わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

パラレルワールドを生きた男「ミスター・ノーバディ」

2011-04-30 19:49:10 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img420 人間は、自律的であれ他律的であれ、それぞれが選択した人生を歩んでいきます。でも、ふと過去を振り返り、あの人生の分岐点で異なる選択をしていたら、と思うことがありますね。それは、人生の無限の可能性を示唆している。ベルギー出身のジャコ・ヴァン・ドルマル監督は、新作「ミスター・ノーバディ」(4月30日公開)で、あらゆる可能性を生きる男を主人公にしています。いわば、パラレルワールドを生きる男。そして、“誰でもない男”。映画は過去と未来を交錯させながら、人間の頭脳にひそむ夢、思い出、望み、欲望などを映像の中で現実化し、不思議な不条理世界を観客の前に展開してみせます。
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 舞台は2092年。世の中は、化学の力で細胞が永久再生される不死の世界になっている。主人公のニモ(ジャレッド・レト)は、118歳の誕生日を前に人生を終えようとしている。彼は、世界最高齢で唯一の“死ぬ”人間なのだ。誰もその過去を知る者はいないし、彼自身も過去をおぼえていない。つまり彼は、“ミスター・ノーバディ(誰でもない男)”なのだ。そして、ニモの臨終は生中継され、世界中が人間の死ぬ姿を一目見ようとしている。そんなとき、ある新聞記者が彼に質問する-「人間が不死となる前の世界は?」と。そしてニモは、少しずつ自分の人生を振り返りながら、過去を思い出して語り始める…。
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 ニモの愛の対象として、幼時に知り合った3人の女性が登場します。運命のいたずらで彼との仲を阻まれ続けるアンナ(ダイアン・クルーガー)。ニモと結婚する情緒不安定なエリース(サラ・ポーリー)。ニモと不自由ない結婚生活を送るが心が満たされないジーン(リン・ダン・ファン)。ニモは、彼女らとそれぞれの人生を送る。加えて、ニモの両親の離別で、母親との生活を選ぶか、父親について行くか…。別々の場所に同時に存在し、幾通りもの人生を生きるニモ。結局、彼は、あらゆる選択肢から生まれた12通りもの人生を語る。いったい、どれが真実の人生だったのだろうか? なんて考えるのはヤボ、というもの。
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 ジャコ・ヴァン・ドルマル監督は、いままで「トト・ザ・ヒーロー」(91年)と「八日目」(96年)の2作のみを発表し、特異な作風で知られています。今回は、脚本作りに6年、撮影に6か月、編集に1年半をかけたとか。「この作品では、無限の可能性から生まれる、はかり知れない裂け目や深淵を感じとれるようにしたかった。何かを選ぶのではなく、すべてを体験してはどうだろうかという映画体験だ」と、同監督は言う。さらにSF的な未来世界のイメージがダブり、「ミスター・サンドマン」などのクラシック・ポップスが背後に流れる。まさに、色彩豊かで幻想に満ちた、ノスタルジックなワンダーワールドです。


韓流・異色サスペンス「生き残るための3つの取引」

2011-04-27 19:08:52 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img419“韓国映画界のアクション・キッド”と称されるリュ・スンワンが監督を手がけた「生き残るための3つの取引」(4月29日公開)は、司法権力の腐敗を素材にした異色のサスペンス映画です。主人公は、警察庁広域捜査隊の刑事チェ・チョルギ(ファン・ジョンミン)。あるとき彼は、賄賂受取事件を揉み消して昇進を保障するという条件で、上層部から連続殺人事件の犯人を捏造せよという指令を受ける(取引①)。そこでチョルギは、裏組織に証拠作りを頼んで偽の容疑者を仕立てる(取引②)。だが、エリート検事チュ・ヤン(リュ・スンボム)に事態を気づかれたために、検事の汚職をつかんで対抗しようとする(取引③)。
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 主要登場人物すべてがワルという設定がユニークだ。いわば、弱肉強食の世界に肉薄するわけで、善玉ヒーローは存在しない。その背景には、度重なる失態によって世間の非難を浴びている警察庁、大統領の逮捕命令まで出た連続殺人事件の有力容疑者誤射殺害事件、上層部がそれを揉み消すためにチョルギに白羽の矢を立てた、という裏事情がある。この作品は、韓国公権力の腐敗や汚職、事件の捜査過程を生々しく描き出しているという。事実、映画のクランクイン直前には、ある建設会社幹部が200人以上もの検事や警察官に接待を行ったと告発された“検事とスポンサー”事件が起こったそうだ。
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 主役のチョルギを演じるファン・ジョンミンのキャラクターが素晴らしい。彼は、映画「ユア・マイ・サンシャイン」やヒット・ドラマ「アクシデント・カップル」で人気を得た。ごつく野暮ったい風貌だが、人生の苦悩をにじませて、なかなかパワフル。優秀でありながら、学歴もコネもないため昇進できず、家族や仲間のために不正の泥沼に落ち込んでいくチョルギ刑事を熱演する。裏組織の男で新興建設会社の社長を脅しあげ、傲慢なエリート検事と命がけの駆け引きを行い、あげくの果てに部下まで誤射で死なせてしまう。チョルギは徹底したアンチヒーローであり、最後には圧倒的な幕切れが用意されている。
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 ドラマはスリリングで面白いが、リアリズム手法で進行するわけではなく、登場人物たちの欲望まる出しの、あられもない駆け引きがブラックな笑いをさそう点がユニークです。リュ・スンワン監督は、「ARAHAN アラハン」(04年)や「シティ・オブ・バイオレンス 相棒」(06年)などで、活劇的なアクションと、スタイリッシュな映像感覚を披露してきた人。今回は、「社会告発や現実批判といったメッセージではなく、熾烈な組織社会で生き残るために身もだえする現代人の姿を描きたかった」という。その結果、韓国の監督たちが選ぶ2010年韓国ディレクターズ・カット・アワードで監督賞を贈られています。

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色彩の饗宴

(千葉県野田市の清水公園で)

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パートナーのワンマンショー「イヴ・サンローラン」

2011-04-22 19:25:01 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img418 フランスの国宝級デザイナーで、モードの創造者として約50年間ファッション界に君臨したイヴ・サンローラン(1936~2008)。彼の創造の秘密に迫るドキュメンタリーが、「イヴ・サンローラン」(4月23日公開)です。といっても、サンローランの伝記映画でも、彼のライフストーリーでもない。公私ともに彼のパートナーであったピエール・ベルジェの視点から語られるサンローランの素顔と、膨大な映像、写真などの素材をコラージュした栄光のサンローラン像が描出される。フランスの写真家・美術造形家で、サンローランに憧れ、ピエール・ベルジェとも親交があったピエール・トレトンが監督を手がけている。
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 映画は、2002年、サンローランの引退会見から始まる。そして、全編をとおして、華やかなファッション界の帝王という印象とは対照的に、狂気のようなものを秘めた彼の暗いまなざしに惹かれます。コレクション立ち上げ時のプレッシャー、マスコミや人々による作品評価、ファッション界での競争の連続。それは、サンローランの極端に繊細な神経を時に逆撫でするものであり、彼がアルコールとドラッグに依存したこともある、というエピソードには衝撃を受けます。また彼の周囲に、1960年代ポップアートの旗手だったアンディ・ウォーホルや、女優のカトリーヌ・ドヌーブらが姿を見せていることにも目を引かれる。ドヌーブが愛したサンローランによる映画衣装の収録も見どころです。
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 とりわけ驚かされるのが、サンローランとベルジェの美の追求の結晶とされる骨董品や美術品の収集品のかずかずが、オークションにかけるために自室や別荘から運び出されるくだりです。そして、ラストは09年にパリで行われたオークションのシーン。滅多にお目にかかれない貴重な絵画や彫像が、次々と高値で落札されていく。このくだりには、思わず唖然!! どうして、これほどのコレクションが、サンローランの記念館か美術館にでも保存されなかったのだろうか? その陰には、ピエール・ベルジェの複雑かつ得意げな表情がチラつきます。そう、この映画は、サンローランのドキュメントというよりも、ベルジェが作り出したサンローラン万華鏡というような感じが否めません。


「イタリア映画祭2011」がGWに開催

2011-04-17 18:02:23 | 映画祭

Img417 今年も、ゴールデンウィーク恒例の「イタリア映画際2011」が開催されます。期間は、4月29日~5月4日。開催場所は、東京の有楽町朝日ホール。2010年に製作された日本未公開の新作イタリア映画11本と、2000年代初頭のイタリア映画を代表する旧作1本を上映。代表作は、2010年カンヌ国際映画祭でエリオ・ジェルマーノが最優秀男優賞を得た「ぼくたちの生活」(ダニエーレ・ルケッティ監督)、今年の米アカデミー賞のイタリア代表に選ばれた「はじめての大切なもの」(パオロ・ヴィルズィ監督)、イタリア統一運動を描いた大作「われわれは信じていた」(マリオ・マルトーネ監督)など。また、ハートフル・コメディー「アルデンテな男たち」(フェルザン・オズペテク監督)と、男女の恋愛模様を描いたヒット作「最後のキス」(ガブリエーレ・ムッチーノ監督/2001年)を特別上映。
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 また、来日ゲストの舞台挨拶が、4月29日~5月1日に予定されている。本映画祭は、大阪でも5月7日~8日、ABCホール(大阪・福島)で開催され、7本の作品が上映される。更に今年は、過去のイタリア映画際で上映された作品が数本、日本で公開される。なかでも、独裁者ムッソリーニを愛したが故に悲劇に見舞われる女性をとおして、20世紀初頭の激動の時代をとらえた「愛の勝利を/ムッソリーニを愛した女」(マルコ・ベロッキオ監督:5月28日公開)は衝撃作です。その他、「プッチーニの愛人」(パオロ・ベンヴェヌーティ他監督:6月18日公開)、「やがて来たる者へ」(ジョルジョ・ディリッティ監督:10月公開)などが上映される。本映画祭の詳細は http://www.asahi.com/italia/ まで。


アジアのオールスターが競演!「孫文の義士団」

2011-04-14 19:53:39 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img416 孫文(1866~1925)は、辛亥革命の成功によって清朝を倒し、中国近代化に成功、台湾では国父、中国では革命の父と呼ばれる著名な革命家です。西洋思想に傾倒し、医学を学びながら革命を志す。だが、清朝に追われて、アメリカ、イギリス、日本など各国を転々として同志を糾合し、革命資金を調達、主に外地から蜂起を指揮した。その孫文の亡命時代を題材に、アクション映画として作られたのが、中国・香港合作「孫文の義士団」(4月16日公開)だ。「ラヴソング」「ウォーロード/男たちの誓い」のピーター・チャンが総合プロデュース、「アクシデンタル・スパイ」のテディ・チャンが総合監督を担当。「インファナル・アフェア」のアンドリュー・ラウが、後半部分のアクション演出に特別参加した。
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 物語の舞台は、1906年のイギリス領・香港。あるとき、孫文が来航するという情報が流れる。腐敗した清朝打倒をめざす彼の目的は、武装蜂起のための同志との1時間に及ぶ密談。それを嗅ぎつけた西太后が仕向ける500人の暗殺団に対して、孫文を護衛する義士団が結成される。新聞社を経営する活動家と、革命に賛同する大物実業家のもとに集まったのは、暗殺団と孫文派に二股かける警官、純情な車夫、苦難の過去を持つ物乞いら8人の名もなき民たち。彼らは、それぞれの思いを胸に、暗殺団を相手に壮絶な戦いを展開する…。実際に起こった孫文暗殺事件をもとにした、辛亥革命100周年作品というけれど、要するに香港アクションの集大成。スケールアップされた奇想天外なアクションが売りです。
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 さらなる見どころは、中国・香港・台湾を中心にしたアジアのオールスターの競演だ。うさんくさいスパイ警官に「イップ・マン 葉問」のドニー・イェン、おかしな物乞いに「ラヴソング」のレオン・ライ、純情な車夫に「PROMISE」のニコラス・ツェー。その他、「墨攻」の美人女優ファン・ビンビン、「愛人/ラマン」のレオン・カーフェイ、「花の生涯/梅蘭芳」のワン・シュエチー、「インファナル・アフェア」のエリック・ツァンら多士済々。資金繰りやキャストのスケジュール調整のために10年の製作期間がかかり、20世紀初頭の香港を再現する巨大なセット作りに8年かけたとか。上映時間2時間19分。思わず度肝を抜かれるような武闘アクションのかずかずを、存分に楽しめること、請け合いです。
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春爛漫!

(千葉県野田市の清水公園で)

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