歓迎されるとは思っていなかったものの自分を見る周りの目があからさまに驚きの色を呈していて頼子はひどく居心地の悪さを感じていた。
着替えてくればよかった…と頼子は思った。
座敷の襖が開いて紫峰の宗主が一歩中へ踏み出そうとした時、明らかに一瞬の躊躇いがあったことを感じ取った。
夜の街で客を物色中とでもいうような出で立ちに宗主も唖然としたのだろう。
しかもこんな夜中に突然押しかけてくるような不躾な事をしているわけだから。
それでも頼子の前に腰を下ろして頼子の挨拶を受けてくれた。
まあ…修とすれば思いっきり寝過ぎて眠れない夜ではあったが…。
「どうしたのですか…? 随分と急なご来訪で…城崎さんに何か? 」
修は怯えているような頼子の様子を見てできるだけ優しく声をかけた。
頼子はまだ少し迷っていたがいきなり平伏した。
「宗主さま…お願いでございます。 頼子に力をお貸し下さい。 」
ミニタンクトップの胸元からFカップがちらりと覗いて修は目のやり場に困った。
「どうにもおかしいんです。
昭二も敏も旦那や久遠さんが不利になるような行動ばかり…それも好き好んででやっているわけではないのです。
まるで何かに操られているようで…。 」
頼子は真剣な表情で修に訴えた。
超ミニから伸びやかな2本の網タイツの足が窮屈そうに正座をし、今にもその間が見えてしまいそうで…悩ましい。
修は手で彼女の言葉を制しておいて襖の向こうに声をかけた。
「誰か…この寒そうなお嬢さんに何か持ってきてくれ…。 」
ちょうど透がバイトから帰って来たところだったので、はるは透に超特大のトレーナーを渡してよこした。
雅人のデカトレだ…あいつ怒るぞ…。できるだけ雅人の目に触れないように後ろに隠し持った。
座敷の襖のところで、中の様子を窺っている他の三人と合流した。
襖を明けるとみんな揃って固まった。
恐るべき香水の香りに包まれた眼の保養…いやさ毒の花がそこに居た。
「何で…ここにいるのさ? 」
気を取り直した瀾が怒ったように言った。
「瀾…しばらく黙ってなさい。 透…そのトレーナーをお嬢さんに…。」
透は頼子に雅人のデカトレを渡した。
修はそれを着るように促した。頼子は丈の短いのジャケットを脱ぐとタンクトップの上からそれを着た。
雅人は一瞬あっと思ったが…チラッと見えたFカップに免じて許してやった。
頼子は着膨れのサンタクロースのようになりながら、それでもどこかほっとした顔をしていた。
「最初は久遠さんのためにと考えて始めたんだと思います。
久遠さんを城崎の家へ帰すためには坊やが邪魔だと感じたのでしょう。
でも久遠さんは坊やのことを愚かとは思っても殺そうなんて考えてもいません。
久遠さんにとっては可愛い弟なんです。
それなのに昭二たちの行動はどんどんエスカレートしてしまって…。
昭二たちだって分かっているはずなんです。
このままじゃ久遠さんの立場が悪くなるばかり…かえって苦しめる結果になるんだってことも…。
現に警察が久遠さんに目をつけ始めて久遠さんは全く動きが取れない状態だし…。
それなのに坊やを狙うことを止められないんです…。 」
頼子の大きな目が縋るように修を見つめた。
修はしばらく何かを考えていたが思い出したように頼子に訊いた。
「確か…あなたは樋野の出でしたね?
樋野の家についてあなたが知っている限りのことを教えていただけませんか? 」
頼子は何から話そうかと考えているようだったが、やがて淡々と話し始めた。
「樋野の出とは言ってもあたしは代々樋野の下働きをしていた家の者ですからそんなに詳しくは分からないんですが…。
樋野家は城崎家に代々使えていた家来みたいなものだったと聞いています。
明治くらいの時に城崎家から独立して商売で成功したようで今でも結構羽振りがいいみたいですけど…。
久遠さんの実のお母さんと旦那が出来ちゃった時に城崎の先代や一族の人が樋野を身分違いだとさんざんに貶して結婚を認めなかったって話で、今でもそのことを恨んでいる人がいるらしいです。
でも…旦那本人や久遠さんを悪く思っている人は聞いたことがありません。
特に久遠さんのことはかえって頼りにする人もいるくらいで…。 」
頼子は話し終えると緊張したのか喉が渇いたようで出されてあったお茶を一気に飲み干した。
「樋野のご本家はどうですか? ご本家は随分久遠を可愛がっていたようだと聞いていますが…。 」
さすがに咽て小さく咳払いしてから頼子は答えた。
「本家の旦那は久遠さんの実の伯父ですから亡くなった妹の代わりにそりゃあもう可愛がったそうです。
でも本家の奥さんは結構久遠さんを邪魔にして意地悪してたみたいですよ。
久遠さんは何も言いませんが…あたし久遠さんちの賄いの佳恵ちゃんと仲良しだもんで昭二たちが零していたのを佳恵ちゃんから聞いたことがあります。 」
頼子が知っているのはそのくらいで久遠を取り巻く細かな人間関係までは分かりかねるようだった。
頼子の勘が中っているなら、昭二も敏も自分の意思とは関係なく、誰かにそうしなければならないと思い込まされて爛を狙っていることになる。
しかもそれがあたかも自分の意思であるかのように錯覚させられている虞がある。
長年離れて暮らしている城崎の長はともかく、もし頼子が正しければ久遠がなぜそのことに気付かないのだろうと修は思った。
「あなたを疑うわけではないが紫峰としては他家の騒動にそう簡単にこちらから首を突っ込むことはできない。
城崎の長や久遠の直接の頼みであれば立ち入ることもできようが…何の依頼もないままに勝手に他家の敷居を越えて行動することは許されない。
それが暗黙のルールだ。 」
頼子は宗主の答えを聞いてがっくりと肩を落とした。
それは確かにそうなのだ。頼子が助けてくれと頭を下げたところで、城崎の長や久遠が紫峰の介入を嫌えば紫峰としてはどうしようもない。
けれどもこの件については長も久遠もまったく気付いていないわけだし、頼子としては他の誰を頼る訳にもいかないのだ。
「お嬢さん…このことは決して口に出してはいけませんよ…。
昭二とか敏とかいう者たちにもこれ以上近づかないこと。
あなたがこの件の異常さに気付いてしまったことを敵に知られてしまうとあなたの命も危なくなりますからね。 」
宗主は気落ちしている頼子に釘を刺した。
「あたしの命なんてどうということはないけれど…旦那や久遠さんの命は他のもんには代えられない。
おふたりの身にことがあれば城崎はおしまいだもの…。
何にも知らない甘ったれの坊やひとりじゃ背負っていくものが大き過ぎる…。 」
頼子は悲しげに呟いた。
それまで憮然としていた瀾が驚きの表情で頼子を見つめた。
頼子が城崎の家の行く末をこれほど案じてくれているとは思ってもみなかった。
瀾の知っている頼子は如何わしい仕事をしてきた破廉恥な女で男と見たら誰でも銜えこむ淫乱…それが興信所の報告だった。
いま目の前にいる頼子は城崎の長と久遠とを護ろうとする報恩と忠義に満ちた健気な娘だった。
「あたしを助けてくれるように旦那に頼んでくれたのは久遠さんなんです。
あたしが家の借金のせいであっちこっちに売り飛ばされるもんだから、佳恵ちゃんが何とかしてやってくれって久遠さんに話したもんで。
久遠さんが直接援助するとまた樋野の目が煩いから旦那が代わりに…。
あ…久遠さんとあたしは別にそんな仲じゃないですからね。
旦那とはご存知のとおりですけど…。 」
頼子が城崎親子のことを思う気持ちに偽りのないことは誰の眼にもはっきりと分かった。
悩殺ボディの淫の花の真心は修の知っているどの女性に勝るとも劣らないほど純粋なようだ。
「安心なさい…城崎さんや久遠に何かことが起こるとすれば、それは瀾が誰かに殺された場合です。
瀾が無事であればふたりに害が及ぶことはないはずです。
瀾のことは城崎さんからも依頼を受けていますし、今までどおり紫峰が全力を挙げて護るつもりです。
それよりも心配なのはあなたの方だ。
相手も能力者ならあなたが普段と違う行動に出たことはすぐに察知するでしょう。
あなたの命だって城崎さんや久遠と変わりなく大切なものなのですよ。 」
宗主はそう言って頼子に優しく微笑みかけた。
頼子の頬がうぶな娘のようにぽっと染まった。
宗主は頼子を手招きすると後ろを向くように指示した。
頼子は宗主のすぐ前まで進み出ると背中を宗主に向けた。
「おまえたち彼女に護りの印を…。 」
瀾の目の前で不思議な光景が繰り広げられた。
紫峰の三人の息子が頼子の背後に集まった。
「いまからあなたの身体に紫峰の護りの印を与えます。
これはあなたに危険が迫った場合に我々にそれを知らせるもので、その印自体があなたを助けるというものではありませんが何かの時には役には立つでしょう。
少し触れますが許してください。 」
透が先ず頼子の背中の右の肩甲骨辺りに中指と人差し指を当てた。目を閉じて何事かを念じているようだった。
やがて何か小さな光のようなものが頼子の中に吸い込まれたように見えた。
交代して隆平が反対の左側に、さらに雅人が中央にそれぞれの護りを印した。
最後に宗主が頼子を自分の方に向き直らせるとその額に宗主の護りの印を刻んだ。
「これで何事かあれば我々4人のうち誰かが知らせを受け取ります。
けれどもすぐに動けるわけではありませんからくれぐれも無茶はしないで下さい。
即死状態のあなたを助けることはできませんからね。 」
頼子は深々と頷いた。
「雅人…はるに部屋を用意させなさい。 今から帰宅では道中が危険だ。
お嬢さんにはお泊り頂こう。 」
雅人ははい…と返事をすると座敷から出て行った。
「あ…あたしなら大丈夫。 昼間より夜の方が得意な人だから。 」
透が思わず噴出した。頼子は何事か分からず皆を見回した。
隆平も笑いを堪え何とか咳払いで収めた。瀾だけがまた憮然とした顔をしていた。
しんと静まり返った紫峰の母屋にある客間の布団の中で頼子はひとり宗主の言葉を思い出していた。
ひとつは瀾が無事である限り城崎の長や久遠に害は及ばないという言葉の意味…いまひとつは頼子の命もふたりと変わりなく大切だと言ってくれたこと…。
城崎の長に拾って貰うまではいつもゴミやくずのように扱われてきた頼子にとって、それは長や久遠以外の他人から初めて聞かされた誠意ある言葉だった。
あたしをちゃんと人間として扱ってくれたんだ…と頼子は思った。
宗主を信じてみよう…。だって他にどうすることもできないんだもの…。
そう決心して頼子は眠りについた。
朝の早い紫峰ではそれほどゆっくりとは眠ってられない時間ではあったけれど…。
次回へ
着替えてくればよかった…と頼子は思った。
座敷の襖が開いて紫峰の宗主が一歩中へ踏み出そうとした時、明らかに一瞬の躊躇いがあったことを感じ取った。
夜の街で客を物色中とでもいうような出で立ちに宗主も唖然としたのだろう。
しかもこんな夜中に突然押しかけてくるような不躾な事をしているわけだから。
それでも頼子の前に腰を下ろして頼子の挨拶を受けてくれた。
まあ…修とすれば思いっきり寝過ぎて眠れない夜ではあったが…。
「どうしたのですか…? 随分と急なご来訪で…城崎さんに何か? 」
修は怯えているような頼子の様子を見てできるだけ優しく声をかけた。
頼子はまだ少し迷っていたがいきなり平伏した。
「宗主さま…お願いでございます。 頼子に力をお貸し下さい。 」
ミニタンクトップの胸元からFカップがちらりと覗いて修は目のやり場に困った。
「どうにもおかしいんです。
昭二も敏も旦那や久遠さんが不利になるような行動ばかり…それも好き好んででやっているわけではないのです。
まるで何かに操られているようで…。 」
頼子は真剣な表情で修に訴えた。
超ミニから伸びやかな2本の網タイツの足が窮屈そうに正座をし、今にもその間が見えてしまいそうで…悩ましい。
修は手で彼女の言葉を制しておいて襖の向こうに声をかけた。
「誰か…この寒そうなお嬢さんに何か持ってきてくれ…。 」
ちょうど透がバイトから帰って来たところだったので、はるは透に超特大のトレーナーを渡してよこした。
雅人のデカトレだ…あいつ怒るぞ…。できるだけ雅人の目に触れないように後ろに隠し持った。
座敷の襖のところで、中の様子を窺っている他の三人と合流した。
襖を明けるとみんな揃って固まった。
恐るべき香水の香りに包まれた眼の保養…いやさ毒の花がそこに居た。
「何で…ここにいるのさ? 」
気を取り直した瀾が怒ったように言った。
「瀾…しばらく黙ってなさい。 透…そのトレーナーをお嬢さんに…。」
透は頼子に雅人のデカトレを渡した。
修はそれを着るように促した。頼子は丈の短いのジャケットを脱ぐとタンクトップの上からそれを着た。
雅人は一瞬あっと思ったが…チラッと見えたFカップに免じて許してやった。
頼子は着膨れのサンタクロースのようになりながら、それでもどこかほっとした顔をしていた。
「最初は久遠さんのためにと考えて始めたんだと思います。
久遠さんを城崎の家へ帰すためには坊やが邪魔だと感じたのでしょう。
でも久遠さんは坊やのことを愚かとは思っても殺そうなんて考えてもいません。
久遠さんにとっては可愛い弟なんです。
それなのに昭二たちの行動はどんどんエスカレートしてしまって…。
昭二たちだって分かっているはずなんです。
このままじゃ久遠さんの立場が悪くなるばかり…かえって苦しめる結果になるんだってことも…。
現に警察が久遠さんに目をつけ始めて久遠さんは全く動きが取れない状態だし…。
それなのに坊やを狙うことを止められないんです…。 」
頼子の大きな目が縋るように修を見つめた。
修はしばらく何かを考えていたが思い出したように頼子に訊いた。
「確か…あなたは樋野の出でしたね?
樋野の家についてあなたが知っている限りのことを教えていただけませんか? 」
頼子は何から話そうかと考えているようだったが、やがて淡々と話し始めた。
「樋野の出とは言ってもあたしは代々樋野の下働きをしていた家の者ですからそんなに詳しくは分からないんですが…。
樋野家は城崎家に代々使えていた家来みたいなものだったと聞いています。
明治くらいの時に城崎家から独立して商売で成功したようで今でも結構羽振りがいいみたいですけど…。
久遠さんの実のお母さんと旦那が出来ちゃった時に城崎の先代や一族の人が樋野を身分違いだとさんざんに貶して結婚を認めなかったって話で、今でもそのことを恨んでいる人がいるらしいです。
でも…旦那本人や久遠さんを悪く思っている人は聞いたことがありません。
特に久遠さんのことはかえって頼りにする人もいるくらいで…。 」
頼子は話し終えると緊張したのか喉が渇いたようで出されてあったお茶を一気に飲み干した。
「樋野のご本家はどうですか? ご本家は随分久遠を可愛がっていたようだと聞いていますが…。 」
さすがに咽て小さく咳払いしてから頼子は答えた。
「本家の旦那は久遠さんの実の伯父ですから亡くなった妹の代わりにそりゃあもう可愛がったそうです。
でも本家の奥さんは結構久遠さんを邪魔にして意地悪してたみたいですよ。
久遠さんは何も言いませんが…あたし久遠さんちの賄いの佳恵ちゃんと仲良しだもんで昭二たちが零していたのを佳恵ちゃんから聞いたことがあります。 」
頼子が知っているのはそのくらいで久遠を取り巻く細かな人間関係までは分かりかねるようだった。
頼子の勘が中っているなら、昭二も敏も自分の意思とは関係なく、誰かにそうしなければならないと思い込まされて爛を狙っていることになる。
しかもそれがあたかも自分の意思であるかのように錯覚させられている虞がある。
長年離れて暮らしている城崎の長はともかく、もし頼子が正しければ久遠がなぜそのことに気付かないのだろうと修は思った。
「あなたを疑うわけではないが紫峰としては他家の騒動にそう簡単にこちらから首を突っ込むことはできない。
城崎の長や久遠の直接の頼みであれば立ち入ることもできようが…何の依頼もないままに勝手に他家の敷居を越えて行動することは許されない。
それが暗黙のルールだ。 」
頼子は宗主の答えを聞いてがっくりと肩を落とした。
それは確かにそうなのだ。頼子が助けてくれと頭を下げたところで、城崎の長や久遠が紫峰の介入を嫌えば紫峰としてはどうしようもない。
けれどもこの件については長も久遠もまったく気付いていないわけだし、頼子としては他の誰を頼る訳にもいかないのだ。
「お嬢さん…このことは決して口に出してはいけませんよ…。
昭二とか敏とかいう者たちにもこれ以上近づかないこと。
あなたがこの件の異常さに気付いてしまったことを敵に知られてしまうとあなたの命も危なくなりますからね。 」
宗主は気落ちしている頼子に釘を刺した。
「あたしの命なんてどうということはないけれど…旦那や久遠さんの命は他のもんには代えられない。
おふたりの身にことがあれば城崎はおしまいだもの…。
何にも知らない甘ったれの坊やひとりじゃ背負っていくものが大き過ぎる…。 」
頼子は悲しげに呟いた。
それまで憮然としていた瀾が驚きの表情で頼子を見つめた。
頼子が城崎の家の行く末をこれほど案じてくれているとは思ってもみなかった。
瀾の知っている頼子は如何わしい仕事をしてきた破廉恥な女で男と見たら誰でも銜えこむ淫乱…それが興信所の報告だった。
いま目の前にいる頼子は城崎の長と久遠とを護ろうとする報恩と忠義に満ちた健気な娘だった。
「あたしを助けてくれるように旦那に頼んでくれたのは久遠さんなんです。
あたしが家の借金のせいであっちこっちに売り飛ばされるもんだから、佳恵ちゃんが何とかしてやってくれって久遠さんに話したもんで。
久遠さんが直接援助するとまた樋野の目が煩いから旦那が代わりに…。
あ…久遠さんとあたしは別にそんな仲じゃないですからね。
旦那とはご存知のとおりですけど…。 」
頼子が城崎親子のことを思う気持ちに偽りのないことは誰の眼にもはっきりと分かった。
悩殺ボディの淫の花の真心は修の知っているどの女性に勝るとも劣らないほど純粋なようだ。
「安心なさい…城崎さんや久遠に何かことが起こるとすれば、それは瀾が誰かに殺された場合です。
瀾が無事であればふたりに害が及ぶことはないはずです。
瀾のことは城崎さんからも依頼を受けていますし、今までどおり紫峰が全力を挙げて護るつもりです。
それよりも心配なのはあなたの方だ。
相手も能力者ならあなたが普段と違う行動に出たことはすぐに察知するでしょう。
あなたの命だって城崎さんや久遠と変わりなく大切なものなのですよ。 」
宗主はそう言って頼子に優しく微笑みかけた。
頼子の頬がうぶな娘のようにぽっと染まった。
宗主は頼子を手招きすると後ろを向くように指示した。
頼子は宗主のすぐ前まで進み出ると背中を宗主に向けた。
「おまえたち彼女に護りの印を…。 」
瀾の目の前で不思議な光景が繰り広げられた。
紫峰の三人の息子が頼子の背後に集まった。
「いまからあなたの身体に紫峰の護りの印を与えます。
これはあなたに危険が迫った場合に我々にそれを知らせるもので、その印自体があなたを助けるというものではありませんが何かの時には役には立つでしょう。
少し触れますが許してください。 」
透が先ず頼子の背中の右の肩甲骨辺りに中指と人差し指を当てた。目を閉じて何事かを念じているようだった。
やがて何か小さな光のようなものが頼子の中に吸い込まれたように見えた。
交代して隆平が反対の左側に、さらに雅人が中央にそれぞれの護りを印した。
最後に宗主が頼子を自分の方に向き直らせるとその額に宗主の護りの印を刻んだ。
「これで何事かあれば我々4人のうち誰かが知らせを受け取ります。
けれどもすぐに動けるわけではありませんからくれぐれも無茶はしないで下さい。
即死状態のあなたを助けることはできませんからね。 」
頼子は深々と頷いた。
「雅人…はるに部屋を用意させなさい。 今から帰宅では道中が危険だ。
お嬢さんにはお泊り頂こう。 」
雅人ははい…と返事をすると座敷から出て行った。
「あ…あたしなら大丈夫。 昼間より夜の方が得意な人だから。 」
透が思わず噴出した。頼子は何事か分からず皆を見回した。
隆平も笑いを堪え何とか咳払いで収めた。瀾だけがまた憮然とした顔をしていた。
しんと静まり返った紫峰の母屋にある客間の布団の中で頼子はひとり宗主の言葉を思い出していた。
ひとつは瀾が無事である限り城崎の長や久遠に害は及ばないという言葉の意味…いまひとつは頼子の命もふたりと変わりなく大切だと言ってくれたこと…。
城崎の長に拾って貰うまではいつもゴミやくずのように扱われてきた頼子にとって、それは長や久遠以外の他人から初めて聞かされた誠意ある言葉だった。
あたしをちゃんと人間として扱ってくれたんだ…と頼子は思った。
宗主を信じてみよう…。だって他にどうすることもできないんだもの…。
そう決心して頼子は眠りについた。
朝の早い紫峰ではそれほどゆっくりとは眠ってられない時間ではあったけれど…。
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