わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

名作映画のラストシーンに酔う!(3)「ローマの休日」

2014-07-01 17:40:20 | 名作映画・名シーン

「ローマの休日」(1953年・アメリカ)
「彼女は、美しいのと同じくらいファニーだった」―ウィリアム・ワイラー監督「ローマの休日」に出演したグレゴリー・ペックのオードリー・ヘプバーン評である。この作品は、ヨーロッパを旅行中の小国の王女アン(ヘプバーン)と、アメリカの新聞記者ジョー(ペック)との1日の恋のドラマ。ローマでの窮屈なスケジュールに飽きて、アンは侍従の隙を見て街に飛び出す。ベンチで眠っていた彼女をアパートに連れて帰ったのがジョー。夜が明けて、彼女をアン王女だと知ったジョーは、同僚カメラマン、アービング(エディ・アルバート)とともにアンのローマ見物の写真を撮り、特ダネをモノにしようとする…。
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 ラストは、帰国に先立つ王女の大使館での記者会見。席上、じっと見つめ合うジョーとアン。ジョーの前で立ち止まったアンは、万感の思いを込めて言う。「ローマでの楽しい思い出を一生忘れないでしょう」と。そしてアービングが、ライターに仕込まれた小型カメラで撮った特ダネの写真を、そっと王女に差し出す。ジョーは、王女や記者団が去った広いホールで、ひとり熱い思いを抱いて立ち去りかねている。余りにも境遇がかけ離れているために、別れなければならなかったふたり。ほろにがい別離―だが、悲しみよりも、どことなくほほえましく、温かいラストシーンだ。悲恋物語というより、胸がときめくような愛のメルヘン。
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 この時、オードリーは24歳。舞台で彼女を見たワイラーが、アン役に抜擢。オードリーは、このアメリカ映画出演第1作で1953年度アカデミー主演女優賞を獲得した。なによりも彼女の魅力は、その庶民性にあった。当時ハリウッドでもてはやされた、文字通りファンの手に届かないようなグラマラスなスターとはまったく異なるイメージ。大きな目、太い眉、張った顎、細身のボディー。のちに「麗しのサブリナ」(1954年)などで彼女を起用したビリー・ワイルダー監督は、「いままでのハリウッド・スターにはない輝きを持つ。オードリーは、ふくらんだ胸の魅力を過去のものにしてしまうにちがいない」と語った。
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 そのすべての原点が「ローマの休日」にあった。嘘をつくと手が食われてしまうという言い伝えがある“真実の口”で、手をさっと引っ込めて溜息をつくオードリーの可愛さ。ソフトクリームをなめながら、スペイン広場の階段を散歩するシーンのあどけなさ。そして、彼女を連れ帰ろうとするシークレット・サービスや警官との深夜の大乱闘。オードリーの身振り、表情のひとつひとつが画面を躍動させた。とりわけ、大使館から逃げ出したアン王女が、翌日まず行った先が美容室。長い髪をショートカットにすると、優雅な王女が溌剌とした女性に大変身。このボーイッシュな感じに短くした彼女の髪型が“ヘプバーン・カット”と呼ばれて大流行。日本でも、若い女性から年配の女性までが、同じ髪型で街を闊歩した。
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 イアン・マクラレン・ハンターの小説の映画化である。身分ちがいの愛のドラマという設定はよく見られるパターンだが、ウィリアム・ワイラー監督は、これを逆手にとって、しゃれて温もりにあふれたコメディータッチの大人の寓話に仕立て上げた。その成功の原因は、グレゴリー・ペックが語るように、ひとえにオードリーの闊達で明るく、ファニーで、かつ妖精のようなキャラクターのおかげだろう。だから、アンとジョーの別れのラストシーンは、ちっとも悲しくないのである。それどころか、観客の胸の中に甘い夢のような残滓を残す。これこそが、真実の愛というものなのかもしれませんね。(原題「Roman Holiday」)



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