アメリカ映画「プレシャス」(4月24日公開)は、監督も主演女優も無名の独立系作品だが、全米公開とともに大ヒット、かずかずの賞を受賞した異色作です。ドラマの舞台は、ニューヨークのハーレム。とんでもなく太っていて、読み書きもできない無知な16歳の少女の、偏見と虐待と貧困との闘いを生活感たっぷりに描いている。原作は、ニューヨークを拠点に活動する作家、サファイアの小説デビュー作。監督は、「チョコレート」(01年)の製作者、リー・ダニエルズ。なによりも、ヒロインの少女プレシャスを演じるガボレイ・シディベのキャラクター造形が最高。ハーレムに住む彼女は、大学で心理学を学びながら電話オペレーターをしていた時にスカウトされた演技経験ゼロの人。でも、米アカデミー賞やゴールデン・グローブ賞などで主演女優賞にノミネートされたほどの名演を見せます。
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1987年のハーレム。少女クレアリース・プレシャス・ジョーンズは妊娠している。父親は、なんと自分の父。同時に彼女は、母親からも虐待を受けている。そのため、残酷な現実から逃避するかのように、常にキレイになって、もてはやされる自分を妄想する。あるとき、妊娠していることが学校に知られ、プレシャスはフリースクールに通うことになる。そして、読み書きを覚えると同時に、子供や教師や友人を愛することで、人生に生きる意味を見出していく。この作品は、単に黒人(アフリカ系アメリカ人)の過酷で残酷な運命を告発するだけでなく、一人の少女が希望を得て再生していくまでの姿を、リズミカルにつづって、いままでの人種問題を主題にした映画とは一線を画した作品になっています。
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この映画を支えるために結集した人々の多彩な顔ぶれも話題だ。製作総指揮が、人気エンターテイナーのオプラ・ウィンフリー。企画に賛同した世界的ポップスター、マライア・キャリーとレニー・クラヴィッツがゲスト出演。プレシャスの母親を演じたモニークは名コメディエンヌで、本作では米アカデミー賞やゴールデン・グローブ賞で助演女優賞を獲得した。原作者のサファイアは、1983年から10年間ハーレムに住み、10代の若者から大人までに読み書きを教えていたという。原作は、その時の体験をもとに書かれたそうだ。肉親からの虐待や、周囲からの蔑視に抵抗し、己の道を歩むプレシャス。最後に彼女は衝撃の現実に突き当たるが、その劇的な運命はアメリカの陰の部分を象徴しているようです。
チューリップの風情