Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

METライブビューイング「ポーギ―とベス」(2)

2020年07月02日 | 音楽
(承前)次に印象に残った歌手を何人かあげると、まずポーギーを歌ったエリック・オーウェンズが圧倒的だった。深みのある堂々とした声だ。METでは他にワーグナーの「リング」チクルスでアルベリッヒを歌っている。愚直にベスを愛し続けるポーギーと、愛を断念し、愛を呪うアルベリッヒとは、対照的な役柄のようにも見えるが、じつはアルベリッヒも愛に憧れている。だからこそ、叶えられない愛を呪う。アルベリッヒとポーギーとはコインの裏表の関係なのかもしれない。

 また、すでに書いたように、マライア、セリーナ、クララの3人はみんなよかったが、とくにマライアに存在感があったのは、その役を歌ったデニーズ・グレイヴズのためだろう。マライアの独唱は短くて、あまり印象に残らないが、それにもかかわらず、マライアの存在はつねにステージ上にあった。グレイヴズはMETでは他にカルメンを歌っている。主役をはる歌手の貫禄だろう。

 セリーナを歌ったラトニア・ムーアにも感心した。セリーナの夫ロビンズがクラウンと喧嘩をして殺されたとき、その葬儀で歌う「うちの人は逝ってしまった」は、その哀切さでこの公演のシリアスな面での白眉だった。ムーアは2012年に「アイーダ」のタイトルロールでMETにデビューし、その翌年に新国立劇場でも同役を歌った。わたしはそれを観たが、そのときのメモを見ると、「アイーダ(ラトニア・ムーア)とラダメス(カルロ・ヴェントレ)が破格のすばらしさ」とある。

 指揮はディヴィッド・ロバートソン。幕開けの序奏の細かな音の動きが、ぴったり揃っていて、明瞭に聴こえた。オーケストラも優秀だ。

 カーテンコールでおもしろい出来事があった。白人の刑事、検屍官と巡査(2名)が出てきたとき、ブーイングが飛んだのだ。黒人たちをいじめる悪い奴という意味だろう。もちろんジョークだが、そんなジョークを楽しむ余裕が観客と俳優(刑事と検屍官は台詞のみ。巡査は黙役)の双方にあった。最近のジョージ・フロイドさんの白人警官による殺害、そしてそれに抗議する白人をまじえたBlack Lives Matterの運動を思い出す。アメリカには根強い黒人差別がある一方で、それに抵抗する人々もいることを示すブーイングだった。

 今回の上演ではアークデールの場面がカットされた。アークデールは白人だが、ある黒人が警察に連行されたとき、その黒人の昔の雇用主としてキャットフィッシュ・ロウに現れ、「私が救い出すから安心しろ」という。いわば善玉の白人だ。その場面がカットされたので、黒人対白人の対立が一層際立った。意図したことかどうかはわからないが。(了)
(2020.6.29.109シネマズ二子玉川)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする