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徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

現世太極伝(第三十六話 ノエル火を吹く!)

2006-03-29 14:07:16 | 夢の中のお話 『現世太極伝』
 そんなに心配してもらわなくても…僕は立ち直りは早い方で…何てことを言ってる場合じゃないな…。
さすがの西沢も少々焦った。
 子どもの頃から男女を問わず言い寄られるのには慣れてはいるが、ノエルはまだ亮と幼い関係を結んだばかり…。
良いも悪いもまだこれからだってのに…?

 「それは…つまり…そういうこと…? 」

 何を馬鹿なことを言ってるんだ。通じるわきゃねえだろ…。   
ノエルがにこっと笑ってうんと頷く。
通じちゃったよ…。

西沢はふうっと溜息をついて再びベッドの端に腰を下ろした。

 「あのさ…なんで今? 亮くんに何か問題があるわけ…? 」

そんなんじゃないけど…とノエルは俯く。

 「亮はさ…最初に僕を女の子だと思い込んでたから…そういう感覚から離れられないわけ…。 
 僕にとって…それはちょっとしんどい…。 
でも亮のこと大好きだから…亮とは…それでも良いかなって…。 」

どこかで聞いたような話だ…西沢の顔がちょっと引きつる。

 「けど…やっぱり違和感あるんだ…。 」

で…なんで僕なのか…って話だけど…。

 「紫苑さんは…滝川先生と…ある? 」

はぁ? あ…そういうこと…か。
 
 「恭介ね…。 そうだね…あったと言えばあったんだけど…。
はるか昔…八年ほど前…若気の至りで二度ほど…ね。
 愛だの恋だのそんな感情的なもんじゃなくてまさに遊びだったから…バニラ程度の他愛のないものだったんだけど…。
あいつちゃっかり写真に撮ってやがった…油断も隙もないったら…。 」

西沢はすでに滝川の手で処分されたあの写真を思い浮かべた。

 「遊びでも…ちゃんと相手を同性だって認識していたわけでしょ…。
紫苑さんならきっと僕のこと女の子だとは考えないと思ったんだ…。 」

 ノエルは子どものような笑顔を浮かべる。
こいつの笑顔は曲者だ…と紫苑は思う。

 「そりゃまあね…けど…僕と…なんて発想は自分から女だって言ってるようなもんじゃないのか…。
 悩殺ボディのお姉さんと…ってなこと考えるなら別だけど…さ。 
あ…これは僕の趣味ね…輝はちょっと細っこいけどな…。 」

訊いてねえし…ちょっと不満気にノエルは唇を尖らせる。

 「だって滝川先生はどう見たってしっかり男だよ。 
そっちの気があるかどうかは知らないけど…僕にはあるようには思えない。 
 なのに…紫苑さん命の人じゃないさ…。 
なら僕だってそれでもいいでしょ。 紫苑さん好きでも…。 」

 ノエルはまた上目遣いに西沢を見た。
まさに正論…なんだけどね…。 きみのそういう仕草は男とは思えないよ…。
 多分…きみの中には両方の特質が複雑に入り混じってあるんだろうね…。
男の子として育ったからか…その方が勝ってるわけだけど…。

 西沢の両膝に乗せられた男性離れした優しい手が白く浮いて見える。
西沢はもう一度ノエルを抱き上げた。

 「紫苑命は…まあ…頷けるとして…十何年も付き合ってると…気持ちも何も物理的なもの超えちゃった状態になる…らしい。
 輝は恋人として僕にとっちゃ大切な存在ではあるけれど…身体で繋がってる輝よりも…ある意味恭介と僕は濃密な関係にある。
輝はそれが気に食わないようだ…。 」

ま…それはどうでも良いか…。

 「僕は道徳家でも倫理崇拝主義でもないから…火遊びもないわけじゃないけど…今んとこ本気になれるのは輝だけなんだ。
ノエルのご期待に副えるとは思えないんだけどね…? 」

西沢は真面目な顔でノエルに言った。

 「僕は別に…紫苑さんの一番のお気に入りになろうなんて思ってないもの。
時々ちょっとかまって貰えればいいんだ…。
僕の気持ちは紫苑さんの心の隅っこにでも置いといて…。 」

 ノエルはそう言って両腕で紫苑の首を抱いた。
小悪魔…と紫苑は呟いた。 
 決して意図して行動しているわけではないが、ノエルはその子どものような屈託なさ…あどけなさで人を惹き付け魅了する力を持っている。
女の子と違うのはそういう自分を演出しているわけではないということ…。

 いいのかよ…知らないぜ…泣かせちゃっても…。
やれやれ…紫苑…おまえもほんと節操のない…呆れた奴だ。
 そんな声が西沢の中で木霊する。
輝の怒った顔がチラッと西沢の脳裏を過ぎった…。



 
 部屋のクッションの海に溺れながら亮はぼんやりと天井を見ていた。
意外なことには…帰るなり部屋に籠もってしまった有のことを少なからず心配している。
 中学の時から年中ほっとかれているから、親なんて金だけの存在だとずっと思っていたのに…。

 有のことよりももっとノエルのことが気になるかと思っていた。
気にならないわけじゃない…気になってしょうがないから気にしないようにするしかない。
 とにかく…ノエルはもともと西沢さんのことが好きだったんだから…焼いたって仕方がないんだ。

 それより親父…祥さんにまんまと騙された上に、今更、西沢さんを取り戻すこともできなくってショックだったろうな…。

 亮…と下から呼ぶ声がした。

 いつもなら寝た振りして無視を決め込むところだが、今日はさすがにそれはできそうにない。
亮は呼ばれるままに居間の方へと降りていった。

 自分の部屋の扉を開けた途端甘い匂いが漂ってきた。
階段を下りるとさらにその匂いは強くなった。

 キッチンのテーブルの上にほかほかのホットケーキが数枚…焼かれてあった。
唖然として有とホットケーキを見比べた。

 「俺さ…子どもの頃こいつが好きで…お袋によく焼いて貰ったんだ。
将来…俺が親父になったらこいつを子どもに作ってやろうだなんて考えてた…。
 いつの間にやら忘れちまってて…紫苑はおろかおまえにさえ食わしてやったことなかったよな…。 」

 よかったら食ってくれ…と有は言った。
亮は黙ってホットケーキの前に座った。 
 
 生まれて初めて有の作ったものを口にした。
少し甘みの薄い生地二枚にメープルシロップがたっぷりとかけられてバターの塊が溶け出している…。

 俺の小さい頃は糖蜜か蜂蜜しか手に入らなかったが…。

 用意された皿は三枚…ケーキは六枚で…有と…亮と…それは多分…母のではなく西沢の…。
二度と取り返せない紫苑の分なのだろう…と亮は思った。

 わけもなく亮の眼から涙がこぼれ落ちた。
有が誤魔化し誤魔化し洟を啜っていた。

 「悔しい…なぁ…。 亮…。 」

 有が初めて亮に見せた生の姿だった。 
悔しいなぁ…悔しいけど仕方がないなぁ…。

 親子ふたりで黙々とホットケーキを食べた。
甘いはずのメープルシロップが塩味に変わった。
 


 今朝も遅刻することなく地下鉄のプラットホームにノエルは姿を現した。
別段変わった様子もなくて拍子抜けといえば拍子抜け…。

 「おはよう…亮…。 」

おはよう…と答えた。

 「西沢さんの様子は…どう? 」

なんでもない振りをして亮はノエルに訊ねた。

 「いつもと変わりない…。 思ったよりショック…軽かったみたい。 
亮のお父さんは…どう? 」

ごく普通に返事が返ってきた。

 「こっちは結構ショックだったみたい…すぐ立ち直ったけどね。 」

 そうなんだぁ…可哀想に…とノエルは言った。
可哀想なのは僕の方かも…亮は胸のうちで呟いた。

 「あ~眠てぇ…夕べはよく眠れんかった。 」

亮は欠伸をしながら言った。

 「僕はまあまあ眠れたけど…朝早かったんでやっぱ眠いや。
家へテキスト取りに帰ってたんで…。 」

 電車が到着した。雨はあがっているもののどんよりした空気はそのままだ。
電車の中はやっばりむっとする。

 だんだんに人が増えて押し競饅頭になってくる。
亮は小柄な…と言っても亮に比べればだが…ノエルの傍らに立って庇うように壁になってやる。

 その優しさは嬉しいんだけど…完全に女の子扱いだもんな…。
ノエルはちょっと苛々した。


 構内の木々が青々と葉を繁らしているのに空の色は冴えない。
居眠りしたくなるような講義を聞いてノートを取り、安い学食で昼飯をつつきながら同期生たちと馬鹿話に花を咲かす…。
 こうして変化のない毎日を過ごしている間にも…意思を持つエナジーたちの決断の時は迫っているのかもしれない。
相変わらず争いは絶えないし…汚染も減らない。

 次々と新しい争いの種が蒔かれていくせいで、数少ない能力者たちの小競り合いでさえ…西沢が寝込むほど頑張ってもすべてを収めることはできない。
 西沢のような御使者が全国にどれほど存在するのかは分からないが…おそらくみんな一様に四苦八苦していることだろう。
午後の講義に倦んでぼんやり窓の外を見ていた亮はそんなことを思った。


 亮より一時限先に今日の講義を受け終えた直行はひとりで地下鉄の駅に向かっていた。
 西沢に言われたとおり克彦たちに夕紀の動きを知らせて相談したが、他家の能力者が…それも世間的に名の通った紅村旭が係わってくるとあって、長老衆はその件についてよくよく話し合って決めるので勝手には動くなと直行に言い渡した。

 直行としては不満だったが引き下がるしかなかった。
そんなこんなを考えながらぼうっと歩いていると、こちらへ向かってくる一団のひとりと肩がぶつかってしまった…というかぶつけられてしまった。

 直行と同じくらいか少し下の男が五人…いかにも暇そうな連中で…ぼうっとしていた直行はいい暇つぶしに使われることになってしまった。
脇道に追われ因縁をつけられて金をせびられた。
 直行があまり金を持っていないと分かると彼等は暴力を振るい始めた。
能力者でない彼等を相手に力は使えない…。
保護能力だけは使っているものの喧嘩に弱い直行は切羽詰った。

 「こらてめぇら! 俺のダチに手ぇ出すんじゃねぇ! 」

 背後からど迫力なでかい声が響いた。暇男たちは一斉にその方を振り返った。
振り返って唖然とした。
 女の子かと思うような華奢な坊やが立っていた。
ノエルだと気付いた直行は大変なことになったと思った。

馬鹿にした笑い声があたりに響いた。

 「なんだか細っちいやつが出てきたぜ。
怪我しねえうちに帰りな。 ママのおっぱいしゃぶってろ! 」

相手にもならねぇ…と暇男どもは笑い転げた。

 「怪我しねえうちに帰るのはてめぇらの方だよ。 」

 ノエルは斜めに構えて挑発的な態度を見せた。
暇男たちもカチンと来た。

 「ノエルやめろ! 逃げろ! 」

 直行は蹴りを入れられながら叫んだ。
ところがノエルは直行の言葉を聞き入れるどころか逆に飛び込んできた。

 「直行に手ぇ出すなって言ってんだよ! 」

 直行の腹を蹴った男が翻筋斗打って倒れた。 
直行を含めて回りの連中の眼が一瞬点になった…が…すぐ気を取り直した。

 「こいつからたたんじまえ! 」

 暇男たちは一斉にノエルに向かった。
いつものだらだらな態度が一変しノエルは素早かった。
そして強かった。
 あって間に五人が転がった。
直行の眼が点になりっぱなしだった。

 「あほめらぁ! 前中の高木の名を忘れたんかぁ! 」

 前…中の…高木…。 暇男たちが一斉に引いた。
その名前は四年経った今も語り継がれている。
こいつだけは見た目で判断するな…と。

 「いいかぁ。 この周辺にゃ俺のダチがうじゃっと居る。
手ぇ出したらただじゃおかねぇからなぁ。 」

 ノエルが吼えた。
暇男たちはあわくって逃げ出した。

 逃げ出した先に亮が眼を丸くして棒立ちになっていた。
あ~すっきりしたぁ…ノエルはにこっと笑った。

 「直行…大丈夫? 」

 いつもの甘ったるい声でノエルが訊いた。
直行は無言のままうんうんと頷いた。

 「亮…講義はぁ? 」

休講…と亮は答えた。

んじゃ…帰ろうかぁ~。 
ノエルは楽しげに笑いながら歩き出した。





 

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