徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第十五話 気がかり)

2005-10-15 22:28:30 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 翌朝の新聞には城崎がまた襲われたことを大見出しで載せてあった。
警官は本当に軽傷だったようで透も隆平もほっとした。
僕も見たかったと雅人がちょっと残念がった。

 「ねえ。修さん。僕…何だか気になるんだけど…。 」

先に食事を終えて会社に出かけようとしている修に隆平が声をかけた。

 「これだけしつこく襲われているってことは相手が城崎の能力を信じて怖れているってことでしょ?
 犯人たちの中に能力者がいるんじゃないかなぁ…?
それもそんなに強いやつじゃなくて城崎の力が分かるくらいのさ。
 
 そうじゃなきゃ城崎のことこれほど本気で狙ったりしないんじゃない? 
街灯の少ないあの公園の暗さから言ってはっきり犯人が肉眼で見えないのは事実でしょう?
普通の人なら超能力なんて信じやしないもの。 」

隆平はそう訊ねた。

 「それはあるかも知れないな。 
もしそうならすでにおまえたちのことも見抜いているかもしれないね。
 とにかく十分気をつけるんだよ。
相手の勝手な思い込みで狙われることもないわけじゃないからね。 
じゃ…行ってくるよ。 」

行ってらっしゃい…と三人はその場から修を見送った。



 今月からやっとデート解禁で雅人は真貴と久しぶりに待ち合わせをしていた。
勿論今の雅人の立場からすればデートどころの騒ぎじゃないのだが、とにかく一度会って真貴には直接謝っておかなければならないと思っていた。

 「呆れてるけど怒ってないよ。 年上の女泣かせて…ほんと馬鹿なんだから。
遊ぶなら修ちゃんとにしときなさい。 何ぼ寝てもいいよ。 
 修ちゃん相手ならあんたが妊娠することがあっても、修ちゃんが妊娠する心配はないからね。 」

 「なんだそれ…? 」

 雅人は思わず首を傾げた。
真貴はかまわずそのまま続けた。

 「それで足りなきゃ透でも隆平でも史朗でも相手はいくらでもいるんだから。」

 「男ばっかじゃないか…それ。 それはちょっと耐えられね~。
女もひとりふたり入れといてくれ~。 」

真貴はにやっと笑った。ふざける元気があれば大丈夫だね…。

 「あんたはほっといたらどこで何人こどもこさえてくるか分からんからね。
相手が男ならその心配はないしさ。 」

 「真貴~。 だからさ~。 悪かったってば。 このとおり。」

雅人は真貴に向かって手を合わせた。

 「ごめん…。 」

 真貴はじっと雅人を見つめた。
不意に雅人は真面目な顔になった。

 「お前に迷惑掛けることは分かってた。 悲しませるだろうとも思った。
でも子どもの命は捨てられない。 成り行きでできたなんて言いたくないんだ。
少なくともその瞬間は愛し合ったと信じたい。 愛し合ってできた子だと…。 」

うんうんと頷いて真貴は少し切なそうに微笑んだ。

 「青いなぁ。 普通言うかなぁ。 裏切った相手にさ。」

 真貴は雅人の出生の経緯を知っていた。
外に出来た子…愛人の子と呼ばれて育った雅人が堂々と胸を張って言える事は、両親である徹人とせつは本当に愛し合っていたんだということ。

 雅人は自分の子どもにもそう言ってやりたいのだろう。
きみは僕と鈴さんが本当に愛し合って出来た子なんだよ…と。

 真貴は雅人の腕を取ると自分よりずっと背の高い雅人の顔をを見上げて囁いた。
 
 「無事に生まれるといいね。 雅人…。 祈っててあげるよ。 」

真貴の言葉に雅人は微笑んだ。



 林の木々の紅葉もそろそろ色褪せてきた。
抜け落ちた葉っぱが足元でかさかさと音を立てている。
外灯の明かりも心なしか寒々として見え、ソラのいた祠も主不在のままだ。

 闇喰いのソラは鬼面川の事件の時に遠出したことで自由の味を思い出し、しばらく遊んでくると修に言い残して出て行った。
 もともと闇喰いは人に飼われるような魔物じゃないから、広い空の下で自由に生きる方が幸せには違いない。
 元気ならどこにいてもいいさ…と修は思った。

 透たちが鬼面川の鬼遣らい行事に出かけてしまったので、母屋も洋館もしんと静まり返っていた。

 さすがの雅人もひとりでは騒ぎようがないとみえ静かなものだ。
もうアルバイトから帰ってくる時刻だが母屋の方には姿がなかった。
 
 洋館の居間の文机でいつものように仕事を始めた修のために、多喜が夜食を用意してきた。時間がかかりそうなので先に休むように言うと多喜は一礼して部屋を後にした。  

 真夜中過ぎになってやっとひと段落ついたが、特に御腹も空いてなかったので夜食をそのままにして寝室へ引き上げた。

 寝室のドアの向こうに誰かの気配を感じて一瞬ドアを開けるのを躊躇ったが、それが雅人の気配であることがすぐに分かった。

 「雅人…ずっとここにいたのか? 」

 雅人はベッドの上で寝息を立てていた。
修を待っていたのだろうが待ちきれなかったようだ。 

 「風邪をひくよ…。 」

何も掛けないで眠っている雅人にそっと布団を掛けてやろうとすると、薄らと目を開けた。

 「あ…お帰りなさい。 」

半分寝ぼけたような顔で雅人は起き上がった。

 「ただいま…と言いたいところだけどお休みの時間だ。
おまえ晩御飯は…? 」

 「食べなかった…。 なんか食べたくなかった…。 」

 修が驚いたような顔をして雅人の額に手を当てた。
額もあててみた。雅人のような大食漢が食べたくない…?

 「熱はないようだが…。 胃でも痛むのか? 」

 「ううん…。 何処も悪くないけど。 何となく…。 」

 何となく…感傷的になっているのはまだ未成熟なまま父親になるという不安が拭いきれないからではないのか…と修は感じた。 

 昔なら19といえば大人だし、今だって結婚を許されている齢だ。
だが現代っ子の19は大人である面と未だ大人になりきれない面が不安定に同居している。
 
 「透と冬樹を抱えて僕はいつも不安だらけだったよ。 」

修は笑ってそう言った。雅人ははっとした。

 「何しろ僕自身がまだ小学生だったからね。 何もかもが手探りで…初めてのことばかりだった。 オムツもミルクも…。
ふたりの赤ん坊を抱えて途方にくれてたというのが本当のところさ。

 まあ何とか育つもんだよ。 子どもってのはさ。 透を見てるとそう思うよ。
親が多少乱暴でもいい加減でもね。 
 おまえたちのことが大切だよ…大好きだよ…いつも傍にいるよって、心からそう思って伝えていけばね。 」

雅人は何かじっと考えているようだった。

 「本当なら僕…学校を辞めて働かなくちゃいけないのに…。父親なんだから。」

ふうっと大きく溜息をついて雅人は言った。

 「それはおまえの置かれている立場上許されないことだ。
僕も認めない。 確かに世間的にはそれが当然の責任の取り方かもしれないが…。

 おまえは何れは僕の右腕として財閥を背負うことになる。
運営能力が問われるばかりじゃない。 資格、学位、学閥も結構物を言うぞ。

 それに学問は時間のあるうちに出来るだけしておいた方がいい。
知識を蓄えておけ。 何よりの財産だ。

おまえにはそれが許される環境と財力がある。 それを有効に使え…。 」

 若い雅人の焦る気持ちも分からないではないが、財閥のトップに名を連ねるからには先ずは自分自身を育てることが先決だ。

 財閥のトップとしてのバトンを引き継ぐため、修自身も叔父貴彦から長年に亘って厳しく鍛えられた。
 貴彦は宗主としての修を支えてやれない分、紫峰の財政に関しては後継者教育を怠らなかった。
 修もまた、雅人を鍛えるつもりでいた。
今は自分で選んで決めたアルバイトをしている雅人だが、大学二年目からは財閥関連事業での実地訓練を始めることになっている。

 自分の気持ちと現実との板ばさみになって気落ちしている雅人を見て、修は少し話を変えた。

 「鈴さんがおまえの赤ちゃんを産む頃にね。
笙子もお母さんになれるかも知れない。 楽しいね。 家族がまた増えるんだ。
僕は今からわくわくしているよ。」

子どもが大好きな修は笙子が再び身籠ったことを嬉しそうに語った。

 「修さんは不安じゃないの? 」

そう訊ねる雅人に修は笑って答えた。

 「初めて自分の子を持つときに不安じゃない親がどこにいるんだい? 
僕なんかすでにふたりを育て上げて、ひとり亡くして、おまえを含めて四人も面倒見たってのに、やっぱり不安さ。 」

そうなんだ…と雅人は思った。

 「雅人…御腹が減ってると余計に不安になるぞ。 
食べておいで…居間に多喜が用意してくれた夜食がある。 」

無言で頷くと雅人はひとり寝室を出て行った。 



 倉吉の報告では今度の発砲事件でさすがの城崎も急激に元気を失い、実家に閉じこもったままだということだった。
 自分が再度襲われたこともあるが、軽傷とはいえ買い物に付き合ってくれた警察官に怪我を負わせたことがかなりショックだったらしく、何度も警察官の怪我の具合を確かめたそうだ。

 悪い子じゃないわね…と笙子は思った。

「犯人のグループの中に多少なりとも能力を持った者がいるのではないかと隆平が言ってるらしいの。

 城崎自身は相手に力があるかどうかを感知できるわ。
でもあなたや岬くんのように特別な障壁を張っていれば感知できない。

 相手の力が弱すぎるなら問題はないけれど、あなたや岬くんと同等かそれ以上の力を持っているとすれば、紫峰の子どもたちは極めて危険な状態にあると言って過言ではないわ。 」

 笙子は倉吉に緊急の場合には自分の許可がなくても大至急紫峰宗主にも連絡を入れるように言った。
 良くも悪くも戦い慣れている透や雅人なら何ということもなかろうが、力はあってもまだ鬼母川の事件でしか戦いを経験していない隆平には緊急の対処ができるかどうか…。

 修…外部の能力者との戦いになるかもしれないわよ…。 
でも…相手が能力者ならなぜ人殺しに武器を使うのかしら?
能力探知しかできないとか…?

或いは…仲間にも能力のことを秘密にしている…?

 笙子はあらゆる可能性を考えた。 
紫峰が危険に晒されることは藤宮が危険に晒されることでもある。
紫峰の子どもたちの危険はすぐに藤宮の子どもたちに波及するだろう。

 最悪の場合でも紫峰の段階でこの事件を解決し、藤宮の被害を最小限度に抑えなければならない。 
 夫の一族に対して非情なようだけれどそれが長の務めだ。
逆の立場であれば宗主修もそう考えるだろう。

笙子はそっと自分の御腹に手を当ててごめんね…と呟いた。
その子が紫峰の血を引くかどうかは定かではなかったけれど…。




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