アメリカ史上最悪の大統領ドナルド・トランプが、都合の悪いメディアの報道を“フェイクニュース”などとこきおろすシーンは見るに耐えない。ところがアメリカでは、過激な言動で物議を醸すこのトランプ大統領の誕生より10年以上も前に、政府が自国民と世界中を欺く巨大な嘘をついていた。「イラクのサダム・フセインは、大量破壊兵器を保有している」―これが2003年におけるイラク戦争開戦理由のひとつだったが、のちに大量破壊兵器は見つからず、情報の捏造だと明らかになった。当時、大手メディアは、軒並みジョージ・W・ブッシュ政権下の嘘に迎合して、権力の暴走を押しとどめる機能を果たせなかった。たったひとつの新聞社を除いては……。こうした真実に光を与え、骨太な社会派ドラマに仕上げたのが、ハリウッドのヒットメーカー、ロブ・ライナー監督(「スタンド・バイ・ミー」「最高の人生の見つけ方」)の「記者たち-衝撃と畏怖の真実」(3月29日公開)です。
2002年、ジョージ・W・ブッシュ大統領は“大量破壊兵器保持”を理由に、イラク侵攻に踏み切ろうとしていた。新聞社ナイト・リッダーのワシントン支局長ジョン・ウォルコット(監督ロブ・ライナーが演じる)は、部下のジョナサン・ランデー(ウディ・ハレルソン)、ウォーレン・ストロベル(ジェームズ・マースデン)、そして元従軍記者でジャーナリストのジョー・ギャロウェイ(トミー・リー・ジョーンズ)に取材を指示。しかし、破壊兵器の証拠は見つからず、やがて政府の捏造、情報操作であることを突き止めた。4人は、真実を伝えるために、批判記事を世に送り出していく。だが、NYタイムズ、ワシントン・ポストなどの大手新聞社は、政府の方針を追認。ナイト・リッダーは、かつてないほど愛国心が高まった世間の潮流のなかで孤立していく。それでも、記者たちは大義なき戦争を止めようと、米兵、イラク市民、家族や恋人の命を危険にさらす政府の嘘を暴こうと奮闘する…。
政府による虚偽の根は深い。2001年9月11日、アメリカで同時多発テロが発生した。ブッシュはすぐさまテロとの戦いを宣言。イスラム系テロ組織アルカイダの指導者オサマ・ビンラディンが首謀者との疑いが浮上する。そして政権が、ビンラディンを匿っているアフガニスタンのタリバンだけではなく、イラクとの戦争を視野にいれるという情報が飛び込んだのだ。ナイト・リッダーの記者たちは、中東問題や安全保障の専門家、政府職員や外交官らへの地道な取材を実施。ビンラディンとサダム・フセインがつながっている証拠は見当たらないというのに、アメリカがイラク戦争に傾斜していることが明らかになる。すべては、同時多発テロへの怨念に端を発しているのだ。同時に映画の冒頭、アフガニスタン戦争を見て軍に志願し負傷した黒人の元陸軍上等兵の公聴会が切迫感を与える。“ナイト・リッダー”は、31紙の地方新聞を傘下に持つ媒体だった(2006年、大手新聞チェーン「マクラッチー」に買収されている)。だから、なかにはウォルコットらの主張に疑問を抱く傘下の新聞社も出てくる。だが、ウォルコットは言う―「他のメディアが政府の広報に成り下がるなら、やらせておけばいい。我々は、我が子を戦争にやる者たちの味方なのだ」と。
映画の原題「SHOCK AND AWE」は、イラク侵攻の軍事作戦名“衝撃と畏怖”から採られている。また本作には、イラク戦争を推進したブッシュ政権の政治家らの映像や、当時のニュース番組などのフッテージがふんだんに盛り込まれ、現実味を加えている。更に、登場するジャーナリストたちは、いまもワシントンD.C.で現役記者として活躍しており、本作への協力を惜しまなかったという。彼らは、脚本の段階から撮影までの製作段階で、常に協力した。ほとんどの間、撮影セットに立ち会い、ロブ・ライナー監督や俳優たちが意見を求めようとするときには、いつでもアドバイスできるように準備していたそうだ。出演者のなかでは、ジョン・ウォルコットを演じるロブ・ライナーが貫禄十分だ。彼は、イラク侵攻が始まった2003年の時から、この戦争とアメリカの関与についての映画を撮りたいと考えていたという。その思いを実現するために、長年にわたってイラク戦争に関連する複数の企画を映画化しようと試みた。その念願が今回、ついにかなったというわけだ。
ロブ・ライナー監督は手練れの演出を見せる。饒舌にはならず、端的に事実を展開。かつ記者たちの取材をスリリングに描く。彼は語る―「もし、私たち国民が真実を知ることを許されなければ、民主主義は存続しない。私にとって、この映画はそのようなメッセージを伝えるための作品だ。また、真実を知るという自由や、政府や権力の影響を受けない報道を、どのように手に入れていくかというメッセージもこめている。そういう自由がなければ、民主主義に希望は持てないのだから」と。第35代大統領ジョン・F・ケネディ(1961~1963就任)以降、ブッシュ父子をはじめ、アメリカでは卓越した大統領は登場していないように思われる。それが、以降の世界情勢を混乱させた理由だ。そして、現在のアホ・トランプに至るや、がぜんアメリカの民主主義は衰退していく。移民の排斥、ロシア疑惑、メディア攻撃…彼のでたらめぶりは、つきることがない。そして、こんな男に追従する各国の首脳も出てくる。ところで本作では、イラクの大量破壊兵器保持の情報を、ディック・チェイニー副大統領首席補佐官が意図的にリークしたというくだりが登場する。彼に焦点を当てた秀作映画が4月に公開されます。それについては、またのちほどご紹介しましょう。(★★★★)