わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

幻想的な群像ドラマ「世界のどこにでもある、場所」

2011-02-27 18:31:45 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img400 大森一樹監督といえば、医師免許を持ち、これまで「ヒポクラテスたち」(80年)、「法医学教室の午後」(85年)など医療をテーマにした作品を多数手がけてきた。その大森監督が、現代日本の心の闇に挑んだのが「世界のどこにでもある、場所」(2月26日公開)です。フィリップ・ド・ブロカ監督のフランス映画「まぼろしの市街戦」(66年)に影響を受けた作品だとか。神経科のデイケアが行われている遊園地と動物園を舞台に、心に傷を抱えた老若男女の、おかしな人間模様を描く群像劇。主要登場人物23人のからみ合いと心の起伏を、ちょっとシュールで、かつユーモラスなタッチでつづっていきます。
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 丘の上にある寂れた遊園地と動物園。そこに、詐欺容疑で指名手配中の男が逃げ込んでくる。彼が遭遇するのは、動物と会話する女性、大げさな話をする老人、ゲリラと戦う兵士などなど、ちょっと変わった人間たち。実は、彼らは神経科クリニックの患者で、園内で心の傷を癒していたのだ。やがて、患者たちの妄想が妄想を呼び、警察や裏社会の人間をも巻き込んだ意外な事態が発生する…。彼ら異色のキャラクターを演じるのは、三宅裕司ひきいる劇団スーパー・エキセントリック・シアターの俳優たち。ベテラン俳優は、水野久美と佐原健二ぐらいだ。大森監督によると、映画やTVであまり顔を知られていない人に出てもらいたかったから、だとか。そのほうが、観客が話にのめりこめるから、と。
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 カルト映画「まぼろしの市街戦」は、戦時下の村を舞台に、兵士と精神病患者の、どちらが異常かを描いた作品。「それを現代に置きかえたら、どうなるか。場所は一か所、時間は一日という制約の中で、映画らしい映画を作ってみたかった」と大森監督。加えて、「大脱走」(63年)や「史上最大の作戦」(62年)といった戦争映画や、「ナッシュビル」(75年)や「今宵、フィッツジェラルド劇場で」(06年)などのロバート・アルトマン作品を意識したという。遊園地兼動物園に突如出現する幻想的で箱庭的な空間。加えて、「シャボン玉」「黄金虫」「浜辺の歌」「花のまち」といった童謡や唱歌が不思議な雰囲気を醸し出す。映画の心を追求する大森監督が構築した、ほんわかとした人間狂騒曲とでもいったらいいでしょうか。


衝撃の実話の映画化「死にゆく妻との旅路」

2011-02-24 18:45:22 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Tabiji_1_1b 1999年12月2日。一人の男が逮捕された記事が、新聞の社会面に小さく掲載された。罪状は“保護責任者遺棄致死”。男は末期癌の妻をワゴン車に乗せ、9か月もの間、日本各地をさまよったあげく、妻の死に直面する。2000年秋、その清水久典氏の手記が月刊誌に掲載されて反響を呼ぶ。2003年に発行された文庫版も、ひそかに大ヒット。事件の裏には、報道されなかった夫婦の深い愛の物語があった。この実話の映画化「死にゆく妻との旅路」(2月26日公開)は、清水夫妻の272日、6,000キロに及ぶ旅の再現ドラマとなっている。
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 石川県七尾市で小さな縫製工場を営む清水久典(三浦友和)は、結婚して20数年、平凡な家庭を築いていた。だが、バブルの崩壊とともに工場経営が傾き、4千万円の借金を抱える。そして逃げるように故郷を飛び出し、金策に回る。いっぽう、11歳年下の妻ひとみ(石田ゆり子)は、大腸癌の手術をしたばかりで、娘夫婦のアパートに居候して夫の帰りを待つ。やがて、金策も職探しもゼロに終わった久典と再会したひとみは、「オッサンの好きにしたらええ」と微笑み、1999年3月から12月まで、夫婦での職探しの旅が始まる。
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 懐には、なけなしの50万円のみ。移動手段は青いワゴン車。キャンプ用のコンロで煮炊きをし、後部座席に敷いた一組の布団に二人で寝る。旅のルートは、東尋坊、姫路城、鳥取砂丘、明石海峡大橋、亀岡、三保の松原、そして山梨などを経て石川へ。観光地を回れば、住み込みの仕事は必ず見つかる…。だが、行く先々でハローワークを訪ねても、50歳以上の求人は見つからない。「オッサンと離れるのはいやだ!」と半ば強引について来た妻の慰めの言葉が唯一の救いだ。だが、旅を重ねるにつれて、ひとみの病状が悪化していく。
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 監督は、「初恋」(06年)の俊英・塙幸成。「きわめて普通の市井の人の、愚かしいほどに純粋な選択に惹かれた」という。思えば、清水夫妻の旅の軌跡は、バブル崩壊後の市井の人々の苦しみと重なり合う。経済破綻、そして就職難と高齢化社会。夫妻の行動の良し悪しは、他人があれこれ詮索すべきではない。真夏の太陽のもと、あるいは雪降りしきる海岸で、ワゴン車生活の中、夫にすがる妻、妻の苦しみに直面する夫。夫妻を結びつけるのは、不器用で、ひたむきな愛だけだ。ぎりぎりの状況に追い込まれたとき、人は愛する者になにをしてあげられるのか。そんな切ない思いにかられる感動ドラマです。


イーストウッドの<死後の世界>考「ヒア アフター」

2011-02-21 18:15:12 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Hereafter_1_1b スティーブン・スピルバーグ製作総指揮、クリント・イーストウッド製作・監督の「ヒア アフター」(2月19日公開)は、<死後の世界>をテーマにした異色作です。主人公は、3人の男女。パリ在住の女性ジャーナリスト、マリー(セシル・ドゥ・フランス)は、津波にのまれて呼吸停止した時に臨死体験した光景(ビジョン)が頭から離れない。かつて霊能者として活躍していたジョージ(マット・デイモン)は、死者との対話に疲れ、いまはサンフランシスコの工場で働いている。ロンドン在住の少年マーカスは、交通事故で亡くなった双子の兄の霊との交感を望んでいる。ドラマは、この3人が抱える苦悩を並行してつづりながら、最後に彼らの人生がロンドンで運命的に交錯するさまをとらえます。
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 脚本を執筆したのは、「クイーン」「フロスト×ニクソン」でアカデミー賞にノミネートされたピーター・モーガン。スピルバーグは、この脚本に惚れこみ、「誰が監督すべきか、はっきりしている-イーストウッドだ」と即断したとか。イーストウッドも、「死後の世界に関しては、その存在を含めて、人はそれぞれ異なる信念を持っているが、それらはすべて仮説だ。実際に自分がそこへ行くまで、真実は誰にもわからない」と興味津々。マリーが見た白いビジョン。以来、彼女はそれにとりつかれて調査を開始、一冊の本に仕上げる。また、他人の手に触れただけで、その人の縁故だった死者と交感できるジョージの不思議な能力。ウェブサイトで霊能者を訪ね歩き、ジョージの存在にたどり着くマーカス少年。
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 冒頭、東南アジアで恋人と休暇を楽しむマリーが津波に襲われるシーンが、圧倒的な迫力。次いで、世界各地の3人の男女の魂の放浪が巧みにつむがれていく。その辺の語り口は、さすがイーストウッド監督、みごと! でも、決して神秘的でも謎めいてもいない。死後の世界の存否をエンターテインメントの形で問う、といった感じなのだ。だから、見たあとで「なぜ、いま死後の世界なのか。それが、どうしたの?」といった思いがすることは否めません。出演者では、マリーに扮したセシル・ドゥ・フランスが魅力的。最近では、「シスタースマイル/ドミニクの歌」(09年)で演じた実在した歌う尼僧、ジャニーヌ・デッケルス役がバツグン。これから一層飛躍しそうなベルギー出身のチャーミングな女優です。


ジョン・ウーの「男たちの挽歌」が韓国でリメーク

2011-02-18 18:06:27 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img399 ジョン・ウーの香港ノワールの傑作が、「男たちの挽歌 A BETTER TOMORROW」と題して韓国でリメークされました(2月19日公開)。ジョン・ウー自ら製作総指揮を担当。「力道山」「私たちの幸せな時間」のソン・ヘソンが監督・脚本を手がけた。ドラマの舞台は釜山。武器密輸組織の大物ヒョク(チュ・ジンモ)は、生き別れになっていた弟チョル(キム・ガンウ)と再会する。だが弟は、家族を裏切ったヒョクに深い憎しみを抱き、警察官になって組織の壊滅を企む。ヒョクは、最後の仕事になるはずだったタイでの取り引きで、部下テミン(チョ・ハンソン)の裏切りにあって逮捕される。ヒョクの親友で、組織のエース、ヨンチュン(ソン・スンホン)は、友の敵討ちに出かけて足に重傷を負う…。
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 ジョン・ウーのオリジナル版(86年)では、なんといってもチョウ・ユンファ演じるマークがカッコよかった。サングラスにトレンチコート姿、容赦ない銃撃戦。今回、この役に当たるヨンチュンを演じるのが、「ゴースト/もういちど抱きしめたい」のソン・スンホン。ティ・ロンが哀愁こめて演じたホーに当たるヒョクに、「カンナさん大成功です!」のチュ・ジンモ。そして、レスリー・チャンが扮したホーの弟キットに当たるチョルに、「シルミド/SILMIDO」のキム・ガンウ。キャラクターは、オリジナル・メンバーのほうが強烈だったけれど、容姿の甘さにおいては韓流スターのほうが上かな。それにしても、悪役テミンを演じるのが、「連理の枝」で注目を浴びたチョ・ハンソンというのは、ちょっと可哀想。
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 今回のリメーク版での最大の特色は、北朝鮮からの脱北者がキーとなっている点です。ヒョクとチョル兄弟は、家族で北朝鮮から脱出しながらも、兄だけ無事に韓国入りしたため、弟は兄を憎悪している。また、ヨンチュンも元北朝鮮の特殊部隊員という設定。ジョン・ウーがリメークを許可した理由は、「北朝鮮から来た兄弟、という設定自体にも驚いたが、兄弟愛を物語の中心に置いたこと」だという。そのせいか、ソン・スンホンのヨンチュン役に、チョウ・ユンファほどの迫力が感じられない。ラストは、兄弟とヨンチュン、3人対テミン一味との波止場での凄絶な銃撃戦。このリメーク版を見ても、ついユンファの魅力と同時に、03年に世を去ったレスリー・チャンの哀しげな容貌を思い出してしまいます。


未来をめざすヒロイン像に共感!「サラエボ, 希望の街角」

2011-02-15 18:50:24 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

T0009473p 旧ユーゴスラビア連邦の共和国、スロヴェニア、クロアチアに続くボスニア・ヘルツェゴヴィナの独立に伴い、1992年に始まったボスニア戦争は、1995年に終息するまでに市民に甚大な被害を与えた。首都サラエボは3年半にわたってセルビア勢力に包囲され、その結果、街は爆撃や銃撃で瓦礫と化し、市民からも多くの犠牲者を出した。サラエボ出身の女性監督(兼脚本)、ヤスミラ・ジュバニッチが手がけた「サラエボ, 希望の街角」(2月19日公開)は、戦後15年経過し、復興に向けて立ち上がったサラエボを舞台にした作品です。といっても、ガチガチの社会派ドラマではなく、美しいヒロインの愛の試行錯誤を通じて、人々の心の奥に残るトラウマや傷跡を、そっとあぶりだす佳作に仕上がっています。
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 ヒロインのルナ(ズリンカ・ツヴィテシッチ)は、航空会社の客室乗務員。明るいサラエボっ子で、空港の管制室に勤める恋人アマル(レオン・ルチェフ)と同棲中。かつての紛争で、ルナは目の前で両親を殺され、アマルは過酷な戦場を体験して弟を失った。あるときアマルは、戦争後遺症から陥ったアルコール依存症のために停職処分となる。やがて彼は、かつての戦友にさそわれてイスラム原理主義に傾倒していく。それを許せないルナとアマルとの間には、次第に溝が深まる。ある日、ルナは妊娠を告げられ、それを機会に彼女は大きな決断を下す…。映画は、情緒を排した早いカッティングと暗転を用いて、過去と決別し、未来に生きようとするルナの心の揺れ動きを、繊細な感覚で追っていきます。
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 36歳のジュバニッチ監督は、紛争中に十代を過ごし、サラエボ演劇アカデミー舞台・映画監督科を卒業。映画製作にたずさわる前は、アメリカの人形劇の劇団でピエロとして活躍したとか。監督デビュー作「サラエボの花」は、紛争中レイプによって生まれた敵兵の子への母の愛を描いた作品で、06年ベルリン国際映画祭金熊賞を受賞。2作目の今回は、戦争の傷跡が修復されたサラエボの街と人々の姿を、愛情をこめて描き出す。とりわけ、ルナ役を演じるクロアチア出身の女優ズリンカ・ツヴィテシッチが、透明感あふれる美しさを見せて素敵だ。ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、オーストリア、ドイツ、クロアチア合作。現代的でファッショナブルなヒロインに、歴史の悲劇を投影した語り口が斬新です。


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