横浜のミニシアター、シネマ・ジャック&ベティが発行する季刊誌「ジャックと豆の木」第5号で「映画 未来への原風景/オールタイムベストテンから何が見えるか?」という特集が組まれました。①作品②映画人③出来事の3部門でベストテンを選出するもので、順位はつけずに、ジャンル・年代・国籍を超えて、さまざまな視点、さまざまなテーマで選んだベストテンです。その選者のひとりとして、①心に残るラストシーン、②映画史を飾った渋い個性派俳優、③記憶に残る映画界の事件をそれぞれ選んで投票した。その中で、自分自身の映画史と重なる視点で選んだ“記憶に残る映画界の事件ベストテン”をご紹介します。
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[記憶に残る映画界の事件ベストテン]
○世界のクロサワ誕生「羅生門」受賞(1951)
○シネラマ(1952)とワイドスクリーン時代
○世を騒がせたセックス・シンボルMMとBB(1950~1960年代)
○ヘプバーン・カット一世を風靡(1953)
○ジェームズ・ディーンの事故死(1955)
○仏ヌーヴェルヴァーグ(1960年代)と米ニューシネマの衝撃(1960年代末)
○東映任侠映画と深夜興行(1960~1970年代)
○ブルース・リーとカンフー・ブーム(1970年代)
○石原裕次郎の死(1987)
○映画評論家・淀川長治氏死去(1998)
[選評]
●1951年9月、黒澤明監督「羅生門」が、ヴェネチア国際映画祭で日本映画初のグランプリ、サン・マルコ金獅子賞を受賞し、世界のクロサワが誕生。この作品には買い付けが殺到、日本映画界に新時代がもたらされた。
●1952年、ニューヨークで「これがシネラマだ」公開、大型映画時代の幕が開く。3台の同調映写機で巨大スクリーンに映写。スタンダード画面から「ジス・イズ・シネラマ!」という声とともに画面が広がるくだりに驚嘆。
●「ナイアガラ」(1953)で腰をふって歩くモンロー・ウォークが一世を風靡したマリリン・モンロー。「素直な悪女」(1956)で画面に裸身をさらすブリジット・バルドー。ともに映画史を飾るセックス・シンボルに。
●「ローマの休日」(1953)で人気爆発したオードリー・ヘプバーン。短髪のヘプバーン・カットが日本でも流行。ビリー・ワイルダー監督は、「オードリーは、ふくらんだ胸の魅力を過去のものにした」と評した。
●「エデンの東」(1954)、「理由なき反抗」(1955)で青春のシンボルとなったジェームズ・ディーンが、1955年に愛車運転中に事故死。享年二十四。「ファースト・アメリカン・ティーンエイジャー」といわれた。
●1960年代、反逆する若い世代の映画が脚光を浴びる。ジャン=リュック・ゴダール、ルイ・マル、フランソワ・トリュフォーらを輩出した仏ヌーヴェルヴァーグ。以後、アメリカ、日本、イギリスなどで新しい波が興る。
●大学紛争の嵐が吹き荒れた1960年代、深夜興行で東映任侠映画が連続上映、学生に支持される。代表作が高倉健の「昭和残侠伝」シリーズ(1965~1972)。殴り込み場面で「待ってました!」という声がかかる。
●鋼のような肉体、独特の怪鳥音。「燃えよドラゴン」(1973)でブルース・リーが世界中のファンを熱狂させた。以後、ジャッキー・チェン、リー・リンチェイ(ジェット・リー)らが登場、カンフー・ブームに火をつけた。
●1987年7月、石原裕次郎死去。享年五十二。「太陽の季節」(1956)でデビューし、ニューヒーロー像を確立。「赤いハンカチ」(1964)、「夜霧よ今夜も有難う」(1967)などムードアクションが印象に残る。
●1998年、映画の伝道師といわれた評論家・淀川長治氏が他界。享年八十九。映画雑誌在籍中、二十数年間お世話になる。優しい笑顔で人気を得たが、本音は厳しい人だった。
以上、個人的な「昭和と映画」事件簿です。
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黒澤明作品は、映画の楽しさを教えてくれた原点でした。当時日本では、「羅生門」が獲得したヴェネチア国際映画祭グランプリの何たるかがわからず、配給元の大映でも困惑したという。だから誰も現地に行っておらず、授賞式には見知らぬアジア人が出席したとか。以後、「七人の侍」「悪い奴ほどよく眠る」「用心棒」など、新作が公開されるたびに見に行ったものです。黒澤時代劇の魅力は、よく練られた脚本と、みごとな映像にありました。
1950年代はスターの時代。マリリン・モンロー、オードリー・ヘプバーン、ジェームズ・ディーン。どのスターも青春のシンボルで、彼らが出演しているだけでファンは熱狂。とりわけ、ジェームズ・ディーンの突然の事故死は、世界中の人々を悲しませました。
そして、1960年代は反逆する青春の時代。「勝手にしやがれ」「大人は判ってくれない」に代表されるフランスのヌーヴェルヴァーグ。「俺たちに明日はない」が口火を切ったアメリカン・ニューシネマ。日本では、大島渚、吉田喜重らに代表される松竹ヌーヴェルヴァーグが脚光を浴びた。安保闘争が盛り上がった当時の日本の状況を反映したものだった。
そのピークを示したのが、高倉健と池部良共演の「昭和残侠伝」シリーズ。東京・池袋の劇場では深夜興行で連続上映され、学生たちが一升瓶を持ち込んで、殴り込みシーンがくると一斉に拍手が起こる。不条理な権力に対する若者たちの怒り。その先駆となったのが、ジェームズ・ディーンだったのかもしれません。
そして1987年には、これも反抗する若者のシンボルだった石原裕次郎が死去。梅雨時に体調を崩しながら、芸能誌の別冊に裕次郎の追悼記事を書いた覚えがあります。映画の記憶は、この社会に反発する青春像とともにあります。そんな昭和も、遠く霞んでしまいました。
“アダルトチャイルド”とは、家族の崩壊後に“子どもなのに、大人のような責任を担わされる”存在だそうだ。ポーランドの女性監督アンナ・ザメツカが手がけた「祝福~オラとニコデムの家~」(6月23日公開)は、そんなテーマを浮き上がらせたドキュメンタリーです。彼女は、ワルシャワとコペンハーゲンでジャーナリズム、人類学、写真学を学ぶ。その後、ワイダ・スクールでDok Proドキュメンタリー・プログラムを修了。本作が長編デビューとなる。彼女は、主人公となる姉弟オラとニコデムの父親マレクを偶然に駅で見かけ、その様子に興味を惹かれて家族に会うことになったという。そして、1年以上かけて、そのストーリーを探すという意味で、家族と接したとか。なんとも意外な映画作りではあります。
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ポーランド、ワルシャワ郊外の街セロツク。14歳の少女オラの家族は、酒で問題を抱える父親と、自閉症の13歳の弟ニコデム。母親は離れて、違う男性と暮らしている。家事をこなし、弟の面倒を見るのはもっぱらオラの役目だ。現実は厳しい、それはわかっている。けれど、少女は心のどこかで信じている。弟の初聖体式が成功すれば、もう一度家族がひとつになれるのだと。オラの苦労は、ベルトを締めたり、靴ヒモを結んだりするのに悪戦苦闘するニコデムを手伝うことから始まる。その弟は、他の子が7~8歳くらいで迎える初聖体の儀式をやっと迎える。初聖体式とは、初めて聖体を拝受する儀式のこと。聖体とは、キリスト教カトリックにおけるミサや東方正教会における聖体礼儀において、イエス・キリストの血肉に変化したと信じられる特別なパンのこと。その儀式が受けられるかどうかは、試験で試される。儀式には、母が家に戻ってくることになる。母には、一緒になった男との間に生まれた赤ん坊がいる。その赤ん坊のベッドを組み立てる姉弟の姿が、なんともいじらしい。
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家には福祉士がよく訪れる。父親のマレクが酒を飲んでいないか、きちんと子どもたちの面倒を見ているかを確認するためだ。福祉士はオラに聞く―「大変かい?」。オラは、心の中を隠すように笑顔を向ける―「特に変わらないわ」と。オラは、大人たちの前では、いつも大丈夫なふりをしている。アンナ・ザメツカ監督は、自分自身がこの映画の少女そのものだったと語り、その経験を重ねながら、少女の日常を撮り続けた。更に、この映画を「親に見放され、帰る家を探している現実的なヘンゼルとグレーテルの物語」だという。親が自分の役割を果たせない世界の森で、彼らの道を探すヘンゼルとグレーテルの、非モノクロームで描かれたリアリスティックな物語だと。ひとりできりもりするオラが、時としてヒステリックになるくだりが真に迫ります。監督は長い時間彼らと過ごし、オラの心を開いたという。
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本作をオラの視点から描くことにしたのは、彼女が私に近いと感じてくれたから、と監督は言う。「私は、映画の中に描かれている状況のいくつかを経験しているので、自分自身の人生を通じて、彼女の気持ちを完全に理解することができました。しかし、状況的なことが同じだというよりも、むしろ感情的な側面の部分で、私とオラは同じなのだと思います」。そして、「オラとニコデムが望んでいることを聞くことなしに、映画に真実はないのです。だからこそ、準備期間がとても重要でした。カメラなしに、たくさんの時間を彼らと過ごしました。さまざまな状況での彼らの反応を見届けました。スクリプトを書いている時、私には彼らが出来事に対して、どんな反応を示すのか予想することができるようになっていました」と。そして特にオラとは話し合いを重ねて、彼女の状況の理解を心がけた。ニコデムの場合は、会話をすること自体が難しかったが、心の部分でとても近いものを感じたという。
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本作は、2017年に開催された山形国際ドキュメンタリー映画祭で、最高賞のロバート&フランシス・フラハティ賞(大賞)を受賞。ヨーロッパの権威ある賞であるヨーロッパ映画賞も受賞したほか、世界中のかずかずのドキュメンタリー賞を獲得した。だが、結論としていえば、カメラが余り対象に近寄れないという感はあります。とりわけ、オラの父母がカメラを意識して、なんとか逃げようとしている雰囲気がうかがわれる。ザメツカ監督自身は「彼らが、どうしてほしいかを聞く」ことから始めて、カメラが超えてはいけない一線を超えないように、潜在的な痛みに触れないように注意を払ったという。だが本当に、そうした姿勢でよかったのだろうか、と映画を見終わった時に思ってしまいます。“アダルトチャイルド”という言葉が含む、幼い少年少女の心の痛みと切なさ。その心に深く踏み込まない親の無責任さ。もっと、そうした状況に突っ込んでほしかったと思います。(★★★+★半分)
YouTube上で話題を呼んだショートムービーが、熱狂的なファンの後押しを受けて、長編映画「リディバイダー」(6月9日公開)として製作されました。監督のティム・スミットは注目の若手クリエーターで、VFX監督出身。短編映画「What’s In The Box」が、YouTubeで260万回以上視聴されて反響を呼び、本作が長編デビューとなった。主演に「美女と野獣」のダン・スティーヴンス、共演にベレニス・マーロウ(「007 スカイフォール」)が参加。現実世界を<客観視点>、複製世界(エコーワールド)を主人公ウィルの<一人称視点>(FPS)で描き、似て非なるふたつの世界を表現。撮影手法を変えて交互に展開することで、FPS映像の臨場感を醸し出し、映像ドラマ体感型の作品が生まれた。
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○近未来、深刻なエネルギー枯渇問題に直面した人類は、コピーしたもうひとつの地球≒エコーワールドからエネルギーを得ることで、その危機を脱しようとしていた。
○ふたつの世界を繋ぐ巨大タワーを経由して、エネルギーが供給されていたが、何者かの襲撃によってタワーが暴走。各地で異常な現象が起こり始め、世界は突如、崩壊の危機に―。
○事態収束のため、エネルギー会社勤務の元NASA宇宙飛行士ウィル(ダン・スティーヴンス)をエコーワールドに送り込むが、そこには戦争が起きた後のような荒廃した世界が広がっていた。
○やがて、ふたつの世界を結ぶとされる謎のBOX(REDIVIDER)が時間を刻み始める…。それは、地球滅亡へのカウントダウンだった。
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<ポイント>①現実世界を客観視点で、複製世界をFPS一人称視点で→主人公と一体化して、ふたつの世界を体験。②エコーワールドでは、主人公の置かれている状況は画面に現れるステイタス表示で随時確認される。③地球のコピーであるエコーワールドでは、街の文字がすべて反転している。④地球をコピーしたことで世界のバランスが崩れ、重力異常が発生。多数の鳥が死滅したり、飛行機や地下鉄などの大きな金属の物体が、ふたつの世界を行き来する事態に…!⑤エコーワールドで襲い来る巨大なドローン。ウィルらは、スコープ画面で狙いを定めて撃ち落とそうとする。どうやら、この闘争は、過激な環境団体とエネルギー会社との対立が原因になっているらしい。⑥ふたつの世界の均衡を保つといわれる謎の黒いボックス、リディバイダー。これによって、ふたつの地球を再分離させることが、人類を救うカギとなるようだ。
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ふたつの地球~コピーとオリジナル、という発想がユニークです。ティム・スミット監督は、現実世界と複製世界を融合して展開。とりわけ、エコーワールドはウィルの一人称視点でとらえられ、彼が追われたり、ケガをするくだりなどは観客の視点と一体化。スピーディで豊かなイメージが、ゲーム感覚で繰り広げられるところがユニークです。人物の出入りや細部に不明瞭な個所もあるけど、そんな欠点は新映像体験で一蹴(?)。SFの世界では、いわゆる“パラレルワールド”(並行世界)という概念があります。「この現実とは別に、もうひとつの現実が存在する」―ぼくらの宇宙と同一次元を持つ世界。そこでは、もうひとりのぼくも、あなたも存在する。「リディバイダー」は、そうした意味とはちょっと違うけれども、ふたつの地球をタワーを介してくっつけてしまうというアイデアが面白い。もしかしたら、ウィルが複製世界で出会う受難も、現実世界に帰れば癒えてしまうのかな。(★★★★)