去る7月31日、火星が地球に大接近。以後、晴れた夜には、火星・土星・木星の星座ショーを楽しみました。最近は、西に傾く時間が早いけれど、まだ火星くんの姿を楽しめます。ところで、その頃から火星を主題にしたSF小説も読み始めました。まずは、巨匠レイ・ブラッドベリの「火星年代記・新版」(ハヤカワ文庫・写真)。27編の短編から成る、ショート・ショート構成の火星クロニクル。はじめ人類は探検隊を送りますが、その人々はなぜか帰還しない。そこで描写される火星人は、硬貨のようにキラキラ光る眼と黒い肌を持っている。しかし、そのうち火星人は姿を消し、地球の人々が移住を開始。その背景には、地球で壊滅的な戦争が起こり、人類は火星に植民しなければならなくなるのです。SF小説なのに、なぜかリアルで、近未来での隣の惑星への人類の接近がスリリングで衝撃的なのです。
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その少し前に読んだのが、アンディ・ウィアー著「火星の人」(ハヤカワ文庫)。火星に取り残された主人公が、不自由な条件下でサバイバルする話。彼は、次に地球からやって来る宇宙船と遭遇するために、長い旅路をたどります。いわば、火星ロードムービー。この作品は、リドリー・スコット監督、マット・デイモン主演で「オデッセイ」(2015)というタイトルで映画化されていますね。映画といえば、以前は火星人による地球来襲スペクタクルに胸をときめかせたものでした。代表作が、H・G・ウェルズの原作(1898)を映画化した「宇宙戦争」(1953)。飛来した隕石から円盤が現れ、巨大なタコかイカのような火星人が地球の街並みを襲うシーンに手に汗握ったものでした。この作品は、のちにスティーブン・スピルバーグ監督、トム・クルーズ主演「宇宙戦争」(2005)として再映画化。バイロン・ハスキン監督の1953年作には及びませんでしたが、SFマニアとして懐かしい思いで見ました。
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傑作だったのが、ティム・バートン監督の「マーズ・アタック!」(1996)。原作は、1962年にアメリカで発行されたトレーディング・カードだとか。巨大な母船から現れた安手の円盤から出現した火星人たちが、手当たり次第に熱線銃で地球人を丸焼きにする。そこから出てくるのは、でかい脳味噌と骸骨のような顔、ぎょろつく目玉を持った火星人。奇妙な言葉で和平を主張しながら、人間を殺戮してまわるが、どこか憎めないのだ。ノーテンキなアメリカの大統領と、強欲な不動産業者の二役を演じるのがジャック・ニコルソン。瓦礫の山と化したホワイトハウスに侵入した火星人が、この大統領を襲う。容赦ない火星人たちが、無能な政府首脳や科学者、軽薄なキャスターや傲慢な事業家を徹底的に揶揄するくだりが痛快。クライマックス、小さなラジオ局が発する電波にのって、珍妙な音楽が流れ、火星人は全滅。なんと火星人たちは、ミュージカルの古典「ローズ・マリー」中のヒット曲「インディアン・ラブ・コール」を聞いて頭を破裂させるのだ。「宇宙戦争」で、火星人は地球のウィルスで全滅するのだが、なんと本作では甘いラブソングにノックアウトされるとは!ね。
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やがて、テーマは“火星人襲来”から火星そのものへと移っていきます。ポール・バーホーベン監督、アーノルド・シュワルツェネッガー主演の「トータル・リコール」(1990)の原作は、フィリップ・K・ディックの短編「追憶売ります」。人間の無意識の世界に火星への憧れを埋め込んだ不思議な感覚の作品になっています。ブライアン・デ・パルマ監督の「ミッション・トゥ・マーズ」(2000)は、消息を絶った仲間の謎を解くために、火星に向かう宇宙飛行士たちのドラマ。余り印象に残っていませんが、「トータル・リコール」の斬新なイメージ作りのほうが強烈でした。そしていま、キム・スタンリー・ロビンスン著<火星三部作>(「レッド・マーズ」「グリーン・マーズ」「ブルー・マーズ」創元SF文庫)を読み始めています。赤い星が、緑から青に変貌していく。火星に入植した人類が、どんなふうに火星を変え、どんなふうに生きていくか。先行きが楽しみになっています。
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…と書きながら、ふと思うのは―近頃、身辺に起こる想定外の(?)現象です。超酷暑に、大型台風と激しい雷雨、そして天地を揺るがす大地震…。いま、老衰化した地球は、果てしなく壊れ始めているのではないか? やがて、この足元から崩れ去っていくのではないか? おまけに、オバカな首脳たちが核戦争の準備をしている…。それならば、なんとか隣の惑星・火星に移住する準備をしなくちゃ。なんともSF的な発想ですね。それには何世紀もかかるんじゃないか? ぼくらが生きているうちは、実現不可能でしょうね。と、妄想、妄想…です。
新年、おめでとうございます。
年はじめに、自分が選んだ2011年公開の外国映画及び日本映画のベスト・テンをご紹介いたします。みなさんのベスト・テンは、いかがでしたか。
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<外国映画>
① 「無言歌」
(監督:ワン・ビン 王兵/香港・仏・ベルギー合作)
② 「明りを灯す人」
(監督:アクタン・アリム・クバト/キルギス・仏・独・伊・オランダ合作)
③ 「再会の食卓」
(監督:ワン・チュエンアン 王全安/中国映画)
④ 「テザ 慟哭の大地」
(監督:ハイレ・ゲリマ/エチオピア・独・仏合作)
⑤ 「幸せパズル」
(監督:ナタリア・スミルノフ/アルゼンチン・仏合作)
⑥ 「灼熱の魂」
(監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ/カナダ・仏合作)
⑦ 「木洩れ日の家で」
(監督:ドロタ・ケンジェジャフスカ/ポーランド映画)
⑧ 「家族の庭」
(監督:マイク・リー/英映画)
⑨ 「イリュージョニスト」
(監督:シルヴァン・ショメ/英・仏合作)
⑩ 「英国王のスピーチ」
(監督:トム・フーパー/英・オーストラリア合作)
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<日本映画>
① 「カリーナの林檎~チェルノブイリの森~」(監督:今関あきよし)
② 「一枚のハガキ」(監督:新藤兼人)
③ 「ダンシング・チャップリン」(監督:周防正行)
④ 「まほろ駅前 多田便利軒」(監督:大森立嗣)
⑤ 「監督失格」(監督:平野勝之)
⑥ 「冷たい熱帯魚」(監督:園子温)
⑦ 「僕たちは世界を変えることができない。」(監督:深作健太)
⑧ 「ふゆの獣」(監督:内田伸輝)
⑨ 「エクレール・お菓子放浪記」(監督:近藤明男)
⑩ 「一命」(監督:三池崇史)
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外国映画では、不条理な歴史のうねりや社会状況に翻弄される人々に迫る秀作が多かった。特に、中国のワン・ビン(王兵)監督「無言歌」の凄まじい映像に圧倒されました。中国近代史で最も不幸だった時代、1950年代末に起こった反右派闘争で、ゴビ砂漠の地下収容所に送られた犠牲者の生死ぎりぎりに生きる姿を、ドキュメンタリー・タッチでとらえた作品。とりわけ食料がほとんど無い中で、仲間が吐いたものを拾って食べたり、仲間の死体を墓から掘り出して人肉で飢えをしのいだり、獣以下に貶められた人々の姿には鬼気迫るものがあった。こののち中国では、毛沢東支配下で悪名高き文化大革命が始まります。
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対照的に権力への抵抗をユーモラスにつづった作品が、キルギスのアクタン・アリム・クバト監督「明りを灯す人」。監督自身が演じる電気工が、私腹を肥やそうとする権力者や中国の資本家に抵抗する。電気工が、貧しい人々のために無料で電気を使えるように細工するくだりが傑作でした。中国映画「再会の食卓」は、台湾と上海に生き別れた夫婦をめぐる家族の悲劇。「テザ 慟哭の大地」のテーマは、エチオピアに吹き荒れた独裁と暴力の影。「灼熱の魂」は、中東の内戦で人生を破壊された母親の悲劇を、過去と現代を交錯させてとらえた作品。映画の核は、いまハリウッドを離れてアジアや第三世界に移っています。
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昨年、日本は東日本大震災と原発崩壊という未曽有の悲劇に襲われました。今関あきよし監督の「カリーナの林檎~チェルノブイリの森~」は、その震災を予測したような力作です。2003年、今関監督はチェルノブイリ原発事故のあったウクライナの隣国ベラルーシに飛んで、原発4号炉に近づき独力で本作の撮影を開始。居住禁止区域のそばに住んでいたため家族が離散した少女カリーナを主人公にした物語。彼女が悪魔の棲むといわれるチェルノブイリの森に分け入っていくラストに心を揺さぶられた。映画は04年に完成したが、当時の日本ではこの事故は風化して公開の目途が立たず。ついに、3:11の福島原発事故がきっかけで公開にこぎつけた。撮影にはベラルーシ側の協力を得、キャストはすべて現地の人々、セリフはロシア語。独立系映画作家の、こうした執念には頭が下がる思いです。
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また、99歳の新藤兼人監督が、自らの体験をもとに戦争の愚かしさを描いた「一枚のハガキ」、チャールズ・チャップリンにオマージュをささげた周防正行監督のバレエ映画「ダンシング・チャップリン」も目の覚めるような実験的な作品。若い世代の試行錯誤を主題にした作品にも佳作が多く、大森立嗣監督「まほろ駅前 多田便利軒」、深作健太監督「僕たちは世界を変えることができない。」、内田伸輝監督「ふゆの獣」などが際立った作品でした。とりわけ印象に残ったのが、平野勝之監督のドキュメント「監督失格」です。監督自身と35歳で亡くなったAV女優・林由美香との14年間に及ぶ壮絶な愛の記録。映画を撮るということとは、人生を生きるということとは何かを問いかける衝撃作でした。
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以上が、社会性・政治性を視点に選んだ2011年ベスト・テンと、選出の感想です。
今年は、日本の悲劇に体当たりで挑んでいくような作品にめぐり逢いたいものです。
東北関東大震災発生から1週間が経過しました。
埼玉県東部でも、昨日から激しい寒風が吹きすさんでいます。
相変わらず余震が続いていますが、昨日今日はやや少なめになったようです。
それにしても、東北被災地への救援、原発事故、計画停電、日用品の買い占め、などなどに対する政府当局や電力会社の対処の仕方を歯がゆく思っています。
いま、ぼくらに出来ること、たとえば近隣の人々との助け合いだけでも続けたいものです。
日本の人々の災害に対処し得る能力、感情の細やかさは、とても優れていると思います。
きっと近いうちに、元の日常生活を取り戻すことが出来ると信じています。
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ところで映画界では、クリント・イーストウッド監督の「ヒア アフター」が上映中止となり、3月26日から公開予定だった中国映画「唐山(とうざん)大地震-想い続けた32年-」が公開延期になりました。東南アジアの海辺のリゾートを巨大な津波が襲い、巻き込まれたフランス人女性ジャーナリストが瞬間的な死を垣間見る、というくだりから始まる「ヒア アフター」の上映中止は、今回の東北の悲劇を思えば当然のことでしょう。この作品は、臨死体験や死後の世界を主題にしながらも、津波を一種のスペクタクルとしてとらえているからです。見たときには、思わず唖然としてしまいました。
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いっぽう、1976年7月28日に中国河北省唐山市で実際に起こった大地震をもとに製作された「唐山大地震-想い続けた32年-」は、感動的なヒューマン・ドラマです。父親を地震で亡くした双子の少年と少女が離れ離れになり、それぞれ母親と他人の元で育てられる。やがて32年後の2008年5月12日、四川大地震が発生。成人して、異なる人生を送る二人は、救援ボランティアとしてやって来た四川でめぐり会います。監督は、「女帝〔エンペラー〕」「戦場のレクイエム」などでヒットメーカーとなったフォン・シャオガン(馮小剛)。自らに降りかかった不幸を新たな災害救助への活力とする、という主題に胸を打たれます。
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東北関東大震災発生以来、近くのシネコンは営業中止になっています。
ネットで見ると、映画館での上映の有無は、それぞれ問い合わせを、ということになっているようですね。
どうやら映画興行界で一斉に申し合わせ、という具合にはなっていないようです。
もっとも、余震、交通マヒ、停電が続くいま、映画を見に行くことなど出来ませんよね。
近いうちに、映画館で安心して映画が楽しめる日が来ますように!!
こんにちは。
日本列島をまるごと襲った超巨大地震と大津波、70年余りの人生でも初めての体験です。
皆さんの周囲の被害状況は、いかがでしたか。
とりわけ、悲惨な被害を受けた東北地方の方々には、心からのお見舞いを申し上げます。
どうか、頑張って生き抜いてください!
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去る10日の木曜日には、東京・六本木で中国=香港合作「孫文の義士団」と、是枝裕和監督の「奇跡」を見て、深夜に帰宅しました。
翌11日(金)の午後3時前、ブログ原稿を書く用意をしていたとき、突然、大地震の衝撃に見舞われました。
住まいのマンションの部屋は、ねじれるように軋んで揺れ動き、据え付けの本棚からは本が落下し、単独の書棚はそのまま前に倒れ、家具は傾き、移動し、積んであった物もなだれ落ち、部屋中、足の踏み場がないほどメチャクチャに。
足もとをかきわけて、揺れる中、火の元、ガス、電気のチェックをして表に飛び出したら、隣人たちも外に出てきて大騒ぎになりました。住人は高齢者が多いのですが、どうやら皆さん無事のようでした。
でも、マンションの壁際の基礎部分の土地が少し陥没し、駐車場や芝には亀裂が走っていました。
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翌12日(土)の朝5時過ぎまで激しい余震が続き、もう船酔い状態。
住んでいる場所は、埼玉県東部。東北の被災地にくらべれば、電気、ガス(11日深夜にガス漏れ騒動がありましたが)、水道などの生命線が無事なので、比較にならないほど幸運です。
12日の夜にはなんとか入浴もでき、睡眠不足も解消しました。
本13日(日)は、気温も高くなり、春日和。でも、いまだに余震にびくつき、映画ブログを書く気にもなれず、TVの災害報道に張りついています。なにより、余震の予告が気になるので。
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「日本沈没」を思わせるこの災害は、海外の耳目も集めているようですね。
この際、日頃、私たちが忘れかけていた、互いに思いやり、いたわり合い、助け合う心を取り戻しましょう。
海外からの救援隊も多数駆けつけてくださり、あるいは現地を出発した救援隊も多いそうです。紛争や係争に満たされたこの世界、日本の未曾有の大災害を機会に、国際的な友好関係や絆が一層深まればいいですね。
どうか、日本中が、やさしく温かい心で包まれますように。そして、映画ブログが、また安心して書けるときが来ますように!
新年、おめでとうございます。
年初めに、自分が選んだ2010公開の外国映画及び日本映画のベスト・テンをご紹介いたします。みなさんが選んだベスト・テンは、どうなりましたか。
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<外国映画>
①「スプリング・フィーバー」
(監督:ロウ・イエ/中・仏合作)
②「ペルシャ猫を誰も知らない」
(監督:バフマン・ゴバディ/イラン映画)
③「ベンダ・ビリリ!~もう一つのキンシャサの奇跡」
(監督:ルノー・バレ&フローラン・ドラテュライ/仏映画)
④「ミレニアム/ドラゴン・タトゥーの女」
(監督:ニールス・アルデン・オプレヴ/スウェーデン映画)
⑤「クロッシング」
(監督:キム・テギュン/韓国映画)
⑥「フローズン・リバー」
(監督:コートニー・ハント/米映画)
⑦「モンガに散る」
(監督:ニウ・チェンザー/台湾映画)
⑧「北京の自転車」
(監督:ワン・シャオシュアイ/中・台合作)
⑨「コララインとボタンの魔女」
(監督:ヘンリー・セリック/米映画)
⑩「約束の葡萄畑/あるワイン醸造家の物語」
(監督:ニキ・カーロ/仏・ニュージーランド合作)
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<日本映画>
①「川の底からこんにちは」(監督:石井裕也)
②「コトバのない冬」(監督:渡部篤郎)
③「カケラ」(監督:安藤モモ子)
④「告白」(監督:中島哲也)
⑤「十三人の刺客」(監督:三池崇史)
⑥「桜田門外ノ変」(監督:佐藤純彌)
⑦「最後の忠臣蔵」(監督:杉田成道)
⑧「森崎書店の日々」(監督:日向朝子)
⑨「トロッコ」(監督:川口浩史)
⑩「春との旅」(監督:小林政広)
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外国映画の1位と2位は、ともに祖国で映画製作を禁じられた気鋭の監督たちの作品です。中国のロウ・イエ監督「スプリング・フィーバー」は、現代の南京を舞台に男性同士の同性愛をモチーフにした作品。禁じられた愛をとおして、いまの中国の若い世代の寒々とした心象風景が映し出される。「天安門、恋人たち」(06年)で天安門事件を描いたため5年間の映画製作・上映禁止処分を受けたロウ・イエは、家庭用デジタルカメラを使用してゲリラ的に撮影を敢行したという。イランのバフマン・ゴバディ監督「ペルシャ猫を誰も知らない」は、自由な音楽活動を禁じられたテヘランの若者たちの活動をドキュメンタリー・タッチで追った作品。新作の撮影許可がなかなか得られなかったゴバディ監督は、小さく軽く機動力のあるカメラで当局に無許可で17日間のゲリラ撮影を行ったそうだ。この2作に共通するのは、若い世代の焦燥感をとおして作品にこめられた反体制の姿勢です。
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「ベンダ・ビリリ!~もう一つのキンシャサの奇跡」は、フランスのふたりの映像作家が、コンゴの首都キンシャサの路上で活動するバンド、スタッフ・ベンダ・ビリリの5年間の軌跡を記録したドキュメンタリー。車椅子4人と松葉杖ひとりを含む8人からなるこのバンドの演奏とボーカルは、路上生活者の過酷な生活をうたいあげて、やはり権力への怒りを表明する。昨年、日本でも演奏会が行われましたが、彼らのエネルギッシュで明るいパフォーマンスには、心から感動しました。スウェーデン映画「ミレニアム」3部作も衝撃的だった。特に心に残ったのは、第1作の「ドラゴン・タトゥーの女」。ヒロイン、リスベット・サランデルのすさまじい生きかたに魅了されて、原作もすべて読んでしまいました。メッセージ性の強いこれらの作品にくらべると、米アカデミー賞を争った「アバター」や「ハート・ロッカー」などの見世物映画は、どうでもよくなってしまいます。
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日本映画のベスト・スリーは、感性豊かな新鋭監督たちによる秀作です。なかでも、石井裕也監督「川の底からこんにちは」はダントツ。東京で夢も希望もない派遣OL生活を送るヒロインが、水辺の町にある実家に帰って“しじみ工場”の再生に挑む物語。主演の満島ひかりのキャラが抜群で、若い世代の哀歓を体当たりで表現していました。俳優・渡部篤郎の長編監督デビュー作「コトバのない冬」は、雪の北海道・夕張市を舞台のひとつにした純粋なラブストーリー。セリフの少ない、映像での感情表現がみごとでした。奥田瑛二の長女・安藤モモ子の監督デビュー作「カケラ」も印象に残った作品。ふたりの若い女性の同性愛にも似た交流をとおして、いまの若い世代の無為さと疎外感が浮きぼりにされる。ここでも満島ひかりが好演。2010年の最優秀女優賞は、満島ひかりでキマリ! かな。
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2010年で、もうひとつ印象に残ったのは、時代劇のみごとな復活です。13人の刺客たちが、残虐な権力者を断罪する三池崇史監督「十三人の刺客」。権力をほしいままにする江戸幕府の大老・井伊直弼を襲撃した水戸藩士らの有為転変を追った佐藤純彌監督「桜田門外ノ変」。吉良邸討ち入りのヒーローになれなかった、ふたりの赤穂浪士の生きざまに迫った杉田成道監督「最後の忠臣蔵」。いずれも、権力に対するテロルに挑んだり、時代の不条理に耐えた男たちの物語。こうした主題は、現代社会に通じるアクチュアルなものだと思います。また、これらベテラン監督たちによる作品は、演出・セリフ・カメラ・音楽が一体となって、新時代の時代劇になっているように思います。
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以上が、独断と偏見から選んだ2010年ベスト・テンと、選出の感想です。
今年も、感性豊かで、心を揺さぶられる、多くの映画に出会えますように!