(三島由紀夫風)
安寧と静寂の拠り所である心地よき我が家も、五月の晴れた日曜日には怠惰の気を漲らせた座敷牢に感じられたので、私は妻を誘い人生の行き着く涯、終の棲家の候補地でもあるうきはへと出かけることにした。
それならばと妻は普段から贔屓にしている「正島工房」に寄るために電話で確認をしていたが、連絡がとれなかったようだった。
「正島工房さん、お休みみたいよ。つまんないわ」
私は出かける時には常に携行するPENTAXを準備しながら「それは残念だね」と答えた。
「あなたと出かけるといつもお店が臨時で休みになるわ。不思議ね」
「それも僕の責任かい」
「だっていつもそうよ」
彼女にとっては固くて開かない瓶の蓋から天候の急変まで私の責任だった。
昨日洗車してモスグリーンの輝きを取り戻した車で古賀インターから高速に入りうきはへと向った。鳥栖インターから大分方面へと曲がると広大なパノラマが開ける。空の青さは夏のそれほど濃くはなく、下へいくほど徐々に白を含みながら最後はうきはと久留米の背に立てまわされた六曲一双の屏風のごとき耳納連山の稜線に吸い込まれて終わっていた。わずかな雲はパノラマの端に履き寄せられ、些か強さの増した日差しがふんだんに地に降り注ぐのを阻んではいなかった。あちこちで乾いた麦の穂がまだ冷たさを残す風に物憂げに揺れていた。
杷木インターで高速を下りると、吉井から合所ダムの方角へ山道を登り、覆いかぶさるような様々な濃淡の緑の中をしばらく走った。かなり山奥へと入り込んだところで目的の店「ムスビ」を見つけ、そこで心身ともに癒される昼餉の時を過した。
その後、更に山奥へと進み、スペイン風のハムやソーセージで福岡に名を馳せた「イビサ」で買物をし、吉井の街並みへと戻った。
次に私はケーキ屋「ル・シュクル」に車を止めた。ここで新商品のケーキの撮影と味見をし、コーヒーを飲んでしばし憩いの時を持った。新商品のいちごをふんだんに使ったケーキはスポンジとクリームといちごの淡い色の競演が美しく、感嘆のため息を薄く彩色して重ねたような趣きがあった。
妻はショーウィンドーを眺めながらふと小首をかしげた。
「ね、なめらかプリンとミルクプリンはどう違うの?」
もとより私にわかるはずはないので諧謔をもって回答するにしくはないと
「そりゃあなめらかプリンはなめらかで、ミルクプリンはミルクが多いのさ」
と答えると、彼女は「ふふふ、そうね」と端からあてにしてはいないという表情で唇の端に笑みを浮かべた。
「ル・シュクル」を出て「耳納の里」で買物をした後、高速で帰路についた。妻は疲れたのか後部座席で横になっていた。あたかも一人旅のような私の思考は今日の日記の文末に記す一句をひねり出すために、一人薄青い五月の空の光の中へ創造の翼を広げて羽ばたいていった。
「うきは」
緑ます うきはの山の 力かな
蔵
安寧と静寂の拠り所である心地よき我が家も、五月の晴れた日曜日には怠惰の気を漲らせた座敷牢に感じられたので、私は妻を誘い人生の行き着く涯、終の棲家の候補地でもあるうきはへと出かけることにした。
それならばと妻は普段から贔屓にしている「正島工房」に寄るために電話で確認をしていたが、連絡がとれなかったようだった。
「正島工房さん、お休みみたいよ。つまんないわ」
私は出かける時には常に携行するPENTAXを準備しながら「それは残念だね」と答えた。
「あなたと出かけるといつもお店が臨時で休みになるわ。不思議ね」
「それも僕の責任かい」
「だっていつもそうよ」
彼女にとっては固くて開かない瓶の蓋から天候の急変まで私の責任だった。
昨日洗車してモスグリーンの輝きを取り戻した車で古賀インターから高速に入りうきはへと向った。鳥栖インターから大分方面へと曲がると広大なパノラマが開ける。空の青さは夏のそれほど濃くはなく、下へいくほど徐々に白を含みながら最後はうきはと久留米の背に立てまわされた六曲一双の屏風のごとき耳納連山の稜線に吸い込まれて終わっていた。わずかな雲はパノラマの端に履き寄せられ、些か強さの増した日差しがふんだんに地に降り注ぐのを阻んではいなかった。あちこちで乾いた麦の穂がまだ冷たさを残す風に物憂げに揺れていた。
杷木インターで高速を下りると、吉井から合所ダムの方角へ山道を登り、覆いかぶさるような様々な濃淡の緑の中をしばらく走った。かなり山奥へと入り込んだところで目的の店「ムスビ」を見つけ、そこで心身ともに癒される昼餉の時を過した。
その後、更に山奥へと進み、スペイン風のハムやソーセージで福岡に名を馳せた「イビサ」で買物をし、吉井の街並みへと戻った。
次に私はケーキ屋「ル・シュクル」に車を止めた。ここで新商品のケーキの撮影と味見をし、コーヒーを飲んでしばし憩いの時を持った。新商品のいちごをふんだんに使ったケーキはスポンジとクリームといちごの淡い色の競演が美しく、感嘆のため息を薄く彩色して重ねたような趣きがあった。
妻はショーウィンドーを眺めながらふと小首をかしげた。
「ね、なめらかプリンとミルクプリンはどう違うの?」
もとより私にわかるはずはないので諧謔をもって回答するにしくはないと
「そりゃあなめらかプリンはなめらかで、ミルクプリンはミルクが多いのさ」
と答えると、彼女は「ふふふ、そうね」と端からあてにしてはいないという表情で唇の端に笑みを浮かべた。
「ル・シュクル」を出て「耳納の里」で買物をした後、高速で帰路についた。妻は疲れたのか後部座席で横になっていた。あたかも一人旅のような私の思考は今日の日記の文末に記す一句をひねり出すために、一人薄青い五月の空の光の中へ創造の翼を広げて羽ばたいていった。
「うきは」
緑ます うきはの山の 力かな
蔵