わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

ハーレムの少女の再生への道のりを描く「プレシャス」

2010-04-27 17:12:23 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img268 アメリカ映画「プレシャス」(4月24日公開)は、監督も主演女優も無名の独立系作品だが、全米公開とともに大ヒット、かずかずの賞を受賞した異色作です。ドラマの舞台は、ニューヨークのハーレム。とんでもなく太っていて、読み書きもできない無知な16歳の少女の、偏見と虐待と貧困との闘いを生活感たっぷりに描いている。原作は、ニューヨークを拠点に活動する作家、サファイアの小説デビュー作。監督は、「チョコレート」(01年)の製作者、リー・ダニエルズ。なによりも、ヒロインの少女プレシャスを演じるガボレイ・シディベのキャラクター造形が最高。ハーレムに住む彼女は、大学で心理学を学びながら電話オペレーターをしていた時にスカウトされた演技経験ゼロの人。でも、米アカデミー賞やゴールデン・グローブ賞などで主演女優賞にノミネートされたほどの名演を見せます。
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 1987年のハーレム。少女クレアリース・プレシャス・ジョーンズは妊娠している。父親は、なんと自分の父。同時に彼女は、母親からも虐待を受けている。そのため、残酷な現実から逃避するかのように、常にキレイになって、もてはやされる自分を妄想する。あるとき、妊娠していることが学校に知られ、プレシャスはフリースクールに通うことになる。そして、読み書きを覚えると同時に、子供や教師や友人を愛することで、人生に生きる意味を見出していく。この作品は、単に黒人(アフリカ系アメリカ人)の過酷で残酷な運命を告発するだけでなく、一人の少女が希望を得て再生していくまでの姿を、リズミカルにつづって、いままでの人種問題を主題にした映画とは一線を画した作品になっています。
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 この映画を支えるために結集した人々の多彩な顔ぶれも話題だ。製作総指揮が、人気エンターテイナーのオプラ・ウィンフリー。企画に賛同した世界的ポップスター、マライア・キャリーとレニー・クラヴィッツがゲスト出演。プレシャスの母親を演じたモニークは名コメディエンヌで、本作では米アカデミー賞やゴールデン・グローブ賞で助演女優賞を獲得した。原作者のサファイアは、1983年から10年間ハーレムに住み、10代の若者から大人までに読み書きを教えていたという。原作は、その時の体験をもとに書かれたそうだ。肉親からの虐待や、周囲からの蔑視に抵抗し、己の道を歩むプレシャス。最後に彼女は衝撃の現実に突き当たるが、その劇的な運命はアメリカの陰の部分を象徴しているようです。

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チューリップの風情


サンゴ礁再生に挑んだ実話の映画化「てぃだかんかん」

2010-04-24 17:38:49 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img262 養殖サンゴの海への移植・産卵を世界で初めて成功させ、07年環境大臣賞・内閣総理大臣賞を受賞した金城浩二さんと家族の足跡を映画化したのが、李闘士男監督の「てぃだかんかん-海とサンゴと小さな奇跡-」(4月24日公開)です。沖縄出身の金城さんは、98年に沖縄沿岸のサンゴの大規模な白化を目の当たりにして、軌道にのっていた飲食事業を人手に譲り、サンゴの養殖を仕事にすることを決意。さまざまな試行錯誤の結果、05年に、養殖して移植放流していたサンゴの産卵に成功したといいます。
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 映画は、この金城さんをモデルにした金城健司(岡村隆史)が、故郷・沖縄に戻って幼なじみの由莉(松雪泰子)と結婚するところから始まる。彼が久しぶりに潜った沖縄の海は、開発や温暖化の影響で、サンゴ礁が30年前にくらべて90パーセントも死滅。それを見た金城は、単独でサンゴの養殖と移植という試みに挑む。そして、移植技術の追求、学会からのバッシング、漁師との葛藤、産卵の失敗、莫大な借金、開発業者からの誘いといった多くの困難を乗り越えていく。映画では、この試練のくだりや、家族とのドラマが、やや感傷的に描かれているけれども、その自然保護・再生への努力には頭がさがります。
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 とりわけクライマックス、夜の海でのサンゴ産卵シーンが感動的です。李監督(「デトロイト・メタル・シティ」)は、この場面の撮影に苦労したとか。産卵時期は5月下旬から6月上旬で、夜8時から12時まで、このときは例年より2週間以上も遅れたという。毎晩、現場を見に行き、やっと撮影に成功したそうです。出演者では、不器用な金城の行動を批判しながらも温かく見つめる母親に扮した原田美枝子が、いい味を出している。沖縄の離島めぐりをすると、グラスボートでサンゴ礁や熱帯魚を見物できるけれども、そうした美しい自然を保護するためには、金城さんのような存在があるのだと改めて認識した次第。タイトルは、「てぃだ(太陽)」が「かんかん」照りという意味の沖縄言葉だそうです。


爽やかな青春映画「武士道シックスティーン」

2010-04-22 18:03:08 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img261 古厩智之(ふるまや ともゆき)監督(兼共同脚本)の「武士道シックスティーン」(4月24日公開)は、剣道部に身を置く二人の女子学生を主人公にした爽やかな青春映画です。原作は誉田哲也の同名小説で、ヒロインらの対照的なキャラクターが見どころ。3歳から鍛錬を積んできた剣道エリートの香織(成海璃子)は、ある大会で無名選手の早苗(北乃きい)に敗れ、彼女を追って強豪校に入学。だが、再会した因縁の敵・早苗は、ほぼ実績ゼロ、剣道は楽しむというモットーを持つお気楽少女だった。やがて、敗因を突き止めようとして早苗の力を引き出そうとする香織、そのおかげで真剣勝負の面白さにめざめる早苗。剛と柔、正反対の性格を持つ二人の間に、奇妙な友情と、心の交流が生まれる…。
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 厳格な父親のもとで剣道一筋に生き、勝つことにしか興味がなく、昼休みには鉄アレイを片手に宮本武蔵の「五輪の書」を読むという香織。彼女は、「要するにチャンバラ・ダンスなんだよ、お前の剣は!」と早苗を評する。一方の早苗は、純粋に剣道が好きで、自分が楽しむために鍛錬を続けてきた。そして、「勝つためだけに剣道やってるの? それって寂しくない?」と香織に問いかける。この二人が、悩み傷つきながら、互いに補完しあって心身ともに成長していく姿が描かれる。単なるスポ根ドラマではなく、香織と早苗が決して姿勢を曲げることなく、自分の道を歩んで行く過程に好感が持てる。硬質な容姿の香織を演じる成海璃子と、可愛い笑顔を絶やさない北乃きいが、好キャラクターを見せます。
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 古厩監督は、92年「灼熱のドッジボール」でPFF(ぴあフィルムフェスティバル)グランプリを受賞。以後、「ホームレス中学生」(08年)など等身大の青春映画を手がけてきた。なによりも、画面の展開のキレのよさが心地いい。対抗試合の模様も、ヒロイン二人の離合も、彼女らの家庭環境の説明も、きわめてあっさりと、さりげなく描いていく。それでいて展開がスリリングなのは、主人公たちの間に決して妥協という言葉が存在しないせいでしょう。それは、近頃流行の若い世代の集団ドラマ、甘え感覚に満ちた、説明過多の、でれでれした作品とは、まったく異なるドラマ作りといってもいい。こうした確固とした映画作家としてのスタンスが、いまの日本映画界には不可欠な要素だと思います。

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色彩が楽しいビオラ


3Dでよみがえる特撮アドベンチャー「タイタンの戦い」

2010-04-19 19:22:19 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Titan_1_1a 1981年に製作された冒険ファンタジー「タイタンの戦い」(デズモンド・デイビス監督)が、ルイ・ルテリエ監督(「インクレディブル・ハルク」)によって3D映画としてよみがえりました(4月23日公開)。物語の舞台は、古代ギリシャ世界。人類の傲慢さに怒った神々が、人間世界を滅亡させようと襲ってくる。それに対して立ち上がったのが、神と人間との間に生まれた男ペルセウス。愛する家族を殺され復讐を誓う彼の前に、神々が創り出した数々の恐るべき魔物-メデューサ、スコーピオン、クラーケンらが立ちふさがる…というストーリー。映画少年の心を持つファンにとっては、空想を刺激される作品です。
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 81年版では、SFX担当のレイ・ハリーハウゼンのダイナメーション方式による怪獣モデルアニメの特撮合成シーンが見どころだった。今回は、「ハリー・ポッター」や「バットマン」シリーズのニック・デイビスが視覚効果監修を担当。翼で空を飛ぶペガサス、毒蛇の毛髪を持つメデューサ、巨大なサソリに似たスコーピオン、凶暴な怪物クラーケンなど、ギリシャ神話上の魔物やクリーチャーが3Dで創造された。ペガサスにまたがったペルセウスが空中を飛翔して怪物たちに戦いを挑むくだりや、見た者を石に変えるというメデューサの首を切り落としてクラーケンに立ち向かうエピソードが迫力十分で、ワクワクします。
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 ペルセウスを演じるのが、「アバター」のサム・ワーシントン。スピルバーグの「シンドラーのリスト」で共演した名優、リーアム・ニーソンが人類の創造主ゼウスに、レイフ・ファインズが冥界の王ハデスに扮しているのも話題。監督のルテリエはフランス出身。「1981年の『タイタンの戦い』は、子供の頃、大好きな映画のひとつだった。ファンタジー映画として初めて見た映画。あれを見たときは、ただもう圧倒された」とか。3D映画といえば、かつて画面から矢が飛んでくる西部劇「フェザー河の襲撃」(53年)や、恐怖映画「肉の蝋人形」(53年)などの刺激的な作品を見たけれど、最近の「アバター」「コララインとボタンの魔女」「タイタンの戦い」などのファンタジーも、なかなか楽しいですね。

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可憐なたたずまいの水仙


ベニチオ・デル・トロが「ウルフマン」に挑戦

2010-04-17 18:30:39 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img260 若い頃は、ホラー映画の2本立て、3本立てを、よく見に行ったものだ。といっても、スプラッタやゾンビ映画ではありません。「吸血鬼ドラキュラ」「フランケンシュタイン」「ミイラ男」「狼男」といった類いのホラー。今回、その中の「狼男」が「ウルフマン」として映画化された(4月23日公開)。プロデューサーも兼ねて主演したのは、過激な個性派俳優のベニチオ・デル・トロ。彼も、子供の頃は、この手の映画ばかり見ていたという。下敷きになったのは、1941年のロン・チャニー・Jr.主演作「狼男」(日本劇場未公開。のちに「狼男の殺人」の題名でTV放映)で、切り裂きジャックの話も取り入れられたとか。
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 物語の舞台は19世紀末の英国。人気俳優ローレンス(デル・トロ)が、兄行方不明の知らせを受けて生家のタルボット城がある村に帰郷、疎遠だった父ジョン(アンソニー・ホプキンス)の冷たい出迎えを受ける。そして、無残に切り裂かれた兄の死体と、兄の婚約者グエン(エミリー・ブラント)に対面し、犯人の捜索を開始。やがて、謎の殺人鬼が村に出現して人々に襲いかかり、ローレンスも瀕死の重傷を負う。その殺人鬼こそウルフマンであり、傷つけられたローレンスもウルフマンに変身して、人々を襲うようになる…。
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 チェ・ゲバラから狼男まで、ベニチオ・デル・トロは、よくやるね。でも、彼が演じる狼男には、映画好きの心がにじんで見えます。特殊メイクとCGで変身したウルフマンの激しいアクションは見もの。監督のジョー・ジョンストン(「ジュラシック・パークⅢ」)は、ヴィクトリア朝時代のイギリスを再現、沈んだ画調で往年の「狼男」を彷彿させる演出を見せてくれます。むかし、ぼくたちが見たのは、異色俳優オリバー・リードのハマー・プロ作品「吸血狼男」(60年)などで、満月の夜に毛むくじゃらの狼男に変貌するシーンでは、思わずゾーッとしたものです。こうしたオリジナル・ホラーの精神が、今回の「ウルフマン」には息づいています。

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桜花の情景

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