わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

ふるさとの味を求めて…「津軽百年食堂」

2011-03-30 19:33:32 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img411 大森一樹監督の「津軽百年食堂」(4月2日公開)は、青森県弘前市を主舞台にして、津軽蕎麦作りに専念する一家の悲喜こもごもを描いた人情ドラマです。原作は、森沢明夫の同名小説。明治末期に津軽蕎麦の店を出した初代店主の苦労と、現代の4代目に当たる青年の相克を並行してつづっている点がユニークだ。初代の大森賢治(中田敦彦)は、津軽蕎麦の屋台を出して、独特の出し汁で評判を呼び、戦争未亡人・トヨ(早織)と結婚する。いっぽう、現代の4代目・大森陽一(藤森慎吾)は、父・哲夫(伊武雅刀)との確執から大森食堂をつがずに東京でバルーンアートの仕事をしている。だが、父親の入院をきっかけに弘前に帰省して、蕎麦作りに打ち込むようになり、大森食堂を継ぐ決心をする。
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 この初代と4代目を演じるのが、人気お笑いコンビ、オリエンタルラジオの藤森慎吾と中田敦彦というのが本作の売り。屋台を経て大森食堂を興し、出し汁のもとになる鰯の焼き干しを運んでくる未亡人と娘を引き取る初代・賢治を演じる中田の茫洋とした風貌。東京の結婚披露宴の会場などで、バルーンアートを披露している、冴えない4代目・陽一に扮する藤森の、行き当たりばったりの煮え切らないキャラクター。それに陽一には、トヨの娘に当たる祖母や、同じ弘前出身の女性カメラマン(福田沙紀)らがからんで、故郷・弘前や家族への思いがつむがれていく。父親の厳しい叱責のもとで、陽一が百年間にわたって代々引き継がれた本来の津軽蕎麦作りに挑む過程もみどころだ。
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 大森監督は、本作について「価値観があいまいな時代に、自分の将来を決められない青年たちの物語」と言う。しかし、映画を見て感じるのは、故郷への強い憧憬だ。若者たちが置いてきた過去への戸惑いと悔い。撮影は、一部の外景を除いて、弘前市をはじめ、今回の震災に遭った八戸市、黒石市など、すべて青森県で行われ、のべ600人を超える地元エキストラやスタッフが参加したという。いわば“青森県映画”といってもいい。クライマックスは、陽一が蕎麦の屋台で勝負する弘前公園さくらまつりのシーン。いま、この作品を見ると、つい今回の大震災の惨事が重なってきてしまいます。三陸地方で被害に遭われた方々に、故郷に戻れる日が来るのか、あの美しい自然はいつか甦るのか、と…。

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春の訪れ(スノーフレーク)

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ネット世界を浮遊する「名前のない少年、脚のない少女」

2011-03-26 17:13:57 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Namaenonai_1_1b ブラジルの新星、エズミール・フィーリョ(28歳)が監督・脚本(共同)を手がけた「名前のない少年、脚のない少女」(3月26日公開)は、従来のブラジル映画のイメージをくつがえすような作風を持つことで、世界から注目されているそうです。映画に登場するのは、ネット社会に没入し、現実と仮想の境界が曖昧になった世界に生きる十代の若者たち。主人公は、“ミスター・タンブリンマン”というハンドルネームで詩をインターネットに投稿し続ける少年(エンリケ・ラレー)。彼が住んでいるのは、ブラジル南部にある、ドイツ移民の伝統が強く残る田舎町。少年はネットでのみ世界とつながり、この退屈な街を出たいと思っている。ネットだけが唯一の逃げ道と信じているティーンエージャーの象徴だ。
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 そんな彼の前に、恋人との心中に失敗し、街に戻って来た青年ジュリアン(イズマエル・カネッペレ)が登場する。同時に少年は、“ジングル・ジャングル”の名でネット上に映像を投稿する少女(トゥアネ・エジェルス)の作品に引き込まれる。実は、彼女はジュリアンの元恋人で、心中事件によって、すでにこの世に存在しない。自分の魂、自分のかけらを写真や映像に残して逝ってしまい、ネットの中でだけで生き続けるゴーストのような少女…。低解像度の映像、点滅するマウスカーソル。映画は、仮想世界と現実、過去と未来を交錯させ、ネットという網にとらわれた若者のあがきを追う。加えて、1960年代に爆発的な人気を得たミュージシャン、ボブ・ディランがキーワードになる。“ミスター・タンブリンマン”はディランの名曲だし、“ジングル・ジャングル”はその歌詞に登場する言葉だ。
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 フィーリョ監督は、短編作品がYouTubeで人気になるなど、新鮮な映像美が評価され、今回が初の長編となる。「インターネットとティーンエージャーの特性は、よく似ていると思う。現実とバーチャルの境目がないんだ。映画のように、すべてが混じりあっている」と同監督は言う。また原作者は、ジュリアンを演じたイズマエル・カネッペレであり、脚本も監督とともに担当した。少女役のトゥアネ・エジェルスは、約16年間写真を撮り続け、インターネット上などで発表、劇中にも作品が使われているそうだ。さらに、出演している若者たちは、舞台となったテウトニアで暮らしている十代の若者たちからネットで選ばれたという。結果、本作はネットユーザーを中心に口コミで広がり話題になった。現実とバーチャル世界の混交に戸惑う個所もあるけど、斬新な作品であることは確かです。


ハリウッド最後のクイーン、エリザベス・テイラー

2011-03-24 19:53:42 | スターColumn

Img409 エリザベス・テイラーが、3月23日、米ロサンゼルスの病院で死去しました。1932年2月27日、ロンドン生まれ。享年79。うっ血性心不全のため、約1か月半前に入院していたそうです。父親の仕事の関係で、39年に渡米。10歳で、子役としてハリウッド映画に出演。「家路」(43年)、「緑園の天使」(44年)などで人気を得た。女優としてのピークは、1950~1960年代。完璧すぎる美貌と、全身からあふれる色気で、「リズ」という愛称で親しまれた。ちょっとツンと澄ました雰囲気も、ファンにとっては、たまらない魅力でした。
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 彼女の持ち味が最高に発揮されたのは、古代エジプトの女王を演じた超スペクタクル「クレオパトラ」(63年)でしょう。王国に君臨し、贅をきわめ、シーザーやアントニーを虜にした絶世の美女。この役にふさわしい女優は、リズしかいなかった。当時、彼女の重病や、製作費オーバーなどが重なり、20世紀フォックスの屋台骨を揺るがした作品といわれている。また、十代のころに出演した「若草物語」(49年)のリズも可愛かった。ルイザ・メイ・オルコットの少女小説の映画化で、彼女は気位が高くて絵が上手な三女エミーに扮した。
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 しかし、リズが演じたのはゴージャスな役ばかりではありません。ジョン・オハラ原作の映画化でコールガールに扮した「バターフィールド8」(60年)と、エドワード・オルビーの舞台劇の映画化「バージニア・ウルフなんかこわくない」(66年・写真下)でアカデミー主演女優賞を受賞。女性の屈折した心理を表現して、演技派ぶりも発揮。でも、個人的に言えば、モンゴメリー・クリフトと共演した「陽のあたる場所」(51年・写真上)での金持ちの令嬢役や、テネシー・ウィリアムズの戯曲の映画化でポール・ニューマンと共演した「熱いトタン屋根の猫」(58年)でのファナティックな人妻役がよかったと思います。Img410_2
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 また彼女は、恋多き女としても有名でした。「クレオパトラ」や「バージニア・ウルフなんかこわくない」で共演したリチャード・バートンとの2度の結婚をはじめ、結婚歴は8回あり、ゴシップ欄を賑わせた。1970年代からは、舞台やTVなどにも出演。「ジャイアンツ」(56年)で共演したロック・ハドソンがエイズで亡くなったこともあり、晩年はエイズ撲滅運動に尽力。85年には全米エイズ研究基金を設立。その功績からフランスのレジオン・ドヌール勲章を受けた。リズこそ、夜空のはるか彼方できらめく星のように、映画スターが手の届かない憧れの存在であった時代を象徴する最後のスターだったと思います。


前世を思い出せる男「ブンミおじさんの森」

2011-03-22 19:17:54 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img403 今回の大震災の渦中で、しきりに思い出されるのがタイ映画「ブンミおじさんの森」(東京では3月5日に公開)です。この作品は、ティム・バートンが審査委員長をつとめた昨年のカンヌ国際映画祭コンペティション部門で最高賞のパルムドールを獲得。3月21日に香港で開催された第5回アジア・フィルム・アワードでは最優秀作品賞に輝きました。製作・脚本・監督を手がけたのは、1970年、バンコク生まれのインディーズ作家アピチャッポン・ウィーラセタクン。自然や動物界にひそむ摩訶不思議、生と死、輪廻・転生といったテーマを融合させて、この世に存在するとは、どういうことかを問う異色作です。
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 腎臓の病に冒され、死を間近にしたブンミおじさんは、妻の妹ジェンをタイ東北部にある自分の農園に呼び寄せる。そこに、19年前に亡くなった妻が現れ、数年前に行方不明になった息子も姿を変えて登場。やがてブンミは、愛する者たちとともに森の中にわけいって行く…という物語。冒頭、木の幹につながれた一頭の水牛が、綱をほどき草原をぬけ、森へと走り出すくだりが静かにとらえられる。そして、その光景をみつめる黒い影、その目が赤く光る。劇中、猿の精霊やナマズに変貌する王女などが幻影のように登場する。加えて、過去に繰り広げられた陰惨な戦いや、未来を支配する独裁者の影も重なります。
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 本作は、僧院長が書いた「前世を思い出せる男」という小冊子に着想を得たとか。そこには、前世を見た村人の話が収集されているそうです。人の前世は、ある時は水牛であり、王女であり、灯りに集まる虫かもしれない。そんな生死の境を軽やかに乗り越えていく世界観と、斬新なイマジネーション、ほのかなユーモア。「ぼくは、人間や植物や動物、そして幽霊たちの間で、魂が転生すると信じています。同時に、文化や種の破壊、絶滅の過程に興味を持つようになった」と監督は語る。この過酷な時代、人間は何を失ってきたのか。人間と死者と精霊が同じ食卓を囲む場面、洞窟に入ったブンミ一行が宇宙の星のように輝く岩に遭遇するくだり。スーパー16㎜のカメラが、この世のあわいを巧みにとらえます。
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 いま、冷え込んで、余震が再発する中で、この文章を書いています。きっと、近いうちに、春がやって来ます。その時まで、たゆむことなく、ともに頑張りましょう!!


3:11巨大地震発生から1週間たちました!

2011-03-17 18:01:05 | 映画雑談

Img408東北関東大震災発生から1週間が経過しました。
埼玉県東部でも、昨日から激しい寒風が吹きすさんでいます。
相変わらず余震が続いていますが、昨日今日はやや少なめになったようです。
それにしても、東北被災地への救援、原発事故、計画停電、日用品の買い占め、などなどに対する政府当局や電力会社の対処の仕方を歯がゆく思っています。
いま、ぼくらに出来ること、たとえば近隣の人々との助け合いだけでも続けたいものです。
日本の人々の災害に対処し得る能力、感情の細やかさは、とても優れていると思います。
きっと近いうちに、元の日常生活を取り戻すことが出来ると信じています。
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ところで映画界では、クリント・イーストウッド監督の「ヒア アフター」が上映中止となり、3月26日から公開予定だった中国映画「唐山(とうざん)大地震-想い続けた32年-」が公開延期になりました。東南アジアの海辺のリゾートを巨大な津波が襲い、巻き込まれたフランス人女性ジャーナリストが瞬間的な死を垣間見る、というくだりから始まる「ヒア アフター」の上映中止は、今回の東北の悲劇を思えば当然のことでしょう。この作品は、臨死体験や死後の世界を主題にしながらも、津波を一種のスペクタクルとしてとらえているからです。見たときには、思わず唖然としてしまいました。
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いっぽう、1976年7月28日に中国河北省唐山市で実際に起こった大地震をもとに製作された「唐山大地震-想い続けた32年-」は、感動的なヒューマン・ドラマです。父親を地震で亡くした双子の少年と少女が離れ離れになり、それぞれ母親と他人の元で育てられる。やがて32年後の2008年5月12日、四川大地震が発生。成人して、異なる人生を送る二人は、救援ボランティアとしてやって来た四川でめぐり会います。監督は、「女帝〔エンペラー〕」「戦場のレクイエム」などでヒットメーカーとなったフォン・シャオガン(馮小剛)。自らに降りかかった不幸を新たな災害救助への活力とする、という主題に胸を打たれます。
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東北関東大震災発生以来、近くのシネコンは営業中止になっています。
ネットで見ると、映画館での上映の有無は、それぞれ問い合わせを、ということになっているようですね。
どうやら映画興行界で一斉に申し合わせ、という具合にはなっていないようです。
もっとも、余震、交通マヒ、停電が続くいま、映画を見に行くことなど出来ませんよね。
近いうちに、映画館で安心して映画が楽しめる日が来ますように!!


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