Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

シャルフベック展

2015年07月10日 | 美術
 ヘレン・シャルフベック(1862‐1946)はフィンランドの国民的画家だ。もっとも、わたしはその名を知らなかった。外国にはあまり知られていないが、国内では多くの人々に親しまれている。そんな‘国民的画家’は、各国にいるのかもしれない。

 何年か前のことだが、アルベール・アンカー展が開かれた。アンカーもスイスの国民的画家と紹介された。素朴な人々を描いた穏やかな作品が多かった。国民的画家と呼ばれるゆえんが分かる気がした。

 では、シャルフベックは、どんな画家なのだろう。そんな興味があった。

 まず気に入ったのは「雪の中の負傷兵」(1880年)だ。見渡す限りの雪原。曲がりくねった大木の根元に一人の負傷兵が腰を下ろしている。放心したような眼差し。遠くに連隊が去っていく。取り残された負傷兵は、どうなるのだろう――。

 雪の描写が美しい。モネのような雪の描写だ。当時シャルフベックは18歳。本作が高く評価されて奨学金を得たシャルフベックは、パリへ旅立った。

 それから約10年間、シャルフベックは留学と旅の日々を送った。恋愛もした。失恋に終わったその恋の傷は深かった。その傷から立ち直る過程で描いた「恢復期」(1888年)がパリ万博で銅メダルを得た。国際的にも注目された。

 「恢復期」はわたしも本展で一番気に入った作品だ。ぼさぼさの髪の少女が、籐椅子に腰かけ、緑の新芽が芽吹いた小枝を見ている。窓から射しこむ明るい陽光。病気だった少女を包む白いシーツや籐椅子の描写も美しい。少女へのいたわりの感情が漂う作品だ。

 結局、上記の「雪の中の負傷兵」から「恢復期」に至るまでの作品群が、瑞々しさの点で、もっともよかった。同時期に属する「自画像」(1884~5年)、「少女の頭部」(1886年)そして「パン屋」(1887年)もよかった。中でも「パン屋」が気に入った。土間のような室内にパン焼き釜がある。窓際に焼きたてのパンが並べられている。明るい陽光がパンを照らしている。幸福な絵だ。

 母国フィンランドに戻ってからの作品には、‘青春の輝き’が急速に失せる。人生の長い歩みが始まったようだ。人間だれしも辿る地味な歩み。その歩みの等身大の表現がずっと続く。そして最晩年。死をまぢかに控えたシャルフベックは、自画像を描き続ける。死にゆく自己を見つめる強さと意識の澄明さに打たれた。
(2015.7.8.東京藝術大学美術館)

主な作品の画像(本展のHP)

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1 コメント

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ムンク (PineWood)
2015-07-16 08:12:27
ムンクの絵のように叫び続け必死に自画像を描く、その苦痛は鴨居玲その人とも同じだったかも知れぬ。痛々しいまでに絵画とは何か、生きるとは何かを探索したー。フィンランドでムーミンの原作者も優れた自画像を描いているが、彼女の絵画に影響を受けたのではないかと勝手に想像してみた♪
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