わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

ドキュメント「ふたりのヌーヴェルヴァーグ/ゴダールとトリュフォー」

2011-07-30 19:02:52 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

9 1959年、2本の映画がフランス映画界に、というより世界の映画界に衝撃を与えた。フランソワ・トリュフォー監督初の長編映画「大人は判ってくれない」と、ジャン=リュック・ゴダール監督の長編デビュー作「勝手にしやがれ」です。前者は、12歳の少年アントワーヌ・ドワネル(ジャン=ピエール・レオー)が家庭や学校に反抗して少年鑑別所に入れられるまでを、みずみずしいタッチで描いた作品。後者は、自動車泥棒の常習犯ミシェル(ジャン=ポール・ベルモンド)の徹底した反社会的姿勢をとらえた作品。ともに、カメラが街なかに出て、即興演出を用い、なまなましい現実を切り取った作品だった。これが、フランス・ヌーヴェルヴァーグ(新しい波)の誕生です。
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 このヌーヴェルヴァーグ生誕50年を記念して作られたのが、ドキュメンタリー映画「ふたりのヌーヴェルヴァーグ/ゴダールとトリュフォー」(7月30日公開)だ。ともに「カイエ・デュ・シネマ」などで映画批評を執筆。多くの映画を見て、書くことに専念することから映画作りを始めたゴダール(1930~)とトリュフォー(1932~1984)は、現代人が生きるこの世界を現在形でとらえようと試みた。この作品は、彼らの映画の名場面、貴重なインタビューや資料映像などとともに、ふたりの友情と、映画への姿勢の違いから決別するまでを跡づけていく。とりわけ、彼らが1968年にフランスで起こった5月革命のさなかにカンヌ国際映画祭を粉砕したのち、相反する道を歩んでいくくだりが印象に残ります。
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 事の起こりは、トリュフォーが映画への愛をこめた「アメリカの夜」(73年)を発表したときだった。商業映画をブルジョワ芸術として否定し、「中国女」(67年)や「東風」(69年)などで政治的に先鋭化したゴダールは、トリュフォーの古典的映画作りに異議を申し立てたのだ。そして、彼らの間に激しい喧嘩状が交わされた。そのメッセンジャー・ボーイになったのがジャン=ピエール・レオーだった。レオーは、「大人は判ってくれない」などトリュフォーの自伝的なシリーズでアントワーヌ・ドワネルという主人公を演じた。同時にゴダールの助監督になり、「男性・女性」(66年)や「中国女」では主役を演じた。レオーは、二人の師ゴダールとトリュフォーの板ばさみになって精神的に不安定な状態に陥ったという。
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「ふたりのヌーヴェルヴァーグ」完成のために奔走したのが、「カイエ・デュ・シネマ」の元編集長アントワーヌ・ド・ベック。映画史研究家であり、トリュフォーやゴダールの評伝も執筆した彼が資料を収集し、脚本を手がけた。監督は、かずかずのドキュメンタリーを手がけてきたエマニュエル・ローラン。ゴダールとトリュフォーの若き日の姿と紆余曲折から、ヌーヴェルヴァーグが巻き起こした映画作法の変革、映画史の革命が、よくわかるように出来上がっている。以後の世界の映画界は、彼らの存在なしには成り立ち得なかった、と思います。この作品上映中の東京・新宿K’s cinemaでは、同時にゴダールとトリュフォーの代表的な13作品(短編を含む)を特別上映している。


自由こそ治療! イタリア式人生賛歌「人生、ここにあり!」

2011-07-26 21:55:47 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

3 1978年、イタリアでは精神科医が主唱したバザリア法の制定によって、次々に精神病院が閉鎖されたそうです。「自由こそ治療」という画期的な考えかたから、それまで病院に閉じ込められ、人としての扱いを受けていなかった患者たちを、一般社会で生活させるために地域に戻したのだ。そして、1998年12月で、すべての精神病院をなくした。これは、どこの国もなしえなかった快挙だったといいます。ジュリオ・マンフレドニア監督のイタリア映画「人生、ここにあり!」(7月23日公開)は、こうした制度から生まれた実話をもとに、舞台を1983年のミラノに設定した異色作です。
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 組織の異端児とされて労働組合から追い出されたネッロ(クラウディオ・ビジオ)は、精神病院付属の“協同組合180”に異動させられる。そこでは、病院から解放された患者たちが、慈善活動をしながら無気力な日々を送っている。そこでネッロは、施しではなく仕事で稼ぐことの素晴らしさを彼らに伝えることを思い立ち、みんなで床貼りの仕事をすることにする。だが精神障害者ということで、仕事はうまくいかない。ところが、あるとき、二人の統合失調症患者が木端を組み合わせて美しい寄木貼りを完成させる。これをきっかけに、患者たちは芸術的な専門家集団として引っ張りだこになる。その過程で、この組合に所属する人々は、思いがけない人生の糧を発見し、ネッロ自身も試練に立ち向かう…。
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 実話に基づいた作品とはいえ、本当の障害者が登場するわけではない。登場人物を演じるのは俳優で、「映画は完全に人為的なものなのに、現実を再現するようなものにしたかった」と、マンフレドニア監督は言う。患者たちのキャラクターがユニークだ。芸術感覚にあふれ健常者の娘との恋に殉じる青年、暴力的に見えながら心優しい男、律義者のリーダーなどなど。彼らは、わめき、笑い、大騒ぎして、自分たちのアイデンティティーを求める。一日、彼らがECの助成金で娼婦を買いに行くシーンには、大いに笑わせられる。つまりは、精神障害者の自立を、鋭い風刺をもってユーモラスにとらえた作品なのです。
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 本作のモデルになったのは、北イタリアのトリエステにあるノンチェッロ協同組合。この町は、世界でも一番早くバリアフリーな地域作りに取り組み、現在も障害を持った人々が経営する多数のホテルや企業が存在するそうだ。それは“精神保健の聖地”といわれるほどで、世界中の専門家が研修に訪れているという。今回描かれているのは、それよりも以前の段階。頑迷な医師に安定剤の服用を強要され、ネッロのリードで医師を解雇し、自らの居場所を確保する元患者たち。彼らは、仕事を見出して金を稼ぐことで、過去に断たれていた家族・生活・愛・性への希望や可能性を探り当てる。映画の原題は「やればできる!」。イタリアでは40万人を超える動員で、異例のヒットとなった作品です。


異色の仏ドキュメンタリー映画「ちいさな哲学者たち」

2011-07-22 23:12:18 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

8 3歳~5歳の幼児たちが“哲学する”? フランス映画「ちいさな哲学者たち」(7月9日から公開中)は、そんなテーマを扱った異色のドキュメンタリーです。フランス・パリ近郊のZEP(教育優先地区)にあるジャック・プレヴェール幼稚園。そこでは、3歳から5歳の子供たちが哲学を学ぶという、世界で初めての取り組みが行われている。幼児クラスを受け持つパスカリーヌ先生は、月に数回、ロウソクに火をともし子供たちを集める。そして、みんなで輪になって座り、子供たちは生き生きとさまざまなテーマについて考え、意外な発言をする。映画は、2年間にわたって子供たちの成長と能力の発露をとらえます。
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 はじめは戸惑い、キョロキョロしながら、あるいは睡魔に襲われる子供たち。だが時がたつにつれて、先生の導きによって、彼らから自然な言葉が流れ始める。「愛ってなあに」―「おなかの中がくすぐったくなるんだよ」。「豊かってどういうこと」―「貧乏な人たちは、どうやって貧乏になったの?」。「自由ってどういうこと」―「自由って、一人でいられること、呼吸して、優しくなれることだと思う」。テーマは、命、死、人種偏見にまで及ぶ。子供たちの人種は、アフリカ系、アラブ系、アジア系など、大半が移民系で占められる。彼らが刺激しあいながら、多民族国家に横たわる社会的な問題に面と向かう姿に驚く。
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 共同監督にあたったジャン=ピエール・ポッツィとピエール・バルジェは言う。「現在の社会はますます複雑になり、さまざまな文化が混じりあって多くの犯罪が常に起こっている。そのため、次の世代にとっての明るい展望を見いだせないでいる。そんな状況下で、将来の市民を育てるという役割をになう学校は、誰もが向かうべき方向性を探れるのだと紹介することは重要だと思えた」と。でも、ここで登場する子供たちが、にわかに哲学者のような言を吐くわけではない。先生や家族のリードによって、“脳を使い”“考え”、そして“話す”ようになるのだ。ここには、日本語の“哲学”という言葉が含む難しい概念はなく、要するに“哲学”=“言語力を高め”“内省力を深める”ということなのです。
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 この試みはひとつの実験だが、ひるがえって考えると日本の幼児教育はどうなっているのだろう。たくさん考え、話し合い、やがて湧いてくる言葉たち。互いの言葉に刺激を受け、他人の話に耳を傾け、意見は違っても自分たちの力で考える力を身につけていく。たとえば、3:11以後の日本の状況について、素直な言葉での話し合いなどは行われているのだろうか? そんなことを思わせるほど、この映画が記録した試みは興味深いし、なによりも子供の無限の可能性に行き当たる。映画としては作者の視線がやや平板で、鋭さが不足しているが、それもカメラが子供たちの斬新な言葉にビックリしたせいかもしれません。


チャン・イーモウの純愛ドラマ「サンザシの樹の下で」

2011-07-18 18:23:32 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

7 中国の巨匠チャン・イーモウ(張藝謀)監督の新作「サンザシの樹の下で」(7月9日から公開中)は、彼の99年度作品「初恋のきた道」を思わせる純愛映画です。ドラマの背景は、近代中国が途方もない不幸に見舞われた文化大革命時代。原作は、中国系アメリカ人作家エイミーの小説「山楂樹之戀(サンザシの恋)」。自身の友人である女性が、77年に書いた文革時代の手記をもとにしており、ネットで発表後、口コミで人気が広まった。登場人物の対話部分は、ほぼ手記の原文にそっているという。その後、書籍化され、売り上げは300万部を突破。経済誌“アジア・ウィークリー”の投票で、中国語小説No.1の座を得た。
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 1970年代初頭の中国。女子高生ジンチュウ(チョウ・ドンユィ)は、国家の政策のために送られた農村で、明るく誠実な青年スン(ショーン・ドウ)に出会う。二人は惹かれあうが、反革命分子として迫害を受ける両親を持つジンチュウにとって、それは許されぬ恋だった。やがて、二人の仲はジンチュウの母親によって引き裂かれる。そして、互いを想いあい、待ち続けることを誓って別れた二人に、過酷な試練が訪れる…。題名にある“サンザシ(山査子)”は、さまざまな用途に用いられる果実で知られるバラ科の落葉低木。ジンチュウが送られた村には、この樹の下で亡くなった抗日戦争の兵士の血が染み込み、白い花が赤く咲くという言い伝えがあるという。同時に、この樹は二人の愛の象徴でもある。
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 チャン・イーモウは、コン・リー、チャン・ツィイーらの女優を発掘したことでも有名だが、今回ヒロインに抜擢したチョウ・ドンユィは南京芸術学院で舞踏学部に申し込んでいた18歳の高校3年生。7千人の候補者の中から選ばれ、映画初出演となった。年齢よりも、あどけなく可憐な容貌で、たちまち人気者になったとか。相手役のショーン・ドウは、カナダに移住していたが、北京電影学院に進学した無名の新人。農村の自然の中や、街で繰り広げられる彼らの心のふれあいが初々しい。映像は淡い青や緑の色調でとらえられ、はかない恋の行方を映し出す。だが、ドラマの展開がやや平凡で、「初恋のきた道」ほどの切なさや訴求力が感じられない。砂糖菓子のように甘く、もろい追憶物語になっています。


藤沢周平の義と情の世界「小川の辺(ほとり)」

2011-07-14 19:32:58 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

5 ここ数年、映画界では藤沢周平ブームだが、また海坂藩シリーズの一編が映画化された。以前、藤沢作品「山桜」(08年)を映画化した篠原哲雄監督の「小川の辺(ほとり)」(7月2日から公開中)です。舞台は、山形県庄内地方にある海坂藩。剣術の遣い手である藩士・戌井朔之助(東山紀之)は、親友の佐久間森衛(片岡愛之助)を討て、という藩命を受ける。佐久間は藩の農政改革を批判して脱藩した身で、朔之助の妹・田鶴(菊地凛子)の夫でもある。佐久間と対決する際には、やはり剣術にたけた妹が手向かってくるにちがいない。苦悩を抱えながら、朔之助は奉公人・新蔵(勝地涼)とともに江戸へ旅立つ…。
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 スト-リーは、組織に生きる人間が、冷酷な藩命と、友人や家族との人情との板ばさみになるという藤沢世界のルーティンだ。ドラマのほとんどは、山形から佐久間夫妻がひそむ千葉の行徳に至る朔之助と新蔵との旅に費やされる。そのため、山形県各地でロケが行われた。山形市の霞城公園を皮切りに、鶴岡市・白滝不動尊、湯殿山、月山などなど、雄大で美しい自然がカメラに収められた。こうした静謐な展開は、朔之助らが田鶴を見つけ、小川のほとりにある佐久間の隠れ家を発見することでクライマックスを迎える。
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 朔之助を演じる東山紀之は「山桜」にも出演。過酷な運命を背負った寡黙な青年剣士を好演。妹役の菊地凜子は、時代劇初挑戦だが、出演場面が少ないのが心残り。過去の回想として、幼いころ実の兄弟妹のように親しんだ朔之助と新蔵、田鶴の三人の交流が挿入される。かつて、新蔵が田鶴に心を寄せていたという設定が、物語の隠し味に。朔之助の母親に日活時代の人気者・松原智恵子が扮しているのが懐かしい。父親役はベテラン・藤竜也。藤沢作品独特の、宮仕えの身の苦渋や情の表現がやや不十分で、旅の部分に退屈な個所もある。だが、人間関係や家族の描きわけの妙は、藤沢作品ならではのものです。


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