輝が仕事を終えて部屋に戻ってきた時…部屋には子安さまの他に北殿が居た。
珍しいこともあるものだと思いながら挨拶をすると…北殿は部屋の一点を示した。
そこには吾蘭がちょこんと座っているのだが…吾蘭は何かを見つめたままじっと動かなかった。
「何かに反応しているのよ…。 あの子の中の王弟の記憶がそうさせているのでしょう…。
さっき…庭田から知らせがあったの…。 大きな動きがありそうだと…。
そのことで宗主は出かけたけど…この兄弟たちにも影響があるかも知れないから…私がついていることになったわ。
お邪魔でしょうけど…しばらく我慢してね…。 」
邪魔だなんて…とんでもない…と輝は恐縮した。
絢人はともかく…吾蘭と来人に影響が及べば…何が起こるか想像もつかない…。
如何に輝が島田屈指の能力者でも…幼い子供を抱えながらでは…どれほどのこともできないだろう…。
紫苑やノエルには悪いけれど…絢人を護れたらいい方…。
そんなふうに考えていた…。
本家で暮らすうちに…北殿は宗主も一目置く能力者だし…子安さまも相当な力を持っている…ということがだんだんに分かってきた。
彼女たちが居てくれれば…どれほど心強いか知れない…。
少なくとも…何も状況の分からないところにひとり置かれるよりはまし…。
不可解な行動をとっている吾蘭を見ながら…輝はそう思った。
玄関のチャイムが鳴る…。 誰だろう…義姉さんかなぁ…?
磯見はゆっくりと起き上がった。
ふらふらと玄関に向かって歩いて行く…。
モニターを見れば良いのに…半分脳が眠っている状態なのか…インターホンを取ろうともしない…。
磯見が発症して以来…この家には添田と磯見が住んでいるだけ…。
添田は万一の場合を考えて…妻子とは別居した…。
妻子は近くのマンションに住んでいるが磯見の状態を怖れて近付かない…。
週に何度か…添田が覗きに行くが…向こうから訪ねて来ることはない…。
ぼんやりとした頭のまま…覗き窓を覗いた…。
金井の顔が見える…。
あ…金井さん…。
またも病欠した磯見の様子を見に来たのだろうか…?
このままじゃ会社を首になるぞ…とでも忠告しに…。
仕事は…好きだけど…もう…だめかもしれない…。
そう思いながら…磯見は扉を開けた…。
途端に外から男たちがどっと傾れ込んだ…。
「磯見くん…。 」
どこかで聞いたことのある声が磯見を呼んだ。
紫苑…?
驚いて見開いた磯見の眼に西沢の姿が映った。
磯見の目から思いがけず…はらはらと涙がこぼれ落ちた…。
「つらかったね…。 大丈夫…何も話さなくていいよ…。 」
西沢はそう言って磯見を抱きしめた。
磯見の身体は力を失い…意識が遠のいた。
「恭介…酷い状態だ…。 すぐに診てやってくれ…。 」
その衰弱しきった姿に眉を顰めながら西沢は言った。
半ば気を失っている磯見をひょいと抱き上げると…西沢はお伽さまの気配のする磯見の寝室へと運んだ。
お伽さまは相変わらずにこにこと微笑みながら…西沢たちを迎えた。
危害を加えられた様子はなかった。
「やあ…来てくれましたね…。 」
お伽さま…と嬉しそうに飛びついていったノエルの背中を軽くとんとんと叩いて…
何事もなかったかのように穏やかに笑った。
西沢は少し笑みを浮かべながら会釈をすると…磯見をベッドに寝かせた。
滝川はすぐに磯見の傍らに行き…体力の状態を診た。
「まさに…生かさず殺さず…だな。
こんな扱いをするなんて…奴等は人間じゃないぜ…まったく…。 」
憤慨しながら治療を始めた。 極度の過労で低下した全身の機能をゆっくりと慎重に回復させていく。
やがて…少しずつ…磯見の頬に血の気が戻ってきた…。
「紫苑…奴等がどのような方法を使って…この方の力を利用しているのか分かりますか…?
添田くんには…相手の意識を遮断することができなかったようです…。
何度試しても…まったく…通じないのだそうです…。 」
お伽さまが西沢の顔を覗き込むようにして訊ねた…。
西沢は磯見に眼を向けた。
滝川の治療を受けている…磯見の身体からはHISTORIANらしき気配は感じられなかった。
「今は…だめですね…。 磯見自身の気配以外…何もありません…。
実際に磯見が利用されている時であれば…或いは掴めるかと…。 」
そうですか…とお伽さまは残念そうに頷いた。
「それなら…今…結界を張っちゃえば…?
そうすれば…奴等はもう…この人の中に入り込めないよ…? 」
今がチャンスでしょ…とノエルは言った。
「それでは根本的な解決にはならないんだよ…ノエル…。 」
金井が優しく諭すように答えた。
「結界を解いた途端にまたすぐ入り込もうとするだろう…。
正体を突き止めて排除しなければね…。 」
あっ…そうかぁ…と頷きながらノエルは磯見の方を見た。
磯見は以前ノエルを攻撃したことがある…。
まだ…HISTORIANの陰の部分がはっきりしていなかった頃で…発症した磯見に殺されかけていた彼等のひとりを助けようとした時だった。
油断していたノエルは磯見に近付いた瞬間に何らかの力を受けて気を失った。
亮が助けに入ったので事なきを得たのだが…。
磯見は潜在記憶の影響を受けて…何も分からなくなっていた。
せっかく添田がその潜在記憶を消してくれたというのに…今度は逆にHISTORIANに操られている…。
こんなことなら…あの公園の男…ほっとけばよかったな…とノエルは思った。
三宅といい…磯見といい…よくよく利用されやすいタイプのようだ…。
「よし…こんなもんだろう…。 少しは楽になったかい…? 」
そう言って滝川は磯見に笑顔を向けた。 磯見も弱々しいながら…笑顔で答えた。
治療を開始した時に比べればずっと元気そうに見えた。
よかった…と滝川は頷いた。
けれど…何度治療したところで…奴等を追い出さない限り同じことの繰り返しだ。
「お伽さま…。 お伽さまのご覧になるところ…奴等の力はどのような類のものとお考えですか…? 」
意見を仰ぐように金井が訊いた。
さあ…とお伽さまは首を傾げた…。
「霊力…ではないように思われます…。 この方の身体には何者かが憑依したような形跡はありません…。
むしろ…そうですねぇ…似ているのは宗主の一族の中でも一部の人たちだけが使う力…夢を操る力…ですか…。
僕は御霊に関することの方が専門で…そちらの能力には疎いのでよくは分かりませんが…そんな気がいたします…。 」
夢を操る…? 西沢の脳裏に何かが閃いた。
HISTORIANが…操るとしたら…?
「似てはいますが…夢では…ないかもしれません…。
奴等が操るのは…DNAに細工されたプログラム…です…。
添田は磯見の潜在記憶を消したのでしょうが…それは表面上のことです。
DNAの中にしっかりと刻み込まれた記憶は…つまりあの忌まわしいプログラムは完全に消えるわけではないのです…。
奴等なら…何かの方法によって再び甦らせることもできると思われます…。
ひょっとしたら…プログラムの内容を変えられるような力を持っているかも知れません…。
この頃…姿を見せている新顔の連中はそのために導入された専門の能力者なのかもしれない。
相手がプログラムでは…添田がいくら強力な結界を張ろうとも…無駄なわけです…。
磯見の身体を形成している細胞自体に原因が潜んでいるのですから…。
奴等の気配がするのは…ただ結果を見張っているだけなのかも知れません…。 」
西沢は眉を顰めてそう言った。
だとしたら…非常に厄介だ…こちらにはプログラムを操作できる者が居ない…。
皆は困惑したようにお互いの顔を見つめ合った。
「天爵ばばさまの魂は…そうした力を持っていないのでしょうか…? 」
何か打開の道は無いものかと…金井は考えた。
超古代からの魂ならば…その方法を知っているのでは…とも思ったのだが…。
「難しいと思います…。 ばばさまは予言の力は持っておられますが…魂となられた時はまだ幼い見習い…王弟の記憶をプログラム化したのは別の方なのですから…。」
お伽さまは如何にも残念そうに首を振った。
金井もがっくりと肩を落とした。
「ここで…何をしているんです…! 」
突然…怒気を含んだ声が部屋中に響きわたった。
いつの間にか…添田が寝室の扉のところに立っていた…。
「あんちゃん…紫苑が助けに来てくれたんだ…。
治療師さんを連れてきてくれた…。 すごく楽になったんだよ…。 」
半身を起こし…兄の怒りを解き解そうと…磯見は懸命に取り成した…。
添田は少しだけ元気を取り戻した磯見の姿を見て…一瞬…嬉しそうな表情を浮かべたが…すぐに悲しげな顔になった…。
痛ましげに添田を見つめている西沢の前に進み出て深々と頭を下げた。
もう…逃げ場は無かった…。
「特使…私を罰してください…。 どうか…宗主の前に突き出してください…。
罪を犯しました…。 同族を欺いたのです…。 私は…私は…お伽さまを…。 」
助けてくれたのですよ…お伽さまがにっこりと笑ってそう言った。
添田の顔に驚きの色が浮かんだ。
「奴等に襲われて気を失った僕をここへ匿ってくれたのです…。
あのまま…あそこに倒れていたらどうなっていたか…。 助かりました…。 」
西沢は大きく頷いた。
誰も添田を責めようとする者はいなかった。
「お伽さまがご無事で何より…宗主も喜ばれることでしょう…。
すぐにそのようにお伝え致します…。
金井…きみも…ね…。 」
西沢の言葉を受けて…金井も頷いた。
添田の目の前で…ふたりはそれぞれの組織にお伽さまの無事を伝えた…。
添田はもう一度皆に向かって深々と頭を下げた…。
緊張が解れて…やっと辺りに…穏やかな空気が流れようとする中…磯見が崩れるようにベッドに倒れこんだ…。
「ねえ…この人様子がおかしいよ…。 」
ノエルが叫んだ。
添田が慌てて磯見の傍に駆け寄った。
眼を見開いたまま動かない磯見…。
触れても反応が無い…。
滝川は磯見の状態を詳しく調べ始めた…。
お伽さまが心配そうにそれを見守った。
西沢も金井も…神経を研ぎ澄ませて…磯見を縛り付けているものの正体を探った。
磯見…待ってろよ…。
必ず解放してやるからな…。
人形と化した磯見の哀れな様子を見て…ふたりはそう胸の内で呟いた…。
次回へ
珍しいこともあるものだと思いながら挨拶をすると…北殿は部屋の一点を示した。
そこには吾蘭がちょこんと座っているのだが…吾蘭は何かを見つめたままじっと動かなかった。
「何かに反応しているのよ…。 あの子の中の王弟の記憶がそうさせているのでしょう…。
さっき…庭田から知らせがあったの…。 大きな動きがありそうだと…。
そのことで宗主は出かけたけど…この兄弟たちにも影響があるかも知れないから…私がついていることになったわ。
お邪魔でしょうけど…しばらく我慢してね…。 」
邪魔だなんて…とんでもない…と輝は恐縮した。
絢人はともかく…吾蘭と来人に影響が及べば…何が起こるか想像もつかない…。
如何に輝が島田屈指の能力者でも…幼い子供を抱えながらでは…どれほどのこともできないだろう…。
紫苑やノエルには悪いけれど…絢人を護れたらいい方…。
そんなふうに考えていた…。
本家で暮らすうちに…北殿は宗主も一目置く能力者だし…子安さまも相当な力を持っている…ということがだんだんに分かってきた。
彼女たちが居てくれれば…どれほど心強いか知れない…。
少なくとも…何も状況の分からないところにひとり置かれるよりはまし…。
不可解な行動をとっている吾蘭を見ながら…輝はそう思った。
玄関のチャイムが鳴る…。 誰だろう…義姉さんかなぁ…?
磯見はゆっくりと起き上がった。
ふらふらと玄関に向かって歩いて行く…。
モニターを見れば良いのに…半分脳が眠っている状態なのか…インターホンを取ろうともしない…。
磯見が発症して以来…この家には添田と磯見が住んでいるだけ…。
添田は万一の場合を考えて…妻子とは別居した…。
妻子は近くのマンションに住んでいるが磯見の状態を怖れて近付かない…。
週に何度か…添田が覗きに行くが…向こうから訪ねて来ることはない…。
ぼんやりとした頭のまま…覗き窓を覗いた…。
金井の顔が見える…。
あ…金井さん…。
またも病欠した磯見の様子を見に来たのだろうか…?
このままじゃ会社を首になるぞ…とでも忠告しに…。
仕事は…好きだけど…もう…だめかもしれない…。
そう思いながら…磯見は扉を開けた…。
途端に外から男たちがどっと傾れ込んだ…。
「磯見くん…。 」
どこかで聞いたことのある声が磯見を呼んだ。
紫苑…?
驚いて見開いた磯見の眼に西沢の姿が映った。
磯見の目から思いがけず…はらはらと涙がこぼれ落ちた…。
「つらかったね…。 大丈夫…何も話さなくていいよ…。 」
西沢はそう言って磯見を抱きしめた。
磯見の身体は力を失い…意識が遠のいた。
「恭介…酷い状態だ…。 すぐに診てやってくれ…。 」
その衰弱しきった姿に眉を顰めながら西沢は言った。
半ば気を失っている磯見をひょいと抱き上げると…西沢はお伽さまの気配のする磯見の寝室へと運んだ。
お伽さまは相変わらずにこにこと微笑みながら…西沢たちを迎えた。
危害を加えられた様子はなかった。
「やあ…来てくれましたね…。 」
お伽さま…と嬉しそうに飛びついていったノエルの背中を軽くとんとんと叩いて…
何事もなかったかのように穏やかに笑った。
西沢は少し笑みを浮かべながら会釈をすると…磯見をベッドに寝かせた。
滝川はすぐに磯見の傍らに行き…体力の状態を診た。
「まさに…生かさず殺さず…だな。
こんな扱いをするなんて…奴等は人間じゃないぜ…まったく…。 」
憤慨しながら治療を始めた。 極度の過労で低下した全身の機能をゆっくりと慎重に回復させていく。
やがて…少しずつ…磯見の頬に血の気が戻ってきた…。
「紫苑…奴等がどのような方法を使って…この方の力を利用しているのか分かりますか…?
添田くんには…相手の意識を遮断することができなかったようです…。
何度試しても…まったく…通じないのだそうです…。 」
お伽さまが西沢の顔を覗き込むようにして訊ねた…。
西沢は磯見に眼を向けた。
滝川の治療を受けている…磯見の身体からはHISTORIANらしき気配は感じられなかった。
「今は…だめですね…。 磯見自身の気配以外…何もありません…。
実際に磯見が利用されている時であれば…或いは掴めるかと…。 」
そうですか…とお伽さまは残念そうに頷いた。
「それなら…今…結界を張っちゃえば…?
そうすれば…奴等はもう…この人の中に入り込めないよ…? 」
今がチャンスでしょ…とノエルは言った。
「それでは根本的な解決にはならないんだよ…ノエル…。 」
金井が優しく諭すように答えた。
「結界を解いた途端にまたすぐ入り込もうとするだろう…。
正体を突き止めて排除しなければね…。 」
あっ…そうかぁ…と頷きながらノエルは磯見の方を見た。
磯見は以前ノエルを攻撃したことがある…。
まだ…HISTORIANの陰の部分がはっきりしていなかった頃で…発症した磯見に殺されかけていた彼等のひとりを助けようとした時だった。
油断していたノエルは磯見に近付いた瞬間に何らかの力を受けて気を失った。
亮が助けに入ったので事なきを得たのだが…。
磯見は潜在記憶の影響を受けて…何も分からなくなっていた。
せっかく添田がその潜在記憶を消してくれたというのに…今度は逆にHISTORIANに操られている…。
こんなことなら…あの公園の男…ほっとけばよかったな…とノエルは思った。
三宅といい…磯見といい…よくよく利用されやすいタイプのようだ…。
「よし…こんなもんだろう…。 少しは楽になったかい…? 」
そう言って滝川は磯見に笑顔を向けた。 磯見も弱々しいながら…笑顔で答えた。
治療を開始した時に比べればずっと元気そうに見えた。
よかった…と滝川は頷いた。
けれど…何度治療したところで…奴等を追い出さない限り同じことの繰り返しだ。
「お伽さま…。 お伽さまのご覧になるところ…奴等の力はどのような類のものとお考えですか…? 」
意見を仰ぐように金井が訊いた。
さあ…とお伽さまは首を傾げた…。
「霊力…ではないように思われます…。 この方の身体には何者かが憑依したような形跡はありません…。
むしろ…そうですねぇ…似ているのは宗主の一族の中でも一部の人たちだけが使う力…夢を操る力…ですか…。
僕は御霊に関することの方が専門で…そちらの能力には疎いのでよくは分かりませんが…そんな気がいたします…。 」
夢を操る…? 西沢の脳裏に何かが閃いた。
HISTORIANが…操るとしたら…?
「似てはいますが…夢では…ないかもしれません…。
奴等が操るのは…DNAに細工されたプログラム…です…。
添田は磯見の潜在記憶を消したのでしょうが…それは表面上のことです。
DNAの中にしっかりと刻み込まれた記憶は…つまりあの忌まわしいプログラムは完全に消えるわけではないのです…。
奴等なら…何かの方法によって再び甦らせることもできると思われます…。
ひょっとしたら…プログラムの内容を変えられるような力を持っているかも知れません…。
この頃…姿を見せている新顔の連中はそのために導入された専門の能力者なのかもしれない。
相手がプログラムでは…添田がいくら強力な結界を張ろうとも…無駄なわけです…。
磯見の身体を形成している細胞自体に原因が潜んでいるのですから…。
奴等の気配がするのは…ただ結果を見張っているだけなのかも知れません…。 」
西沢は眉を顰めてそう言った。
だとしたら…非常に厄介だ…こちらにはプログラムを操作できる者が居ない…。
皆は困惑したようにお互いの顔を見つめ合った。
「天爵ばばさまの魂は…そうした力を持っていないのでしょうか…? 」
何か打開の道は無いものかと…金井は考えた。
超古代からの魂ならば…その方法を知っているのでは…とも思ったのだが…。
「難しいと思います…。 ばばさまは予言の力は持っておられますが…魂となられた時はまだ幼い見習い…王弟の記憶をプログラム化したのは別の方なのですから…。」
お伽さまは如何にも残念そうに首を振った。
金井もがっくりと肩を落とした。
「ここで…何をしているんです…! 」
突然…怒気を含んだ声が部屋中に響きわたった。
いつの間にか…添田が寝室の扉のところに立っていた…。
「あんちゃん…紫苑が助けに来てくれたんだ…。
治療師さんを連れてきてくれた…。 すごく楽になったんだよ…。 」
半身を起こし…兄の怒りを解き解そうと…磯見は懸命に取り成した…。
添田は少しだけ元気を取り戻した磯見の姿を見て…一瞬…嬉しそうな表情を浮かべたが…すぐに悲しげな顔になった…。
痛ましげに添田を見つめている西沢の前に進み出て深々と頭を下げた。
もう…逃げ場は無かった…。
「特使…私を罰してください…。 どうか…宗主の前に突き出してください…。
罪を犯しました…。 同族を欺いたのです…。 私は…私は…お伽さまを…。 」
助けてくれたのですよ…お伽さまがにっこりと笑ってそう言った。
添田の顔に驚きの色が浮かんだ。
「奴等に襲われて気を失った僕をここへ匿ってくれたのです…。
あのまま…あそこに倒れていたらどうなっていたか…。 助かりました…。 」
西沢は大きく頷いた。
誰も添田を責めようとする者はいなかった。
「お伽さまがご無事で何より…宗主も喜ばれることでしょう…。
すぐにそのようにお伝え致します…。
金井…きみも…ね…。 」
西沢の言葉を受けて…金井も頷いた。
添田の目の前で…ふたりはそれぞれの組織にお伽さまの無事を伝えた…。
添田はもう一度皆に向かって深々と頭を下げた…。
緊張が解れて…やっと辺りに…穏やかな空気が流れようとする中…磯見が崩れるようにベッドに倒れこんだ…。
「ねえ…この人様子がおかしいよ…。 」
ノエルが叫んだ。
添田が慌てて磯見の傍に駆け寄った。
眼を見開いたまま動かない磯見…。
触れても反応が無い…。
滝川は磯見の状態を詳しく調べ始めた…。
お伽さまが心配そうにそれを見守った。
西沢も金井も…神経を研ぎ澄ませて…磯見を縛り付けているものの正体を探った。
磯見…待ってろよ…。
必ず解放してやるからな…。
人形と化した磯見の哀れな様子を見て…ふたりはそう胸の内で呟いた…。
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