永野宏三のデザイン館&童画館  アート日和のできごと

イスラエル国立美術館、ミュンヘン国立応用美術館、国立国会図書館、武蔵野美術大学美術館図書館他に永野宏三の主な作品が収蔵。

童画・ナィーヴアートの聖地、湯沢。

2012-02-11 09:06:00 | アート・文化
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第16回越後湯沢全国童画展出展入選作品『湯沸かし機関車の発車だよ。』
〈C〉著作権者: 永野宏三


厳しい寒さが続きましたがきょうは少し息ついてすがすがしい天気になりました。なんだかこんな空気感にはほっとします。ボヘミアンの旅風景はあまりの寒さに耐えきれず外の寒気に拒絶ストップしたままですが、またぼちぼち旅の再開をしたいと計画しています。
筆者は昨年秋から展覧会続きで老体に少々疲れぎみになっていますが、ここは立春を迎え新しい年度に向って気持ちのスイッチを切り換え、アートに邁進しています。
昨年から制作していた『第16回越後湯沢全国童画展』の作品が完成して、無事出展の運びとなりほっとしているところです。わたしの出展入選作品も展示されます。展覧会は近く3月3日(土)~3月12日(日)まで、湯沢町公民館ホールギャラリーで開催されます。
全国の童画家、ナィーヴアーティストの作品が一堂に集る展覧会は見ものです。わたしも5年前に一度湯沢を訪ねて展覧会を観たことがあるのですが、全国の個性のあるアーテスト作品の数々に圧倒感嘆しました。
湯沢町には、童画の啓蒙運動をされた日本童画の父である童画家・故川上四郎先生が晩年に生活をされ創作活動をされた地であり、『越後湯沢全国童画展』は川上四郎先生を顕彰し全国の童画作家を紹介する展覧会であります。童画・ナィーヴアートの聖地として童画のファンが注目し集う場でもあります。お近くに機会ございましたら、ぜひ展覧会をご覧になられることをおおすめします。郷愁、素朴、ファンタジック、メルヘンの世界に浸ることができます。





















わたしの『マチオモイ帖』。わたしの『門司港帖』。

2012-02-04 09:39:18 | アート・文化
東京ミッドタウン・デザインハブで2月10日(金)から2月26日(日)の期間で開催される『my home town わたしのマチオモイ帖』特別展に、わたしの絵本『小さな町はたから箱・門司港帖』も出展参加します。
この特別展は大阪市・(財)大阪市都市型産業振興センタ-クリエイテイブネットワークセンター大阪 メビック扇町の主催で、全国のプロクリエイターよるミニブックと映像を展覧するものです。わたしも趣旨呼びかけに賛同しまして参加します。
主催者によるとこの展覧会の発端は瀬戸内海のある小さな島の町を一冊の帳面に、ひとりの女性クリエイタ-の方をこの島が育んでくれたことを、この女性ご自身で冊子につくられ、そのことが町の人々や島に訪れる人たちに感動を拡げて、その後、大阪のクリエイターの人たちにも拡がり、クリエイターの各々のふるさとや町にたいする思いを冊子にして、昨年、大阪で2回展覧会をされて大きな反響を呼び、さらに日本中に、全国各地のたいせつな町の思いを広げる趣旨でこんどの東京ミッドタウン・デザインハブで特別展を開催されることになったらしいです。

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小さな町はたから箱・門司港帖〈C〉: 永野宏三

わたしも数年前に、わたしの人生を育んでくれた『門司港』をひとつの絵本にしました。『my home town わたしのマチオモイ帖』特別展の趣旨にすごく感動し啓示を受けて、この絵本に若干のリメイクをして『小さな町はたから箱・門司港帖』を出展しました。ちなみにわたしの冊子の思いを次ぎに記しました。
『門司港は二十世紀が育んだ町。どこの町にもあった素朴な人々の暮しの日本の原風景が今も色濃く残っています。門司港のあちこちに残る昔ながらの海峡の倉庫街、港駅、下町の風景と暮し。町並みにはいま私たち現代に生きる人々が忘れかけている優しい心のふれあいと温もりがあり今も息づいています。』

機会ございましたら会場で全国クリエイターによるミニブック281册と映像47本をご観覧されるとこをおすすめします。きっと温かい気持ちで見たことのなかった日本各地の町の風景や思いが見えてくるかもしれません。









小倉のセントラルパーク。〈ボヘミアンの旅風景?北九州小倉北編〉

2012-02-03 11:02:18 | アート・文化
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紫川と勝山公園。〈C〉著作権者: 永野宏三・ひろみプロ



厳しい寒いが続いています。何年ぶりかで北部九州にも雪が舞いました。積雪は屋根にわすがですが、門司にも雪が舞いました。北部九州は日本海に面していることから冬は寒さがあります。
♪雪が降る、あなたは来ない~♪。雪が降るとアダモの『雪が降る』の曲が頭にイメージとして浮かびます。今の人からすると、この歌手の名は知らないと思う。1960年代後半に流行ったボップスです。この頃はまだポップスや映画、文学などでフランスの文化が日本でもてはやされた時代。カトリーヌ・ドヌーブが映画で日本を魅了していた時代であります。
雪の中をボヘミアンは旅を続けています。。
松本清張記念館のある小倉城内を出て勝山公園横の紫川方面へ戻りました。
紫川は小倉都心部に流れている川です。この川を境に西側が小倉城をランドマークに市庁舎をはじめ官庁関係、東側は商業を中心としたビジネス街。街のつくりは戦後、小倉駅の移動や平和通りの新設などをのぞけば江戸時代から大正・昭和と変りはありません。交差する幾つもの通り筋は碁盤の目のようになっています。
数年前、報道でソウル都心の高架道路を撤去した清渓川の復元や東京日本橋の高速道路移設による川の復活計画などが話題になったことがありますが、小倉の街の真ん中を流れている紫川は、ずっと昔からあるあたり前の風景なのですね。意識しなくとも紫川があって小倉の街という感じでしょうか。
市庁舎前の勝山公園は以前こんもりとした木々で覆われた市民会館がありました。いわば小倉のセントラルパークと云った感がありました。現在紫川河畔の光景を取り込み大芝生広場になって新しく様相を変えています。都心の環境整備ということで、きれいになる事は新しい街作りにはいいことなのでしょうが、昔のしっとりとした小倉の風情を知るものにとってはちょっと寂しい感もあります。