わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

ほっこり、心温まる老いらくの恋「拝啓、愛しています」

2012-12-27 18:57:05 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Photo 最近、邦洋を問わず、高齢化社会をテーマにした映画が目立つ。韓国映画「拝啓、愛しています」(12月22日公開)は、そんな中でも傑作の一つです。原作は、07年に出版された韓国のオンライン漫画家カン・プルのベストセラー・コミックス。翌年には舞台化され、90パーセントという記録的な座席率を維持、韓国の主要劇場の最高売り上げを達成したそうだ。今回の映画化に当たって、監督を担当したのは、高齢化社会に関する問題意識を持つというチュ・チャンミン。このあと、イ・ビョンホン主演の歴史劇「王になった男」(日本では03年2月に公開)が控えている期待の俊英監督です。
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 映画は、雪に覆われた冬の路地裏から始まる。ソウルの住宅街をバイクで走る老いた男マンソク(イ・スンジェ)。彼は、牛乳配達のアルバイトをしながら引退生活を送っている。その朝、彼は、リアカーで古紙回収の仕事をしている同世代の女性イップン(ユン・ソジョン)が転んだところを助ける。それがきっかけで彼女の存在が気になり、毎朝の出会いを心待ちにするようになる。他方、イップンのリアカーを預かる駐車場の管理人グンボン(ソン・ジェホ)は、二人の行方を温かく見守る。グンボンは認知症の妻を献身的に介護し、妻の行方不明事件を機会にマンソクとも親しくなる。ドラマは、人生の黄昏時に出会い、心を触れ合わせていく二組の男女をめぐる悲喜こもごもの愛を見つめていく。
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 なによりも、登場するキャラクターの設計がみごとで、俳優たちの個性も実に豊かだ。妻を失って孫娘と暮らし、口が悪く短気だが、内実は人情に厚く心根が優しいマンソク。地方から駆け落ちしてきた相手に捨てられたあげく、子供を失くすという不幸を体験、身寄りもなく文字も書けないというイップン。毎朝、坂の上にバイクをとめてイップンが現れるのを待つマンソク。彼は、区役所に赴いてイップンの生活保護手続きをしてやり、やがて彼女に愛を告白する。だが運命は、二組の男女に過酷な行く手を用意している…。チュ・チャンミン監督は、貧しい下町の庶民の触れ合いを背景に、老いの問題を凝視、老人と若い世代、家族の関係を、じっくり、しんみり、かつユーモラスにスケッチしていく。
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 人間、老いて残り少ない人生となったら、残されたものは、愛と互いへの思いやりしかありません。孤独な人間が、孤独な人を思いやり、愛と痛みを分け合うこと…。認知症の妻を抱えるグンボンは子供たちから見放されているが、代わりに生活保護を得たイップンが介護を手伝うようになる。そして、マンソクとグンボンの間にも男同士の友情が生まれる。高齢者同士の助け合いも、冷酷な社会環境に対する対処の一手段でしょう。そして、行く手に待ち構えるのは、彼らの愛すら無視するような死という現実。映画は、登場人物それぞれの過去や家族関係をフラッシュバックさせながら、決して避けて通れない高齢化問題を、笑いと涙とともに巧みに浮かび上がらせていきます。(★★★★+★半分)

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スーパーマンがホラー・ヒーローに!?「ディラン・ドッグ/デッド・オブ・ナイト」

2012-12-23 16:09:51 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

27 映画は芸術だ、メッセージだ!…などと言いつつ、B級SFやホラーも大好きなんだよなぁ。アメリカ映画「ディラン・ドッグ/デッド・オブ・ナイト」(12月22日公開)の原作は、イタリア人コミック作家ティツィアーノ・スクラヴィの大ヒット・グラフィックノベル「Dylan Dog」。主人公ディラン・ドッグは、闇の世界と通じる私立探偵。モンスターたちが人間界でひそかに暮らしているという設定で、ディランはアンデッドにかかわる仕事を扱う。そして、普通の人間なら近寄らない場所にも出向き、恐怖に立ち向かう。
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 映画は、米ニューオーリンズの一軒家から始まる。若い女性エリザベス(アニタ・ブリエム)が食事の準備をしていると、天井から鮮血が滴り落ちてくる。2階には、惨殺された父親の死体が。事件解明のため、彼女が頼ったのは私立探偵ディラン・ドッグ(ブランドン・ラウス)。闇の世界から引退していた彼は、一度は依頼を断るが、親友マーカスが殺されゾンビとなったことで調査に乗り出す。行く手に立ちはだかるのは、ヴァンパイア、ゾンビ、狼人間…死後も活動する超自然的な“アンデッド”たち。そして、事件の鍵となる邪悪な力を持つ美術品をめぐって、戦いが始まる…。
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 ヒーローのディラン・ドッグに扮するのは、なんと「スーパーマン リターンズ」(06年)で鉄の男を演じたブランドン・ラウス。だから、旧シリーズに主演したクリストファー・リーヴに似た容貌の肉体派スターだ。彼が、昔ながらのモンスターとかかわり、本当のモンスターは人間なのではないか、というジレンマに陥るところがミソだ。しかし、アイデアは面白いけれど、プロットが子供だましで、単なる怪物アクションになっている。なによりも、ゾンビという存在にミステリアスな魅力がない。もっと、人間世界にひそむ日常の中の恐怖という要素を生かせたらリアリティーを出せたのでは、と思うのだけれど。
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 監督は、日本未公開のアニメーション「ミュータント・タートルズ-TMNT-」のケヴィン・マンロー。彼は、「ゴーストバスターズ」「メン・イン・ブラック」「ゴースト・ハンターズ」といったジャンルを混ぜ合わせた映画が好きだという。登場するモンスターにはCGIキャラクターを使わず、古典的特殊メイクを用いたそうだが、それが陳腐な効果しか生まない。B級ホラー&SFといえば、「ザ・フォッグ」や「ニューヨーク1997」「ゴースト・ハンターズ」のジョン・カーペンター監督を思い出す。制限された製作費の中で、ギャラの安い俳優を使って、いかに面白い映画を創り出すか。そうしたカーペンターの流儀が、本作には欠如しているように思われます。(★★★)


ノーベル賞作家アルベール・カミュの原点とは?「最初の人間」

2012-12-19 18:28:36 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

26「異邦人」「ペスト」などで知られるフランスのノーベル賞作家アルベール・カミュ(1913~1960)は、46歳の若さで自動車事故のため、この世を去った。その際、鞄から発見された執筆中の小説「最初の人間」は、30年以上の歳月を経て、1994年に未完のまま出版されて大きな反響を呼んだという。フランスに住む作家が、生まれ育ったアルジェリアに帰郷するという物語の設定。それは紛れもなく自伝であり、カミュの創作の原点を知る上で大きな事件だった。2013年に迎えるカミュ生誕100年を記念して、イタリアの名匠ジャンニ・アメリオが、ついにこの「最初の人間」を映画化しました(12月15日公開)。
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 1957年夏。40代半ばの作家コルムリ(ジャック・ガンブラン)は、老いた母親が一人で暮らす、生まれ育った土地アルジェリアを訪れる。仏領のこの地では、独立を望むアルジェリア人とフランス人の間で激しい紛争が起こっていた。そんな中でも、母(カトリーヌ・ソラ)は変わらぬ生活を送っており、息子の帰郷を喜ぶ。そしてコルムリの心は、かつての少年の日々に還っていく。父は若くして戦死、厳しい環境の中でコルムリを育ててくれた母、厳格な祖母、気のいい叔父、彼らはみな文字が読めなかった。そんなコルムリを文学の道にいざなってくれた恩師、そしてアルジェリア人の同級生のこと。思い出が去来する一方、現実の状況が当時とかけ離れてしまったことを、コルムリは目の当たりにする。
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 よく出来た望郷ドラマだが、重点は別にある。作家として成功を収めたコルムリは、政治的な発言をすることを避けてきた。仏領アルジェリアを認める側でもなく、アルジェリアの民族独立派でもなく、彼はアラブ人とフランス人が共存できる可能性を求めた。「作家の義務は、歴史を作る側ではなく、歴史を生きる側に身を置くこと」というのが、彼の主張だ。アルジェリアに到着したコルムリは学生たちに熱狂的に迎えられ、大学の討論会に出席することになる。だが彼は、保守派とリベラル派の怒号と喝采に包まれる。「分裂ではなく団結せよ。だがテロには反対である」。いわば、アルジェリア人でもありフランス人でもあるコルムリの苦悩と試行錯誤の軌跡が、カミュの原点として浮きぼりにされるわけだ。
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 劇中フラッシュバックされるコルムリの少年時代の描写が新鮮だ。父親を第一次大戦で失い、貧しく無教養な家庭で育つという生活環境。彼がフランス人というだけで喧嘩をふっかけ蔑視する級友。新聞工場で働くコルムリを進学させるために努力を傾ける担任教師。そんな思い出をたどるコルムリが入ったカフェで、映画「悲しみよこんにちは」(1958年)でジュリエット・グレコが歌った主題歌が流れるシーンが印象に残る。「(カミュが持つ)二重性は、我々の時代の衝突や社会に密接にかかわっている」とジャンニ・アメリオ監督は言う。共存主義者であり平和主義者であったカミュ。そんな彼の心理の揺れ動きをとらえる感傷的な語り口。それは、故郷を失った者への挽歌でもあるのだろうか。(★★★★)


ウディ・アレンの異色コメディー「恋のロンドン狂騒曲」

2012-12-15 17:55:54 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

25 ウディ・アレンは、60代半ばから70代を迎えた2000年代も、ほぼ年に1本の創作ペースを保ち、拠点をニューヨークからヨーロッパに移した現在も健在ぶりを示している。彼の作品は、冒頭のクレジット・タイトルからクラシックな映画のスタイルを保ち、上映時間は1時間半余、軽妙な語り口が見る者を安心させてくれる。だが、創作の軽さが時々弊害となり、平凡なコメディー作りになることもある。しかし、彼が「ミッドナイト・イン・パリ」(11年)の前に手がけた「恋のロンドン狂騒曲」(12月1日公開)は傑作だ。ロンドンを舞台に、世代の異なる2組の夫婦の試行錯誤を通して愛と人生の皮肉をつづっていく。
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 老齢になったアルフィ(アンソニー・ホプキンス)は、死の恐怖に襲われたことをきっかけに若返りの特訓に励み、妻ヘレナ(ジェマ・ジョーンズ)を捨てて金髪のコールガールを恋人にする。一方、長年連れ添った夫に去られたヘレナは、占い師のインチキ予言にとらわれ、オカルトに執着する初老の紳士と心を通わせる。更に、アルフィとヘレナの娘サリー(ナオミ・ワッツ)と、売れない作家ロイ(ジョシュ・ブローリン)との夫婦関係にも危機が迫る。サリーは勤務先のギャラリーのオーナー、グレッグ(アントニオ・バンデラス)に胸ときめかせ、ロイは自宅の窓越しに見かけた赤い服の美女の虜になっていく。
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 現実の生活に対する幻滅と不安。それらを押しのけるために、人間が抱く未来への妄想と失意。スポーツカーを乗り回し、ジムと日サロに通い、バイアグラが必需品となったアルフィは、若い恋人の浪費辟と浮気に悩まされる。サリーは、友人にグレッグをさらわれる。ロイは、事故で死んだと思われた友人の小説を盗み、成功するように思われたが、友人の意識が戻って、心ここにあらず。よく考えると重いテーマを、アレンは軽いタッチのコメディーとして描く。別のよりよい愛と生活を求めようとしてバタバタする男女の姿が生み出す笑い。それは、彼らが人生の苦みを知るまでの爽やかな風刺ドラマに昇華される。
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 スパイスが効いた各キャラクター、マジカルなセリフの応酬。これらは、まさにアレンの真骨頂。彼は言う。「登場人物はみな、人生に意味を見つけようと駆け回ったり、野心や成功、愛を見つけようとする。常にカオス。いまから何年も先には太陽が燃え尽きて地球は消滅し、更にその先には宇宙全体もなくなる。永遠なんていうものは決して存在しない。すべては響きと怒りなんだ」。こうしたビジョンを抱きながら、映画を撮り続ける理由を、アレンは「気分転換。恐ろしい考えから気を紛らわせてくれる」と語る。ナルホド、ナルホド、創作も愛も、この末世から逃れるため、ということにも一理あるよね。(★★★★)

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今回のテーマは「迫力!ワイドスクリーン・ブームの到来」


家族とは何?「アナザー・ハッピー・デイ/ふぞろいな家族たち」

2012-12-11 15:34:23 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

23「レインマン」で米アカデミー監督賞を得たバリー・レヴィンソンの息子サム・レヴィンソンが、「アナザー・ハッピー・デイ/ふぞろいな家族たち」(12月1日公開)で監督デビューしました。製作時26歳、本作の脚本を24歳で書き始め、サンダンス映画祭で脚本賞を受賞した。彼は、これまで父親の作品で俳優としても活躍。脚本を手がけた「極秘指令ドッグ×ドッグ」(09年)で出会ったベテラン女優エレン・バーキンの協力を得、彼女自身プロデューサーと主演を買って出てくれたという。肉親の生と死、対立、侮蔑、性、醜悪さをあけすけに描いたクレージーな家族の群像ドラマという点がユニークだ。
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 ドラマは、主人公リン(バーキン)が、前夫との間に生まれた長男の結婚式に出席するため、現在の家族を連れて久しぶりに実家に戻るくだりから始まる。だが、そこで待っていたのは、ケンカ別れした前夫(トーマス・ヘイデン・チャーチ)と、彼の現在の妻(デミ・ムーア)や、ぞんざいな態度をとる母親(エレン・バースティン)、そして噂話が好きな親戚たちの嫌味な言動だった。久々に一堂に会しながら、互いが抱える悩みや問題をまったく受け入れようとしない、わがままで身勝手な家族たち。やがて、それらはさまざまな不満やストレスとなり、結婚式当日、大騒動を巻き起こす引き金となる…。
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 名優たちが演じるキャラクターが面白い。リン自身は情緒不安定、母親は神経衰弱気味、父親(ジョージ・ケネディ、懐かしい!)は認知症を患い、前夫は自分本位、その妻はド派手、前夫との間の娘(ケイト・ボスワース)は自傷行為症、現在の夫との間の上の息子(エズラ・ミラー)はドラッグ中毒、下の息子は自閉症、という具合。まともなのは(?)、リンのいまの夫(ジェフリー・デマン)と、今回結婚する前夫との息子ぐらい。とりわけリンが、結婚する息子をめぐって前夫の妻といがみ合ったり、母親に蔑視されたりするくだりがスリリング。こうした悲喜劇は、ハチャメチャなドラッグ中毒の息子(エズラ・ミラーが好演!)の目を通して展開する。そりゃ、リンも情緒不安定になってしまうだろう。
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 サム・レヴィンソンが、身辺の肉親たちの姿を反映させたのかどうかは分からないが、極端にカリカチュアライズさせた家族の群像といっていい。いわば“ハダカの(?)動物園”。あるいは、ブルジョワ・ファミリーに対する断罪とでもいえようか? レヴィンソン・ジュニアの演出は、やや演劇的。こんな人間関係なのに、やりとりに厳しさが足りない点があり、お遊び的なハリウッド臭も匂う。そのあたりが物足りなく、この物語をきっちり整理して舞台化したら、きっとナマナマしい争闘のドラマになるのでは? 「生よりも、死が人を結びつける」とは、エズラ演じる幻覚息子のセリフだ。 (★★★+★半分)


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