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徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

現世太極伝(第二十五話 馬鹿言ってんじゃねえ!)

2006-03-09 22:00:02 | 夢の中のお話 『現世太極伝』
 真夜中近く…誰かが毛布か何かをかけてくれたような気がしてノエルはふと眼を覚ました。
 バイトが終わった後で亮の家に泊めてもらった。
今夜は父親が早く帰宅することが分かっていたので何となく家に帰りたくなかったのと、店長に借りた映画を一緒に見る約束もしていた。

 亮の家の居間で映画を見ながらふざけあっているうちにふたりともいつしか眠ってしまったようだ。
 寝ぼけた頭で考える…同じ毛布の中で亮は眠っている…。
えぇ~誰…?

 さすがにドキッとして飛び起きた。
背の高い中年の男がソファで新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた。

 「あ…今晩は…お邪魔してます…。 」

ノエルがそう挨拶すると男は穏やかな笑顔を向けた。

 「こんなところで寝ては風邪を引くよ。 亮を起こして寝室に行きなさい。 」

 はい…と返事をしてノエルは亮を揺すった。
寝ぼけ眼で起き上がると亮は有が帰ってきていることに驚いた。

 「いつ来たのさ…。 」

 そう有に声をかけた。
有は亮を見ようとはせずテーブルの上を指差した。
何処だかの土産と一緒にあのファースト・ラブ・キスが置いてあった。

 「初恋にしちゃあ…ちょっと齢が過ぎているが…まあまあの出来だな…。 
滝川恭介はよほど腕が良いとみえる…15~6に見えんこともない…。 」

 亮はノエルに亮の部屋のある二階へ行くように促した。
有におやすみなさいを言ってノエルは二階へ上がっていった。 
 亮もすぐ後から上がっていこうとしたが、急に有が呼び止めた。
亮はもう一度有の方へ向き直った。

 「亮…真面目に…誠実にな…。 」

 有は真剣な表情で言った。
何のことだか一瞬分からなかった。

 「あの子の身体…大切に考えて…な…。 」

 はぁ…? 亮は首を傾げたが…ようよう気付いた。
有にはノエルが女の子に見えている。
 
 「あ…ノエルは男…何も心配ないよ…。 」

 ちょっとうろたえ気味に亮は言った。
有が微かに笑みを浮かべた。

 「亮…俺も実は治療師の端くれでな…。 分かるんだよ…。
なにも…説教しようってんじゃない…。 
 俺の後悔さ…。 
好きだという気持ちだけでは…誰も幸せにはできない…。 
取り返しのつかない俺の大失敗からの忠告だ…。 」

 亮が父親のこんな切ない顔を見たのは初めてだった。
父親というよりは…苦い経験をしたひとりの男として亮に語って聞かせているようだった。

 「分かった…。 」

 亮は珍しく素直に答えた。
有はそうか…というように深く頷いた。

 二階の亮の部屋でノエルが様々なクッションに囲まれて待っていた。
クッションだけじゃない。部屋中に物が溢れていた。

 「凄いね…。 雑貨屋さんみたいだ。 」

そう言ってあたりを見回した。

 「子どもの頃からさ…お金だけ渡されてたろ…。
きっと満たされないものがあったんだろうけどさ…。
 部屋にいっぱい物があると落ち着くんだ。
西沢さんと会うようになってからは…全然買わなくなったけど…ね。 」

 柔らかいクッションの海の中にノエルは仰向けに倒れこんだ。
ふかっとした感触がノエルを迎えた。

 「何か楽しいよね…この感じ…さ。 」

 クッションの反発を確かめるかのようにノエルは身体を動かした。
小さな子供みたいだ…と亮は思った。

 「あ…エロ本めっけ! こんなとこ放り出して文句言われない? 」

 ほとんど独り暮らしだからね…と亮は笑った。
僕んちは千春や母さんがうるさいからな…お兄ちゃんのどすけべ…とか言われたりさ…パラパラとページを捲りながらノエルは肩を竦めた。

 その様子を見て亮はなんだかほっとした。
父さんはあんなことを言ったけど…やっぱりノエルは男なんだ…。
そうだよな…どう考えたって…。

 「なに…? 」

 ふいにノエルが顔を上げた。なんでもないよ…と首を横に振った。
つい最近まで女の子だとばかり思っていたその優しい顔…華奢な身体。
 同性だということに対する安堵の気持ちと訳もなく泣き出したいような感覚が亮の中で複雑に絡み合っていた。 

…大切に考えて…な…という有の言葉が胸の中で揺れ動いた。



 水没しかかっている島が在ると思えば、砂漠化の進む国があり、相変わらず汚染物質は撒き散らされ、争いの火は消えない…。
 地球をぶっ壊すためのシナリオを書いているのはいったい誰なのか…?
実演しているのは誰なのか…? 
 国か…企業か…? 
なあに…そんな組織的なことではなくっても…ひとりひとりが抱える小さな欲望が67億集まれば地球一個くらい簡単に消し飛んでしまう大きさになるのだろう。

 「…にしても…こいつらは…。 」

 滝川は憮然とした顔で、西沢にへばりついている英武と怜雄を睨みつけていた。
怜雄がなんとか英武を抑え込んでいるうちは恐怖のあまり自制心を失うようなことも少なくなったが、英武は相変わらず紫苑から離れられない。
英武に発作の兆候が少しでもある時に怜雄が気を抜くとパニックも復活…。

 次第に大人たちへ波及し始めた争いの火種を消すために、滝川の仕入れてきた情報を検討するつもりで集まってみれば…英武がまた突然発作を起こして抑えようとする紫苑を突き倒したり、そうかと思えば全力でしがみついたり…。

 奥の部屋から慌てて駆けつけた滝川が初めてその状況を目の当りにして、治療師の本領発揮、英武を止め…呆然としている怜雄を怒鳴りつけた。
やっと我に返った怜雄がまた英武を抑え…事態をやっと収拾した。

 「だって…仕方ないじゃないよ。 恭介には分かんないかもしれないけど…さ。
発作が起きると頭の中真っ白だし…シオンに触れてないと…消えてしまうような気がして凄く怖いんだから…。」

 英武は子供のように口を尖らせて言った。
滝川は天を仰いだ。いい年をして…どうしようもない…甘ったれ…め。

 「だからって…紫苑に暴力を振るうことはないだろう?
紫苑は愚痴ひとつ言わないけど…この間だって顔から手足から怪我だらけ…。
どう考えてもおまえがここで暴れたに決まってるじゃないか…。 」

 滝川に強く言われて英武は項垂れた。そんなつもりじゃないのに…。
紫苑が軽く微笑んでそっと英武の手を握った。

 「恭介…英武を責めないでくれ…。 僕が悪いんだから…。 」

馬鹿言ってんじゃねえ! 義理の弟をあくまで庇おうとする西沢に恭介が切れた。
 
 「おまえがそうやって庇うから英武はいつまで経ってもガキのままなんだ。
怜雄…おまえだって同じだぞ。 兄貴の癖に見て見ぬ振りばかりで…。

 原因を作ったのは紫苑の母親で紫苑じゃない。 紫苑に何の罪がある?
病気を言い訳にして何も言えない紫苑をいたぶって何が仕方ない…だ!
病気ならさっさと医者へ行け! 治す努力をしろ! 甘えてんじゃねえ! 」

 滝川の剣幕に英武は恐れ縮こまり紫苑の陰に身を潜めた。
怜雄が大きな溜息をついた。
気の弱い英武では怒った恭介を黙らせることはできない。

 「おまえの思っている通りだ…。 西沢家は…ずっと紫苑を縛り付けてきた。
独立して西沢家を出て行こうとする紫苑をこの部屋に閉じ込め…逃げ出せないように監視をつけた。
冷酷に翼を捥ぎ取った上で…僕も…英武も…紫苑の優しさにずっと甘えてきた。

 だけど…恭介…いたぶっていたわけじゃない…。
僕等も両親も心底…紫苑が可愛くて愛しくてどうしようもないだけなんだ。 
僕等の一方的な我儘で…紫苑にとっては残酷な仕打ちと分かってはいるが…。 」

 怜雄は…西沢家の真の目的には触れなかった。
西沢家が一族の中で木之内家を抑えて絶対的な覇権を握るためには西沢の子としての紫苑の存在が不可欠であること…。

 そう…それが真相だが…だからといって家族の紫苑への愛情は偽りではない。
度が過ぎてはいるけれど…。

 「恭介…おまえにだってそういう面がある…。
西沢家のように力尽くで紫苑を支配しようとはしないだけで…。 」

 滝川は言葉を失った。
怜雄はそれ以上のことは言わなかったが、怜雄が考えているよりずっと深く滝川の胸をえぐった。

 ガチャガチャと玄関の鍵を開ける音がした。
重苦しい空気の中で窒息しそうな四人の男の前に、亮とノエル、千春、直行を引き連れた輝が姿を現した。
輝は敏くその場の状況を察したが敢えて触れず、亮たちに席につくように促した。
何事もなかったかのように検討会が始まった…。



 夕紀が差し向けたと思われる能力者に襲われた直行は、裏切られたショックか高熱を出してまる二日寝込んだ。
 母親に言わせれば単なる風邪に過ぎないのだが…三日目に何を思ったか家を飛び出して克彦の家の居候になった。
 亮が聞いたところでは、克彦に護身の方法や戦い方を教わっているらしい。
夕紀のことがよっぽどこたえたんだ…と思い、亮もノエルもできるだけ傷に触らないようにしていた。

 検討会でその話が出た時もふたりは知らん振りをしていたが、やめとけば良いのに千春が同情して慰めたりしたのを、本人はとうに胆を据えたらしく案外けろっとして千春のお節介に答えていた。

 滝川の新しい情報で分かったことは、意思を持つエナジーたちが好んで使っているあの男女の姿は、実際に導師と呼ばれている男…旭(あさひ)と女…桂(かつら)の姿を写し取ったものらしい。
 本人たちは勿論エナジーではなく人間でちゃんと実体がある。
この旭と桂はこの地域の導師で、どうやら他の地域には別の導師がいるようだ。

 これを縮図と見れば…この世界のありとあらゆるところで同じような能力者が小集団を形成し、あの男女同様集団を指揮して戦わせているということになる。
 しかも、それは決して太極の意思ではなく…あくまで人間の勝手な思い込みによるもの…困ったことだ…。
 
 西沢にはあの太極という大いなるエナジーが溜息を通り越して少しずつ苛立ちを感じ始めているように思えてならず、修復を担当するエナジーの怒りの声さえ聞こえてくるような気がしていた。

 そうじゃない…それは我々が求めているものではない…争うことは失うこと…今必要なのは戦いではない。
 大切なのは失われたものを取り戻すこと…壊されたものを修復すること…おまえたちの真の仕事は…新しいエナジーを生み出すこと…その力で…その心で…。





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