徒然なるままに…なんてね。

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一番目の夢(第四十五話 最終回 新たなる事件への序章)

2005-07-05 12:05:20 | 夢の中のお話 『樹の御霊』
 本儀式が終わって数ヶ月、二人も後継者を送り出したというのに修は相変わらず会社と紫峰家の間で忙しい日々を送っていた。

 あの日修は、うろたえる長老衆を前にして追い討ちをかけるような事はしなかったし、無論、過ぎたことを執拗に咎めたりはしなかった。伝授する者として簡単に相伝の経過と終了を報告しただけだった。
 それなのに、一左と次郎左が過去の罪を恥じて突然引退を宣言し、透と雅人が継承者として真に独り立ちするまでの間、修を暫定的に宗主の座に据えることを提唱したのだ。
勿論、本人を除いては誰にも意義などあろうはずもなくそのまま決定されてしまった。

 『まあ、軽く見積もってもあの二人なら一人前になるのには十年以上はかかるな。』
黒田がそう言って笑った。

 修にとっては笑い事ではない。所詮、儀式は儀式。透や修が完全に奥儀を使いこなせるようになるまでには本当にそれくらいはかかりそうだ。
 奥儀に限ったことではない。そのほかの儀式やしきたり、行事についても二人はまだほとんど何も知らない。修がやってきたことを見ていて少しずつ覚えてはいるものの、修がいなければ何も先へ進まない。独り立ちなんてまだ先の先か…。

 取り合えずいまは何をするにしても修がひとりで背負い込まなくてもよくなったので、それだけでも随分と助かっている。すべてを熟知している本物の祖父があれこれと手を貸してくれる。孫たちの修練にも積極的に付き合ってくれる。これまでとは大違いだ。

 一左はおおらかで逞しく、おまけに人懐っこい性格で茶目っ気もある。長い年月の悪夢を補って余りあるかのように、あっさりと孫たちとの生活に馴染んで余生を楽しんでいる。雅人が仕込んだ対戦ゲームもなかなかの腕前らしい。

 何よりもこの祖父は孫たちに対して愛情深く、すでにいい大人である修には少々くすぐったいほどだ。紫峰家の雰囲気がずっと解放的で明るくなった。



 周りが平穏無事だと闇喰いのソラとしてはご馳走を獲るためにちょくちょく町へ出掛けなければならなくなって、面倒くささから時々笙子のマンションに居候を決め込む。
 入れ替わり立ち代り新しい恋人なる彼女もしくは彼が現れることに最初は戸惑ったソラだが、この頃慣れたせいか全く気にしなくなった。

 『そりゃ何人も出入りするけど実際鍵持ってるのは修だけだぜ。』
黒田のところで透、雅人、悟、晃の4人組を相手に時々そんなおしゃべりをして帰っていく。

 もともと黒田のオフィスは黒田個人専用の仕事場で他のスタッフは別の階で働いているのだが、いまでは一族の若手の集う場所になってしまい、実際の仕事場をとうとうスタッフのいる階に移した。仕事のない時に若い連中の話を聞くのもちょっとした楽しみではある。



 三左の問題が解決されて一族の気持ちが落ち着いてくると、身内の関心は修と笙子のことに集中し始めた。
 笙子が次郎左や輝郷に対して、あれは三左の目を欺くための作戦ですとはっきり打ち明けたにもかかわらず誰も納得しなかった。

 「よほど結婚させたいのね。ちょっと遊びが過ぎたかしら…。」

笙子はコーヒーに浮かんだクリームをかき回しながら溜息をついた。

 「ごめん。迷惑…だよな?」

修は申しわけなさそうに訊ねた。

 「そんなことないけど…。私たちそれこそ3歳くらいから一緒にいるんだもの。
お互い空気みたいなもんだし…いまさらね…。」

笙子はもう一度溜息をついた。 
 
 「空気でもいいけどな…僕は…。」

修がぽつりと呟いた。笙子は驚いたように修を見た。

 「いまと同じで…逢いたい時に逢って…話したいことを話して…そんな形でいいよ。
君が他の人を好きになっても…僕は別に構わない…いまだってそうだろ?
だけど君と僕なら本当に必要なときにはお互いに助け合っていけると思うんだ…。」

修は笙子を見つめた。

 「私…浮気するわよ…。」

 「うん…。」

 「完全な別居結婚になるわ…。」

 「だって君…浮気するなら…その方が便利だと思うけど…?」

 修が笑いながら言った。
『本当にそれで成り立つなら…世にも変わった夫婦だわ』と笙子は思った。



 三十年近く紫峰家に覆い被さっていた闇が晴れ、祖父と孫たちの新しい生活が始まった。
気が向いたときに帰ってくる嫁さんと相変わらず親戚の小父さんを名乗っている透の親父さん。
まあ平凡と言えるかどうかは別として、彼らも含めてそれなりに楽しい家庭を作っていけばいい。
 
 修はこれで二度と自分が『樹』として戦うことはないだろうと思った。
なぜなら『樹』としての自分の力は紫峰を護り支える為だけのもので、世間とは全く無縁のものと考えていたからだ。
 紫峰一族が外部の者に対してその力を発揮したのははるか昔のことで、それももう世間からはとうに忘れ去られている。

 そう…忘れ去られているはずだった。

 『樹』というその名前。

 紫峰本家から遠くはなれた小さな村で陰惨な事件が起こるまでは…。





一番目の夢 完了
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