大森一樹監督の「津軽百年食堂」(4月2日公開)は、青森県弘前市を主舞台にして、津軽蕎麦作りに専念する一家の悲喜こもごもを描いた人情ドラマです。原作は、森沢明夫の同名小説。明治末期に津軽蕎麦の店を出した初代店主の苦労と、現代の4代目に当たる青年の相克を並行してつづっている点がユニークだ。初代の大森賢治(中田敦彦)は、津軽蕎麦の屋台を出して、独特の出し汁で評判を呼び、戦争未亡人・トヨ(早織)と結婚する。いっぽう、現代の4代目・大森陽一(藤森慎吾)は、父・哲夫(伊武雅刀)との確執から大森食堂をつがずに東京でバルーンアートの仕事をしている。だが、父親の入院をきっかけに弘前に帰省して、蕎麦作りに打ち込むようになり、大森食堂を継ぐ決心をする。
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この初代と4代目を演じるのが、人気お笑いコンビ、オリエンタルラジオの藤森慎吾と中田敦彦というのが本作の売り。屋台を経て大森食堂を興し、出し汁のもとになる鰯の焼き干しを運んでくる未亡人と娘を引き取る初代・賢治を演じる中田の茫洋とした風貌。東京の結婚披露宴の会場などで、バルーンアートを披露している、冴えない4代目・陽一に扮する藤森の、行き当たりばったりの煮え切らないキャラクター。それに陽一には、トヨの娘に当たる祖母や、同じ弘前出身の女性カメラマン(福田沙紀)らがからんで、故郷・弘前や家族への思いがつむがれていく。父親の厳しい叱責のもとで、陽一が百年間にわたって代々引き継がれた本来の津軽蕎麦作りに挑む過程もみどころだ。
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大森監督は、本作について「価値観があいまいな時代に、自分の将来を決められない青年たちの物語」と言う。しかし、映画を見て感じるのは、故郷への強い憧憬だ。若者たちが置いてきた過去への戸惑いと悔い。撮影は、一部の外景を除いて、弘前市をはじめ、今回の震災に遭った八戸市、黒石市など、すべて青森県で行われ、のべ600人を超える地元エキストラやスタッフが参加したという。いわば“青森県映画”といってもいい。クライマックスは、陽一が蕎麦の屋台で勝負する弘前公園さくらまつりのシーン。いま、この作品を見ると、つい今回の大震災の惨事が重なってきてしまいます。三陸地方で被害に遭われた方々に、故郷に戻れる日が来るのか、あの美しい自然はいつか甦るのか、と…。
春の訪れ(スノーフレーク)