わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

伝説の女優・原節子、16歳の出世作「新しき土」

2012-03-28 18:15:05 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

3 原節子(1920~)は、戦前から戦後にかけて伝説となった人気女優です。エキゾチックな美貌と、日本女性の美徳とされていた謙譲さを備えた人。演技派というわけではないが、自らのキャラを素直に表現し、演じる役柄も幅広かった。「青い山脈」(49年)では地方の因習に立ち向かう女学校の先生役、「東京物語」(53年)では戦死した夫の両親に尽くす嫁の役を好演した。そして、1962年の「忠臣蔵/花の巻・雪の巻」出演を最後に、63年に映画界から引退。以後、神秘のベールに閉ざされた存在となり、“永遠の処女”と呼ばれた。
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 その原節子が16歳で主演した出世作で、日本初の国際合作映画(日独)「新しき土」(1937年)が75年ぶりに公開される(4月7日から)。原が演じるのは、旧家の主人・巌(早川雪洲)のもとで育った娘・光子。あるとき彼女のもとに、欧州留学を終えてドイツ人女性ジャーナリストと共に帰国した許嫁の輝雄(小杉勇)が戻って来る。だが、西洋の文化になじんだ輝雄は、許嫁という古い習慣に反発を覚えて悩む。そんな輝雄の変化に気づいて絶望した光子は、花嫁衣装を胸に抱き、噴煙を上げる険しい山に一人で登り始める…。
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 監督・脚本を手がけたのは、山岳映画で知られたドイツの巨匠アーノルド・ファンクと、日本の名匠・伊丹万作。日本各地でロケーション撮影が行われ、クライマックスは北アルプス上高地から焼岳の急峻な火山山域で撮影された。当時、ヨーロッパではナチス・ドイツが台頭、やがて日中戦争が起こり、第2次世界大戦が始まろうとしていた時代。本作でも日独が提携し、東西文化の落差が描かれ、戦争の臭いも漂う。巌と光子親子の家は家父長が支配する上流階級であり、農村出身の輝雄は社会の矛盾に気づく若い世代の象徴でもある。そんな中で原は、因習に忍従しながらも芯の強さも示す女性・光子を演じた。
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 またプロデューサーの一人が、映画の輸入配給会社・東和商事を設立し、日中戦争時は上海で中華電影の責任者をつとめた川喜多長政であった。原節子は、「新しき土」のプロモーションのため、川喜多長政・かしこ夫妻らと旧満州、ベルリン、ヨーロッパの主要都市、更にニューヨーク、ハリウッドをめぐる世界一周の旅をしている。映画のラスト、すべての思いを断ち切った輝雄と光子が結婚し、子供まで出来て、開墾地で土地を耕して働くくだりは、当時開拓民が送られた旧満州(中国東北地方)が舞台となっているようだ。そのころ行き詰まっていた日本人の夢の新天地、つまり“新しき土”である。
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 だが、この映画製作中、アーノルド・ファンクと伊丹万作との間に意見の食い違いが生じて、結果<日独版>(ファンク)と<日英版>(伊丹)の2バージョンの作品が作られた。今回公開されるのはファンク版だが、伊丹版も特別上映される。映画全体は富士山・桜・名所めぐりと、日本の美を強調した観光作品にもなっており、原題も「Die Tochter des Samurai」(侍の娘)と、いかにも欧米受けを狙ったきらいがある。また、光子が山の火口まで登って行き、身投げを予測させるクライマックスでは、彼女が和服姿で登山するという設定に首をかしげてしまう。だが、原節子の記念すべき作品であり、16歳だった当時でも、その魅力はすでに満開だったことは間違いありません。五つ星採点で★★★★。


あの篤姫が現代にタイムスリップ!「篤姫ナンバー1」

2012-03-23 19:03:22 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

2 江戸幕府第13代将軍・徳川家定の正室として知られる幕末の女傑・篤姫は、NHKの大河ドラマ「篤姫」でクローズアップされ、姫を宮﨑あおいが演じて人気を呼んだ。その篤姫が、江戸城の将軍家に輿入れする直前、現代にタイムスリップ。なんと、東京・銀座の高級クラブでホステスに転身、ナンバーワンを目指して大奮闘する…というトンデモナイ話が展開されるのが、つんく♂がエグゼクティブ・プロデューサーをつとめ、小中和哉が監督を手がけたコメディー「篤姫ナンバー1」(4月7日公開)です。
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 嘉永6年(1853年)、薩摩藩主・島津斉彬の養女となった篤姫(石川梨華)が、江戸城に向かう途中、自らの運命に抵抗しようとして箱根の山中で逃走をはかる。そのとき、謎の彗星が出現し、彼女は160年後の現代にタイムスリップ。彗星の観測に来ていたカップルのマンションに招かれ、その伝手で銀座の高級クラブのホステスとして働くことになる。そして、店のナンバーワン・アミ(吉澤ひとみ)と売り上げを競い合い、大企業の跡取り息子・俊太郎(菊田大輔)に心を惹かれるようになる…。
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 要するに、ドラマ「篤姫」のパロディーで、篤姫が現代文明にふれて衝撃的なカルチャーギャップを味わうところがミソ。篤姫を演じる石川梨華は「モーニング娘。」のOG。篤姫の御目付・タエに扮するのが、「モーニング娘。」の初代リーダー・中澤裕子。ライバルのアミを演じるのも、同OGで石川と同期の吉澤ひとみ。つまり、つんく♂ファミリー勢ぞろいというわけだ。石川梨華の二変化ぶりがなかなか可愛く、全体にまとまったコメディーに仕上がっている。また、とっきーが演じる篤姫のボディーガード、女忍者(くノ一)役が傑作だ。現代の銀座に潜み隠れて、篤姫に害をなす者を吹き矢でやっつけたり、イジワル・ホステスを「必殺」シリーズ風に懲らしめたりするくだりのアナクロぶりが笑える。
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 監督の小中和哉は、「七瀬ふたたび」(10年)などファンタジー&SFのジャンルで良い味を見せている。今回も、クラブのママ(秋本奈緒美)にミュージカル風に歌わせたり、篤姫の恋人・俊太郎に料理をさせたり、小味を利かせている。また、現代日本の女性上位ぶりを見た篤姫が「日本も、ずいぶん変わったものじゃ」と感心するくだりがテーマの一つになっている。だが欲をいえば、篤姫が味わうカルチャーショックを通じて現代を風刺する、という姿勢がいささか弱い。もっとも現代人のほうは、篤姫が銀座のど真ん中に現れても驚かないかも。もっと不気味な幽冥界人間が大勢出没しているからね。五つ星採点で★★★+★半分。


日本での実話に着想を得たダルデンヌ兄弟作品「少年と自転車」

2012-03-19 18:49:51 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

6 ベルギー出身のジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌの兄弟監督は、「ロゼッタ」(99年)と「ある子供」(05年)でカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞、同映画祭で5作品連続主要賞を獲得している名コンビだ。その作風は、庶民の視点に立って悲劇的な状況下から再生する人間を描くという姿勢に貫かれている。彼らの新作は、育児放棄された子供を主題にした「少年と自転車」(3月31日公開)で、第64回カンヌ国際映画祭グランプリを受賞した。03年に「息子のまなざし」のプロモーションで来日した際に、少年犯罪についてのシンポジウムで聞いた“赤ちゃんの頃から施設に預けられた少年が、親が迎えに来るのを屋根にのぼって待ち続けていた”という話に着想を得て製作された作品だそうです。
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 主人公は、もうすぐ12歳になる少年シリル(トマ・ドレ)。彼の願いは、自分を児童養護施設に預けた父親を見つけ出し、一緒に暮らすこと。あるときシリルは、美容院を経営する女性サマンサ(セシル・ドゥ・フランス)と出会い、週末だけの里親として彼女の家で過ごすようになる。彼は自転車で街を駆け回り、サマンサとともに父親を探し出すが、父には「二度と会いに来るな」と拒まれる。サマンサは、シリルが実の親に再び捨てられる姿を目の当たりにして、これまで以上に彼と真摯に向き合い始める。やがて、シリルの頑なな心も変化し始めるが、ある事件をきっかけにして、彼は窮地に追い込まれる…。
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 親から見放され、すべての大人に不信の眼差しを向け、犯罪に走るシリル。彼が、父親を求めて自転車で走り回る姿が切ない。一方、ふとしたことで彼と知り合ったサマンサは、恋人と袂を分かってでもシリル少年を守ろうと、善意で少年の心を癒そうとする。ダルデンヌ兄弟は、余計な解釈を加えずに、彼らの交流をシンプルかつ直截な演出でつづっていく。育児放棄→養護施設→里親→少年のあがき。こうした暗いドラマを、ダルデンヌ兄弟は、一陣の爽やかな風が吹き抜けるようなタッチで映像化している。「この映画を、おとぎ話のようなものにしたかった。悪者たちが少年の幻想を打ち砕いた後、サマンサが妖精のように現れる…」とジャン=ピエールが言うように、作品全体に作者の愛があふれている。
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 シリル少年に扮するのは、100人余りの候補者からオーディションで選ばれたトマ・ドレ。誰も信用できずに、反抗的な視線で街を疾走する姿が強烈な印象を残す。いっぽう、サマンサ役のセシル・ドゥ・フランスはベルギー出身で、「シスタースマイル/ドミニクの歌」(09年)で好演。パワフルで繊細なキャラクターが魅力的だ。彼女は言う-「ダルデンヌ兄弟の、現実や社会の描きかたは素晴らしいと思う。それに彼らは、ベルギーそのものです。彼らは、計り知れない繊細さをもって、私たちの国を描いています」。そして、ハートウォーミングなドラマの終局。そこには、社会を冷徹に断罪するよりも、はるかに強い説得力が満ちあふれているように思われます。五つ星採点で★★★★+★半分。
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「少年と自転車」公開を記念して、“ダルデンヌ兄弟特集上映”が開催されます。開催期間は3月24日~30日。開催場所は東京・渋谷のBunkamuraル・シネマ。「イゴールの約束」(96年)、「ロゼッタ」、「息子のまなざし」(02年)、「ある子供」、「ロルナの祈り」(08年)の5作品を上映。


静かなる終末サスペンス「テイク・シェルター」

2012-03-15 18:39:09 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Photo このところ、世界の終末をテーマにした作品が目立つ。アメリカ映画「テイク・シェルター」(3月24日公開)も、そんな作品のひとつだ。ただ他作品とちがうのは、ディザスター映画でもパニック映画でもなく、終末への予兆、予言ともいうべき出来事が、主人公の深層心理を通して静かなサスペンスとして展開される点にある。田舎町の工事現場で働く男カーティス(マイケル・シャノン)は、たびたび大災害の悪夢に悩まされるようになる。それは、近いうちに地球規模の天災が発生するという強迫観念に似た考えだ。その恐ろしいイメージは日ごとにリアルさを増していき、ついに彼は恐怖に憑りつかれてしまう…。
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 カーティスの頭の中で増殖するのは、巨大な竜巻、黄色い雨、空を覆う黒鳥の大群といったイメージだ。それは、果たして現実か妄想か? やがてカーティスは、自宅近くに避難用シェルターを作ることに没頭する。地中にコンテナを埋め、生活必需品を設置して作られる滞在型シェルター。彼の目的は、妻のサマンサ(ジェシカ・チャステイン)と耳の不自由な娘を災害から守ろうとすることだが、家族や友人は彼の行動に理解を示さず、不信感をつのらせる。このシェルター作りのプロセスが、ドラマの中核をなす。果たして、カーティスが人生を賭けて予告する大災害は、本当にやって来るのだろうか?
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 監督・脚本を手がけたのは、まだ30代前半の若手ジェフ・ニコルズ。彼は、本作の脚本を書き始めた08年夏、新婚一年目だった。だが、「公私ともに順調だったが、世界全体が困難な時代へ向かっているという考えに絶えず悩まされていた」そうだ。その結果、カーティスの被害妄想的な心の葛藤が生み出された。黒鳥の大群が空を覆うシーンは、アルフレッド・ヒッチコック監督の「鳥」を思わせる。終末ドラマの傑作「メランコリア」のラース・フォン・トリアー監督も、危機感に苛まれて鬱病を患ったという。世界の終末への不安は、現代の監督にとっては普遍的な主題らしい。昨年のカンヌ国際映画祭では、批評家週間グランプリはじめ三賞を得た異色作です。五つ星採点で★★★+★半分。

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寒空に 凛と輝く 梅の花

千葉県野田市の清水公園で

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森田芳光監督の遺作「僕達急行 A列車で行こう」

2012-03-12 18:25:57 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

3 昨年12月に亡くなった森田芳光監督の遺作が「僕達急行 A列車で行こう」(3月24日公開)です。同監督は「家族ゲーム」(83年)、「それから」(85年)、「(ハル)」(96年)、「失楽園」(97年)、「椿三十郎」(07年)、「武士の家計簿」(10年)など、さまざまなジャンルの作品に挑戦。その作風は、皮肉な人間関係に焦点を当てることにあったようだ。遺作は、軽く笑える青春コメディー。幼いころから鉄道ファンだった同監督が、十数年前から温めていたオリジナル企画だった。九州各地でロケを敢行、東京の部分を合わせて劇中に登場する電車の数は、合計20路線80モデル。全キャラクターが特急の名前になっている。
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 主人公は、のぞみ地所の社員・小町圭(松山ケンイチ)と、コダマ鉄工所の二代目・小玉健太(瑛太)。偶然出会った彼らは、互いに鉄道ファンということで、すぐ仲良しに。住まいにもトレインビュー(鉄道が見える景色)を望む小町は、コダマ鉄工所の寮に入るが、転勤で九州支社に行くことになる。九州には、のぞみ地所がなかなか口説けない大手企業の社長(ピエール瀧)がいたが、鉄道ファンだったことから小町や小玉と意気投合。仕事は好転するが、小町も小玉も恋のほうは一向にうまくいかず、ともに途方に暮れる…。
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 登場する多くの列車を見ているだけで、鉄道オタクは十分満足するはず。脇役陣も、のぞみ地所社長の松坂慶子、小玉の父親役の笹野高史、九州のガンコ地主を演じる伊武雅刀らが軽妙な演技を見せる。もう一点興味深いのは、小町と小玉がほとんど女性関係に縁がないこと。彼らに好意を示す女性は登場するのだが、二人の関心の的は鉄道だけ。なんだか男女関係に否定的な語り口は、森田監督の姿勢だったのか、などと思ってしまう。映画全体にショットの転換はスピーディーだけれど、ドラマのテンポがややゆるいのが惜しい。ともあれ森田監督は、日本映画に新生面を開いた人でした。五つ星採点で★★★+★半分。


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