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徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第三十六話 寡黙な誘拐犯)

2005-11-18 23:41:24 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 煌々と輝く爆発的なエネルギーのトルネード。
それが修を捕らえた瞬間、やった…と久遠は思った。

エネルギーの渦に巻かれ、まるで溶鉱炉の中に落ちた鉄の塊のようになっている修の姿に久遠は安堵のようなものを覚えた。

余計なことを言うからだ…俺は帰れない。
帰りたくても帰る道がない…。

 勝ちを得たと感じた刹那の優越感と満足感が久遠にある種の快感を齎した。
だがそれは長続きはしなかった。

 いつまでも消えない渦の勢いに久遠はふとやり過ぎたかな…と思った。
しかし次の瞬間エネルギーの渦は煙のようにスーッと修の中に消えていった。

 久遠は驚愕した。理解を超えるものに対する恐怖心が久遠を襲った。
そのエネルギーを今度は稲妻のように鋭く尖らせ、修の身体を貫かんとばかりに激しい勢いで放出した。

 稲妻の先が確かに修の身体に触れた。身体の中心を貫かれたかのように修が一瞬仰け反った。
が…稲妻はやがて飴のように溶けて吸収されてしまった。

 久遠の心臓が高鳴った。
修は攻撃してこない…反撃もそれほど威力のあるものではない。
久遠の身体の何処にも攻撃を受けた痕はない。

 だが…疲れる…消耗する…。
攻撃すればするほど恐怖感も増してくる…。

倒れない…倒せない…。

 息を切らしながら何度も何度も繰り返し繰り返し攻撃を続けた。
とてつもなく巨大なハンマーのような衝撃波を打ち込んだりもした。
それも見る間に吸収されてしまった。

嘘だ…こんなことがあるはずはない。

 意地になって攻撃を繰り返す。もはや修は除けようともしない。
真正面から受けて立っている。

攻撃しても攻撃しても修は平気な顔をして立ち上がり起き上がり…。
髪ひとつ乱れず…乱さず…。

 化け物か…おまえは…。

 やがて精根尽き果て久遠はその場に崩れ落ちた。
仰向けに転がって激しく呼吸をしている久遠に修が近づいてきた。
どうとでもしろ…久遠はそう開き直った。

 「何度攻撃しても結果は同じだぜ…。 」

穏やかに修は言った。

 「いったいどうなっているんだ…? 」

久遠が息を切らしながら訊ねた。

 「紫峰が千年も他の一族から攻撃を受けずに来た訳は、紫峰が他と係わり合いを持たなかったことにあるが、その実は力の特性があまりにも尋常ではないからだ。
まあ…攻撃するだけ無駄と考えたんだろうな…。

 紫峰の根底にあるものは『滅』…すべてを滅ぼす力。 完全なる死。
異なる一族のおまえがいくら攻撃を繰り返したところで僕の持つ先天的な力がそれを吸収し中和してしまう。

 勿論…紫峰に生まれたからといって誰もがこの力を持っているわけではない。
代々宗主と後見にだけ相伝によって引き継がれる力だ。
 引き継いだ後にはそれを使えるようにするための相当厳しい鍛錬も必要となる。
先天的な素質と後天的な力の混合されたものだ。

 僕の場合は特別…僕は紫峰の力をすべて備えて生まれた。 
そういう力が使えるということを相伝によって思い出せばよかっただけ…。 」

やっぱり化け物だ…と久遠は思った。

 「おまえが自分から攻撃しないのは…相手を滅ぼさないためか…? 」

 久遠の問いかけに修は少々戸惑った。
そうかも知れないけど…ちょっと違うかもしれない…。

 「僕は…相手に敵意や殺意がなければ自分からはめったに攻撃しない。
僕が自分から攻撃するような状態になったら…それは多分ぶち切れてるんだ。
そういう時は要注意だな…。 自分では歯止めが効かないから…。 」

 修はカリカリと頭を掻いた。
歯止めの効かない修の姿を想像すると久遠はぞっとした。
この男に覇王となる意思がないことを人類のために喜んだ。

 「立てる…? 」

 修は久遠に手を差し伸べた。その手を払って久遠は自分で立ち上がった。
いつしか辺りは闇に包まれ、天空から雪が舞い始めた。

 車まで久遠は黙って歩いた。修も何も言わなかった。
エンジンをかけると冷え切った外気のせいかフロントガラスが一瞬にして曇った。
 シートにもたれかかって久遠はしばらく何かを考えていたが…やがてふうっと溜息をついた。

 「もう少し…付き合ってもらう…。 」

 そう言ってゆっくりと車を走らせ始めた。  
来る時には眠って通った景色を修は車窓からぼんやり眺めていた。
闇に埋もれた其処には見るべきものは何もなかった。



 笙子をマンションで待機させておいて史朗は本家へ戻ってきていた。
修のことだから大事はないだろうけれどやはり心配だった。

 他の乱暴者は捕まったとは言え、史朗を傷つけたあのサド男は逃げ出したままだし、透と戦った連中は丸々捕まっていなかった。
何れも修に敵う相手ではないが修も人間だから何が起こるか分からない。

 母屋で一左に挨拶をした後、自分が使者として世話役を任されている鈴の様子を伺い、やっと自分の部屋へと戻った。

 城崎だけを一左の傍に置いて子どもたちはバイトに出掛けたらしく、さすがに母屋も静かなものだった。

 パソコンに向かって史朗は鬼面川の祭祀舞の教本のための文書を作成していた。
本家に遺されている古文書のコピーを孝太から送ってもらったので、そうした資料に彰久と史朗の記憶を加味した新しい教本を作り出そうと思っていた。

 「史朗さん…。 」

 扉の向こうから城崎が声をかけた。 
史朗が答えると城崎は菓子鉢を持って入ってきた。

 「お祖父さまがおすそ分けだって。 」

城崎はそう言って松露と溜まり煎餅の入った鉢を渡した。

 「有難う。 へえ~松露とは珍しい。 お祖父さまお好きなのかな…。 
知ってる? これはね…海岸の松の林に生える茸を模したお菓子だよ。 
今は季節じゃないんだけど…。 」

 史朗は丸っこい小さな白い菓子を口に放り込んで城崎にも勧めた。
城崎は勧められるままに食べてみた。 
じゃりっとした感覚があって思わず顔を顰めた。

 「何か歯にきますね…。 」

 それを聞いて史朗は笑った。
史朗が菓子鉢を机の上に置いた時、史朗の前にあるパソコンの文書が城崎の目に止まった。
 
 「腰に置かれた左右の手を…ゆっくりと胸の前で…両の手を静かに…」

 城崎はざっと眼を通してから少しその場から離れ、それを口に出しながら身体を動かした。
 史朗は驚いた。城崎の動きは素人の動きではなかった。
腰の位置が安定していて首の動きも決まっていた。
祭祀舞の動きではなかったけれども…。
しかも文書にはまだ明記していないのに扇まで手にしている様子を再現していた。

 「爛くん…きみ何か舞を習ってた? 」

史朗は訊ねた。城崎はにっこり笑うと頷いた。

 「母が日舞をやってたんで中学までは…。 もう忘れちゃいましたけどね。 」

史朗は唸った。舞だけの伝承者なら血族である必要は無い…。

 「祭祀舞をやらないか…? きみの姿勢と動きがとてもいいんだ。 」

 史朗は思わず城崎を誘った。今度は城崎が驚いた。
史朗が祭祀舞を教授していることは知っていたけれど、まさか自分が勧誘されるとは思ってもみなかった。
 舞うことは嫌いではないがあまりにも唐突で何と言っていいか返事に窮した。
事の成り行きに戸惑う城崎だったが史朗の真剣な眼差しを見ていると簡単には断れそうもなかった。



 真昼間のオフィス街から誘拐されてきたはずの自分が何でこんなところで悠長にも温泉に浸かっているのか…。
 修自身にも訳の分からない一日が過ぎようとしていた。
寡黙な久遠はあれからほとんど話さない。

 連れてこられたのは鄙びた温泉旅館で、久遠はどうやらここの主とは懇意にしているらしく突然の来訪にも関わらずふたりとも丁重な扱いを受けた。
 
 旅館についてから久遠が話したことと言えば、来い…食え…脱げ…浸かれ…等々一言ずつのみ…確かに誘拐犯は命令口調ではある。

ま…いいか…骨休めだ…。

修がそんなことを思った時、久遠がこちらに視線を向けているのに気が付いた。

 「何食わせたらそんなふうに育つのかねぇ。 お袋さんに聞いてみたいぜ。 」

久遠は無遠慮に修の身体をまじまじと見た。

 「僕に…親はない。 」

修は淡々と答えた。久遠の表情が曇った。

 「…そうか…悪いことを言った…。 」

久遠はまた黙り込んだ。

 久遠の齢は修よりも5~6歳上になるだろうか…。
背が高く心持ち細身ながらも筋肉質な修と比べると修よりはやや低めでもやはり背の高い久遠の身体は痩せて見える。
実際に痩せているというわけではないのだが…。
  
 部屋に戻っても久遠はなかなか口を開こうとはしなかった。
部屋が静まり返っているとはたはたと雪の降る音が聞こえた。
街でも本当に静かな雪の夜には聞こえることがあるがここでは日常的なんだろう。
修は楽しげにその音に耳を傾けていた。

 「ここには俺が幼い頃から親父とよく遊びに来てたんだ…。 」

久遠が呟くように言った。修は久遠の方に顔を向けた。

 「釣りをしたり…泳いだり…よく遊んでくれたよ…。 」

その時のことを思い浮かべたのか久遠は懐かしげに微笑んだ。

 「いいな…思い出があって…。 僕の中に残っているのは恐怖だけだ。 」

修は寂しそうな笑みを浮かべた。

 「顔は…何とかおぼろげに覚えているんだ。 でも優しい顔じゃない。
鬼気迫る顔だ。 この齢になってもその恐怖は消えないまま…。 」

 久遠の脳裏に恐怖に震え泣き叫ぶ3歳くらいの男の子の姿が浮かんだ。
犬や小鳥の屍骸の転がる部屋で父親らしい男がその子に自分を殺せと迫っていた。

 これは修の中に残る記憶なんだろう…久遠はそう感じた。
油断しているのかわざとなのか…いま久遠は修の過去を手に取るように読むことができた。
 修の過去を読み解いているうちに久遠の頬を幾度も涙が伝った。
何という…記憶。
 なぜ読ませる…? ほとんど面識のない赤の他人の俺に…なぜ曝け出す?

 「どんな過去を持っていようと…いまの僕は幸せだから…ね。
時に振り返るようなことがあってもそれに囚われたくはない。
過ぎたことは過ぎたこと…。
 
 おまえもそう思って生きたらいいんだ…。 」

 久遠は愕然とした。
このいくつも年下の男はまるで百歳の老爺のようではないか…。
とんでもない過去を持ちながら泰然として生きている。

 久遠の堅く閉ざされた口が少しずつ緩んできた。
亡くなった実の母のこと…父への想い…ぽつりぽつりと話し始めた。

 やがて話は過去を離れた。
久遠が知る限りの真相がいま語られようとしていた…。





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