わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

スリラーの形でDVの実相に迫るフランス映画「ジュリアン」

2019-02-09 14:06:37 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

 フランスの新鋭グザヴィエ・ルグラン監督・脚本の「ジュリアン」(1月25日公開)は、サスペンス・スリラーの形で家庭内暴力をとらえた作品です。離婚を申請し、幼い息子の単独親権を求める妻と、それに承服しかねる夫。彼らの間には、夫の(父親の)暴力が存在する。食い違う夫婦の言い分、読み上げられる息子の手紙。妻と夫、どちらが真実を隠しているのか。僅かな時間で判断を強いられる裁判官同様、見るほうの視線もめまぐるしく夫婦の表情を追うことになる。ルグラン監督は、話題になった自作短編「すべてを失う前に」(12)に基づいて、これを長編化した。同監督は言う―「フランスでは、2日半にひとりの割合で、ドメスティック・バイオレンスの犠牲となった女性が亡くなっている。被害者は名乗り出ることを恐れ、家族や隣人たちもカップルの関係に口を挟むことを躊躇する。タブーが強く残るこの問題に対して、人々の意識を呼び覚ましたかった」と。映画は、暴力におびえる息子ジュリアンの視点と、彼の敏感な耳がとらえる音によって、緊迫感を畳みかけていく。
                    ※
 11歳の少年ジュリアン(トーマス・ジオリア)は、両親が離婚したため、母ミリアム(レア・ドリュッケール)、姉ジョゼフィーヌ(マティルド・オネヴ)と暮らすことになる。慰謝料を放棄したミリアムがなにより欲しかった単独親権は退けられ、判事が下したのは共同親権の決定。おかげでジュリアンは、隔週の週末ごとに別れた父アントワーヌ(ドゥニ・メノーシェ)と過ごさねばならなくなる。大学生の娘ジョゼフィーヌと、ジュリアンとの3人の新生活を軌道に乗せたいミリアムに対して、アントワーヌは彼女らに執着する。だが母ミリアムは、かたくなに夫に会おうとせず、電話番号さえも教えない。アントワーヌは、共同親権を盾にして、ジュリアンを通じて妻の連絡先を突き止めようとする。ジュリアンは、母を守るために必死で父に嘘をつき続けるが、かえってアントワーヌの不満は徐々に溜まっていく。そして、家族の関係に緊張が走るなか、想像を超える衝撃の展開が待っている…。
                    ※
 日本でもDVによる悲惨な事件が目立つが、親が子に暴力をふるい死に至らしめるなどとは、まさに鬼畜の仕業といってい。映画の冒頭、女性判事がジュリアンからの陳述を読み上げるくだりがある。「ママのことが心配なので、離婚はうれしい。僕も姉さんも“あいつ”が嫌いです。週末の面会を強要しないでください。二度と会いたくありません」。子供たちの親権については、18歳の姉は対象外となる。夫婦それぞれの弁護人は、互いに都合のいい弁護・主張をする。あげくに裁判所から出されたのは、公平にみえて断定的な共同親権の決定。ミリアムは、ジョゼフィーヌ、ジュリアンとともに郊外の新しいアパートメントに引っ越す。早速、父と過ごすことになったジュリアンは、母が自分以上に父と話すことを嫌がっているのを見て、自分が犠牲になれば母が助かると思い、父の車に乗り込む。このあたりの、両親の板挟みになった子供の心境を思うと痛々しい。反対に、家族の携帯番号も新住所も知らされないアントワーヌには次第に苛立ちがつのり、それは殺意に変わっていく…。
                    ※
 ルグラン監督は、本作を製作するに当たって、スタンリー・キューブリック監督、スティーヴン・キング原作、ジャック・ニコルソン主演「シャイニング」(1980)や、チャールズ・ロートン監督、ロバート・ミッチャム主演「狩人の夜」(1955)からインスピレーションを得たという。いずれも狂気の男が、女性や子供に危害を加えようとする物語。つまり、サイコスリラーの要素を取り入れて、サスペンスフルな人間ドラマに仕上げ、暴力によるトラウマを鮮烈に際立たせようという試みだ。また、母ミリアムを演じるレア・ドリュッケールが、髪の毛をアップにして、ゆったりした白いシャツを着ているのは「クレイマー、クレイマー」(1979)へのオマージュだそうだ。この作品も、離婚に当たって子供の養育権を主張するお話。そして、アパート内の反響や、車のインジケーター、時計、警報器などの音によって緊迫感を盛り上げる。加えて、父親アントワーヌを演じるドゥニ・メノーシェが、迫真の演技を見せる。ラスト、彼が猟銃を手に娘の誕生日パーティの場に乗り込むくだりが見せ場だ。
                    ※
 もちろん、サスペンス・スリラーの衣装を支えているのがリアリズムであることは間違いない。監督は、裁判所に数日間張り付いて観察した離婚裁判の様子や、警察とのやりとりを再現するなど、入念なリサーチをしたという。笑いの無い家族の様子を、乾いたタッチで見せる演出は新鮮だ。だが一方で、もう少し家族の心理の綾に迫って欲しかったとも思います。全体的にそっけない感じがするし、各キャラにもっと情感を出して欲しかった。監督は、「子供の利益をもっと慎重に考えるためにも、裁判官が予期できなかったことを見せたかった。また、親が子供を操る、自分の目的のために子供をコントロールすることにも目を向けたかった」と言う。いずれにしても、DV・虐待というテーマとサイコスリラーという語り口に、いささかの齟齬をきたしたということだろうか。第74回ヴェネチア国際映画祭で監督賞を受賞。全米公開時には、ロッテン・トマトで95点という高評価を得た。(★★★+★半分)



コメントを投稿