えしぇ蔵日記

えしぇ蔵日記のブログ版です。

価値観

2009年07月30日 | Weblog
仕事帰りに御笠川の近くを通ったら公園で盆踊りの練習をしてた。今年初めて夏らしい光景を目撃した。気付けばもうあさってから8月。まだ梅雨明けしない。今年は夏が短くなってしまった。なんだか寂しいものがある。
 
価値観というものは変化するものだが、ワシの場合それが極端なのかもしれない。先週、ブックオフであるCDを買った。大学時代にレコードで持ってたあるイギリスのロックアーティストのアルバムで、当時は英語の歌詞全曲暗誦できるほど毎日聞きまくった。自分なりにこれは傑作だと判断していた。そのCDが安くで売ってたので懐かしさに浸りたくて買って聞いたら・・・・・・ちょっと寂しくなった。ワシはこんなアルバムを傑作だと思っていたのかと。この20年での価値観の変化の激しさに唖然とした。当時、音楽評論家たちには駄作として貶されていたが、ワシはそれに対して憤慨していたものだった。今は評論家たちはさすがに適確な判断をしていたというのがよくわかる。本当の傑作は時代によって色褪せることはなく、逆に駄作は時代がそのメッキをはがすということがよくわかった。
 
昨日、「新郷商会」さんの事務所で源太さんの子どもたちがレゴで遊んでいた。いいもんだと思った。世の子どもがゲーム機で遊ぶ光景は見飽きたからな。ゲーム機はプログラムという限られた範囲の中で遊ぶものだが、レゴは物自体がシンプルなだけに可能性は無限大で子どもの創造性を大いに育てる。遊びながら自分の創造性を育てていることになる。さすが源太さんだなと思った。またゲーム機欲しがらない子どもたちもおりこうさんだ。
 
「御笠川」
 
水ひいて 夏は短し 御笠川
 
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心を放つ

2009年07月28日 | Weblog
応に住する所無うして其の心を生ずべし
 
心を一箇所に留めず、時に応じて自由に動かす。つまりはそういうことだな。悩み苦しみ続けるのもそれは一つの執着なのだ。喜ぶべき時に喜ぶ。怒るべき時に怒る。悲しむべき時に悲しむ。あとは心を自由に。ワシなんか一箇所に留まってもう半年になる。これじゃ内側から腐ってしまいそうだ。早く解き放とう。
小説のことを考えている時は唯一心が軽くなる。やっぱこれしかないなと思う。無心に書くべき時だな。
 
「雲のごとく」
 
雲のごとく 鳥のごとくとは 言いえたり
心縛らぬ ものになりたし
 
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再び大雨

2009年07月26日 | Weblog
朝から再び大雨。自宅がある丘の下に流れる川は橋の下を洗うほどで結構危ない状態だったが、昼前に雨は上がりなんとか危機はしのいだ。それにしても恐ろしいもんだ。金曜日にあれだけ降ってまた今日だからな。もういい加減梅雨も明けて欲しいもんだ。
 
ESEグルメの新データベースがやっと完成した!あぁ涙・・・めっちゃきつかった。予定通り8月1日からスタートできそうだ。これでこっちはよしとして、8月は短編を一つ書かなくては!
 
「雨雲」
 
七月や もはや雨雲 見飽きたり
 
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大雨

2009年07月24日 | Weblog
夕方から大雨。それにしてもよく降った。たまたま仕事が早く終わって家に帰りついていたからよかったが、おそらくかなりの渋滞になったことだろう。いつぞやの大雨を思い出すなぁ。死者が出たっけなぁ。畏敬すべきは自然の力だ。やれIT革命だ、バイオテクノロジーだなんて言ったところで未だにたった2時間大雨が降れば右往左往するんだから人間の力なぞ虚しいもんだ。恐らく永久に自然の脅威のもとで生きていかざるを得ないのだろうな。何千年もの間、人間は同じことを考えてきただろうが、それにも関らず自然への畏敬の念は減る一方だ。昔の人は自然に逆らえないことを知っていたから恐れ敬った。そして共生の道を探った。それが本当なんじゃないだろうか?
 
「梅雨」
 
七月の 暦少なし 未だ梅雨
 
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同級生

2009年07月23日 | Weblog
アルファホーム」さんでちょっとビックリなことがあった。先日、社長が娘さんと対馬に旅行した際に娘さんの西南学院大学時代の同級生の人が案内役だったそうな。その人はブラスバンドをやってて、卒業後はスチュワーデスになって、実家は厳原で・・・・・・あれ?それってワシの同級生でしかも遠い親戚のTやんか!そのことを話したら社長もビックリ!そんなこともあるんやなぁ。社長に聞いた話ではえらい玉の輿に乗って裕福な暮らしをしているらしい。いいなぁ・・・。
高校の同級生は結構出世してる。医者になったり、社長になったり・・・みんなあんまり勉強してなかったけどなぁ(笑)。つくづく思うけどのちの幸せというものは全く学歴とは関係ないな。本当にたくさんそういう例を見てきたからこの日記を読む学生に声を大にして言いたい。もっと遊びなさい!点数とるより思い出作るほうを頑張りなさい。
 
「二度となき日」
 
老いて知る 二度となき日の おもさかな
 
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日食

2009年07月22日 | Weblog
「新郷商会」さんでは源太さんがなにやらそわそわ・・・日食が気になって何度も外に出て上を見上げていた。ワシもつられて外に出ると源太さんが日食を見るのに使っていたのがこれ↓
 

 
溶接の時に使うやつ。後で聞くと「
太田自動車鈑金」さんでも従業員の人たちがこれで見たそうな。これだとバッチリ見えた。薄い雲がかかっていたが欠けていくのがはっきりわかった。源太さんが、「今頃多分学校の授業で見よるよね・・・・・・あ!夏休みか」と言って奥さんにあきれられていた。ワシはバカウケしてしまった。
 
あんまり見すぎてしばらく目が変な感じだった。行く先々で日食の話題。果たして次回までワシは生きているのか?生きていたら「あぁ前回は源太さんと見たっけなぁ」と思い出すのだろうか?その頃ワシは66歳。
 
「日食」
 
日食や コンビニのレジに 人はなし
 
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京都・奈良の旅 3日目

2009年07月20日 | Weblog
緩い朝。荷物をホテルに預けてパン屋を二軒まわり、ホテルで朝飯は食べたというのに御苑のベンチでかじるワシら。
 
ホテルに戻り荷物を持ってまずは京都駅。ロッカーに荷物を預け身軽になって今日のメインの三十三間堂へ。ワシはあの居並ぶ1001体の千手千眼観世音菩薩像を目の当たりにして、口を半開きにした阿呆顔でただ呆然としてしまった。一体ですら精緻を極めた仏像がいづれ劣らぬ美しさで1001も整然と並べられてしまうと、美というものの力の前にただ降参するしかなかった。実に衝撃的な体験だった。
 
錦市場の「ヤマキ」で親子丼を食べた後は最終日のお決まりでぶらぶらと買い物。古本屋、漬物屋、金物屋、だし屋、八百屋・・・最後は京都駅で弁当買って全行程終了。
 
今回は天気に恵まれた。梅雨の京都、奈良なので雨を覚悟していたが、結局降ったのはちょうど何かの交通機関に乗っていた間だけ。しかも二日目に京都で強く降った時にはワシらは奈良にいて後からそれを知った。かといって青空できつい直射日光を浴びたわけでもなく、名高い京都の猛暑も避けることができた。なんの不都合もない二泊三日で実に満足の旅だった。
 
さて四回目は何月に行くか?
 
「鴨川」
 
去り難き 忘れ難きは 鴨川の
さそふがごとき せせらぎの音
 

 

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京都・奈良の旅 2日目

2009年07月19日 | Weblog
布屋の朝は正しい日本の朝食で始まる。小さい釜できらきらと光るご飯をの誘惑に負け、常にないおかわりをしてしまう。まぁワシらの旅はとことん歩くから昼にはすっかり消えてはいるのだが。
 
今夜泊まる宿に荷物を預け、10時過ぎのみやこ路快速で奈良へ向かう。昔で言うなら山城から大和へ。馬や籠ならどれほどの道程か。今は電車で一時間。
 
まずは外せぬ東大寺。群れ寄る鹿を避けつつ歩む参道。あれ?姫がいない、と探すと鹿の写真を撮ろうと必死だった。ここではお約束の光景。
 
世界最大の木造建築の中に静かに座る大仏の威容は圧巻で、とてもカメラなどで捉えられるものではない。存在感という言葉をそのまま捧げたい。
 
二月堂から眺める奈良にしばし見とれた。多くの観光客で賑わう中から聞こえて来るのは英語、フランス語、スペイン語・・・自分もおそらく外国人なら京都奈良には必ず来たに違いない。このご時世、日本を感じる日本の街は容易には見つからない。  
昼食は「絵馬堂茶屋」で茶粥をすすった。故郷対馬では茶粥も食べれば奈良漬けも食べる。何か因果があるのだろうか?かつて親父が「祖先は防人かもしれない」と言っていたのを思い出す。あるいはそうかもしれない。ワシは今祖先の土地にいるのだろうかとおもいは一人いにしえの都を駆け巡る・・・。
 
春日大社はその鬱蒼たる森自体が荘厳な空気に満ちていた。志賀直哉も散策したささやきの小路を歩く時はなぜか二人とも会話がひそひそ・・・だが姫が小路を写真に撮る時に先を歩くワシが邪魔だったらしく後ろから「はよ行ってよー!」と怒鳴った時はささやきの路は雄叫びの路になった。
 
ワシにとって正直一番楽しみだったのが志賀直哉邸。情緒もあり、機能的でもあり、広くて快適な屋敷はさすがブルジョア。奥から今にも文豪が迎えに出てきそうな錯覚を感じた。唯一の長編「暗夜行路」を校了したという二階の書斎を見た時にはワシの感性はフル稼動だった。あぁここで書き終わったんだ、あの「暗夜行路」を書き終わったんだと思うと感動するなというほうが無理だ。お隣りはサロンには作家や画家が多く集まったという。その庭の木陰でお茶してしばし休憩。
 
お約束の五重塔。近くで見るとさすがに圧巻だった。現代の建築技術が先人たちの仕事と較べてどれほどの差があるというのだろう?現代では五十年そこらでほとんどの建物が姿を消しているというのにこっちは千年だ。ワシらはもっといにしえに学ぶべきではないのだろうか。
 
奈良屋町は奈良の下町。小さい店をあちこち覗いているとなかなか町を抜けきれない。ここでは目当ての店を決める必要はない。気の向くままにこの店、あの店。
ふと見つけたお茶屋さんで茶粥用の茶を買ったが、そこでさっきのワシの祖先の話をしたら店のおばちゃんは真剣な様子で聞いていた。ワシとしてもやはり気にはなる。何か調べる方法はないものか?
 
日本一の品質を誇る絶品の奈良漬けを買った後は電車とタクシーを乗りついで「秋篠の森」へ。ちなみにこの時乗ったタクシーの運転手さんが長年福岡に住んでいたということで話が弾んで楽しかった。運転手さんは途中の路から見える古墳などを細かに解説してくれて、何か得したような気分になった。
 
「秋篠の森」はイタリアンと和食を融合させた繊細な創作料理で全品感動のため息。歩き回って足が疲れていたが、いつしかそれも忘れてひたすら舌鼓。なんとも素晴らしい夜になった。
 
「奈良」
 
今さらに 奈良の都に 魅されしも
うかぶ歌など 拙きものかな
 

 

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京都・奈良の旅 1日目

2009年07月18日 | Weblog

「12ヶ月全ての京都を楽しむ」企画の3回目。今回は7月の京都。テーマは「古の森~古都ふたり」。今回は奈良にも足を伸ばす。
 
今回はJRの特別パスの関係で大阪で一度乗り換えた。大阪に因んだ姫のボケ一つ。
「いつかUFJにも行きたいね」
「それは銀行や」
 
京都に昼前に到着し、去年も泊まった宿「布屋」にまずは荷物を預け、京の味を求める胃を宥めるべく、近くの京料理の店「光安」の暖簾をくぐった。ワシと姫にとって京都ほど味覚を刺激する街はないが、またしてもここで感動にうちふるえることになった。小さい町屋を品よくシンプルに改装した居心地のいい空間で味わった料理の数々は、まさに完成された一瞬の芸術を感じさせた。味つけはいかなる称賛の言葉もおいつかないほどの完成度であった。さぞかし長年の包丁修業で磨きぬかれた燻し銀の腕を持つ年配の板前が作っているかと思いきや、まだ若さあふれる人あたりのいい板前が挨拶に出てきたから驚いた。これほどの味を出す店ならば伝統格式の高いものが多く、それに比例して敷居も高くなるのが常だが、なんと気さくなことか。恐縮することなく高い水準の味が楽しめるなら、京都の魅力はさらにワシらをひきつけることになりそうだ。
 
今回のスケジュールは緩い。ぷらぷらと散策しながら姫セレクトの店を覗いた。醤油の「澤井醤油本店」、味噌の「本田味噌本店」。「本店味噌本店」に因んだ姫のボケ一つ。
ワシいわく
「あの店は元治年間から禁裡御用達やったんやね。すごいね」
「金利御用達?」
 
「宝泉」で散策の足を休めた。蕨餅と冷たい番茶でホッと一息。回り縁の外に広がる日本庭園にまだらに射す西陽に見とれる一時は身も心も癒してくれた。
 
夕方は糺の森を散策。そして下賀茂神社へ。世界遺産の糺の森に国宝の下賀茂神社。まったく見所に苦労しない街だ。今日はみたらし祭の日。裸足になり200円を払って冷たい地下水をためた池を歩くという行事に参加したが、その冷たさは結構強烈で、それまでの蒸し暑さを一気に掠っていった。ワシと姫も思わず子どものようにはしゃいでしまった。
 
たそがれの鴨川は涼を求める人で賑わい、その平和な光景をいにしえの歌人の鴨川のほとりで詩興を探る面影に重ねて、一首ひねりたいと思ったが、才の薄さはいかんともしがたく、ただ姫と二人へらへらとボケ倒しながら歩くだけだった。
 
今日は昼がメインだったので夜は軽くうどんにして宿に戻った。さすがの姫も歩きすぎたか宿に着いた時はへろへろだった。
 
さて、明日はいにしえの都が待っている。
 
「みたらし祭」
 
裾持ちて 小股に歩む 足つけの
水さそふかな 君の微笑み
 

 

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宮尾登美子先生

2009年07月17日 | Weblog
(宮尾登美子先生風)
 
えしぇ蔵はここ数ヶ月、諸事うまくはかどらぬ身の周りのことを悩み続けて疲れ果てた心理状態を引き摺って今日も仕事に向かった。午前中は「
ウイルホーム」さん、午後には「Rプランニング」さんと「シューポート」さんを周り、夕方からの「雷山千如寺」さんが終わって和尚さんと次回酒を酌み交わす日程を決めて雷山の長く曲がりくねった道を下り始めた時には19時をまわっていた。
仕事の疲れは万全でない心理状態のせいか常よりも多く感じたが、明日からの京都の旅をひかえているのでそのことを考えれば多少は軽くなるような気がした。詰まるところ心晴れれば体力も戻るわけで、今はそれをただ黙して待つしか術はなかった。
 
雷山千如寺」さんにお邪魔している時に奥さんがお茶を持って来た。奥さんは見事にダイエットに成功し、今でもそれを維持し続けていた。実に見事な変身ぶりだった。「ずっと維持されててすごいですね」と声をかけたら奥さんは奈良時代から続く由緒格式ある寺の住職の妻に相応しい気品を帯びたはにかみを見せながら、「いいえ、もうだいぶ戻ったんですよ」と言って笑った。えしぇ蔵が「次は和尚さんの番ですね」と水を向けると和尚さんはちょっと慌てた様子を見せて「はははは」と笑ってごまかしていた。和尚さんの健啖ぶりはえしぇ蔵も何度も同席して承知のことなので多少過酷な提案かなと思い、それ以上は話題にしなかった。自分などはこの心理状態が続く限りダイエットなど不要なものだとえしぇ蔵は心の中で苦笑した。
 
 
 
宮尾登美子先生と呼ばせて頂こう。ワシ思うに真の日本文学を受け継いで来た最後の大物作家。もしお会いできればその膝下に平伏し、最大限の敬意を表したい。非常に素晴らしい人だ。作品の質は今時の本屋の店頭に並ぶ売れっ子作家たちが束になっても勝ち目がないほど孤高の位置にある。自分が20代で独身だったら全てを賭けてその門をたたいていたかもしれない。あぁ偉大なる宮尾先生、遠い九州からご尊敬申上げます。
 
「京」
 
ふとおもふ 明日はいづれの 京にあり
 
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