江別創造舎

活動コンセプト
「個が生き、個が活かされる地域(マチ)づくり」
「地域が生き、地域が活かされる人(ヒト)づくり」

私学の動向

2015年12月10日 | 歴史・文化

 公立高校の学級数(間口)の増は、地元私立高校の経営にとっては、大きな痛手ともなる両刀の剣でした。

 事実、市内に2校ある私立高校のうち三愛女子高校では、大麻(おおあさ)高校開校以前から大幅な定員割れの状態が続いていたのです。
そのため、昭和57年9月開催の議会では、道立高等学校誘致促進に関する要望決議において、三愛女子高に対する助成措置の必要性を認めました。
そして、翌58年6月議会で同校への振興助成費2,950万円が補正予算に計上され、可決をみました。
事実上の道立高校誘致に対する見返り措置ですが、議会決議では私学の特色や自助努力も強く求めたところであり、そうした経営上の創意工夫は、以後目に見えて具体化されていくことになりました。

 三愛女子高校では、59年度から英語科を開設し、国際化に対応した英語教育に特色を打ち出しました。
また、酪農学園機農高校でも同年度から酪農学園大学付属高校に校名を変更しました。
そして、63年4月には両校が合併する形で男女共学のとわの森三愛高校として新たなスタートをきりました。
この間、60年4月からは、酪農学園短期大学(酪農学科の単科)が女子のための教養学科を加えると同時に、校名を北海道文理科短期大学と改称、これにより高校~短大の女子一貫教育を目指すことになりました。
酪農学園にみるこのような動きは、公立志向が強まる全道的な高校、大学入学傾向に対する私学の危機感の現れであり、かつ一面では農業を取り巻く情勢の厳しさの反映ともいえました。

 幼稚園運営もまた厳しい経営環境にありました。
その主因は、市内の幼児(3歳~5歳)人口が53年度をピークに漸減傾向を辿ったためです。
そうした中、58年4月、あけぼの町に江別あかしや幼稚園が市内13番目の幼稚園として開園し、各園では園児確保にしのぎを削ることになりました。
59年11月、江別市私立幼稚園連合会は、6項目からなる60年度私立幼稚園振興に関する市費補助要望書を市に提出しました。
この中で、国の制度におある4~5歳児への就園奨励補助に3歳児を追加するよう求めたのに対し、市では61年度から単独事業として3歳児を対象とする就園奨励費(一律2万円)の支給を開始し、父母負担の軽減を図ると同時に、私立幼稚園の定員充足に制度上の支援を行うことになりました。


<参考>
当ブログ2012年10月15日(月) 「三愛女子高校」
当ブログ2009年  3月30日(月) 「全国唯一ー酪農学科開設ー酪農学園大学」

 
註:江別市総務部「えべつ昭和史」735頁.
写真:昭和41年当時の三愛女子高等学校の校舎前景
 同上書304頁掲載写真を複写し、当ブログ掲載いたしております。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする