右肩の痛みがまたひどくなった。あんまりひどいので今日は「中国鍼灸院」さんで鍼治療。毎度のことだが不思議と痛みが減る。だいぶ楽になった。毎日通うとすぐ治るんだろうけどなぁ。
「天災人禍」
呉炳宇
不測天災自然去、(不測の天災は自然に去り、)
可知人禍接踵来。(知る可き人の禍は踵につき来たる。)
国民冷静愕世界、(国民の冷静世界を驚かし、)
臨危有序迎未来。(危に臨みて序有るは未来を迎える。)
(以下、えしぇ蔵的博多弁訳)
天災はいつ来るかわからんばってん、自然に去っていくばい。
人が作った禍は予知できるばってん、ずーっとついて来るばい。
国民が冷静にしとるとは外国ばびっくりさせたばい。
えらい目におうた時もちゃんと秩序があったら、またよか未来が来ると。
呉先生: | 「スキーしたことある?」 |
ワシ: | 「ありますよ」 |
呉先生: | 「上手ですか?」 |
ワシ: | 「いいえ(笑)」 |
呉先生: | 「ゆっくり滑るくらい?」 |
ワシ: | 「そうですね」 |
呉先生: | 「わたしこう考えた。人生はスキーとおなじネ」 |
ワシ: | 「スキーと?」 |
呉先生: | 「そう。共通点があるよ。まず後を見たり足元を見たりすると転ぶヨ」 |
ワシ: | 「なるほど」 |
呉先生: | 「いつも先を見てないとだめネ。どっちに行くかとか、あのこぶをどうするかとか」 |
ワシ: | 「はい」 |
呉先生: | 「それから力を抜いて楽にしてないとだめネ。力入れると転ぶよ」 |
ワシ: | 「なるほどね」 |
呉先生: | 「それから常に低い姿勢でいないとだめ。胸はってると転ぶヨ」 |
ワシ: | 「いつも腰を低くね」 |
呉先生: | 「そう。威張ったりしてると転ぶネ。常に低い姿勢で」 |
さすが先生。うまいこと言うもんだ。人生それスキーのごとしか。
呉先生のところを出て春日に向っている時に・・・えーい!またやっちまった。また国家権力に寄付してしまった。いかんなぁ。ピブちゃんになってから乗り心地がよくてスピードを出しすぎてることに気付かないからだろうな。リカちゃんは振動もあるし音もうるさいから大したスピードじゃなくてもえらくとばしてるような気がして減速したりしてたからな。いやぁいかんいかん。反省。
「先を見て」
先を見て 力をぬいて 腰低く
さだめの坂を 滑りきるかな
蔵
「星香園」さんに行く度にあの子が元気にしているかどうかチェックしてしまう。今日行ったら車庫で大人しくしていた。相変わらずイカしていた。
牛島さんが、「ほんとあれはよぉ走るですねぇー!」と感心していた。タイヤもいいのをはかせてもらったりチューニングしてもらったりして可愛がってもらってる様子だった。よかったよかった。
今日の最後は「雷山千如寺」さん。最近は和尚さんと二人でワシが作った戒名管理システムに過去の戒名をこつこつと入力している。そして入力しながらしみじみと様々な人の一生に思いを馳せる。早世した人、長生きした人、病死した人、戦死した人・・・結局は誰しも人生を終える。終えることに関してはみんな平等だ。でもその長短の分かれ目は一体何なんだろうと思ってしまう。全てに意味があるはずだ。もし人の生死に意味がないのならおよそこの世に意味のあるものは皆無になるだろう。全てが偶然の産物と割り切るのは悲しいものがある。
「赤兎馬」
星野村 赤兎馬車庫で はにかみて
蔵
新規に開店するお店から試食会に招待されることがたまにある。先日もあるお店から招待されたが仕事の都合で行けなかったので、今日姫と一緒にオープンしたそのお店に客として食べに行った。そして一口食べてワシは一瞬固まってしまった。「こんなまずいはずはない。なんかの間違いやろ」と思って店員に言って作りなおしてもらったが、新たに出て来たものもさっきよりは少しマシという程度だった。さすがにそれを拒否するのも申し訳ないので一応完食して帰って来た。
今までお店のほうから「試食に来て下さい」と依頼されてまずかったという経験は一度もなかった。自信があるから招待するわけだから当然といえば当然のことだ。だが今回のようなこともあるんだな。一ついい経験をした。あれじゃとてもESEグルメには載せれない。お店の人に名乗らなくてよかった。
「美味ならず」
美味ならず 財布を開ける 気にならず
蔵
そういえば井本さんが「バルザックは読み出したら引きずりこまれてやめらんねぇぞ」と言ってたっけ。まさにその通り、読み出したら他のことができない。「ゴリオ爺さん」はストーリーもさることながら、巧みな書き方が途中でやめることを阻んでいるような気がする。あれよあれよと読み進む。バルザックの世界にはまってしまいそうだ。
ワシがバルザックのことを「バルザック」と発音すると姫は「違うよ。バルザックよ」と笑いながら訂正する。ほんとかいな?と思って調べてみたら、ワシのほうが正しかった!よっしゃ!(参照:http://ejje.weblio.jp/content/Balzac)
あぁそれにしてもまたパリに行きたくなった。前回はフランス文学に興味がなかったから、文学の都としてのパリは全く満喫していない。今度は井本さんみたいにパリの文豪たちの面影を追う旅がしてみたい。
「花の都」
かつてワイン 今文学の 仲立ちで
花の都は ワシを呼ぶかな
蔵
今日は午前中はデスクワーク。午後からお出かけで博多駅方面へ。ヨドバシカメラで買物をしてから博多駅CITYへ行ったがさすが雨にもかかわらずかなりの人出。人気の店には長い行列があった。「クラブ ハリエ」でお茶をしたが、ここのバームクーヘンに感動するワシを見て姫が笑っていた。こんなうまいバームクーヘンは初めてだ。なるほど行列するはずだ。
ヨドバシカメラに戻って車を出そうとしたら、なんと駐車場から下の道に下りるらせん状の通路が渋滞。つまりは外の道が渋滞だからなかなか出れないわけだな。脱出するのになんと50分もかかった!あのほんのわずかな長さの通路に50分!若干閉所恐怖症のワシにはこの脱出できない50分は気持ちのいいものではなかった。
その後は「博多座」へ移動。「桜壽博多座大歌舞伎」の夜の部を観た。中村勘三郎の休演の影響か、震災による自粛のためか、かなり空席が目立ったが演目は非常に素晴しく(蝋燭を照明として使った場面は特に秀逸!)、最後はかなり盛り上がってスタンディングオベーションとなった。幕が下りた後の中村勘太郎のファンサービスが愉快だった。舞台と客席が一体となっていた。実に実に楽しかった。
「歌舞伎」
見得を切る 凛々しき姿 いまむかし
江戸の歌舞伎に 思いを馳せる
蔵
春日の「不動産のトーカイ」さんから始まって、久留米の「スマイルホーム」さん、「尾道屋」さんとまわって、最後は八女の「江田建設」さん。筑後地区をぐるりとまわった。気温は17度まで上がって暖かい一日だった。車は窓を開けて走った。思えばもう3月後半だからな。当然といえば当然か。桜もそろそろ準備態勢か?今年は寒いから遅くなるかな。
「尾道屋」さんでは社長と一緒にパソコンを買いに行った。ちゃんと下見して選んであったのでワシはただ確認するだけでよかった。さすがだ。社長は仕事も趣味もてきぱきとこなす。
「江田建設」さんでまた専務に写真撮られた。専務は最近Facebookを始めた。そのマメさには本当に感心する。Facbookは友人知人間で活用するものと思っていたが、それよりもビジネスに活用するほうが威力を発揮するらしい。一応、ワシも人に教えるためにやってはいるがもう少しビジネス的に活用してみるかな。
帰りは八女から高速で一気に帰宅・・・と思ったら久留米~筑紫野間が事故渋滞。おかげで高速なのにたっぷり本が読めた。帰宅まで2時間もかかった。疲れるねぇ。
「風」
3号線 筑後の風の ぬるむかな
蔵
あちこちで募金や献血でみんなそれぞれにできることをしているのを見ると、日本という国はいい民族の国なんだなとしみじみ感じた。これまでは享楽に走る浮薄の民になりつつあるのかと悲観的な思いもあったが、いやいや日本人まだまだ大丈夫だと思った。こういう非常時にわかるもんだな。極限に追い込まれてもモラルを捨てていないこと、誰しもが援助の手を惜しまないこと、被災地を思って自粛する心・・・実に素晴しいと思う。東日本の再起は遠くないと思う。
ブックオフにミルトンの「失楽園」があったので読み始めたがこれが実に面白い。悪魔と天使の対決から、悪魔の敗北、アダムとイヴの創造、悪魔による誘惑、楽園追放までが描かれている。神学的にも興味深いし、単純にファンタジーとしても楽しめる。
思えばここ1年くらいは海外文学をかなり読んだ。本棚もだいぶいい作品が並んだ。次は「ゴリオ爺さん」の予定。さぁいよいよバルザックだ。
「早咲き」
早咲きの 桜見て知る はや下旬
蔵
晴れてたが寒かった。東北はせめて気温だけでも暖かくなってくれるといいんだが・・・。
今はいろんなことが自粛ムードだが、あまりに極端に過ぎると経済を止めてしまう。それでは逆に復興のスピードを鈍らせてしまうことになるから逆効果だ。経済を動かすことも復興に協力することになる。みんな頑張って働こう!
先日、姫と「King's Speech」を見た。久しぶりに心に残るいい映画だった。見た後数日は何度も思い返すような映画ってのはやはりいいもんだ。この映画は今年のアカデミー賞で作品賞、主演男優賞、脚本賞、監督賞に輝いたそうな。それは納得できる。評価されるべき佳品だからな。こういう映画をもっとたくさん市場に出して欲しいと思う。
「未来」
ひのもとの 国はいまこそ 一つなり
むかうは同じ 豊かな未来
蔵
今回の地震でワシは、普段の生活における様々な場面での喜怒哀楽というものは、自分の住む国が平和であることを前提としているということを痛烈に感じた。国全体が普通に生活を営める状態であってこその幸福であり、試練であり、煩悶であり、発展であり、感動なのだと。つまりはこの災害は同じ国に住む者全員の身に起こった悲劇であるから、全員で復旧に努力すべきなのだ。被災地から離れた場所にいようとも何か出来ることはあるはず。各個人が今自分に出来ることを考え、そして確実に行動を起こすことが必要であると思う。
未曾有の国難を国全体で乗り越えよう。
「祈り」
強くあれ 同胞(はらから)今ぞ 強くあれ
祈るは遠き 西の空から
蔵