わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

岩手県陸前高田市、頑固老人の再生への道「先祖になる」

2013-02-27 14:09:49 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

40 東日本大震災を扱った劇映画やドキュメンタリーは何本か作られた。その中でも独特の視点を持った作品が、池谷薫監督の記録映画「先祖になる」(2月16日公開)です。池谷監督は、「延安の娘」(02年)、「蟻の兵隊」(06年)などの意欲作を発表しているドキュメンタリー作家。震災から1か月後に岩手県陸前高田市を訪れ、佐藤直志という77歳の老人と出会う。農林業を営み、町内会長やPTA会長も務めた。だが、直志の家は大津波で2階まで浸水して壊され、消防団員の長男は老婆を背負って逃げる途中で津波にのまれた。そんな中で、彼が決意したこととは何か。撮影隊は、1年6か月かけて直志の姿を追ったという。
                    ※
「家が流されたら、また建てればいい。大昔から人は、そうやってこの土地で生きてきた」というのが直志老人の主張です。ほとんどの住民が避難所暮らしを送り、やがて同居していた彼の妻と嫁も家を出て行く。だが直志は「自分は木こりだ。山に入って木を伐ればいい。友人から田圃を借り、田植えもしよう」と決意。友人の手を借り、津波で枯れた杉を伐採。旧家を解体し、極寒の中、電気も水道もない納屋に一人で住み、家作りにとりかかる。忍び寄る病魔、耐えがたい腰の痛み、遅々として進まない市の復興計画。そうした困難な状況下、直志は土地に執着し、夢の実現に向かって一歩ずつ前進していく…。
                    ※
 朝起きると外に出て、「おはよ~、今日もがんばりましょ~!」とメガホンで呼びかける直志。「息子と先祖の霊を守るために、ここを絶対に動かない」。立ち退きを要請する市職員には、激しい口調で反発。空いていた田圃を借りて田植えをし、瓦礫の上に蕎麦の種をまく。名物“ケンカ七夕”の山車の骨組みを支える藤ヅルを切り出す。頑固ジイサンを絵に描いたような言動と、それとは裏腹な茶目っ気とユーモア。町会でもハッキリと意見を言い、自身の生き方に反対する妻とも離れ、先祖と亡くなった息子のために土地を守り、家の再建に執着する老人のパワーと生き抜く力を見ていると、元気を与えられます。
                    ※
 池谷監督は「徹底して個人を見つめることで、普遍性を持った面白い映画が作れると信じている」と語る。本作では、自ら直志老人に聞き取り取材を続け、試練に立ち向かう老人を通して、故郷とは、生きるとは何かを真摯に問いかける。もちろん、大部分の人々は仮設に住み、家を再建する余裕もない。だから、直志老人の行為はラッキーだし、他に町のために尽くすことがあるのでは? という疑問も残る。しかし、老人が完成した家の居間で朝日を眺め、「いいなァ!」と呟くラストシーンを見ると、無力な為政者を無視し、自らの力で再生しようとする老人の姿に、本来日本人に潜む無限のパワーを感じます。(★★★★)


巨大飛行船爆発事故の謎!?「ヒンデンブルグ/第三帝国の陰謀」

2013-02-23 17:04:42 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

39 ヒンデンブルグ号(LZ129)とは、ドイツの旅客輸送用巨大硬式飛行船の名称です。ナチス台頭後の1936年に運航を開始、ヨーロッパと北アメリカ間を結び、14か月間就航した。全長245メートル、直径41メートル、最高速度1時間に135キロ、乗員40~61名、乗客50~72名。だが、1937年5月6日、アメリカ・ニュージャージー州で着陸寸前に爆発炎上。地上作業員を含む36人が犠牲になった。謎の多いこの大惨事を題材に、スペクタクルに仕上げたのが、ドイツ映画「ヒンデンブルグ/第三帝国の陰謀」(2月16日公開)です。
                   ※
 主人公は、ヒンデンブルグ号の若き設計技師マーテン(マクシミリアン・ジモニシェック)。彼は、母親ヘレン(グレタ・スカッキ)とドイツを訪れていたアメリカ人実業家の娘ジェニファー(ローレン・リー・スミス)と恋におちる。ところが、アメリカで飛行船用ヘリウムの輸出解禁に奔走していたジェニファーの父エドワード(ステイシー・キーチ)が病に倒れ、彼女と母は急遽ヒンデンブルグ号で帰国することになる。だが、その便には爆弾が仕掛けられ、エドワードもそれに関わっているらしい。マーテンは、ジェニファーの婚約者殺害の容疑で追われながら船内に潜入、爆弾を探すうちに隠された陰謀に気付く。
                   ※
 クライマックスは、アメリカでのヒンデンブルグ号爆発炎上のシーン。この事件の背後には、浮揚ガスとして安全なヘリウムや、ドイツの飛行機用燃料添加剤の獲得など、飛行船から飛行機への転換をうながすナチスの陰謀が絡んでいたらしい、というのが本作の解釈だ。そして、背後にヒトラーの第三帝国の戦争への道筋が浮かび上がる。ヒンデンブルグのオーナーであるツェッペリン飛行船会社の思惑、ナチスの陰謀、アメリカ人エドワード&ヘレン夫妻の疑惑の行動、いわくを秘めたヒンデンブルグの乗客たち。そんな複雑な危機的状況を前にして、高いハードルを超えようとするマーテンとジェニファーとの恋。
                   ※
 監督は、映画とTVを手掛けているドイツの俊英フィリップ・カーデルバッハ。作品の仕上がりは、オーソドックスなサスペンス、あるいはヒーロー物アドベンチャーといった感じで、やや緊張感に欠ける。緻密なドイツ映画というより、ハリウッド的な語り口。最大の見どころは、巨大飛行船の内部描写。重さ5トンもある実物大のゴンドラ、高さ6メートルの展望デッキや客室、貨物室なども再現された。巨大飛行船の骨組みの内部で、爆弾を探すマーテンと敵との攻防がスリリングだ。第一次世界大戦敗戦後、航空機保有を禁止されていたというドイツが建造した飛行船。その巨体が遥かなるノスタルジーを呼び覚まします。(★★★+★半分)

Yodogawa181

第18号発売中です

連載記事「昭和と映画」

今回のテーマは「ハリウッド・コメディーの黄金時代」


ビンラディンを追い詰めたCIA女性分析官「ゼロ・ダーク・サーティ」

2013-02-19 18:23:40 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

37 キャスリン・ビグローは、「ハート・ロッカー」(08年)で米アカデミー賞9部門にノミネート、作品・脚本をはじめ6部門で受賞、女性監督として史上初の監督賞を得た。イラク・バグダッドを舞台に米軍・爆発物処理班の奮闘をドキュメンタリー・タッチでとらえた作品。しかし、作品の底に漂う米軍礼賛の語り口に疑問が残った。一体、米軍は他国で何をしているのか?と。そのビグローが発表した新作が「ゼロ・ダーク・サーティ」(2月15日公開)です。CIA女性情報分析官が、米同時多発テロの首謀者と目されたアルカイダの最高指導者オサマ・ビンラディンを追い詰めていく過程を再現した実録映画である。
                     ※
 20代半ばのCIA情報分析官マヤ(ジェシカ・チャステイン)は、ビンラディン捜索に巨額の予算をつぎ込みながら、一向に手掛かりをつかめない捜索チームに抜擢される。だが捜査は困難を極め、その間も世界中でアルカイダによって多くの血が流される。ある時、仕事への情熱で結ばれていた同僚が自爆テロに巻き込まれて死ぬ。その際、マヤの中の何かが一線を超える。彼女は、使命ではなく狂気をはらんだ執念で、ターゲットの居場所を絞り込んでいく。そして、ついにパキスタン郊外にあるビンラディンの隠れ家を突きとめ、2011年5月1日、完全武装のネイビーシールズが踏み込んで、宿敵を暗殺する…。
                     ※
 時代背景は、マヤがパキスタン・イスラマバードのCIA秘密施設に到着する2003年から、ネイビーシールズによってビンラディンの隠れ家突入が行われた2011年まで。ビンラディンに関する情報を引き出すために行われる拷問。敵方の連絡員の捜索。アルカイダの幹部による自爆テロ。苦難の末につきとめたビンラディンの潜伏先。映画は、心身ともにボロボロになりながら執念を燃やすマヤの捜索過程を、事実の丹念な積み重ねによってドキュメント・タッチでとらえていく。ビグローの演出はスリリングで見ていて飽きないけれども、ビンラディン=アルカイダ側の人間関係など、細部が込み入って不明な点もある。
                     ※
 映画のタイトルの意味は、(2011年5月1日)午前0時30分を意味する軍の専門用語で、ビンラディンの潜伏先にネイビーシールズが踏み込んだ時刻のことだそうだ。アメリカ側がビンラディン捜索に用いるのは、無人偵察機、ステルス型ヘリコプター、そして数知れない電子機器。うがった見方をすれば、そこには感慨も感動もない。自らの陣営の矛盾を突きながらも、やはりビグローの語り口に垣間見えるのは、愛国精神礼賛。いくらビンラディンを追い詰めることを口実にしても、所詮アメリカによる他国への侵入と、一方的な制裁であることに変わりはない。近く開催される米アカデミー賞では、作品賞など5部門でノミネートされているが、果たして結果はどうなるでしょうか。(★★★+★半分)


スペインの新鋭が超能力者の影に挑む「レッド・ライト」

2013-02-16 17:54:33 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

36 ロドリゴ・コルテスは、スペイン出身の異色監督です。前作「[リミット]」(10年)は、イラクで働くアメリカ人トラック運転手が、訳もわからないまま地中の棺に埋められるというシチュエーション・スリラー。登場人物は一人だけ、全編、彼が地中でもがく様子を凝視するという実験的作品だった。そのコルテスが超能力というテーマに挑んだのが「レッド・ライト」(2月15日公開)です。ただし、ありふれた超能力・オカルト映画ではない。人智の及ばない<超能力>は本当に実在するのか、という疑問を軸に、斬新な映像+音響+セリフで、人間の脳や知覚の曖昧さ、あるいは奥深さを追求していきます。
                   ※
 大学で物理学を教えるマシスン博士(シガーニー・ウィーバー)は、助手のバックリー(キリアン・マーフィー)とともに超常現象の解明に取り組んでいる。そして、次々とポルターガイスト現象や霊能力者のイカサマを暴いていく。つまり二人は、科学で超常現象の存在を否定するのだ。そんなとき、伝説の超能力者サイモン・シルバー(ロバート・デ・ニーロ)が30年ぶりに復活して姿を現す。マシスンとバックリーにとっては、恐るべき強敵の出現だ。かつてシルバーと因縁のあったマシスンは、やがて彼の呪いに憑かれたかのように命を落とす。恩師を失ったバックリーは、シルバーの正体を追いつめていくが…。
                   ※
 復活したシルバーが、観客を前に派手なショーで驚かすエピソード、またマシスンの同僚の博士がシルバーを大学に招き、超能力をめぐる科学的検証を行うくだりが最大の見どころだ。念力、念写、テレパシー…。学者やメディアを操り、自分の強大なパワーを世界に誇示しようとするシルバーの正体とは? そして、ショッキングなドンデン返しの結末。シルバーを演じるロバート・デ・ニーロが貫禄十分で、山師とも思えるカルト的な教祖を演じ、見る者を圧倒する。また、「エイリアン」シリーズでリプリーに扮した、わが憧れのシガーニー・ウィーバーが、反超能力派として知的な科学者を好演する。
                   ※
 この作品で監督・脚本・編集・製作を兼務したロドリゴ・コルテスは言う。「人間の脳が現実を知覚するとき、それがどれほど当てにならないものか。人は見たいと思うものを見る。そして信じたいと思うものを信じる」と。超能力者と科学者の戦いを徹底的に突きつめて、テーマを哲学的にまで昇華していく手法がユニークだ。「どれがホンモノで、どれがニセモノか?」。この作品で提示される混沌とした世界は、そのまま現代の社会・政治への暗喩のように思われてなりません。そのダークな精神哲学は、コルテス監督のこれからを期待させる実験的な姿勢と活力に満ち溢れています。スペイン=アメリカ合作(★★★★)


チェルノブイリ原発事故がドラマとして甦る!「故郷よ」

2013-02-13 17:20:15 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

35 1986年4月26日、ソビエト連邦(現ウクライナ)のチェルノブイリで原子力発電所4号炉が爆発、放射能被害は広範囲にわたった。チェルノブイリ近郊には、いまだに立入制限区域があり、その収束の見通しは立っていない。この事故を、被災者たちの心の深層に分け入ってドラマ化したのが、フランス・ウクライナ・ポーランド・ドイツ合作の「故郷よ」(2月9日公開)です。監督・脚本を手がけたのは、イスラエル出身で、現在はパリとテルアビブを拠点にしているミハル・ボガニム。彼女の母親がウクライナに繋がりがあるそうで、事故当事者へのリサーチをもとに脚本を執筆、撮影も立入制限区域内で行った。
                    ※
 その日、チェルノブイリから僅か3キロの隣町プリピャチ。アーニャ(オルガ・キュリレンコ)は、恋人ピョートルと結婚式を挙げる。同じ頃、ヴァレリー少年は、チェルノブイリ原子力発電所の技師である父アレクセイ(アンジェイ・ヒラ)と河原でリンゴの木を植える。その時、すでに発電所では事故が発生。消防士の新郎ピョートルは、山火事の処理という名目で駆り出され、二度と戻らなかった。人々は詳細も知らずに家や村から追い出される。アレクセイは妻子を避難させた後、消息を絶つ。10年後、アーニャはツアーガイドとして故郷に留まり、アレクセイは放浪の旅を続ける。「父は死んだ」と教えられた彼の息子ヴァレリー(イリヤ・イオシフォフ)は、父の生存を信じてプリピャチに戻る。
                    ※
 映画は、アーニャとヴァレリー少年を中心に、故郷を失った人々の悲劇と放射能の恐怖をリアルにとらえる。アーニャは、チェルノブイリ・ツアーのガイドをしながらプリピャチで半月間暮らす。事故現場を巡るツアーのエピソードがユニークだ。客は防護服をまとい、現場で食事をし、ツアー後はシャワーを浴びる。放射能で汚染されたアーニャの身体は変調をきたし、肌に艶がなくなり、髪の毛が抜け落ちる。事故当日、結婚の幸せを噛みしめながら「百万本のバラ」を歌うアーニャの姿がいじらしい。更に事故当時、「誰にも真実を言うな」と厳命されたアレクセイが、雨に打たれる人々に傘をくばるくだりが悲痛だ。
                    ※
 といっても重苦しい告発ドラマではない。ボガニム監督は、女性らしい緻密な演出と映像で故郷を失った人々の哀しみを謳い上げる。そして、挿入される自然描写がみごとだ。美しかった自然。だが、黒い雨が降り、樹木は変質し、猫や鳥たちも被害を受ける。醜悪な現実と、人々が抱える心の優しさとの融合。撮影の大半は、立入制限区域プリピャチで行われたという。だが、公的機関の人間に監視され、そのため偽の脚本を書いて許可を得た。同監督は言う。「放射能は永遠に残り、人々は被曝し続ける。どんなことも日常化してしまうと、そのことについて言及する人がいなくなる。それは恐ろしいことです」と。
                    ※
 東日本大震災を体験した私たちにとっても、他人事ではない。福島の事故は、ボガニム監督が本作編集中に起こった。「福島については、同じことが繰り返されたことに驚いた。ほとんど同じ映像だったことも恐ろしかった。自分の映画と同じような映像をTVやニュースで見ることが不思議だった。日本で起きていることを、自分が映画にしているかのようでした」と、同監督は述懐する。プリピャチは原発従業員居住地として創建された都市で、現在はゴーストタウン化しているという。福島原発事故については園子温監督らが映画化しているが、日本でも更に突っ込んだ作品が誕生すべきだと思います。(★★★★★)


ランキングに参加中。クリックして応援お願いします!

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村