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徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

最後の夢(第四十話 懸念と疑惑)

2005-11-24 20:50:59 | 夢の中のお話 『失われた日々』
 あれから何度かトランス状態に陥って修を操り水分の補給をさせた。
黒田がなぜ直で修を操らないのかが不思議だった。
 ひょっとしたら遠距離の場合黒田は無線LANのアクセスポイントのようなものがないと巧く操作できないとか…?
僕はルータか…そんなことを考えて史朗はやれやれというように頭を掻いた。

 「史朗ちゃん…面倒かけてごめんね…。 」

 仕事を終えた笙子が部屋に入ってきた。もうそんな時間か…と史朗は思った。
今日は史朗が休暇をとって笙子の代わりに修についてくれたので、笙子はそのことを申しわけなく思っているようだった。

 「いいえ…笙子さんはそのうち産休取らなきゃいけないし、休めないでしょう。
このところ北川くんたちが頑張ってくれてますから僕も休み取りやすいですよ。」

 そう言って史朗は部下を立てた。
あなたって人はどんな時でも周りに気を使ってるのね…と笙子は苦笑した。

笙子が顔を覗き込むと修は薄目を開けた。

 「やあ…久しぶり…笙子…。 」

半分寝ぼけたように修は言った。

 「眼を覚ましたわよ…史朗ちゃん。 
修…困った人ね。 みんなすごく心配したのよ。
何にでも興味を持つんだから…。 危ないから薬だけは二度と試さないでね。 」

 笙子はそう言って修を睨んだ。
修は悪戯っぽくにんまりと笑った。

 「間違えて原液を飲んじゃったんだ。久遠が一回分薄めといてくれたのにな。」

全然懲りてないわね…笙子はふうっと溜息をついた。

 「史朗は…? 」

笙子はさっきまで史朗のいた方を見たが史朗の姿は無かった。

 「いままでここに居たのに…。 
感謝しなさい…ずっと付き添ってあなたの世話をしてくれてたのよ。 」

 修はほんの少し固い表情を見せた。
二番目の…史朗の中にはまだそんな鬱屈した想いがあるのかもしれない。
それは修たち夫婦の傍にいる以上は生涯消えることの無い想いかもしれないが…。



 縁側に腰を下ろして史朗はぼんやり東屋の方を見ていた。
何を考えるでも無くただぼんやりと…。夜の帳の中で外灯の光が滲んで見えた。

 「史朗さん…寒いのに何してんの? 」

 駐車場からこちらに向かって歩いてきた雅人が、不思議そうに声を掛けるとはっとしたようにその方を見た。

 「ちょっと気分転換してただけだよ。 バイト終わったの? 」

雅人は笑って頷いた。

 「今日…早番だったからね。 笙子さんが帰って来てるんでしょ? 
それで気を利かせて出てきたわけか…。
あんまり気を使わなくてもいいと思うんだけどね。 」

 史朗は黙って静かな笑みを浮かべた。
雅人はそっと史朗の横に腰を下ろすとゆっくりと話し出した。

 「あのさ…僕はいつも二番目の男なんだよ。
紫峰家の当主跡取りとしても二番目…修さんの息子としても二番目…。
宗主にはなれずに二番目の役の後見だ。 

 でもね…そんな僕にだけ修さんは弱い自分を見せる…。
僕は修さんにとって本音の吐き捨て場…。
だけどそれもいいじゃない? 二番目だけど一番重要でしょう? 」

 満面の笑みを浮かべて史朗を見た。
史朗は眼を見開いた。いつもながらこの子は凄い…。大人以上に大人だ…。

 「史朗さんの気持ちも分かるけど…僕に言わせれば史朗さん自身が一番史朗さんの立場を分かってないよ。
修さんにとって史朗さんは大事な宝物なんだよ。

 ほら…子どもの頃を覚えてない? 必ず傍においてた宝物があるでしょ。
タオルでも毛布でもぬいぐるみでも…人によって違うけれどそれが傍にあるとすごく安心できてよく眠れるとか…さ。
 
 もうひとつはね…持っているだけで心から満足できる宝物。
ビー玉かもしれないし…ただの石ころかもしれない。
机の中に大切にしまってある自分だけに価値のある宝物。

 修さんにはそういう宝物が必要なんだ。 
これまで大事なものをたくさん失い続けてきた人だから…。」

 史朗はこの時…鈴の気持ちが本当に分かったような気がした。
雅人という子は頭が切れて口は悪いけれど観察力や洞察力に優れ、他人の気持ちをよく把握した上で的確な判断を下す。

 しかも癒しの力を持っている。
相談相手のいない鈴が縋りたくなったのも当然といえば当然。

 史朗にしても最初は史朗が雅人の相談相手になっていたのになんとなく今は史朗の方が頼ってるような気がしていた。
 
 「僕は…修さんの一番大切なおもちゃに徹していればいいと…?
あ…別に悪い意味じゃないからね。 
安心できるお気に入りのタオルや満足できる石ころであればいいということ…?」

史朗が問うと我が意を得たりと雅人は強く頷いた。

 「勿論…一生もののね。 そこが重要…。 
そうなるかどうかはこれからのあなた次第。 磨くんだよ…あなた自身を…。
ただの石ころで終わるか…宝石になるか…できれば最高の宝石になって見せなよ。

 だけど万一失敗したって構わない。 修さんにとってそんなこと問題じゃない。
あなたの生きる姿そのものが修さんの楽しみ…喜びさ。 」

 生きる姿…史朗は雅人から大変な課題を突きつけられたような気がした。
けれどそれは雅人自身にも課せられた難しい宿題…。
もしかしたら修に関わるすべての人に課せられているものかもしれなかった。



 昭二は敏がいま隠れ住んでいる静香のアパートに潜伏していた。
静香は紫峰家を相手にとんでもない発言をした後、世間から姿を晦まし、このアパートで敏と半ば同棲生活を送っていた。

 城崎瀾がグループを解散した後、活動にのめり込んでいた古村静香は自分の居場所と気持ちのやり場を失い、学校にも真面目に行かずに乱れた生活を送っていた。
 そんなときに瀾に恨みを持つという敏と出会い、言葉巧みに誘われて付き合うようになった。
 10歳以上も離れている乱暴でいい加減な男なのに静香は敏を憎めず、自分から別れようとはしなかった。

 昭二は敏を12~3の悪がきの頃から見ている。
世間からはみ出した敏を城崎の長が拾って辰や安と共に育てた。
面倒見のいい久遠にも恩義を感じており長や久遠のためならなんでもする。 
 静香のこともそのために利用したようなことを言っていたが、この娘に惚れているのは確かなようだ。

 やはり…瀾のことは自分ひとりでカタをつけよう…と昭二は思った。

 問題はいつ…? どこで…?
城崎が紫峰家に居る間はなかなか手が出せない。
この前のような来客の多い日に潜入できたとしても、ひとりであれだけの人数の能力者を相手にはできない。

 かと言って、大学では警察官の護衛つき…どうやらこの警察官も曲者のようで、どうやら能力者である可能性が高いことに気付き始めた。

面のわれている自分に失敗は許されない…。昭二は慎重に計画を立て始めた。



 昭二が脱走したことで久遠の屋敷にも再び捜査の手が伸びた。
紫峰家へ不法侵入して暴れた件でも以前一度捜査が入ったがその時は久遠も他の者も知らぬ存ぜぬを通した。

 久遠と現場から逃げ出した樋野の能力者たちに関しては紫峰家も固く口を閉ざしたままだった。
 逃げられなかった蜘蛛たちについてはそれほどの被害もなかったことからできるだけ穏便にことを済ますように頼んだ。

 史朗に怪我を負わせた3人組のひとりサド男については、城崎瀾の母親殺しに関わっていると思われるので現場から逃走したことを倉吉に話した。
 
 蜘蛛と3人組そして昭二が久遠の家の者だということを警察は調べ上げ、久遠との関わりを調査したが、事件を起こした連中は全員が全員久遠には何の関係もないことだと言い張った。
 蜘蛛は正月の酒に酔っ払った挙句に金持ちの家でひと暴れしたくなっただけだと言い、昭二や辰と安は城崎母子に個人的な恨みがあったと言った。

 久遠の屋敷を隈なく捜したが昭二もサド男も見つからず、近隣の者に聞いても最近姿を見ないとだけ答えが返ってきた。
本当は少し前まで敏が潜んでいたのだがそのことには誰も気付いていなかった。

 進展は見られず警察は渋々帰って行ったが、瀾が死ねば確実に久遠が城崎の跡取りになることが分かっているだけに疑いは晴れず、久遠には見張りがつけられた。

 「まあ…そんなわけで俺はいま身動きが取れないんだ。
できればおまえから…昭二たちに伝えてやってくれないか…?

 もう瀾を狙うな…俺のために罪を重ねるな…そんなこと少しも望んじゃいない。
城崎へ帰れないことよりおまえらを失うことの方がどれほどつらいか…。
俺はおまえたちと気ままに暮らしたいだけなんだから…と。 」

 障子の向こうから聞こえてくる蚊の鳴くような小さな声を頼子は正確にキャッチした。
頼子はわざと賄いの佳恵に玄関先まで送らせると大声で言った。
 
 「そんなら佳恵ちゃん…久遠さんには旦那は元気にしていなさるから安心してって伝えてくれる? 
それからあれは生もんだから早めに食べてね。」

 「頼子ちゃんも気をつけてね。 城崎の旦那さまによろしく。 
いつも珍しいもんを頂いて悪いわね…早速今夜の御膳にするわ…久遠さんも喜びなさるでしょう。
 このところ食欲がなくてね…どうやら弟さんのことを心配しているらしいのよ。
誰かに襲われたんですってね?
それで久遠さんが気の毒に警察に疑われちゃって…頼子ちゃん知ってた? 」

 「えっ…何で久遠さんが…? 久遠さんは生まれたばかりの弟さんに黙ってすべてを譲り渡した人なのよ。 
 その警察おかしいんじゃないの…何で疑われるの? 
これは旦那にお伝えしなきゃね。 旦那から警察に言ってもらうわ。 
そんなら佳恵ちゃん…またね。 」

 聞えよがしにそんな会話をひとしきりした後、見張りがその内容を携帯で連絡している声を聞き取って頼子はその場を後にした。 

 城崎の屋敷に戻ると爛の父親に久遠が大変な目に遭ってると伝え、久遠は無関係だと警察署にクレームの電話をかけさせた。

 それまで着ていた若奥さま風の出で立ちから昔着ていたど派手な服に着替えると、人目を忍んで昭二たちの隠れ家へ久遠からの伝言を伝えに行った。
頼子は誰が見てもまるっきり別人のように見えた。

 頼子は昭二と敏に久遠からの伝言を正しく伝えた。
それだけでなく、このままでは久遠への疑いが晴れないばかりか、久遠自身が犯人にされかねないとの頼子自身の懸念を漏らした。 
そうなったら城崎の旦那がどれほど悲しむことか…。

 昭二と敏は戸惑った。

 後妻が殺された時も長は、前もってある程度予知していた事件だったにも関わらずその死を嘆いた。
 瀾が殺されればその嘆きはさらに深く長にとって耐え難いものになるだろう。
長を悲しませてまで瀾を殺すのか…?

 久遠が喜ぶはずもなく…久遠が苦しむばかりなのに…それでも瀾を殺すのか…?
いま急速に昭二と敏の中でこれからやろうとしている殺人に対してその意義が薄れつつあった。
 ところが…その戸惑いも束の間のことで、まるでふたりは何かに憑かれたかのようにそうしなければならないと思い込んでいた。

 頼子はこのふたりに何か妙なものを感じたがその時はあえて口にはしなかった。
とにかく伝えることは伝えたから…と早々に隠れ家を飛び出した。

 おかしい…。何かがおかしい…。長も久遠さんも何も感じ取ってないようだけれど…。

 頼子は車に乗るとしばらく考えを巡らし、やがて城崎の屋敷の方向とは全く違う方へと車を走らせた。
 
 



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