一部です。
排気筒の長さやギヤなどから「九二式魚雷」と推測されているそうです。

「伊58号潜水艦」艦内写真

同館の敷地内には、映画「出口のない海」の撮影に使われた「回天」のレプリカ(模型)が展示されています。

海中にて潜水艦から直接「回天」内部へ入る搭乗口(交通筒)を忠実に再現しています。

「回天一型断面図」

搭乗員:1名、全長:14.75メートル、直径:1.00メートル、全重量:8.30トン、
機関:93式酸素魚雷、燃料:酸素及び灯油、炸薬:1.55トン

「台座」(回天用)

戦後、当地に法務省・矯正施設「新光学院」が開院し、平成11年に廃院、平成13年には施設解体となり、
その後、跡地一角に地域の文化や歴史とふれあう場所として阿多田交流館が建設されました。
当地において戦史を知る機会を得たことに感謝します。
あらためて平和の大事さを感じました。ありがとうございました。 <(_ _)>
ぐるっと廻りました。
時間的余裕と、仕事の関係で
全て公共交通機関を利用しての
移動だったので、移動時間ばかり
取られてしまいました。
実に新山口駅到着から4時間後
阿多田交流館に到着。
帰りのバスの時間の関係上
滞在できる時間は1時間。
写真撮るのに精一杯でした。
このたびは、当ブログへの訪問を歓迎します。
次は、大津島への展開を考えております。
期待せず、お待ちください。 (^_^¥
逸仙(いつせん)について調べました。
中華民国海軍が日中戦争前に建造した砲艦。
同国海軍では軽巡洋艦に類別。
昭和14年7月29日、兵学校練習船「阿多田」として再就役
昭和21年8月25日、上海にて中華民国へ返還され、旧艦名へ復する。
ありがとうございました。 <(_ _)>