わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

大竹しのぶの町おこしドラマ「女たちの都~ワッゲン オッゲン~」

2013-10-28 18:42:45 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img031 大竹しのぶの最新主演作が「女たちの都~ワッゲン オッゲン~」(10月26日公開)です。過疎化、高齢化、少子化、経済状態の悪化から衰退都市日本一とささやかれるという熊本県天草市牛深を舞台に、町おこしに挑む女性たちの姿を描いた作品だ。監督は、プロデューサーとして「パッチギ!LOVE&PEACE」「フラガール」などを手がけてきた禱映(いのりあきら)。上天草市出身の福田智穂が企画を担当、あまくさ映画製作支援の会が製作した。100年前には豊富な漁獲量を誇り、華やかな花街が栄えたといわれる海の町。そこで、町の活性化のために、女性たちが目論んだ計画とは一体なんだったのか?
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 ウツボ屋の女房・弓枝(大竹しのぶ)、スナックのママ・ゆり子(松田美由紀)、漁師の嫁・俊恵(西尾まり)は、天草で暮らす幼なじみの友だちだ。彼女たちは、財政も活気も先細っていく町をなんとか活性化させたいと思っている。だが、男たちは働かず、酔っ払っているばかりで、九州男児のプライドだけは高い。業を煮やした弓枝らが思いついたのは、築100年の元遊郭・三浦屋を使って料亭を再開、花街を復活させることだった。これが女の町おこし!? 離婚を機に東京から戻って来た春美(杉田かおる)も加わり、女にしかできないアイディアと行動力勝負の町再建計画が始まる…。
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 サブタイトル「ワッゲン-あなたの家  オッゲン-わたしの家」は、あなたの家も私の家も同じ、という地域コミュニティーのつながりの強さを現しているとか。町おこしドラマの中に、夫婦・親子関係などの糸が編み込まれる。店と家庭を切り盛りし、加えて花街復活に賭ける弓枝に反対する夫。彼はまた、学生である娘が熊本の風俗街で働いているという噂を聞き大激怒。俊恵は漁師のマザコン夫に嫁いで10年間子どもなしで、同居する義母との関係も一触即発状態。アネさんと慕われるスナックのママ・ゆり子は未婚のままで、いまや寄る年波には勝てず? 彼女らが、いざ新三浦屋の開店準備をしていると、市の職員が訪ねてきて、ここは“いわし博物館”にするからという理由で退去命令が下される。
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 さて、まず疑問になるのは、果たして遊郭復活が町おこしのパワーになるのか、ということ。全国から芸者候補の女性たちが集まってくるという設定だが、そのあたりの語り口が弱い。料亭再建のくだりも、どこかプロットがヤワだ。更に、反応を示すはずの町の人々の描写が少なく、弓枝以下のパワーが明確に出てこない。全体的に展開が表面的で、軽いコメディーといった感じ。料亭の営業は? 顧客は? 閉鎖問題はどうなるのか? いずれも結論が出ず。料亭再建騒動から、クライマックスは祭りの華やぎへ。新藤兼人監督の「一枚のハガキ」で大熱演を見せた大竹しのぶの表現も空回り。こうした構成の軽さは、脚本(南えると、禱映)に緻密さが欠けているからだろう。(★★★)


自主映画界の雄が完成させた力作時代劇「蠢動‐しゅんどう‐」

2013-10-23 17:35:04 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img030 三上康雄が製作・監督・脚本・編集を兼ねた「蠢動‐しゅんどう‐」(10月19日公開)は、久しぶりに見るダイナミックな時代劇です。三上監督のキャリアと意気込みがユニークだ。高校時代に自主映画製作グループを結成、関西自主映画界の雄と言われ、1982年に16ミリ時代劇「蠢動」を発表。以後、家業を引き継いで順調に業績をあげる。2011年、創業100年を機に自社の全株式を売却、事務所を立ち上げ、数千万円の製作費を全額負担し、劇場用時代劇である本作を製作した。その狙いは、「自分の観たい時代劇映画はない。だから、自分で創る」というもの。全編オールロケで正統派時代劇を完成させた。
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 ドラマの舞台は、享保の大飢饉から3年が過ぎた享保20年(1735年)、山陰の因幡藩(現在の鳥取県東部)。同藩は危機を乗り越えたかに見えたが、城代家老・荒木(若林豪)は、幕府から遣わされた剣術指南役・松宮(目黒祐樹)の不審な動きを知らされる。因幡藩には、剣術師範の原田(平岳大)がいた。幼い時に藩のため父を亡くした若い藩士・香川(脇崎智史)は、原田に全幅の信頼を寄せている。原田は、師弟関係にある香川の他藩への剣術修行の願いをかなえるために奔走する。そんな折り、荒木のもとに松宮から幕府に送られる密書入手の知らせが入る。幕府は、用水工事の資金調達のため因幡藩の内情を松宮に探らせていたのだ。いま隠し田や隠し蔵が判明しては、藩は改易・取り潰しの憂き目にあう。そこで荒木は原田に松宮暗殺を指令。その罪を、修行に出かけた香川にかぶせる…。
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 映画は、前半は藩内のやりとりの様子を緊迫感をもって描き、後半は雪中での活劇となる。家老・荒木の娘を妻にした原田。藩が父親を切腹に追い込んだと思い、他藩での剣術修行を願う香川。暗黙裡に権威を示す不気味な幕府の密偵・松宮。ひたすら藩の存続を第一とする家老・荒木…。そして、無実の罪を着せられた若侍・香川は、原田以下13名の討っ手に追われる。香川と討っ手との間で繰り広げられる雪中での殺陣の長回しシーンが迫力十分だ。いわば、権力(幕府・藩)の不条理と若き藩士との対決という構図。香川を追う剣術自慢の藩士たちの人間味も、よく描き込まれている。そして、緊張感あふれた映像と、倭太鼓飛龍の演奏による和太鼓の腹に轟く響きが、劇中の切迫感を盛り上げていく。
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 三上監督は、橋本忍脚本による「切腹」「上意討ち」「仇討」などの時代劇が好きだという。武士道と人間道を揺れ動く群像劇。それを観たいため、財産を投じて自分で創り上げた。ドラマの設定は、藤沢周平作品に共通する点が無いわけではないが、本作が突出しているのは秀逸なラストである。権力に追われた若き侍の雪中での断末魔の叫び。それが引かれ者の小唄にならない結末がいい。名もない若者の抵抗への共感。それは同時に、現代社会のありように対して発せられた警鐘ともいえる。映画界とは無縁の30数年の時を過ごした後、50代半ばになって目的を果たした自主映画監督の力作です。(★★★★)

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連載記事「昭和と映画」

今回のテーマは「ニューシネマからニュー・ハリウッドへ」


紛争で引き裂かれた2家族の感動ドラマ「もうひとりの息子」

2013-10-16 17:11:09 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img029 是枝裕和監督の「そして父になる」がカンヌ国際映画祭審査員賞を受賞して話題になった。テーマは、赤ん坊の取り違え問題。これと設定が似て、主題がまったく異なるのがフランス映画「もうひとりの息子」(10月19日公開)です。監督・脚本を手がけたのは、舞台脚本・演出で名をなし、映画は3作目となるユダヤ系フランス人女性ロレーヌ・レヴィ。赤ん坊の取り違えという問題の背後に、イスラエルとパレスチナの紛争をからめた力作になっている。2012年東京国際映画祭ではグランプリと最優秀監督賞をダブル受賞した。
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 テルアビブで暮らすフランス系イスラエル人のシルバーグ家。あるとき、18歳になった息子ヨセフ(ジュール・シトリュク)が兵役検査を受け、血液検査の結果、意外な事実が判明。彼は、母オリット(エマニュエル・ドゥヴォス)と父アロン(パスカル・エルベ)の実の子ではないというのだ。18年前、湾岸戦争の混乱の中、病院で別の赤ん坊と取り違えられていたのだ。やがて、その事実が相手側の家族に伝えられる。その相手とは、紛争の渦中にあり、ヨルダン川西岸地区で暮らすパレスチナ人のアル・ベザズ家。取り違えの対象になったのは次男ヤシン(マハディ・ザハビ)。母ライラ(アリーン・ウマリ)と父サイード(ハリファ・ナトゥール)は戸惑いを隠せず、長男ビラル(マフムード・シャラビ)は怒りをあらわにする。やがて壁で隔てられた2家族は、混乱の渦中に引きずりこまれる。
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 生みの親を取るか、それとも育ての親を選択するか。結論の出ない、あるいは結論の明らかなドラマを成立させている要素は、イスラエルとパレスチナとの紛争だ。自治区に封じ込められ、ユダヤ人入植地と分離壁の存在で、双方は検問所を通らなければ往復できない。交流を始めた2家族の困惑と戸惑いと怒り。母親同士は、悲しみながらも心を通わせる。だが父親同士は、紛争相手を受け入れられない。ビラルは、実の弟と思っていたヤシンに反発し、ヨセフを受け入れる。では、実際に取り違えられた息子同士はどうか? ヨセフの将来の夢はミュージシャンになること。ヤシンはパリで学び、医師を目指して大学入学資格試験に合格したばかり。彼ら当事者である若者たちは、すぐ互いに交流を始める。
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 映画は、イスラエルとパレスチナの現状をリアルかつ日常の寓話としてとらえながら、その上で家族の絆と苦悩を織り上げていく。無言の対立を続ける父親たち、コミュニケーションを取り始める母親たち、そして子供たちのレベルでの対話。世代や立場にのっとって、それぞれのレベルでの民族問題が展開されていく。フランス、パレスチナ、イスラエルと異なる背景を持つ俳優たちが繰り広げる、個々人の愛と苦悩の描写が秀逸だ。レヴィ監督は、「イスラエルのユダヤ人、イスラエルで暮らすパレスチナ人、西岸地区のパレスチナ人で編成されたスタッフが、脚本をより良いものにしてくれた」と語っている。
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 更に同監督は言う。「これは、異なる立場にいる両者が互いに手を差しのべることを描いた希望の映画」だと。それは、取り違えられた当事者たちには、なんらのわだかまりもないことに象徴される。ヨセフとヤシンは語り合う。事実を知ったとき、どんな気分だった?「君と同じさ、たぶん」。パレスチナ人だったと知って、憎しみを感じた?「全然、感じない」。つまりレヴィ監督は、取り違え問題を通して、イスラエルとパレスチナの未来を新しい世代と女性の手に託しているのだ。息が詰まるような展開だが、そのヒューマンな語り口に好感が持てる。ヨセフとヤシンはそれぞれ自立していくが、果たして両家族はひとつに融合できるのか? 憎悪と戦いが生み出す現代の混乱に、ひとつの光明を示す素敵な寓話ではある。(★★★★★)


あれから10年…「キッズ・リターン 再会の時」

2013-10-10 14:43:13 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img028 北野武監督の「キッズ・リターン」(1996年)は、ほろ苦い青春映画だった。主人公は、落ちこぼれの同級生シンジとマサル。高校生活が終わると、シンジはボクサーに、マサルはヤクザの道を選ぶ。その道の頂点をめざし、別々の世界に飛び込んだふたりだが、理想と現実のギャップや壁にぶつかり挫折する、というドラマ。彼らのその後の物語が「キッズ・リターン 再会の時」(10月12日公開)です。原案はビートたけし、監督は「キッズ・リターン」「ソナチネ」などで北野作品の助監督を務め、「チキン・ハート」などの監督作でも知られる清水浩。シンジとマサルが10年ぶりに再会するところから物語が始まる。
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 その後、会うこともなく10年が過ぎ、ふたりはうだつのあがらない生活を送っている。シンジ(平岡祐太)はボクシングに情熱を傾けられず、ジムもやめて惰性的にアルバイトをこなす日々。いっぽう、刑務所から出所したばかりのマサル(三浦貴大)は、うらぶれたヤクザの道に戻るしかない。そんなある日、彼らはふとした偶然から再会し、互いのくすぶっていた心に火がつく。「見返してやろうぜ!」というマサルの言葉を胸に、再びリングにあがるシンジ。また、マサルのほうも、人生をかけた勝負に出ようとしていた…。
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 シンジが咬ませ犬として、格上の相手との試合を繰り返す日々を送る冒頭。また彼が、工事現場で警備員のアルバイトを漫然とこなし、同僚のダメおじさん(市川しんぺー)とユーモラスなやりとりを繰り広げるくだり。そして、この工事現場でシンジがマサルに出会うシーンなどが面白い。前作「キッズ・リターン」では、若き日の彼らが相乗りで自転車に乗る場面が印象に残っているが、今回もシンジが乗る自転車が象徴的な意味をもって登場する。やがてシンジは、努力の甲斐あって日本チャンピオン戦に出場。マサルは、落ち目となった昔気質のヤクザ親分(杉本哲太)のために、一か八かの賭けに出る。
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 1998年にビートたけしが発表した短編小説「キッズ・リターン2」を原案として、映画化が進められたという。裏取り引きが横行するボクシング業界と、ダメ・ヤクザの世界。そして、暗く、やり場のない青春像。だが、それは時代とのかかわりを持たずに進行し、いまやテーマ自体が古くなってしまっているようだ。加えて、北野監督流の映像作りを踏襲し、セリフまわしも同様で、ダメ青春像を切れ味鋭く描いた北野タッチの演出術からはほど遠い。後楽園ホールで行われたボクシングのファイトシーンは迫力があるけれども。(★★★+★半分)


“命をけずって書く”ということ「書くことの重さ~作家 佐藤泰志」

2013-10-05 17:19:17 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img027_2 2010年に公開されて話題になった熊切和嘉監督の「海炭市叙景」。原作者・佐藤泰志の故郷・函館をモデルにした“海炭市”を舞台に、そこに生きる人々の姿を力強く描いた群像ドラマだった。その原作者で、幻の小説家といわれた佐藤泰志(1949~1990)は、村上春樹や中上健次らと並び評されながら文学賞に恵まれず、1990年に自らの命を絶った。彼が小説を書くことに捧げた生きざまを、再現ドラマを交えて描いたドキュメンタリー映画が「書くことの重さ~作家 佐藤泰志」(10月5日公開)です。製作・監督を手がけたのは、ドキュメンタリー作家で、北海道苫小牧市出身、佐藤とは同世代の稲塚秀孝である。
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 映画は、佐藤の小説「きみの鳥はうたえる」が芥川賞候補になった1982年1月から始まる。函館の実家で選考結果を待つ佐藤。彼に対する地元の記者たちの初対面の記憶。東京・築地の料亭で行われる芥川賞の選考会議。結果は「該当作なし」。次に、映画は過去にフラッシュバックする。函館西高校時代の文学活動と、ワンパク時代。国学院大学に進み、同人誌を発行。学生結婚した佐藤は、卒業後、アルバイトをしながら作家への道を目指す。1970年代半ばから精神の不調を訴え、子供も生まれて4人家族となる。1982年以来、計5回、芥川賞候補になるが、受賞はかなわず。1988年から36篇の連作を構想した「海炭市叙景」を文芸誌「すばる」に断続的に掲載するが、半分の18篇で終了した…。
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 本編は、再現ドラマに数少ない佐藤の実写を交えて展開される。そして、「暗くボソボソッと喋る」という佐藤に対する記者たちの印象。また、吉行淳之介や開高健らの大作家たちが、築地の料亭で偉そうに候補原稿を値踏みする芥川賞選考会(このシーンのあざとさは、故意に作られたものかもしれない)。中でも興味深いのが、佐藤が「海炭市叙景」で1988年に廃止となった青函連絡船について書いているくだりだ。「両親は戦後からずっと真夜中の連絡船で青森へ行き、闇米を何俵も担ぎ朝の連絡船でトンボ返りし、朝市で売りさばいて生活の糧としてきた」。そして、大学入学のために上京した際に両親の職業を尋ねられ、いささかの誇りをもって闇米の担ぎ屋だと答えたが、あきれたような顔をされた、と。
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 稲塚監督は自ら小説家志望だっただけに、佐藤泰志に憧れを抱き、彼の実人生に興味を持ったという。その趣旨に賛同するように、スタッフとキャストが集まった。そして、語りを仲代達矢が担当、佐藤の母親役に加藤登紀子。また、仲代が主宰する無名塾の俳優たちが佐藤の人生の再現に力を入れた。再現ドラマ中、佐藤を演じたのは村上新悟。しかし、企画はユニークだが、佐藤の苦悩(暗いキャラ)がツッコミ不足。彼と時代との格闘をもっと鮮明に出してほしかったという気がする。それに、再現ドラマとドキュメンタリーは果たして融合するのか、という疑問も残る。ただし「命をけずって書く」という主要テーマ、佐藤が固執した孤高の精神には「肝に銘じるべし」と感じ入ります。(★★★+★半分)


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