最近、邦洋を問わず、高齢化社会をテーマにした映画が目立つ。韓国映画「拝啓、愛しています」(12月22日公開)は、そんな中でも傑作の一つです。原作は、07年に出版された韓国のオンライン漫画家カン・プルのベストセラー・コミックス。翌年には舞台化され、90パーセントという記録的な座席率を維持、韓国の主要劇場の最高売り上げを達成したそうだ。今回の映画化に当たって、監督を担当したのは、高齢化社会に関する問題意識を持つというチュ・チャンミン。このあと、イ・ビョンホン主演の歴史劇「王になった男」(日本では03年2月に公開)が控えている期待の俊英監督です。
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映画は、雪に覆われた冬の路地裏から始まる。ソウルの住宅街をバイクで走る老いた男マンソク(イ・スンジェ)。彼は、牛乳配達のアルバイトをしながら引退生活を送っている。その朝、彼は、リアカーで古紙回収の仕事をしている同世代の女性イップン(ユン・ソジョン)が転んだところを助ける。それがきっかけで彼女の存在が気になり、毎朝の出会いを心待ちにするようになる。他方、イップンのリアカーを預かる駐車場の管理人グンボン(ソン・ジェホ)は、二人の行方を温かく見守る。グンボンは認知症の妻を献身的に介護し、妻の行方不明事件を機会にマンソクとも親しくなる。ドラマは、人生の黄昏時に出会い、心を触れ合わせていく二組の男女をめぐる悲喜こもごもの愛を見つめていく。
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なによりも、登場するキャラクターの設計がみごとで、俳優たちの個性も実に豊かだ。妻を失って孫娘と暮らし、口が悪く短気だが、内実は人情に厚く心根が優しいマンソク。地方から駆け落ちしてきた相手に捨てられたあげく、子供を失くすという不幸を体験、身寄りもなく文字も書けないというイップン。毎朝、坂の上にバイクをとめてイップンが現れるのを待つマンソク。彼は、区役所に赴いてイップンの生活保護手続きをしてやり、やがて彼女に愛を告白する。だが運命は、二組の男女に過酷な行く手を用意している…。チュ・チャンミン監督は、貧しい下町の庶民の触れ合いを背景に、老いの問題を凝視、老人と若い世代、家族の関係を、じっくり、しんみり、かつユーモラスにスケッチしていく。
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人間、老いて残り少ない人生となったら、残されたものは、愛と互いへの思いやりしかありません。孤独な人間が、孤独な人を思いやり、愛と痛みを分け合うこと…。認知症の妻を抱えるグンボンは子供たちから見放されているが、代わりに生活保護を得たイップンが介護を手伝うようになる。そして、マンソクとグンボンの間にも男同士の友情が生まれる。高齢者同士の助け合いも、冷酷な社会環境に対する対処の一手段でしょう。そして、行く手に待ち構えるのは、彼らの愛すら無視するような死という現実。映画は、登場人物それぞれの過去や家族関係をフラッシュバックさせながら、決して避けて通れない高齢化問題を、笑いと涙とともに巧みに浮かび上がらせていきます。(★★★★+★半分)
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連載記事「昭和と映画」
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