わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

アングラに生きるミュージシャンたち「たまの映画」

2010-12-30 19:02:14 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img378「たまの映画」(12月25日公開)って、なんだろう? と思っていたら、1980~1990年代に活動していたバンド“たま”のメンバーの解散後の今日の姿を追ったドキュメンタリーでした。“たま”は、1984年、石川浩司、知久寿焼、柳原幼一郎(現・陽一郎)の3人で結成。86年に滝本晃司が加入して、4人体制になる。88年には、伝説的なインディーズレーベル、ナゴムレコードに参加。89年、バンドブームを巻き起こしたTV番組「三宅裕司のいかすバンド天国」に出演。90年には「さよなら人類」でメジャーデビュー。前衛的かつ天才的な楽曲と歌唱力でスターダムに押し上げられた。だが、その後、時代にも環境にも媚びを売らなかった彼らは、次第にTVから姿を消して、03年に解散したという。
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 映画は、絶頂期から20年たった2010年現在、解散後もそれぞれの音楽を奏で続け、自らの道を歩む彼らの変わらない生きかたをとらえる。体力勝負のような破天荒なパフォーマンスを繰り広げる石川。ライブや舞台への楽曲提供も行っている滝本。ソロ活動のほかにTV、CMソング、演劇への歌唱提供を行い、大の昆虫好きでもあるという変わりダネの知久。ただし、95年に脱退した柳原だけは取材を拒否して出演していない。デビュー時は20代だった彼らも、もう40代後半。下町を行き、小さなライブ会場に出演し、インタビューに答える。ある時は、元メンバーと、またある時は同じ時代を生きたミュージシャンらとともに独自の音楽を表現し続け、自由かつマイペースに歩む3人のキャラを、カメラはとらえる。
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 監督・撮影・編集を手がけたのは、自主映画製作を続ける29歳の新鋭・今泉力哉。「TVに出ることが成功、お金があれば幸せ、いい会社に入れば安心、みたいなことは、すべてぶっ壊れてしまっている“いま”。そんな“いま”における本当の幸せとは、結局“やりたいことをやるだけ”じゃないだろうか」ということを、元たまのメンバーの生活から感じ取った、と同監督はいう。スター性を排除して、あくまでもアングラに生きるミュージシャンたち。彼らの演奏や生きかたを見ていると、孤独な思索家のような思いがする。ただし、“たま”の解散の理由、人間的な側面、音楽哲学などについては突っ込み不足で、柳原を含めたメンバー4人のかつての演奏フィルムも見たかった、などの不満は残るけれども…。
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 それでは、今年の「わくわくシネマパラダイス」は今回でジ・エンド。2011年も、しなやかな感性を持つシネアストたちを見守っていきたいと思います。
 映画を愛する同志のみなさん、よいお年をお迎えください!


ロック坊主がいても、いいじゃないか!「アブラクサスの祭」

2010-12-26 18:06:22 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img377 禅寺の若い僧侶が、お寺でロック・ライブを繰り広げる! 福島県の現役住職で芥川賞受賞作家・玄侑宗久の小説の映画化「アブラクサスの祭」(12月25日公開)のクライマックス・シーンです。かつてロック・ミュージシャンだった禅僧・浄念(スネオヘアー)は、音楽への狂おしい思いからノイズが聞こえるようになり、うつ病患者として入院した過去を持つ。僧になってからも薬を飲みながら、自分の“役割”を考え続けているが、思うような答えは出ない。やがて、音楽への思いが断ち切れていなかったことに気づいた彼は、町でライブをやりたいと思い始める。寺の住職・玄宗(小林薫)は良き理解者だが、地元でのライブには困惑気味。妻の多恵(ともさかりえ)も、浄念の体を気づかって大反対。だが、ある事件をきっかけに、浄念は自分をコントロールすることができなくなる…。
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 常識を無視して己に生きる青年・浄念が、クレージーな精神を貫き通すプロットが強烈です。舞台は、福島県の小さな町。冒頭、寺近くの高校から頼まれた進路指導講演会で、浄念が生徒たちに思わず「お前たちの進路なんか知らねえよ!」と言ってしまって、大失敗するくだりが笑わせる。煩悩を断ち切るどころか、自分のアイデンティティーすら見失い、現在と未来が見えずに悶々とする青年。そんな彼が、町中にライブのポスターを貼ったり、演奏会場を探したり。あげくのはては、協力者の自殺にショックを受け、自分もかつて自殺未遂を起こした海に出かけて行き、岩の上で狂ったようにギターを弾いて、迷いを断つくだりが強烈だ。そして「祈ることも、歌うことも同じことなのだ」と悟るのです。
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 この精神的な解放を願う浄念の姿は、現代人にとって共感できる感情なのではないだろうか。加えてクライマックス、バンドをひきいた浄念が、寺の前の畑の真ん中でロック・コンサートを開き、上半身裸で情熱を吐き出すシーンが痛快なカタルシスとなる。それはまた、地方の保守的な風土を切り裂いて、「ロック坊主がいても、いいじゃないか!」と思わせる。監督は、東京藝術大学大学院映像研究科出身で、撮影時29歳の新鋭・加藤直輝。全編、福島でロケ撮影され、街や法会や家庭の情景、人々の感情が、土地の土着性と結びついて丁寧に映し出されていく。また、悩み迷い、感情を鬱屈させる浄念を突き放したり、包み込んでみせたりする彼の妻役の、ともさかりえが好演。題名の「アブラクサス」とは、善も悪もひっくるめた神の名前で、「アブラカタブラ」の語源ともいわれているそうです。


警視庁本部内で人質籠城事件発生!「相棒-劇場版Ⅱ-」

2010-12-23 16:37:34 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img376「相棒」シリーズは、相変わらずスリリングで面白い。その理由は、ストーリーが理詰めで展開されることと、なによりも、しっかりしたディスカッション・ドラマになっているからだと思います。最新映画化版「相棒-劇場版Ⅱ-警視庁占拠!特命係の一番長い夜」(12月23日公開)も、最初から最後までスリル満点。警視庁本部内で、幹部12名が人質になるという事件が発生。現場は機動隊とSITによって完全包囲。だが、犯人の動機や要求は不明。一発の銃声で強行突入が敢行されるが、犯人は絶命。人質たちの曖昧な証言などで謎は深まり、特命係の杉下右京(水谷豊)と神戸尊(及川光博)が事件解決に乗り出す…。
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 警視庁本部内で人質籠城事件が起きる、などというあり得ない状況が、計算しつくされた構成で解き明かされていく語り口に釘づけになります。キーワードは、公安、外事、チャイニーズ・マフィア、警察庁との権力争い、などなど。上海マフィアを船の中に追いつめる冒頭から、事件の元凶を断罪するラストまで、息つぐひまもありません。そんな中で、邪魔者扱いされた右京と尊が、寡黙な行動を続けて事件の核心に迫っていく。右京以下、登場人物が陰影深く魅力的、人物関係や謎の解明部分もわかりやすく、しっかりと緊迫感あふれる展開になっている。いままでの和製ドラマにはなかった映像感覚だと思います。
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 脚本担当は、「相棒」の生みの親である輿水泰弘と、前作をヒットさせた戸田山雅司。監督も、前作に続いての和泉聖治。出演陣も、水谷&及川という名コンビに加えて、鑑識課員・米沢守役の六角精児ほか、岸部一徳、國村隼らの名優たち、加えて宇津井健、品川徹らのベテランも登場。また、事件の鍵の一端を担う警察学校出身の警視庁総務部装備課主任に扮する小西真奈美が、妖しげな魅力を発揮。配役も、隅々まで個性的な役者ぞろいです。2000年のドラマ初放送から数えて、10周年を迎えた好評シリーズの最新映画化版。なんといっても、続編・続々編が流行の昨今、一話完結というスッキリ感がいいですね。


キム・ハヌルが大アクションで魅せる!「7級公務員」

2010-12-21 17:51:47 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img382 キム・ハヌルといえば、思わずハッとするような美貌と容姿に惹きつけられる韓流女優です。モデル出身で、TVドラマや映画で清純派として人気を獲得。映画では、「同い年の家庭教師」(03年)や「彼女を信じないで下さい」(04年)などのラブコメ作品で活躍。08年に出演したTVドラマ「オンエアー」では、気むずかしいトップ・スター、オ・スンアに扮して話題になった。その彼女が、まるで<007>ジェームズ・ボンドを思わせるスパイ・アクションを展開するのが、新作の韓国映画「7級公務員」(12月18日公開)だ。ベテランの国家情報員を演じるため、ハヌルは乗馬、射撃、フェンシング、ジェットスキーなどによるアクションに加えて、相手をあざむくための日本語までマスターしたという。
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 ハヌルが演じるのは、国家情報院・国内産業保安チーム所属要員となって6年目のベテラン・エージェント、スジ。変装はもちろん、射撃、潜入、尾行などはお手のもので、ミッション成功率100パーセントが自慢。だが、私生活では正体を明かすことができない特殊な職業なので、彼氏のジェジュン(カン・ジファン)は一方的に海外留学に行ってしまう。その3年後、産業スパイを追っている最中、スジはジェジュンに再会。国際会計士になったという彼氏は、実はロシア留学から戻り、国家情報院・海外部門所属要員になったばかりだった。その後、二人は互いの正体を知らずに、何度も捜査現場で鉢合わせする…。
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 スジが花嫁衣装でターゲットを追い、モーターボートを疾駆させる冒頭から迫力十分。いっぽう新米情報員のジェジュンは、不器用で失敗ばかり。この対照的な男女エージェントの仕事ぶりと、彼らの恋のなりゆきがアクション・ラブコメのタッチで描かれる。ジェジュン役のカン・ジファンは、05年の「がんばれ!クムスン」でブレイク。映画では「映画は映画だ」(08年)で脚光を浴びた。甘いマスクで、複雑な男心(?)をコミカルに演じてのける。監督は、日本の小説を原作とした「黒い家」(07年)で商業映画デビューしたシン・テラ。なにやらブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリー共演の「Mr.&Mrs.スミス」を思わせるストーリーだけど、徹底したエンターテインメント追及の姿勢が痛快です。


愛の混沌を追いつめる異色作「ばかもの」

2010-12-17 23:21:30 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img375 芥川賞作家・絲山秋子の小説の映画化「ばかもの」(12月18日公開)は、異色の愛のドラマです。監督を手がけたのは、平成「ガメラ」3部作や、「デスノート」(06年)などの金子修介。どん底まで堕ちる男女の愚かしさを、1999年から2009年の10年間にわたって見つめ、原作の持つ原始的ともいえる生命力や官能に迫ります。いままでエンターテインメント作品が多かった金子監督としては珍しく、リアルで苦い人生ドラマであり、ラブストーリーでもある。「甘やかされた<ばかもの>を突き放して、人間関係の変化を経て、ラストには自分の力で生き直そうと思えるようにしたかった」と、同監督は言います。
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 主人公は、群馬県・高崎市に住む19歳の大学生・ヒデこと大須秀成(成宮寛貴)。彼は、ぶっきら棒で奔放な、27歳のおでん屋の娘・吉竹額子(内田有紀)と初体験し、彼女にのめりこんでいく。だが突然、額子は一方的にヒデを捨てて結婚。ヒデは、呆然としたまま学校を卒業し、就職する。そして新たな恋もするが、心の中の空しさはつのるばかりで、いつしかアルコールに頼るようになって自己崩壊していく。一方、額子は事故で片腕を失って離婚。出会いから10年後、二人は再会する。身体が不自由になり、人生に疲れた額子の姿にたじろぎながらも、彼女への思いを強めていくヒデ。やがて、忘れたくても忘れられなかった二人の10年間に及ぶ“不器用な愛”は、不思議なエンディングを迎える…。
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 セックスとアルコールで人生を見失うヒデ。とことん堕ちていく彼を演じる成宮寛貴の演技が壮絶。また自由奔放で、自己破綻したあげく、最後までセックスにこだわる額子役の内田有紀のキャラも強烈。映画は、己をつかみきれない男女のバカさかげんを、とことん追いつめていく。それに対して、この二人の生きかたを批判したり、いさめたりする友人や家族のモラルは平凡で類型的。この対比が、逆に主人公の男女の浮き草人生にひそむ真実を浮きぼりにしていく。いいかげんさの中にある不器用で真実な愛。同時に、この作品は、ヒデをめぐる女性たちの群像劇でもあり、10年間に及ぶ彼らの浮き沈みの人生の節目に入れられるスーパーインポーズが、それぞれの時代に対するユーモラスな批評の目にもなる。究極の愛の表現と、自己規制がせめぎあうカオスのドラマといっていいでしょう。


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