参議院選挙が近づき、どの政党も”わが党に”と躍起になっている。候補者たちにとってこの機会はまさに人生をかけるような思いであろう。 出来そうもない嘘っぽい項目にいささか冷ややかな市民の目も気にも留めず、なりふり構わず叫び続ける姿は、聞いていてもむなしく見えるのは 僕だけだろうか。
最近、とみに聞こえてくるのは、安倍さんの顔がテレビにでも映ろうものなら、チャンネルを変えるという声をよく聞く。顔も声も見たくないし、 聞きたくもない。 そんな声を聞くとさびしく思うものだが、政治にかかわる人は何とも思っていないだろうし、いちいち気にしていてはやっていけないという 居直り的姿勢で臨んでいるのではないかとさえ思う。
不正隠しに睡眠障害との診断を受け、議員の務めを放棄していた元大臣、国会が閉会したとたんに活動再開と出た。 専門の医師は、睡眠障害はそう簡単に治癒しないものだが、再登場する姿を見ていると、とてもそんな症状だったとは思えないとのことだ。 診断をした医師は本当にそう判断したのか、政治的判断に屈してしまったのか、いずれにしても疑い晴れたと思う市民はどれだけいるのだろうか。
また東京都知事のあの醜態はなんということだ。自民党と公明党の推薦を受けた知事。連日不正的行為が報じられ、批判が多いこの人、 それでも何も責任を感じていないように見える。とかく人を見抜くことは難しい。まさかそんな公私混同するような人物だと思ってもみなかった、と 弁解がましい声もあるだろうが、それにしても政界はどうしてこんなにダーティなのか悲しくもあり怒りたくなる。
このような厚顔無恥な人物ほど野心的で、罪性を感じないよぅだ。法律を作る人たちは法律の裏側やすり抜ける技を知っているのは間違いない。 憲法の主語は国民だが、法律は国民を縛るものという。まあ、それでもよい。だが為政者たちが勝手気ままにしてよいということまで許しているはずがない。
「一声二顔三姿」という言葉を当てはめてみると、だいたい当たる。声も悪い、顔もどうか、姿も尊大だ。もっとも首相を筆頭にした議員たちは 初めはそうではなかったのかもしれない。結局のところ強大な権力を持つと、嘘っぽいことをも本当です、と言わんばかりに言い放つ。 だからみんなこの三つに現れる。だが、跳ね返ってくるのは僕たちの責任論だ。僕たちがしっかりしないとあらぬ人物をさも代表のごとくに 思わせてしまうツケを払っていくことになる。そう自戒しつつ、今度の参議院選挙を見つめていきたいと思っている。
僕たちも「一声二顔三姿」を見つめなおすことを含めてのことではある。
やさしいタイガー