わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

3人の女性が紡ぎ出す人生の詩「マザーウォーター」

2010-10-28 18:53:09 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img350「かもめ食堂」「めがね」(ともに荻上直子監督)、「プール」(大森美香監督)という3作を手がけてきたプロジェクトの新作が、新鋭・松本佳奈監督の「マザーウォーター」(10月30日公開)です。古都・京都の水の流れとともに暮らす7人の男女の物語。といっても、これといったストーリーはなく、7人の人々をめぐる街と自然と水、それに幼い男の子の映像スケッチとでも言ったらいいだろうか。登場人物の中心になるのは3人の女性-ウイスキーしか置いていないバーを営むセツコ(小林聡美)、疎水沿いでコーヒー店を経営するタカコ(小泉今日子)、豆腐店を開きたくてやって来たハツミ(市川実日子)。
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 彼女ら3人の店は、いずれも水にからむ商売。ちなみに「マザーウォーター」とは、ウイスキーの仕込み水に使われる水のこと、だそうです。彼女らの生活にかかわるのが、家具工場で働く青年でセツコのバーに通うヤマノハ(加瀬亮)、銭湯(これも水に関係あり)・オトメ湯の主人オトメ(光石研)、オトメ湯の手伝いをしている青年ジン(永山絢斗)、散歩好きの不思議なおばあさんマコト(もたいまさこ)。それに、7人が共有する(?)いつも機嫌のいい幼い男の子ポプラ。風にそよぐ樹木や草花、ゆったりと流れる川。加えてカメラは長回しで、互いに未知だった人々の出会いと会話をとらえます。
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 バーやコーヒー店、豆腐店を訪れるのは、ほとんどメインの登場人物のみ。家庭内の葛藤などという生臭い人間関係や、街の生活の喧騒は抜きにした、風が吹きぬけるような、ちょっと不思議で透明なメルヘンに仕上がっている。とりわけ、幼子のポプラが、オトメの子どものようでいて、登場人物すべての胸に抱かれるくだりが、一種の人間の絆のようなものを象徴します。そして、人々のキャラを表現するのが、食べ物と飲料。ウイスキー、コーヒー、豆腐、マコトが自分のために用意する質素な食事、セツコとヤマノハが食べるビーフカツサンド、銭湯の男たちの昼飯となる親子丼、タカコが作るグラタンなどなど。
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 いわば、人間と場所が結ばれ、美しい自然や水、食べ物とともに紡ぎ出す日常スケッチとでもいったらいいでしょうか。松本佳奈監督は、「めがね」や「プール」でメイキング映像を手がけ、今回が初の監督作となる。登場する店舗は、すべて京都に実在する店で撮影されたという。また、鴨川や白川疎水の流れ、護王神社や藤森神社のたたずまいも、映画に静謐な雰囲気を漂わせる。大貫妙子作詞・作曲のエンディングテーマの一節-「すべてはめぐりながら 時の川を行く すべての命と出会う場所へ…」。この詞にこめられた心こそ、作品のテーマといっていい。まさに、新感覚の映像エッセイの登場です。

Pa230163_2 Pa230167 シュウメイギク


スキージャンプしたい? 韓流コメディー「国家代表!?」

2010-10-25 18:44:02 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img353 韓国のスキージャンプの歴史は浅く、競技が導入されたのは1991年頃。選手が本格的トレーニングを行うようになったのは、97年冬季ユニバーシアードの開催地ムジュリゾートに初のジャンプ台が完成した頃からだという。そして、劣悪なトレーニング環境の中で、長野冬季オリンピックに向けて競技人口6人のうち14~17歳の少年4人が代表選手に選出。98年の長野では、団体13位に終わる。そのせいか、スキージャンプは韓国では非人気種目だとか。こんな状況を反映してかどうか、スキージャンプをテーマにした、ウソかマコトか、の大コメディー映画「国家代表!?」(10月23日公開)がキム・ヨンファ監督・脚本で製作され、韓国で860万人を動員、歴代興行成績6位の大ヒットになったそうです。
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 物語の始まりは……1996年、全羅北道の茂朱(ムジュ)。この地に冬季オリンピックを誘致するため、正式種目のひとつスキージャンプの国家代表チームが急遽作られることになる。ところが、コーチに任命されたのは、元子供スキー教室の講師パン(ソン・ドンイル)。彼が集めた選手も、とんでもないメンバーばかり。実の母を捜すためアメリカからやってきたボブ(ハ・ジョンウ)、高校時代はアルペン選手だったが薬物使用でメダルを剥奪されたフンチョル(キム・ドンウク)、その高校のスキー仲間で祖母と問題児の弟ボング(イ・ジェウン)を抱えるチルグ(キ・ジソク)、焼肉店を営む父に頭が上がらないジェボク(チェ・ジェファン)らだ。そして、彼らのハチャメチャ・トレーニングがスタートする…。
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 全員、ジャンプの経験ゼロ。代表入りした動機は、兵役はイヤとか、コーチの娘を落としたいとか不純なものばかり。トレーニングも、木の枝にロープで吊るされた状態で両脚をV字に保つ、時速90キロで走るバンの上でクラウチング姿勢を保つ、など破天荒なものばかり。見せ場は、97年ワールドカップと、98年長野冬季オリンピック。落ちこぼれ少年たちがカッコよく(?)滑降&滑空していく姿を、移動撮影システムCAMCATを用いたり、韓国はじめドイツ、オーストリアの選手が参加したりして撮影した。キム・ヨンファ監督は、傑作コメディー「カンナさん大成功です!」(06年)などで注目された人。「ほぼ実話!?」かどうか、わからないけれど、大爆笑とスリルに満ちた「あり得な~い!」青春スポーツ映画が完成。オバカ映画も、ここまで徹底すれば、みごと!と言うよりほかありません。
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コスモスの季節(千葉県野田市・清水公園の花ファンタジアで)


ブルガリアのリアル青春ドラマ「ソフィアの夜明け」

2010-10-22 17:40:57 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img349 東欧ブルガリアでの映画の年間製作本数は、わずか7~8作だそうだ。そんな中から、新鋭カメン・カレフ監督の09年度作品「ソフィアの夜明け」がお目見えします(10月23日公開)。昨年の東京国際映画祭で、東京サクラグランプリ、最優秀監督賞、最優秀男優賞の三冠を受賞。格差社会の底辺で必死に生きる人々の憤りや焦りを、リアルかつビターなタッチで描いた異色の青春映画だ。カレフ監督は、フランスの国立映画学校を卒業後、数本の短編作品を製作。幼な友だちのフリスト・フリストフとの交流を通して、その破天荒な生きかたをモデルに、フリストフ自身を主演に据えて、本作で長編映画監督デビューをした。
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 舞台はブルガリアの首都ソフィア。主人公は、木工技師のイツォ(フリストフ)。ヘロイン依存のせいで生きることに投げやりな彼は、アルコールに頼る日々を送っている。弟のゲオルギ(オヴァネス・ドゥロシャン)は、イツォと離れて両親と暮らしているが、スキンヘッドのネオナチ・ギャング団に加わる。あるとき、イスタンブール出身のトルコ人娘ウシュル(サーデット・ウシュル・アクソイ)が、両親と旅行中にソフィアでゲオルギらのギャングに襲われる。現場に居合わせたイツォは、一家を守ろうとするが逆に叩きのめされる。やがて、ウシュルの父が入院する病院で言葉を交わしたイツォと彼女との間に恋心が芽生える。また、疎遠だったイツォとゲオルギ兄弟も心を通わせるようになる。
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 映画は、都会の格差社会の片隅で、己を見失い模索する青春像と、民族が違うというだけの理由で暴力で相手を排除しようとする人々の偏狭さを、ドキュメンタリー・タッチで描いていきます。「家族、友人、都市、国家は、人間を条件づけるものの一部だ…。ぼくが興味を持ったのは、いまの現実を見せること。そして、ぼくが魅せられるのは、国境が消滅する時、異文化が出会う時だ」とカレフ監督は言う。だから、ドラマの底に流れるのは、社会に対する疎外感と若者の破滅志向、異民族に対する不寛容と憎悪。こうした救いようのない現実の中で、イツォとウシュルの淡い恋が清涼剤のような役割を果たす。主演のフリストフは映画初主演、撮影終了間際に悲劇的な事故で死亡したという事実が暗示的です。


極上ワインの夢「約束の葡萄畑~あるワイン醸造家の物語」

2010-10-20 19:16:48 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img352 02年の「クジラの島の少女」で話題を呼んだ、ニュージーランド出身の女性監督ニキ・カーロ。19世紀のフランス・ブルゴーニュ地方を舞台にした彼女の新作が、「約束の葡萄畑~あるワイン醸造家の物語」(10月23日公開)です。やはり、ニュージーランドを代表する作家、エリザベス・ノックスのベストセラー小説「THE VINTNER’S LUCK」の映画化だ。物語は、19世紀初頭、ナポレオンが天下を取ったフランス第一帝政時代に始まる。葡萄農夫のソブラン(ジェレミー・レニエ)は、理想のワイン製造に野心を燃やす。そして、天使ザス(ギャスパー・ウリエル)からワイン造りの奥義を聞いて、葡萄の育成に精魂を傾ける。妻セレスト(ケイシャ・キャッスル=ヒューズ)の献身的な愛と、ワイナリーの所有者である伯爵の姪オーロラ(ヴェラ・ファーミガ)の後援を得て、艱難辛苦の末に、ソブランは自分の人生そのものを反映した極上のブルゴーニュ・ワインを作り上げる。
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 ワイン造りの資金を得るため、ナポレオン軍の遠征に加わり、真冬のモスクワを放浪するソブラン。そして、1815年のヴィンテージを持つ最初のワインの完成。娘たちの誕生と死別。やがて、チーフ醸造家として伯爵のワイナリーに迎えられ、ソブランは成功を収める。だが、葡萄畑が病害フィロキセラに冒され、葡萄樹を根から焼きつくさなければならなくなる。その後、1本だけ残った葡萄樹からの再生。30年に及ぶ土壌と自然との闘いの末に、夢のワインが生み出されていく過程が、繊細な映像と心理描写でつむぎ出されていく。軸になるのは、忍耐強い妻セレストの献身、それに対して進取的な上流階級の女性オーロラとの愛、それに幻想的な天使ザスの登場だ。白い翼で飛翔するザスは、ワイン造りの魂の象徴であり、ソブランとザスとの同性愛的な関係が幻想的な色合いを醸し出す。
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 原作者ノックスは、フランスに行くことなく、この小説を書き上げたという。彼女が病床に伏し、高熱にうなされているときに見た夢がヒントになったとか。「あくまでも大地に根ざした人間という意味で、オーガニックな物語をめざした。そこから、生きていることの喜びや痛みを描ければと。ソブランのワイン製造者としての成功や挫折、喪失もそうです」と、同監督は言う。身分制度や貧困、過酷な自然との闘い、最高のワイン造りの夢、ソブランをめぐる人々の愛憎。19世紀という前近代の激動期を背景にした、美麗で壮大な物語。その中から生み出された芳醇なブルゴーニュ・ワイン。ロケ撮影は、主にボーヌ地方とフルーリー地方で、さらにニュージーランドで行われたという。ワイン醸造の歴史と工程をリアリズムの筆致で描き、かつロマンと幻想の香りを加えた極上の名作の誕生です。

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エンジェルストランペット(イエロー)


中年バイプレーヤーの悲哀を描く「脇役物語」

2010-10-16 18:33:41 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img348 脇役がいなければ、ドラマや映画は成り立たない。むしろ、良い脇役こそ、主役を引き立て、物語を引きしめる不可欠な存在だ。でも、主役だけがもてはやされて、バイプレーヤーは余り注目されず、環境も恵まれないという悲哀もあるはず。そんな思いから興味を抱いたのが、緒方篤が原案・脚本・製作・監督を手がけた「脇役物語 Cast Me If You Can」(10月23日公開)です。主人公は、万年脇役俳優のヒロシ(益岡徹)。職場でも私生活でも脇役キャラ。家では、大物劇作家の父(津川雅彦)から半人前扱いされている。そんなうだつのあがらない中年男ヒロシに、あるときツキが回ってくる。それは、新進女優アヤ(永作博美)との恋に、映画主演のチャンス。はたして、彼の未来はどうなるか?
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 ヒロシが演じるのは、TVドラマのしがない脇役ばかり。いろいろな役に扮するため、街を歩けば店員や、ホールの係員、警備員、果ては誘拐犯に間違われる。彼が思いを寄せる若い女優の卵アヤは、そんなヒロシに対して「名優は、瞬時にいろんなキャラに変身できるから、名優なんでしょ!」と慰める。アヤに胸のうちを告白できず、エライ父親にも頭があがらず、あげくの果ては、大物議員の妻(松坂慶子)の不倫相手に間違われてオタオタするヒロシのキャラが面白い。緒方監督は、ビデオ・アーティストや俳優、脚本家として欧米で活躍してきた人で、今回が長編映画監督デビューとなる。よく人違いされる自身の体験をもとに、脇役俳優の人生という、ありそうでなかった題材に挑んだそうだ。
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 だが、映画の出だしは軽快だが、ドラマの奥行きや幅が広がっていかない。なによりも、ヒロシの仕事現場が貧相なTVロケ地のみというのが物足りない。脇役が醸し出すペーソスやユーモアこそ、TVや映画界の構図を映し出すはずなのだけれど。スタジオなどの、ナマナマしい撮影現場が余り登場しないため、脇役の悲哀を掘り下げるまでに至らない。それに、ヒロシとアヤや父親ら、人物のからみが中途半端で、感情が突出しない。ヒロシが、意図せずに世話になってしまう婦人警官や、留置場の女性監視員との繰り返しギャグも平板。主演の益岡徹は「ガマの油」「真夏のオリオン」などの性格俳優で、今回が主演初挑戦。中年脇役の喜怒哀楽を、もっとテンポよく描けば、異色の軽コメディーになったはずなのに…。


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