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citron voice

詩人・そらしといろのブログ~お仕事のお知らせから二次創作&BL詩歌まで~

ビニール傘の向こう側

2007-06-17 23:57:19 | つくりばなし
紫陽花色のキャミソールは南風に軽やか。なんと愛らしいことか。
水溜りに踏み込んで暗く震える夕方の空。雨は止む事を知らない。

今朝の雨に差した傘は、全てを見通す透明な傘。
雨粒の向こう側さえ、こんなにもはっきりと。
悲しげなその表情。
真一文字の唇に、遠い地面を見つめる眼。
折角の紫陽花色のキャミソールが、寂しげに揺れている。

降り続く雨の向こうに待っている夏を、共に過ごす人はいないのか。
青く晴れた空を見つめる、そんな他愛の無い事。
春の頃、確かに隣にいたあの人は、笑ったり怒ったりふざけていたあの人は。
積み重なる雷雲を眺める、そんな他愛の無い事。
去年の夏の思い出は、そこから動く事はない。

夕暮れの雨に傘は差さないのか。
涙雨を全身に浴びて、後姿を探しているのか。
真一文字の唇を弛めるのを、動かぬ眼を瞬くのを恐れているのか。

水溜りを踏みしめて、つま先から紫陽花色に染まれること。
夏の手前の雨に打たれて、寒さを感じられること。
喪失感に震えて、膝から崩れられること。

最後に眼に映ったのはいつだったか、思い出そうとして、失敗する。
どんな風に別れたか、手を振ったのか、振り返ったのか。
あまりにも他愛の無い事で、思い出せなくて、後悔している。
一人毎日を過ごし、あの人が何をしているのか気になってみて、何も聞けなかった。
よくあるすれ違いだから、何気なく通り過ぎてしまった。

水溜りを踏みしめて、そこから一歩も進めずに立ちすくんでいる今。
夏の手前の雨に打たれて、色が移ろうキャミソール。
喪失感に震えて、苦しくなる呼吸。

あの夏、握りそびれた手のひらを思い出す。
もう何処にも無い、思い出にも無い熱を探して、さまよう両の手。
闇雲に触れたのは、ひたすらに冷たい、ナイフのような雨粒だった。

芳しき庭

2007-05-05 22:20:55 | つくりばなし
雨上がりの庭に、色の抜けたポピー。
錆が浮いたテラスのテーブルと椅子。
君がいなくたって、僕は一人で薄い果実を浮かべた紅茶を飲み干すことが。


初めてこの庭で午後のお茶を共にした日から、僕らは終わっていた。


僕が用意した紅茶は、君の気に入りの果実とは相性が最高に最悪で、苦くなるばかり。
君は砂糖をたっぷり入れて飲もうとしたけれど、結局残してしまっていたね。
それから、僕らを困惑させるような夕立が降って、慌てて部屋へ入った。
ふと君を見やると、薄い黄色のワンピースの裾が、茶色く汚れてしまっていた。
夜になっても止まない雨だったから、僕は君に水色の傘を貸してあげた。
エナメルの白い靴に泥がつくのも構わず、足早に門を出て行った姿を、昨日の出来事みたいに鮮明に覚えているよ。
その傘は今、傘立てに無い。
そして、君は戻ってこないままだ。


雨上がりの庭に、色の抜けたポピーが立ち尽くしている五月。
錆が浮いたテラスのテーブルと椅子に一人きり。
君がいなくたって、僕は薄い果実を浮かべた紅茶を飲み干すことが出来るはずなんだ。
キリリと酸っぱくて苦い味が舌にしみて、少し視界が滲む。
門に君のワンピースと同じ色をしたバラが絡まって、小さな花を幾つも咲かせている。

 
その向こう側で翻ったスカートの裾の色。
バラに紛れて見える傘の持ち手の色。
色あせた庭をよみがえらせるエナメルの靴の色。


「      」


ティーカップが上手く持てなかった。
言葉が出なかった。
顔をあげる事も出来なかった。

錆たテーブルの上に置かれたバスケットから、よく知っているレモンパイの香り。
僕は残りのお茶を飲み干して、新しいティーセットを整えながら、今日は楽しいアフタヌーンティーを過ごせそうだな、そう思った。

迷子のネイビー 何処行くの

2007-04-12 19:45:48 | つくりばなし
ステーションは今日も、地上のレールと暗闇のサブウェイが渦を巻いて、
僕らもぐるぐるぐるぐる。
蛍光灯は今日もステーションを白く明るく照らしていて、
なのに僕らの表情はいつだって五月病。
発車のベルを何かの警告音と勘違いして、君は今日もホームへ逃げていく。
そして、今日も僕は君を追いかける。

ずいぶん昔に君が地上に居るのか、地下に居るのか分からなくなって、歩きながら泣き出した事を思い出した。
世界が滅亡するように泣き叫ぶ君を見て、僕もつられて泣いてしまったあの日から、僕の世界が少し変わってしまった。
君も僕も、意識があるのは頭じゃなくて、足なのかもしれない。

タイル貼りの通路を、ユラユラ光る銀の手すりをたどった記憶もないまま、毎日同じホームへ到着する。
僕の視線は君に釘付けのまま、君の視線は漂流船のままで、あの日からずっと同じだ。


そういえば、君は僕を知っているだろうか。。

僕は、君を……


だから、僕は君を追いかけて、じゃあ、君は何を追いかけているのだろう。
君の周りや先を見ようとして背伸びをしたけれど、虚ろな漂流船ばかりだ。
止まれないから進んでいて、でも、本当に進んでいるのかは、分からない。

地上で貨物列車の止まるブレーキ音が、僕らのいるサブウェイのホームいっぱいに広がる。
それは世界が滅亡するような、空気を切り裂くような音で、あの日の君の叫びに似ているから、僕は思わず泣きそうになった。

立ち止まれなかったあの日から、僕の世界は少し狂ってしまった。。。

3月9日のスケッチ

2007-03-09 22:59:29 | つくりばなし
掲示物が無くなったコルクボード。
そこにあるのは画鋲の跡だけ。


筆跡の無い、深緑が綺麗な黒板。
そこにあるのは黒板消しだけ。


空っぽの机と椅子。
そこにあるのは誰かが彫ったイニシャルだけ。


誰もいない教室。
そこにあるのは皆の面影だけ。


クラスプレートだけは、そのまま。


4月には新しいクラスが始まる。
4月には新しい教室が生まれる。
皆がいて私がいた教室はもうすぐ消えてしまう。
賑やかな声や足音の気配が消えてしまう。
全て、生まれ変わってしまう。


足を一歩踏み出すと木の床がキシリと鳴る。
窓から春の麗かな光がたっぷりと差し込んでいる。
ギィギィ軋む引き戸をゆっくり閉めた。


閉じられた扉は終わりの印ではない。
再び開かれるための、始まりの印だ。
私はそう信じて、扉から手を離した。


歩き出した廊下は明るすぎて、今は何処へ進んでいるのかわからないけれど。

落日のような、朝日のような ~image music トロイメライ

2007-02-15 13:07:21 | つくりばなし
早い春はまだまだ冬の色を残しているけれど、東の空の鉛色は少しずつ和らいできています。
朝日こそ地平線の奥深くに沈んでいますが、今日も昨日と変わらずに、昨日よりも一層黄色や赤を鮮やかにして昇ってくるでしょう。
今日、僕は暗い朝に起きて、星と月が段々と消えていくのを見ています。
まばゆい朝日を全身で受け止めている時も、きっとあなたは夢の中だと思います。
今は未だ空気が冷たくて、目覚める前の空は緊張しているようです。昨日の僕のように。

震える僕の手は頼りなかったでしょう。
味気ない真っ白な便箋に綴った文字も、やっぱり震えていたかもしれません。
でも、そこに留められた言葉の一つ一つは震えることなくあなたに伝わったと思います。
あなたは、その手紙を目の前で読んでくれました。
目線が文字を辿ると、僕の心臓は小鳥のそれと同じでした。
そっと便箋をたたんだあと、あなたは少しうつむいて返事をくれました。
西日が強すぎる階段の踊り場は、あなたと僕の影をはっきりと落としていて、あなたを幸せにする人はきっと、この影も全て包み込んでしまうのでしょう。
西日が教えてくれた事です。
僕のことを何とも思っていなくても、その一言を喉の奥から絞り出すのは辛かったと思います。
そのあと、ごめんなさいと謝るのも、ありがとうとお礼を言うのも違う気がして、
僕は苦笑いを浮かべるしかなかったのです。
あなたが便箋をクシャ、と強く握る音を聞きました。
あなたが階段を落ちるように駆け下りていく音を聞きました。

その音を聞きながら僕があなたを思う気持ちは、やっぱり昨日と変わらない気がします。
しかし、決して待っている訳ではありません。
僕の勝手極まりないですが、こうして昇ってきた朝日を全身で受け止めて思いたいことがあります。

この平凡で穏やかな日常がこの先も続いていって欲しいです。
あなたの幸せとあなたを幸せにする人の幸せが繋がるように。
今日も明日も不幸せな事が多く起きないことを願っています。
あなたの幸せとあなたを幸せにする人の幸せが増えるように。
けれど、どんな事が起こるとしても今日が始まりますように。

光だけを求められないから、僕の影が庭の芝生の上に伸びています。
この光や影は昨日の落日とよく似ていました。
朝日が教えてくれた事です。
でも、あなたにとって朝日は落日の気配を感じる事もなく、どんな時も朝日であって欲しいと。
今、僕はそんな風に思って、冬に別れを告げる夜明けを見送っています。

オルゴールの夕べ

2007-01-13 23:51:26 | つくりばなし
「ねぇ、何か聞こえない?」
彼女と同時に足を止めて、耳を澄ます。
学校の廊下はどんな音でもよく響く。2階や3階の生徒の声や物音も、階段を降りてきて学校中にこだまするのだ。
「ピアノの音みたい」
歩いていた廊下は2階で、音楽室は3階にある。ピアノももちろんそこにあるから、音は3階から聞こえてくるらしい。
「この曲…確か、ノクターンだよね」
彼女はしきりに階段を気にしている。君は彼女を促して3階へ寄ることにした。
徐々に大きくなるピアノの音に、知らぬ間に足音がメトロノームのようなリズムを刻む。
「誰が弾いているのかしら?」
合唱部の歌声が聞こえる訳でもない。更に、音楽の教師は今日、吹奏楽部の大会に顧問として参加しているから学校にはまだ帰って来ていない。
一体誰が音楽室を開けてピアノを弾いているのだろうか。

音楽室のドアは開きっぱなしになっている。
そのドアの横の壁に彼女と君は寄りかかって、知らない誰かの演奏を聴く。
優雅な旋律と夕焼けが滲む廊下がぴったりと重なって、放課後を彩った。
「君のおじいさんの家に、この曲のオルゴールがあったよね」
幼い頃、君が彼女を連れて祖父の家へ遊びに行った事をふと思い出す。
祖父はとても珍しいディスクオルゴールを持っていた。
その祖父も亡くなって3年が経った。

「あ、終わった」
余韻が消え、シン…と静まった音楽室と廊下。
君と彼女はそろって、音楽室を覗いた。
男の子が椅子に座っている。学年は多分、同じくらいだ。
「素敵な演奏だったわ」
彼女が彼に真実を告げる。
彼はただ微笑んで椅子からゆっくり降りると、廊下へ駆けていく。
「待って、君、名前は?」
慌てて彼女も追いかけたが、彼が階段を駆け下りる音がした。
どうやら逃げられてしまったようだ。
がっかりした様子の彼女に、君はある事を話した。

「そう言えばそうね。あのブレザー、金ボタンじゃなくて、白いくるみボタンだった」
そう、彼が着ていた制服は半世紀前のデザインだったのだ。
今の制服のブレザーのボタンは全て金ボタンで、昔は白いくるみボタンだった事をこの前の家庭科の時間で習っていた。
「一体全体、誰だったのかしら…」
不可思議な現実に、首をかしげずにいられない。
「でも、あんなに綺麗なノクターンが聴けたから、運が良かったね」
彼はきっと細い指で軽やかに鍵盤を操っていたのだろう。
夕焼けが一段と深く染まっている。
昇降口で靴を履き替えて、それぞれ家路を急いだ。

君はもう一度、あの少年を思い浮かべる。どこかで見たことのある顔に思えたのだ。
家に着き、クローゼットの奥の方に閉まってある古いアルバムを何冊か出した。
自分のだけではなく、その中には亡くなった祖父のアルバムも含まれている。
祖父と一緒に祖父が子どもの頃だった写真を眺めた思い出がある。
記憶をたどって、5冊目のアルバムを開いたときだった。
あの少年と同じ顔がある。
紛れも無く、祖父の少年時代の写真だ。
偶然にも、傍らにはアップライトのピアノが置かれている。
白黒写真ゆえに少年の色の白さとピアノの黒々とした様が対称的に写っていた。
そして君は思い出す。
あの、きらきらと輝く音を流すオルゴールを。

ぜんまい巻きの少女

2006-12-31 18:46:04 | つくりばなし
この世の最果てにあるのは時の森。そこにはたくさんの柱時計が生えている。
森といってもほとんどの柱時計は、役目を終えて横倒しになっているか、これから成長する小さなものばかり。
立派に生えている柱時計を探すのは簡単なことだ。

ぜんまい巻きの少女は、真新しい柱時計を目指して森の中を歩いている。
月光を浴びて緑色に発光する新しい時計は、まだ動いていない。
今、時を刻んでいる柱時計が止まったのと同時に動き出すからだ。
その為にもぜんまい巻きの少女は、硝子ケースをそっと開けて新しい時を巻くのだ。

少女がこの森を守り続けて幾世紀。何度も世界が荒れていくのを見ていた。
どんなに祈りをこめてぜんまいを巻いても、平和な時は流れないことを少女は知っている。
叶う事がないと知りながら、祈りを絶やしたことは一度も無い。
それすら止めてしまったら、この森を守る意味が無くなってしまう様な気がするからだ。

森を守らずとも柱時計は生える。ただ、時が流れないだけなのだ。

それはこの世の終わりを意味する。
だから少女はいつも少しだけ泣いてから、ぜんまいを手に取る。
誰にとって幸せな時が流れるか、不幸な時が流れるか。
少女ですら予測は出来ない。ただ、1年分のぜんまいを巻くことしか出来ない。
だから少女はいつも少しだけ祈ってから、ぜんまいを巻き始める。

冷ややかな時計に命を吹き込む、確かな手ごたえ。
古い時計と新しい時計が世代交代をする瞬間、少女は目を閉じてじっと耳を澄ます。
それはそれは素晴らしい鐘の音が森中に響き渡るのだ。
また新たな時が始まり、過去へ積もって行く。

古い時計が12時に針を合わせたまま、月光を浴びて静かに、密かに、止まった。。。

キャロル

2006-12-24 23:39:52 | つくりばなし
贈り物を抱えてドアの前にたたずむ。
リースの飾られたドアの向こうで、君は何をしているんだろう。
物語のように幻想的な展開を僕は密かに期待していたりする。
ハレルヤという歌声が耳の奥で響き渡って、気が付いたら口ずさんでいた。

真っ白な箱に真っ赤なリボンをかけて、ゆっくり歩いてきた。
夜空に輝く星が見える。雪雲はなくても、素敵な夜だ。
中々ドアを叩く勇気が出てこない。けれど早く君に渡したい。
ニッコリ微笑んでくれるだろうか。
届ける前からそんな事ばかり考えてしまう。
クリスマス・イブが今年も巡ってきて本当に良かった。

特別な日になった、1年前の今日。
別に、今までは何でもない日だったけれど。
ナラタージュ。あの瞬間が頭の中でぐるぐる回る。
君がいるイブの夜は今年で2回目。あと何回、こうやって贈り物を贈るのかな。
ニルギリの香りがドアの向こうから漂ってくる。僕の好きな紅茶の香りだ。

南北シンメトリー *南の島の話*

2006-12-09 23:39:47 | つくりばなし
夕陽が海に沈む頃、オープンテラスは観光客で賑わう。
次々とドリンクやスイーツの注文が舞い込んでくる。僕の仕事はそれらを運ぶこと。
お客様にとってはこんな小さなテラスでの一時も夢心地なのだ。
決して大きな島ではない。けれど、一年を通して夏のような気候で、海が綺麗でサンゴ礁も美しい。
それが観光資源となっており、常夏の楽園と呼ばれて久しい。西と東の大陸で住む人たちがこぞって休暇の際にやってくる。
今はちょうど、その休暇の真っ只中だ。

女の人が一人で座っている席に、オレンジジュースが注がれたグラスをそっと置いた。手元を見ると、どうやら絡まってしまった2本のネックレスをほどいているようだ。
「あら、綺麗な指をしているわね」
突然、話しかけられた。
「、ありがとうございます」
「あなた、手先が器用でしょう?」
そう言うと、その人はおもむろに僕の手首を掴む。
「ほら、すごくいい指よ」
「そうでしょうか…」
僕は逆に女の人の指を見た。細くて長く、品のいいビーズの指輪が嵌っている。
「見ての通り、折角のネックレスが絡まってしまって」
「ほどけないのですか?」
「そう、私すごく不器用なの。でもね、きっとあなたなら、ほどけるはずよ」
え、と思っている間に、僕の手の中にネックレスが収まっていた。
「ほどけたら1つあげるわ」
「僕のような子どもが貰っていい物では、」
「いいから、お礼として受け取ってちょうだい」
強引だけれど、こんなに素敵なネックレスをくれるというなら、そう考えた。
その人はオレンジジュースをストローでゆっくり混ぜた。浮かんだ氷がカランと揺れる。
「また明日、ここで会いましょう」
「わかりました、お預かりいたします」
ネックレスを大事に持って、その場を離れた。
カフェの2階が自宅で、一旦部屋に戻ってそれを机に置いて、また店へ出た。
すでに女の人はいなくなっていて、グラスだけが夕陽の残照に照らされていた。

夜中、テーブルランプの灯りの下、ネックレスをほどく。
確かに僕の唯一の自慢は手先の器用さだ。
あの人はどうしてそれが分かったのだろう。
絡まっている部分は、鎖と銀細工の飾りだった。
指を鎖に滑り込ませ、一箇所ずつほどいていったらすぐに元の2本に戻った。
銀細工は、どちらも雪の結晶をあしらっている。
そういえば、北の都は銀細工で有名な場所だ。今頃は都も銀色の雪景色だろう。
そんな事を思い出して眠りについた。

朝のカフェは静かだ。海も穏やかな波を寄せては返す。
テラスにあの女の人がいた。
「あの、これ…」
僕はテーブルにネックレスを並べた。
「ありがとう。さて、どちらがお好み?」
「本当に、いいのですか」
「もちろんよ、どうぞ選んで」
朝日を浴びて一層輝く銀色は、常夏の国にあるのに冷たい光を帯びている。
大きな雪の結晶が一つ付いているのと、小さい飾りが3つ連なっているもの。
何となく、この人には小さい飾りの方が似合う気がしたから、僕は自然と大きな結晶に手を伸ばしていた。
「つけてみて」
言われるままに、僕はネックレスをつけた。
「よく似合っているわ」
「ありがとうございます」
「この前、北に行ってきたの。今は一面の銀世界よ」
「そうですか。これは北の銀なんですね」
「そうよ、だからずっと身につけていても冷たいままなの」
首を包む銀鎖。結晶は冷気の塊なのだろうか。

「でもね、本当の寒さは北の銀にもないわよ」

そう言ってニッコリと微笑んだこの人は、オレンジシャーベットを注文した。
南の名産品といったら、珊瑚とオレンジだ。これらに南の全てが詰まっているとは言えない。
でも、僕の鎖骨でたゆたう結晶は北と繋がっていると、信じている。
いつか北へ行くその日まで、鎖は千切れずに、どうかこのままで。
結晶を握り締める。氷よりも冷たい、これよりも低い温度を僕はまだ知らない。

あの人の席にシャーベットを運ぶと、そこにはもう誰もいなかった。

南北シンメトリー *北の都の話*

2006-11-15 22:17:07 | つくりばなし
昨日の晩から降り始めた雨は、今朝も止まない。
カーテンを開けて窓に寄った。指でそっと硝子を辿ると、まだ空っぽの僕の身体に
外の寒さが凍みこんだ。
濃紺のダッフルコートを着込んで、対照的な雪白のマフラーを首に巻きつける。
それから抹茶色の手袋をはめて、冬支度は完璧だ。
けれど、玄関に居るだけで手足がかじかむ。外に出ればもっと。
学校に行く日も残りわずかだ。冬休みが近い。

元々ここは雪深い町で、ここ近年で珍しくなってしまった雪景色を求めてやってくる人々が大勢居る。今年もそんな頃合になった。

傘を差して体と鞄が濡れないように、ゆっくり歩いた。
冷たくて重たい雨粒が傘を滑り落ちていく。吐き出す息はただただ、白い。
こんな雨がこれから1週間降り続いた後、透明な雨粒が白色に染まって舞い落ちる。
頭上でバサバサと大きな羽音がした。
見上げると、数え切れない渡り鳥の群れ。

四季がなくなった世界に混乱しながら、渡り鳥は南へ渡っていく。

この町は秋と冬という季節に似た環境なのだと学校で教わった。
南は夏という季節に似ているそうだ。
僕は南には行った事がない。南も観光産業で有名らしい。
僕が毎日見ている海はちょうどこのコートに似た色で、暗くて冷たいものだ。
けれどこの前写真で見た南の海は、空のような青だった。
少しうらやましい。

気まぐれに左手の手袋を外して、氷に似た空気を掴んでみた。
爪の間から入り込んだ冷気は全身を駆け巡る。
手袋をはめなおしても左手は冷たさを保っていて、それが心地よかった。

そうか、南の人はこの冬の寒さを知らないのだ。

この町が一年の中で一番寒く冷たくなると、一番美しくなる。
一日でも早く、手の平に掴めないほどの冷たい空気になればいい。
雪の結晶がきらきらと光る朝を待ち焦がれている僕が居た。