わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

現代アメリカ史の暗黒面を衝く!「バイス」

2019-04-20 13:19:42 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

 “バイス”とは、“Vice-President”(副大統領)のことで、更に“悪徳・邪悪”という意味もあるそうです。アダム・マッケイ監督・脚本の「バイス」(4月5日公開)は、現代米国政治史において最も謎に包まれた人物、第46代副大統領ディック・チェイニーにスポットを当てた異色作である。2001年9月11日に起こった同時多発テロ事件では、大統領ジョージ・W・ブッシュを差し置いて、イラク戦争へと国を導いた陰の立役者になった。彼は、ニクソン政権から始まり、ジェラルド・フォード政権のもと、史上最年少の34歳で大統領首席補佐官となり、議員を5期務めた後、1989年にジョージ・H・W・ブッシュ(パパ・ブッシュ)の国務長官に選ばれる。そして、ハリバートン社のCEOを2000年に辞し、ジョージ・W・ブッシュの副大統領となった(2001~2009年)。彼は、大統領を操って強大な権力をふるい、アメリカをイラク戦争へと導く。このアメリカ史上最強で最凶の副大統領は、誰も気づかないうちにアメリカと世界の運命を最悪のものに変えてしまったといわれる。                     

  1960年代なかば、酒癖が悪く、ろくでなしの青年ディック・チェイニー(クリスチャン・ベール)は、のちに妻となる恋人リン(エイミー・アダムス)に尻を叩かれ、政界への道を志す。型破りな下院議員ドナルド・ラムズフェルド(スティーヴ・カレル)のもとで政治の表と裏を学んだチェイニーは、次第に魔力的な権力の虜になっていく。大統領首席補佐官、国務長官の職を経て、ジョージ・W・ブッシュ政権の副大統領に就任した彼は、いよいよ入念な準備のもとに“影の大統領”としての力を振るい始める。そして、2001年9月11日に起こった同時多発テロの際、ブッシュ(サム・ロックウェル)を差し置いて危機対応にあたり、あの悪名高きイラク戦争へと国を導いていく。法をねじ曲げることも、国民への情報操作も、すべてを意のままにして。こうして、ディック・チェイニーは、幽霊のように自らの存在を消したまま、その後のアメリカと世界の歴史を根こそぎ塗りかえてしまった……。                       

 チェイニー役のクリスチャン・ベールが熱演を見せる。かつての青春スターが、ふてぶてしく不気味、腹黒さを秘めた雰囲気を醸し出しているのが見どころ。彼は、約20キロにも及ぶ体重の増量、一度あたり5時間近くを要する特殊メイクを施して、約半世紀にわたるチェイニーの軌跡を体現したという。リチャード・ニクソン、ジェラルド・フォード、ロナルド・レーガン、ジョージ・H・W・ブッシュ、その息子で無邪気な青二才のジョージ・W・ブッシュ…歴代大統領のもとで力を培ったチェイニー。それが、9:11を機会にイラク、オサマ・ビンラディン、ISとの戦いを開始する策略を講じる。チェイニーを支えた妻のリンは、文学博士号を持つ著述家であり、その他でも華やかなキャリアを誇っている。ところが、次女メアリーが思春期に同性愛者であったことが判明し、チェイニーは大統領への道を断念し、一時巨大石油会社のCEOになる。野望家で陰謀家の光と影がみごとに交錯していく。                       

 演出は歯切れよく、時代を交互に並行させて進行していく。とりわけ、作品の底から湧き上がるブラック・ユーモアで、怪人政治家を笑いのめすくだりがユニークです。アダム・マッケイ監督は、コメディー集団“アップライト・シチズン・ブリゲイト”の創設メンバーであり、「サタデー・ナイト・ライブ」の脚本を手がけた。そして、映画界にも進出。クリスチャン・ベールとは、「マネー・ショート 華麗なる大逆転」(15)に次いでのタッグとなる。また、TV「マイケル・ムーアの恐るべき真実 アホでマヌケなアメリカ白人」(99)などの企画に携わっている。要は、政治の暗黒面を笑いのめす才にたけているわけだ。彼は語る―「リサーチをして、本当に驚かされた。最も驚愕したのは、チェイニーがいかに細かいところまで注意を払う人なのかということ。別のオフィスを持っていたり、メールが自動的に保存されないようにしていたり。彼は独特の天才で、官僚の天才だ」と。また「のちにブッシュのパパ(ジョージ・H・W・ブッシュ)も、“チェイニーがホワイトハウスに影の帝国を築くとわかっていたら、息子に彼を勧めたりはしなかった”と言ったんだ」と述懐する。                     

 チェイニーを通じて、こうした歴代の政権の流れを見てみると、マッケイ監督は明らかに、いまのドナルド・トランプの素性まで見据えているような気がします。その証拠に、同監督はこんなコメントを発している。「トランプに本当のパワーはない。彼が人の注意をほしがっている弱い奴だというのは、いつも明らかだ。そんな男が当選したのは、民主主義なんかクソくらえ、常識なんかクソくらえ、という人たちが投票したから。彼になったらメチャクチャになるのはわかっていたし、実際その通りになっている。だから僕は、彼に時間をかける価値はないように感じる。トランプには、イデオロギーというものが何もない。彼がやっているのは、民主主義に中指を立てることだ」と。まさに、無為無策のアホ・トランプの本質を言い当てている。この作品は、3月に公開されたロブ・ライナー監督の「記者たち-衝撃と畏怖の真実」と対をなしているといっていいと思います。ジョージ・W・ブッシュ政権が、大量破壊兵器を隠していると称してイラク戦争に踏み切る。それに疑義を呈した弱小新聞社の記者たちの苦闘。ひるがえって考えると、こうした政権の悪を見通して異議を申し立てるアメリカ映画があるということは素晴らしいことだと思います。(★★★★+★半分)


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