わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

宮沢りえのビューティショット

2009-02-27 18:33:46 | スターColumn

Big 永瀬正敏、宮沢りえ主演の「ゼラチンシルバーLOVE」(37日公開)は、写真家の操上和美(くりがみ かずみ)が原案・撮影監督・監督を手がけた作品です。そして、映像もドラマの進行も、ユニークな仕上がりになっています。無機質な部屋から向かいの女をビデオカメラで監視するカメラマン(永瀬)。運河をへだてた部屋で24時間監視され、ビデオで撮られる美しい女(宮沢)。映画は、カメラマンがビデオやカメラで収めていく女のプロフィールをとらえながら、ふたりの交わらない線をたどっていきます。

 この作品で、宮沢りえは、主人公のカメラマンの被写体になると同時に、操上監督の被写体にもなるわけです。そして、その姿は、あくまで冷たいまでの美しさを保ち続けます。無機質な部屋、無造作に積まれた本の列、テーブルがひとつ、キッチンにはステンレスの鍋。そこで女は静かに本を読み、卵をきっちり1230秒かけてゆでて食べるという生活を繰り返す。操上監督は、セリフを極端におさえ、ある時は超クローズアップで、ある時はロングショットで女の姿を凝視し、エロスの影を浮かび上がらせます。

 もともと生活臭のないガラスのような美しさが宮沢りえの魅力ですが、この映画は、そうした彼女の美を、つきつめてとらえていきます。そして、その正体がわかった時の衝撃…。さらに、街並みや草木やゴミを映し出すひとつひとつのショットも、くすんだ色彩で存在感を与えられ、素晴らしい構図を作り出す。そんな中で、宮沢りえのプロフィールが、まるで極彩色の蝶の標本のように浮かび上がる。新しい実験精神にあふれた映像作品であると同時に、冷たい熱さを秘めた宮沢りえのビューティショットも見どころです。


アカデミー外国語映画賞、おめでとう!

2009-02-25 17:57:07 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img043_2 ついに「おくりびと」が米アカデミー賞の外国語映画賞を受賞、よかったですね。この部門での日本映画の受賞は初めてです。人間の生と死に対して日本人が本来持っているはずの細やかな感性が、ハリウッド映画人に認められたということでしょうか。いま世界では、至る所で民族紛争や人権問題が起こり、国内でも無差別殺人や幼児虐待が頻発している。そんな現実に対して、生命の尊厳という当たり前のことを静かに訴えた作品でした。

ところで、今回のアカデミー賞で、主要部門の作品・監督賞など最多8部門で受賞したのは、イギリス映画「スラムドッグ$ミリオネア」(418日公開)でした。インド・ムンバイのスラム街育ちの孤児の少年が、世界最大のゲームショー「クイズ$ミリオネア」に出演し、億万長者になる夢に挑むという物語。クイズ番組の進行とともに、貧民として育った少年の苦難の足どりが並行して描かれ、クイズの答えのヒントを出していくという構成になっています。監督は、「トレインスポッティング」(96年)、「サンシャイン2057」(07年)などで、アウトサイダー的な語り口と斬新な映像感覚で知られるイギリス出身のダニー・ボイル。世間から人間としての価値をまったく認められない少年の境遇と、愛と富という夢を対置、融合させたリアルな(?)ファンタジー・ドラマになっています。

でも個人的には、デビッド・フィンチャー監督の「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」に作品・監督賞を、主演のブラッド・ピットに主演男優賞をとってほしかった。この作品こそ、人間の生と死に対する真摯な姿勢に貫かれていたからです。


ジェラルド・バトラーという男

2009-02-22 17:29:44 | スターColumn

Img041_2 スコットランド出身の男優、ジェラルド・バトラーに注目しています。1969年生まれ。弁護士として苦難の道を歩んだのち、舞台にデビュー。97年の「Queen Victoria/至上の恋」で映画初出演。「オペラ座の怪人」(04年)の主人公ファントム役で高い評価を得、「300/スリーハンドレッド」(06年)ではスパルタ王レオニダスに扮して筋肉隆々の肉体美を披露。いかにもイギリス系の俳優らしく、渋くてハードボイルドなキャラクターが特徴です。

 そのバトラーの新作「ロックンローラ」が公開されました。ロンドンの不動産ビジネスをめぐって闇社会が暗躍する、セックスとギャングとロックに彩られたクライム・ムービーで、彼は街のチンピラを生き生きと演じている。監督は、マドンナとの離婚で話題になったイギリス出身のガイ・リッチー。「ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ」(96年)や「スナッチ」(00年)など異色のギャング映画で注目を浴びました。今回は久しぶりのロンドン・ギャング群集劇で、激しく揺れ動くカメラ、斬新な編集技術、叩きつけるようなロックのリズムを融合させて、スタイリッシュな映像世界を見せてくれます。

 その中で、八方にいい顔をして、うまく立ち回ろうとする抜け目のないイギリス風の小悪党役は、バトラーにぴったり。今後も、ロマンチック・コメディ「The Ugly Truth」、スリラー「Game」など、数本の作品が待機中。彼には、ハリウッド・タッチのぬるま湯的な役柄に染まるよりも、独特のワイルドな個性で勝負してほしいものです


「ゴッドファーザー」と「ロードショー」

2009-02-19 17:39:38 | 懐かしい思い出

Img040_9 先日、NHKBSで、フランシス・フォード・コッポラ監督の「ゴッドファーザー」(72年)と「ゴッドファーザーPARTⅡ」(74年) を見直しました。やっぱり、素晴らしい作品ですね。ストーリー展開の巧みさ、出演者のみごとな個性のぶつかりあい、カメラ・アングルの斬新さ、生き生きとしたセリフ、音楽の効果的な使用、そのほか美術・編集にいたるまで完璧で、その映像はいつ見てもフレッシュです。両作品ともに米アカデミー作品賞を受賞。壮大なファミリー・ドラマから、アメリカ近代史の一側面が見えてきます。

「ゴッドファーザー」のパート1が日本で公開された1972年、映画雑誌「ロードショー」が創刊(3月発売の5月号が創刊号)されました。「ゴッドファーザー」は世界の映画ファンに衝撃を与え、もちろん「ロードショー」誌でも特集され、読者によって72年度のベストワン作品に選ばれています。続く第2位はオリビア・ハッセー主演の「ロミオとジュリエット」、3位がリバイバル上映された「風と共に去りぬ」でした。そして、「ゴッドファーザー」の主役のマーロン・ブランドが、男優部門の4位に選出されました。

 当時は、1960年代末に脚光を浴びたアメリカン・ニューシネマ出身のスターたち、「ゴッドファーザー」のアル・パチーノや、ダスティン・ホフマン、ロバート・レッドフォードらが人気を得つつあった。加えて、コッポラを筆頭にスティーブン・スピルバーグやジョージ・ルーカスらの監督たちが台頭し、ニューニュー・ハリウッドといわれるアメリカ映画の新しい時代が築かれつつありました。さらに、「ロードショー」誌の読者投票で72年度のベストワン・スターが、男優ではアラン・ドロン(彼は4年連続でベストワンに)、女優はカトリーヌ・ドヌーブという具合に、ヨーロッパ映画も強力だった。こんな背景があって、「ロードショー」創刊号は映画雑誌では類を見ない大部数を完売したのです。


名女優、高峰秀子の著書「わたしの渡世日記」

2009-02-17 16:07:29 | 映画の本

Img038 往年の名女優で、エッセイストとしても有名な高峰秀子の著書「わたしの渡世日記」(上・下巻/文春文庫)を読みました。1975523日号~76514日号まで「週刊朝日」に連載されたエッセイをまとめたものです。折々の話題をつづりながら、映画女優として、一女性としての自分史の中から、女優としての足取り、近代日本の映画史、太平洋戦争をはさんでの日本の歴史や風俗の変遷が、みごとに浮かび上がります。

 高峰秀子(1924~)といえば、十代のころの山本嘉次郎監督「馬」(41年)から、木下恵介監督「女の園」(54年)、「二十四の瞳」(54年)、「喜びも悲しみも幾歳月」(57年)、夫である松山善三監督「名もなく貧しく美しく」(61年)などの名作が印象に残っています。中でも、小豆島の分教場の先生を演じた「二十四の瞳」は、とても感動的な作品でした。

 彼女は、5歳のとき、サイレント映画「母」(29年)でデビュー。以後、撮影所での忙しい日々が続く。そのため、ろくに学校に通うこともできず、彼女の学問は世間のことを目で見、耳で聞くことでつちかわれたそうです。そして、愛称デコちゃんと呼ばれ、自然体で、大監督や、画家の梅原龍三郎、作家の谷崎潤一郎、川口松太郎らと交流していきます。

 とりわけ繰り返し語られるのが、4歳のとき養母になった叔母との葛藤です。中でも、「馬」で助監督をつとめた若き日の黒澤明と恋におち、養母に仲を引き裂かれるくだりは悲しみに満ちています。そして、彼女のギャラに支えられて暮らす家族や親族によって、貧しさから抜け出せない日々。それでも彼女は、映画女優として、たゆまぬ歩みを続けました。

 高峰がやっと平穏な生活を得たのは、木下恵介の助監督だった松山善三と55年に結婚して以来だそうです。そして79年、木下恵介作品「衝動殺人/息子よ」を最後に女優業から引退。以後、夫との幸せな生活の中で名エッセイを数多く発表。女優時代は、愛らしい容貌ながら、瞳の底に毅然とした態度がうかがえたのは、苦難に満ちた人生が反映されていたからでしょう。「わたしの渡世日記」は、そんな人柄が色濃く反映された傑作評伝です。


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