わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

10年の沈黙を破るベルトルッチ作品「孤独な天使たち」

2013-04-27 17:40:43 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

44 イタリア人監督ベルナルド・ベルトルッチは、「暗殺の森」(70年)、「ラストタンゴ・イン・パリ」(72年)、「1900年」(76年)、「ラストエンペラー」(87年)などで国際的名匠としての地位を確立した。だが、2003年に「ドリーマーズ」を発表後、病魔に蝕まれて現場から遠ざかっていた。それが今回、10年ぶりの新作「孤独な天使たち」(4月20日公開)で復活を果たしました。イタリアの作家ニッコロ・アンマニーティの小説の映画化で、ベルトルッチは車椅子に座って、いつもとは異なる位置から映画を撮ることになった。加えて、イタリアの政情を嫌った同監督が過去30年で初めて母国語で撮影した作品だという。
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 主人公は14歳の少年ロレンツォ(ヤコポ・オルモ・アンティノーリ)。彼は、口うるさい母親や学校に問題児扱いされ、単独行動を好んでいる。あるとき彼は、秘密の計画を実行に移す。スキー合宿に参加すると嘘をついて、自宅があるアパートメントの地下室にこもって一週間過ごすことにしたのだ。食料も寝床も暖房もそろったその空間には、大好きな本と音楽と静寂が待っていた。ところが、至福の時間は2日目で意外な闖入者にかき乱される。美しく奔放な異母姉オリヴィア(テア・ファルコ)が転がり込んできたのだ。こうして始まった孤独な姉弟の共同生活は、ロレンツォの内部に新たな感情を呼び覚ます…。
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 いわば、外界から隔絶された密室で繰り広げられる閉所嗜好症の青春ドラマだ。ロレンツォの相棒は、ペットショップで購入した透明ケース入りの蟻の巣。そこに私物を取りに闖入したオリヴィアは、ドラッグ依存症。心に孤独と傷と抱いた姉弟は、はじめは互いにせめぎ合い、観察し合い、やがて奇妙な温もりを感じるようになる。多彩なカメラアングル、鮮明な色彩と、はっきりした明暗の差、ベルトルッチが創造する映像はさすがだ。ザ・キュアーやデヴィッド・ボウイの名曲も、主人公二人の心理を巧みに映し出す。また、姉弟を演じる無名の新人の演技も新鮮で、試行錯誤して成長していく姿を浮きぼりにする。
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 かつてベルトルッチの映画は、反ファシズム、不条理な政治状況に対する弾劾の姿勢に貫かれていた。そして同監督は「70歳を超えたいまも、若いキャラクターや彼らの生命力や好奇心をとらえる難しさに魅了され続けている」という。それでも、若い姉弟の内奥がイマイチ表現不足で、意図不明な点もある。家庭や社会に対する不信なのか、現代へのアンチテーゼを示そうとしているのか? 私的には、ベルトルッチの時代はもう終わったと思うのだが、いかがなものか。この新作公開と並行して、デビュー作「殺し」(62年)、「革命前夜」(64年)、「ベルトルッチの分身」(68年)が上映されています。(★★★+★半分)


リアル・ファンタジーの傑作「ハッシュパピー/バスタブ島の少女」

2013-04-23 17:43:12 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

19 アメリカのインディペンデント映画から傑作が誕生しました。29歳の新人監督ベン・ザイトリンが手がけた「ハッシュパピー/バスタブ島の少女」(4月20日公開)です。ザイトリンはニューヨーク生まれ。作曲家やアニメーターとしても活躍。短編映画製作を経て、本作で長編デビュー。サンダンス映画祭グランプリ、カンヌ国際映画祭ではカメラドール(新人賞)などを受賞。今年行われた米アカデミー賞でも、監督・作品を含む4部門でノミネートされた。現在は、多くの野生動物とともに米ルイジアナ州ニューオーリンズで暮らしているというが、そんなバックグラウンドが作品に反映されているようだ。
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 主人公ハッシュパピー(クヮヴェンジャネ・ウォレス)は6歳の少女。彼女は、世界の果てのようなコミュニティー“バスタブ”で父親ウィンク(ドワイト・ヘンリー)と暮らしている。ハッシュパピーには特殊な能力があった。動物と会話ができること、予知能力があること。そして、いつか自然の秩序が崩壊し、氷河に閉じ込められた獰猛な野獣が眠りから覚めることを恐れている。あるとき、100年に一度といわれる大嵐がバスタブに襲いかかる。ハッシュパピーは、一晩バラック小屋に身を潜め、何とか難を逃れる。だが、今度は、たった一人の家族である父ウィンクが重病で倒れてしまう…。
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 河川近くの閉鎖的なコミュニティー、バスタブ。ハッシュパピーの母親はいなくなって久しく、父親は酔ってバカ騒ぎを繰り返すばかり。二人は、近くの小屋に別々に住んでいる。だが、自然の中で動物の鼓動を聞いたりして、ハッシュパピーの暮らしは活気にあふれている。南極では氷山が崩壊。子供たちは、自然淘汰の仕組みや、地球の温暖化、更に生態系の変化によってバスタブに存続の危機が迫ることを教えられている。そんなときに襲ってきた水害で、コミュニティーの人々は強制退去を命じられる。ハッシュパピーがこの災難をくぐり抜け、氷河から目覚めた野獣たちに対峙するシーンが見どころだ。
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 原案となったのは、ザイトリン監督の友人ルーシー・アリバーの戯曲。二人は、幼い少女を主人公にしたこの作品の舞台を、米南部ルイジアナの地盤沈下する地域にした。主眼は、人間とともに失われていく土地を描くこと、そしてウィンクの死と並行して彼の故郷の消滅も描くこと。ドラマは、ハッシュパピーの言動とモノローグを通して地球の崩壊と再生を幻想的につづっていく。バスタブの人々の家が氾濫した流れに乗って漂流するくだりは、まるでノアの方舟のようだ。それでも、ハッシュパピーはじめ人々は、生きるためのひたむきさと明るさを失わない。そして、氷河から目覚めた野獣たちとの交流。
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 作品の底に流れるのは、自然のバランス、動物たちとの対話、家族や隣人との愛、それに文明に対する嫌悪だ。自然破壊と、水没する人間社会、貧困と為政者の無策。こうした厳しい現実を神話的な目線で語る手法が、いままで見たこともないような映像を生み出す。加えて、ハッシュパピーを演じる少女クヮヴェンジャネ・ウォレスの自然児ぶりが何ともいえず可愛い。ルイジアナ生まれの彼女は、撮影時小学校3年生。4,000人の候補者から選ばれ、米アカデミー賞史上最年少で主演女優賞にノミネート。他の映画賞でも新人賞を得た。まるでタンポポみたいなヘアスタイルと、飄々とした面ざし。現代の占い師ともいうべき彼女の口から語られる、この世の破滅と再生の予言に真実がこめられる。(★★★★★)


4人の人気女優が風に舞う!「ペタル ダンス」

2013-04-18 17:33:11 | インポート

18 宮﨑あおい、忽那汐里、安藤サクラ、吹石一恵、4人の若手人気女優が「ペタル ダンス」(4月20日公開)で共演しています。監督・脚本・編集を手がけたのは、CM出身で映画「好きだ、」(06年)で注目された石川寛。題名の「ペタル」とは「petal:花びら、花弁」のことだそうです。彼女らの旅を淡々とスケッチしたロードムービーで、心の触れ合いや、若い女性が抱える孤独感、胸の隙間を埋めようとする心理の移ろいが描かれていきます。
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 学生時代からの友達、ジンコ(宮﨑)と素子(安藤)は、気になる噂を耳にする。6年間会うことがなかったクラスメートのミキ(吹石)が、地元に帰って自ら海に飛び込んだというのだ。そのため、ふたりはジンコがたまたま出会った原木(忽那)と一緒に、一命を取りとめたというミキが暮らす故郷に向かう。北の果てにある風の街へ…。彼女らは、それぞれ胸に傷を抱えている。ジンコは、ボーイフレンドとの関係に屈折した思いを抱く。素子は夫と別れた。原木は、なぜか自殺に興味を抱いているらしい。そんな彼女らが北を目指してドライブするうちに、互いの心を通い合わせ、あるいはそれぞれの思いに沈む。
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 北の海と空、そして風。カメラは、灰青色のくすんだ映像で女子たちの心象風景をとらえる。石川監督は、脚本をベースにしつつ、撮影現場で生成されるものを大事にする演出姿勢を持つという。つまりは、ある意味で女優たちに即興演技を求めるわけだ。結果、哀しみや不安を抱えた女性たちの等身大の姿が生き生きと描き出される。たとえば、吹石一恵は「演出?エチュード?ドキュメント? いまだかつて出会ったことのない演出方法に、はじめは戸惑うばかりでした」という。海辺をさ迷い歩き、それぞれのモノローグを紡ぎ出すヒロインたち。寒々とした風景に向かい合う彼女らを映し出す映像が新鮮です。
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 しかし、映画全体を支配するのは、女子たちの心の空洞とツブヤキしかありません。これが、いまの女の子らしさというものか。すべてが、灰色の風景に溶かされていく。彼女らを取り持つのは、間(ま)や表情、そして仕草。最後に、3人は入院中のミキに会い、彼女が飛び込んだ場所を目指して海に向かう。更に言えば、ジンコのボーイフレンド(風間俊介)や、素子の元夫(安藤政信)も存在感がうすい。原木の前から姿を消した親友(韓英恵)は、こんなことを語る。「風に乗って飛んでいるものに願いごとを言うと、願いがかなうんだって」―すべてが風まかせの、おぼろげな青春像のようだ。(★★★+★半分)

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連載記事「昭和と映画」

今回のテーマは「フランス・ヌーヴェルヴァーグの衝撃」


ケン・ローチ監督、逆転の発想とは?「天使の分け前」

2013-04-13 18:45:36 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

17 ケン・ローチ(1936~)は、国際的に評価の高いイギリスの監督です。これまで、階級差別が際立ち、貧富の差が激しいイギリス社会を背景に、下層階級の生活の苦しみを描き続けてきた。代表作は、「ケス」(69年)、「リフ・ラフ」(91年)、「レディバード・レディバード」(94年)、「大地と自由」(95年)、「麦の穂をゆらす風」(06年)などで、そのほとんどが国際賞を受賞している。新作「天使の分け前」(4月13日公開)も、2012年カンヌ国際映画祭で審査員賞を獲得しました。今回は、職の無い最下層の若者たちの絶望と団結、再生への道を、ユーモラスなタッチでリアルにとらえている点が特色です。
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 舞台は、スコッチ・ウイスキーの故郷スコットランド。グラスゴーで暮らす若者ロビー(ポール・ブラニガン)は、育った環境のせいでケンカ沙汰が絶えない。彼は最近もトラブルを起こすが、恋人との間に子供が生まれることに免じて、刑務所送りの代わりに社会奉仕を命じられる。彼は、そこで指導者として働くウイスキー愛好家のハリー(ジョン・ヘンショー)をはじめ、同じく社会奉仕を命じられた3人の仲間に出会う。ハリーにウイスキーの奥深さを教えられたロビーは、これまで眠っていた“テイスティング”の才能に目覚める。ある日、100万ポンド(約1億3,700万円)もする樽入り超高級ウイスキーがオークションに出品されることを知ったロビーは、仲間たちと一世一代の大勝負に出る…。
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 主人公ロビーを演じるポール・ブラニガンは演技経験がなかったが、脚本家ポール・ラヴァティがリサーチの過程で彼と出会い、ローチ監督に抜擢された。役柄と同様グラスゴー育ちで、かつては不良グループの一員でコミュニティ・センターの仕事をしていたという。気弱そうな面立ちだが、一度キレると手が付けられない主人公をリアルに好演。ローチ監督は、こうしたフレッシュな顔ぶれを4人の若者に選び、撮影の際には脚本を渡さず、ほとんど即興演技をさせたという。こうした演出の姿勢が、生き生きとした若者たちの生態をとらえることになり、独特の新鮮なリアリズムの雰囲気を醸成していくのだ。
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「昨年末、イギリスにおける失業中の若年層が初めて100万人を超えた。我々は、いまを生きる若い世代の多くが空っぽの未来に直面している問題について物語を作りたいと思った」とローチは言う。少年刑務所を出所したばかりのロビーは、恋人と赤ん坊のために人生を立て直したいが、職も家もない上に、彼女の父親に結婚を反対され、加えて宿敵につけ狙われている。ほかの仲間3人も、同様の身の上だ。指導者のハリーは、そんな彼らをウイスキーの蒸留所見学に連れ出し、彼らの未来を手繰り寄せてあげようとする。
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 さて、題名の「天使の分け前」とは、どういう意味か? それは、ウイスキーなどが樽の中で熟成されている間に、年間2パーセントほどが蒸発して失われる分のことだという。結果、10年もの、20年ものと年数を重ねるごとにウイスキーは味わいを増すが、それとともに天使の分け前も増していく…。さてさて、ロビー一行は、この分け前にあずかるために、はるばるとオークションが行われる北ハイランドの蒸留所までヒッチハイクで出かけて行くのだ。一体、彼らの目論見とはナンだ? 男3人、女1人の一行が、目くらましのために、キルトのスカートをはいて旅するくだりが愉快きわまりない。
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 作品全体を支える要素は、社会の底辺に充満する暴力と盗みの世界、警官をはじめとする権威への嫌悪、それらを逆手にとってワルを肯定する語り口。それらが、若者たちのフレッシュなキャラを通してユーモラスにつづられていく点が、いままでのローチ作品とは趣を異にする。その行き着く先にあるのは“希望”。こんな社会に絶望せず、したり顔で理想的な生き方を若者に説教することもせず、ワルをワルのまま受け入れて未来を見通してみせるローチ監督のアプローチはしたたかだ。ラスト、艱難辛苦(?)の果てに、ロビーがテイスティングの職を得て、妻子と旅立つくだりが爽やかな感動を呼ぶ。(★★★★★)


スリラーの神様の素顔とは?「ヒッチコック」

2013-04-08 18:30:40 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

4 アルフレッド・ヒッチコック監督(1899~1980)は、生涯最高のヒット作「サイコ」(1960年)で億万長者になったという。だが背景には、創作者としての駆け引きや苦悩、妻アルマとの葛藤があった。そんな製作のバックグラウンドを映画化したのが「ヒッチコック」(4月5日公開)です。原作は、ジャーナリスト、スティーヴン・レベロ著「ヒッチコック&メイキング・オブ・サイコ」。ヒッチコックの人間性や、妻との関係、ハリウッドでの映画製作の舞台裏がシンプルで明快な筆致で描かれていて、楽しい仕上がりになっています。
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 1959年、ヒッチコック(アンソニー・ホプキンス)は「サイコ」の製作に挑んでいる。46本の作品を世に出し、60歳になっても唯一無二の映画を作りたかったのだ。そんな彼が目をつけたのは、実在の凶悪殺人犯エド・ゲインを描いた小説「サイコ」。しかし、刺激的な題材だったために映画会社には出資を断られ、映倫の許可も下りない。ヒッチコックは自己資金で製作を開始するが、撮影はトラブル続き。味方であるはずの妻アルマ(ヘレン・ミレン)は、魅力的な脚本家との共同執筆に熱中し夫婦関係まで揺らぎ始める。ヒッチコックはプレッシャーから倒れるが、妻の助けで何とか映画は完成。だが、第1回の試写の評判は最悪。やがて互いの関係を見つめなおした夫妻は、逆転劇に向かって立ち上がる…。
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 冒頭、「北北西に進路を取れ」(1959年)で反響を呼んだヒッチコックが、「もう60歳、そろそろ引き時では?」という記者の質問に顔を歪ませる。そして、妻アルマに「資金も時間も無くて、知恵を絞った頃の楽しさと解放感をもう一度味わいたい」と訴える。そのセリフには、映画を心から愛する者の思いがこもる。結果、邸宅を担保に自己資金80万ドル、30日間の撮影で製作。監督のギャラはナシ、配給するだけというパラマウント映画社や、有名なバスルームでのシャワー殺人場面にダメ出しをする映倫との駆け引き。それに、ヒッチコックの妻への嫉妬や、ブロンド女優を偏愛する彼に対する妻の不満がからむ。
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 当時、すでにヒッチコックは名声を得ていたが、米アカデミー監督賞を一度も獲得していないことを気にしている。また太り過ぎも悩みだが、酒と美食は止められない。いっぽう、妻アルマ・レヴィルは優れた映画編集者で脚本家。厳しいアドバイザーとして、ヒッチコックが信頼するパートナーでもある。「サイコ」でも脚本に手を入れ、夫が倒れた際には撮影所で指揮をとり、自らフィルムの再編集をする。この夫妻のやりとりが微笑ましい。また、ジャネット・リー役にスカーレット・ヨハンソン、ヴェラ・マイルズ役にジェシカ・ビール、アンソニー・パーキンス役にジェームズ・ダーシーという配役にも胸が躍る。
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 監督は、脚本家・ドキュメンタリー作家として評価されたイギリス出身のサーシャ・ガヴァシ。彼の作品を愛するプロデューサーに、並み居る監督候補を押しのけて抜擢され、本作で長編劇映画監督デビュー。その直截な映画作りが、「聡明なヒッチコックの複雑で傷つきやすい内面と、ヒッチとアルマの関係が印象的」と語るプロデューサーの意向をみごとに反映している。「サイコ」日本公開の際にも、ヒッチコック自身によって「途中から入場しないこと」「エンド・タイトルが出たら、スクリーン前のカーテンを閉めて場内を30秒間だけ暗くして下さい」というような注文があったと思う。また、それが宣伝効果にもつながった。生涯、あらゆる角度から映画の娯楽性を追求した男。それが、アルフレッド・ヒッチコックである。(★★★★★)

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連載記事「昭和と映画」

今回のテーマは「映像の魔術師フェリーニとヴィスコンティ」


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