映画の伝道師・名語り部と呼ばれ、明治・大正・昭和・平成にわたって生涯現役を貫いた映画評論家の故淀川長治さん。その名を冠した「淀川長治 映画の世界 名作DVDコレクション」全40巻(東京ニュース通信社発行)が完結しました。各巻、淀川さん推薦名作映画の本編DVD2作品を収納。すべての作品に淀川さんならではのオリジナル解説映像付きで、映画の見どころや出演者紹介、作品の背景、淀川さんしか知らない隠されたエピソードなどが名調子で語られており、映画本編を盛り上げています。
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全巻そろえれば、80作品のクラシック名画DVDコレクションとして貴重なアーカイブとなる。収録作品は、「第三の男」「モロッコ」「グランド・ホテル」「若草物語」などの名作から、ヒッチコックの伝統的サスペンス、「四十二番街」など懐かしのミュージカル、怪獣映画の原点「キング・コング」、キートンとロイドの喜劇、サイレント映画の金字塔「戦艦ポチョムキン」「イントレランス」「國民の創生」など幅広いジャンルに及ぶ。更に、マレーネ・ディートリッヒやグレタ・ガルボ、エリザベス・テイラーら伝説の美女たちの作品に触れることが出来るのも嬉しい。
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また、DVDが収録されている冊子には、各作品についての淀川さんのユニークなコメントと、詳しい解説が付いて貴重な資料となっている。加えて、バラエティーに富んだ記事が満載だ。毎回ジャンルを変えた「淀川長治 名作映画を斬る!」、淀川さん独自の視点で展開される「ぼくにしか書けない独断流スター論」、名セリフを採り上げて人生を読み解く「名作映画で見つけた、気になる言葉」、全国各地の名画座をナマ取材した「名画座のある風景」、映画に登場するカクテルとレシピを紹介する「今宵の一杯 シネマカクテル」、珍しい名画のポスターを復刻した「名作映画ポスターの部屋」など。あらゆる角度から立体的に映画の楽しさに迫る企画がいっぱいです。
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その中で私は、洋画・邦画を交えた昭和映画史を時代背景とともにつづる「あの時代がよみがえる―昭和と映画」を連載。太平洋戦争終結直後の「アメリカ映画解禁と民主主義の時」(「風と共に去りぬ」「カサブランカ」)から始まり、イタリアのネオリアリズム作品、世界を席巻した黒澤明・溝口健二、マリリン・モンローらセックス・シンボル、永遠の妖精オードリー・ヘプバーン、ジェームズ・ディーンや石原裕次郎ら反逆する若者像、懐かしの映画音楽、仏・ヌーヴェルヴァーグ作品、ジェームズ・ボンド映画、アメリカン・ニューシネマ、東映任侠映画(「昭和残侠伝」など)、カンフー映画、オカルト&ホラー作品、ルーカス&スピルバーグに至るまで、戦後40余年の映画史をおさらいしてみました。
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監修者は、TV「淀川長治映画の部屋」(現テレビ東京)の元プロデューサーで映像作家の岡田喜一郎さん。生前の淀川さんの身近にいた人で、個人的なエピソードや映画ばなし、独特の人生訓などが随所にちりばめられている。かつて流行語になった「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ!」の挨拶で親しまれた淀川さんの心温まる世界が冊子に集約されている。すべてに目を通せば、世界映画史を気軽に学べてしまうという仕組み。サイレント期から黄金時代まで、名画の世界にどっぷりつかれる映画ファン冥利につきるDVDブックです。
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「映画は人生の教科書。人間勉強の場なんです。映画を見て、びっくりしたり、驚いたり、感激して涙を流したり、そのシーンの美しさに酔ったりしてごらんなさい。それが感覚を養う第一歩です」とは、淀川長治さんが遺された名言です。
(冒頭の写真は最終巻・第40号の表紙。連載記事「昭和と映画」のテーマは「SFXでスケールアップしたスペクタクル」)
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では、映画ファンの皆さん、よいお年をお迎えください!
ルートヴィヒ2世(1845~1886)は、19世紀半ば、ヨーロッパ一の美貌と謳われたバイエルン(現ドイツ連邦共和国バイエルン州の前身で、首都はミュンヘン)の王です。彼は、ドイツ連邦統一をめぐる主導権争いの中、戦争にも権力にも関心を持たず、ひたすら芸術に情熱をそそいだ。芸術至上主義者にして平和主義者。心酔するリヒャルト・ワーグナーを招き、40年の短い生涯を通じてバイエルンを美の王国にするという見果てぬ夢を追い続けたという。ために狂王とも呼ばれ、孤独な人生を送った。かれの生涯を描いたドイツ映画が「ルートヴィヒ」(12月21日公開)です。監督・脚本を手がけたのは、マリー・ノエルとピーター・ゼアー。キャストも、ルーマニアやドイツ出身の名優たちです。
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ルートヴィヒ(ザビン・タンブレア)は、15歳のときに歌劇「ローエングリン」を見たことで白鳥の騎士に憧れ、リヒャルト・ワーグナー(エドガー・セルジュ)を崇拝するようになる。彼は世継ぎの宿命を負った皇太子でありながら、政治にも権力にも興味を持たず、芸術だけに夢中だった。だが父の急死によって、心の準備が整わないまま18歳で王座に就くことになる。そんな中、ドイツ連邦は、所属する王国間の衝突によって戦争が避けられない状況を迎える。だが、王となったルートヴィヒは、「国民の安全に必要なのは、詩と音楽の奇跡だ」と主張し、ワーグナーを宮廷に招き入れ、独自の理想を掲げていく…。
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こうした若き国王を、なんと形容したらいいのだろう? ワーグナーの多額の負債を肩代わりしたことも手伝って、ワーグナーは王の心を毒する危険人物という噂が宮廷内外に広まる。その証拠に、ワーグナーは「内閣を一新して戦争を回避するべき。軍事費は劇場建設にまわすべきだ」と進言する。やがて、閣僚に押し切られてワーグナーを追放するが、戦争にも敗北する。ルートヴィヒ自身ホモセクシュアルの傾向があったらしく、厩舎係の青年ホルヒニ(フリードリヒ・ミュッケ)との親密な関係が描かれ、ワーグナーへの愛にもそれらしさがうかがわれる、また、オーストリア皇后エリザベート(ハンナー・ヘルツシュプルング)の妹ゾフィ(ポーラ・ビール)との婚約も簡単に破棄するのだ。
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ドイツ統一戦争の最中、国政を放り出し、芸術に熱中し、強制的に隠遁生活に入らされてからは華麗な城作りに熱中し、国費を浪費する。アホか、狂気か、純粋なのか? ルートヴィヒ内面伝としては一見に値する。反面、40歳になったルートヴィヒは目つきが空虚になって、醜く変貌したといわれる。虚しい夢を追ったあげく、狂王のレッテルを貼られ、心を病んでベルク城に監禁された。あげくに、湖に入水して死体で発見される…。この晩年のルートヴィヒの姿には、思わず失笑してしまう。「裕福な人たちだけではなく、すべての人間が芸術や文化を理解すれば、侵略行為も戦争もなくなるだろうと、ルートヴィヒは信じていたのです」と、監督のひとりピーター・ゼアーは語っている。
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しかし、純粋な芸術志向が世界を変えるのではなく、芸術こそ世界の激動を反映し、怒りと反権力の姿勢をもって世界を変革するべきなのではないだろうか? そのあたりは、ルートヴィヒ周辺の爛熟の極みを追及したルキノ・ヴィスコンティ監督「ルードウィヒ/神々の黄昏」(1972年)とは対照的だ。ともあれ、今回はワーグナー生誕200周年(2013年)ということもあり、ワーグナーとルートヴィヒの愛憎劇を主軸に展開する。劇中、ワーグナーの歌劇「トリスタンとイゾルデ」や「ローエングリン」などが再現され、ルートヴィヒの夢と浪費の象徴といわれるノイシュヴァンシュタイン城やリンダーホーフ城、ヘレンキームゼー城なども登場する。まさに絢爛たる軟弱王のドラマである。(★★★★)
篠原有司男は、ボクシング・ペインティングで知られる現代芸術家です。通称ギュウチャン。1960年代、前衛的パフォーマンスやジャンク・アートのグループの一員として注目を集め、日本で初めてモヒカン刈りにして反骨精神を現す。1969年に渡米、以後ニューヨークに在住し、独特のアクション・アートを展開。1972年に、美術を学びにニューヨークにやって来た21歳年下の乃り子と出会って結婚した。この夫婦の40年間にわたる波乱に満ちた結婚生活をありのままに写しとったアメリカ映画が「キューティー&ボクサー」(12月21日公開)です。監督・撮影・プロデュースを手がけたのは、ブルックリンを拠点にするドキュメンタリー専門のザッカリー・ハインザーリングで、彼の長編デビュー作となる。
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80歳を超えた有司男は、自分が創り出した絵画と彫刻を旺盛に探求し続け、自作を確立させ、売れるチャンスをつかもうと創作活動に励む日々を送っている。一方、乃り子は、結婚を機会に学業の道を捨て、妻・母であり、ときにアシスタントであることに甘んじてきた。だが、息子も成長したいま、ついに自分を表現する方法を見つける。それは、夫婦のカオスに満ちた40年の歴史を、自らの分身であるヒロイン“キューティー”に託してドローイングでつづること。女性のパワーが奔放に噴出する、この“キューティー”シリーズは、これまでの二人の生活を皮肉に描き出し、それは現実の有司男への対抗勢力ともなる。かくして、夫婦による二人展が企画され、映画は彼らの創作の現場と日常を追う。
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ハインザーリング監督は、この異色アーティスト夫妻の愛と闘いの日々を冷静に見据えていく。お金の問題、アルコール依存症で喧嘩っ早い夫、息子の成長、ニューヨークに於ける切迫した生活。40年間に及ぶ愛と忍従と闘いの日々。だが、その裏には笑いとユーモアが隠れ潜み、底抜けに明るく、楽観的な営みが提示されていて快い。乃り子が展覧会場の壁に描いていくアニメーション“キューティー”シリーズが面白い。夫婦のこれまでの人生を皮肉り、自らをキューティーに仮託して、ファンタジーとして己の鬱屈と怒りをはじき出す。それは、夫のボクサー絵画と対峙する存在ともなる。乃り子は言う。「苦しい過去があったからこそ、互いを高めていけたんだろうね。後悔はしていない」と。
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「二人が抱える葛藤は、きわめてパーソナルであり、なおかつ普遍的なもの。キャリアへの失望、男女の役割、結婚、老いること、これらはすべて共感できるものだ」とハインザーリング監督は語る。そして、いつしか映画は、ドキュメンタリーの形を乗り越えて、ニューヨーク在住アーティスト夫妻のドラマへと変貌していく。一見、奇矯に思える彼らの行動と攻防。だが、そこに潜む、未来を客観的に見据える姿が、見ていて羨ましくなるほどだ。若い頃のギラギラの闘いが、いつしか年を経て自己を露わにしていく表現に変わる過程が印象的だ。29歳のハインザーリング監督は、篠原夫妻に魅了され、4年間彼らに密着、サンダンス映画祭でドキュメンタリー部門監督賞を受賞した。(★★★★+★半分)
ジム・ジャームッシュは、米インディペンデント映画界の孤高の作家である。ニューヨークを拠点に、マイペースで作りたい映画だけを撮り続けてきた。ニューヨーク大学大学院映画学科の卒業製作として手がけた「パーマネント・バケーション」(1980年)で注目を集め、以後「ストレンジャー・ザン・パラダイス」(1984年)、「ミステリー・トレイン」(1989年)、「ナイト・オン・ザ・プラネット」(1991年)などで話題を呼ぶ。それらの作品は、一貫して社会のアウトサイダーたちを見つめ、独特のオフビートな作風と、音楽への造詣の深さでファンを魅了し続けた。彼が7年間構想を温め、4年ぶりとなる新作が「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」(12月20日公開)で、テーマは現代の吸血鬼の物語だ。
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舞台は、かつて自動車産業で栄え、いまは荒廃が進む米デトロイトと、ジャームッシュが親しみを感じたというモロッコのタンジール。謎のカリスマ・ミュージシャンとしてデトロイトで活躍するアダム(トム・ヒドルストン)の本性は吸血鬼。彼は、最近の自己破壊的な人間の行動に抑鬱感を覚えている。そんなとき、タンジール在住の恋人イヴ(ティルダ・スウィントン)がデトロイトを訪れて来る。もちろん彼女も吸血鬼で、2人は何世紀も愛し合い、生き続けてきた。しかし、久しぶりの再会も束の間、イヴの破天荒な妹エヴァ(ミア・ワシコウスカ)が現れたことで、3人の運命はゆっくりと変わり始める…。
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カメラがグルグル回転しながら、横たわるイヴの姿をとらえる冒頭シーンから、ジャームッシュの面目躍如たる映像に酔わされる。闇の世界でしか生きられないイヴとアダムは、夜間の航空機の便を乗り継いで大西洋を横断して愛し合う。アダムは、病院の医師から極秘に血液を入手。イヴは、キットという名でタンジールに身を潜める16世紀の作家クリストファー・マーロウ(ジョン・ハート)から血液を手に入れている。2人は、決して無闇に他人の首に噛みついたりはしないのだ。まるでワインのようにエレガントに血を飲み、生への飢えを癒す。そして、デトロイトとタンジールの夜の、光と影を映し出す独特のカメラワーク。ジャームッシュお好みの旋律にのって展開される愛と性のけだるいムード。
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これは永遠に生きる、だが闇の中でしか生きられない、疎外された男女の静謐で切ないラブ・ストーリー。アダムとイヴは愛を交わしながら、音楽について、アダムが“ゾンビども”と呼ぶ人間たちが犯した歴史上の蛮行について話す。加えて、文学の歴史や音楽史などの裏ネタがちりばめられ、遊び心も満載といった感じだ。「ぼくは、吸血鬼でラブ・ストーリーを作りたかった」とジャームッシュは言う。そして、吸血鬼の物語がバイロンをはじめ、イギリスのロマン派詩人から生まれたことに敬意を表し、イギリス人俳優をそろえた。聖書で最初の人間と記されるアダムとイヴが、清らかな血に飢えてタンジールの街角で衰弱していくラスト。そこに込められたジャームッシュの思いが熱い。(★★★★)
連載記事「昭和と映画」
今回のテーマは「ハリウッド・ルネッサンスを支えたスター<女優編>」
鈴木卓爾監督は、浜松の自主映画集団出身。初の長編「私は猫ストーカー」(09年)で注目を浴び、2作目「ゲゲゲの女房」(10年)で高い評価を得た。ナイーブな視線で対象に迫り、丁寧に日常を切り取っていく演出に特色がある。彼の新作が、中沢けいの人気小説の映画化「楽隊のうさぎ」(12月14日公開)です。吹奏楽が盛んな静岡県浜松市を舞台に、音楽と向き合う中学生たちの姿を瑞々しいタッチで描き出した作品だ。主人公をはじめ、吹奏楽部やクラスメートの中学生キャスト全員がオーディションで選ばれ、ほとんどが浜松在住の子供たち。約1年かけて練習にはげみ、架空の吹奏楽部を生み出したそうです。
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奥田克久(川崎航星)は、常に「授業が終わったら、早く家に帰りたい」と考えている引っ込み思案の新中学1年生。あるとき、彼が廊下を歩いていると、目の前に奇妙なうさぎが現れる。うさぎのあとを追いかけると、たどり着いたのは音楽室。そこで目にしたティンパニの演奏に心奪われ、当初の思惑とは反対に、克久は学校で練習時間が一番長い吹奏楽部に入部することになる。それから朝から晩まで練習の日々が始まる。いままで体験したことのない音楽の世界に戸惑いながら、その面白さに夢中になっていく克久。友達とのいざこざや、心の葛藤に迷い悩んで過ごすうちに、ついに定期演奏会の日がやってくる。
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舞台は“花の木中学校吹奏学部”。サッカー部に入ろうという小学校時代の同級生の誘いを断り「裏切り者!」と罵られながらも、おずおずとドラムやティンパニの練習に精を出す克久。彼を演じる川﨑航星くんは、静岡市在住の13歳。その内向的なキャラを、カメラが素直にとらえていく過程がいい。アンサンブルの難しさを痛感し、でも少しずつ仲間に溶け込んでいく克久。仲間も、男子女子を問わず個性的な生徒ばかりだ。加えて、少し変わり者で、あっけらかんとした顧問の森勉先生、通称勉ちゃん(宮﨑将)。オーディションで選ばれたのは、中学1年から高校2年までの総勢44名。東京の下町、谷根千で暮らす猫たちの生態を克明に追った「私は猫ストーカー」を思わせるように、個性の異なった生徒たちのやりとりと成長過程を、いかにも素人っぽい姿勢でとらえたカメラが印象に残る。
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そして、タイミングを計ったかのように、克久の成長をうながすために登場するうさぎの存在。劇映画ながら、一風変わったメルヘンチックな青春ドキュメント、とでもいったらいいだろうか。本作は、浜松市の市民映画館シネマイーラが中心となり、町の人々の協力のもとで完成したという。そして、劇中の吹奏楽の演奏は、実際に撮影時に同時収録したそのままの音源で、差し替えは一切なしのライブ演奏だという。同じ静岡県出身の監督が、町ぐるみで協力し合って、地域の特色を映し出した自主映画。そこに浮かび上がる監督の試行錯誤が、そのまま素直にドラマ作りにも反映される。それがそのまま、登場する少年少女たちの心の移ろいに重なる。なんとも爽やかでリアルな青春映画です。(★★★★)